414 第25話02:The Unforgiven②




 名を上げた、どころではない。正に異常だった。どこにいても人は集まるし、時間も関係がない。おかげで腹が減ったからといって適当な店に入ることもできなくなった。店の中にまで人がなだれ込んでしまうからだ。

 これを防ぐためにはある程度しっかりとした店を選ばなければならない。具体的に言えば、多少高かろうとも設備と管理の行き届いた店舗だ。特に警備面が重要だった。食事時くらいは、誰しもゆっくりしたいものである。


 思えば、ワレンシュタイン領の領都オルレオンでも似たような状況はあった。

 だが、あの時はまだまだ『おらが村の英雄サマ』状態なだけであったようだ。人数とその規模、そして盛り上がり方がまるで違う。

 オルレオンでもハークが寄宿学校の校庭などで修練を始めれば、実に多くの人々が集まったものである。ただし、普通に買い物などで街中を歩いて散策中や、店に入っての食事中ではそんなことにはならず、ちらちらと視線を感じる程度、たまに声を掛けられるくらいだった。


 それが今や、のべつ幕無しである。

 いつどんな時でも人々が大挙して訪れて、気がつけば人垣が形成されていることが多い。

 放っておいたら一度、前後左右全ての道を塞がれてしまったこともあった。


 ハークは知っている、彼らを突き動かす原動力はオルレオンの民たちとは似て非なるものであると。

 すなわち純粋なる興味。噂の人物を知りたい、一目見たいという欲求、好奇心だ。

 そして何より、純粋だからこそ怖い。集団となれば大胆にも変化するから尚の事厄介でもある。


 こうなった原因は大きく分けて二つあった。

 一つは当然、一週間前のあの日、このモーデル王国を代表する全ての貴人要人、更には多数の一般観衆の目前にて、見事彼ら自身を狂える海獣クラーケンより救い、あまつさえ横にいたナンバーワン冒険者モログにさえ先んじて討伐を成功させてみせたことだ。


 このことは本当に、ハークの予想を超えて大きな影響を波及させる羽目となった。

 本来の両者間の実力差が、実際にはどうであろうとも専門家ではない多くの目撃者の眼たちには、かのナンバーワン冒険者と並ぶ、或いは超えたかもしれない新たなる英雄誕生の瞬間と映ったからである。


 強い衝動は周りに伝播する。興奮とて同じことだ。

 あの場にいた人々の多く、いや、ほとんど全ての人々は、貴賤の別なく現場であったことを大興奮で周囲の家族や友人に語った。そして、物事というものは万事、人から人へと伝わるごとに大げさになり、他者の興味をより引くものへと変化していく。

 その日の夜には、王都中でこの話題が持ちきりであったのは言うまでもない。


 そして、そんな新たなる次世代の英雄、彼に最も近い人物たち、つまりはハークの仲間たちも注目から逃される訳がない。

 シアが口を開く。


「いやあ……、今回はハークだけじゃあなくて、あたしたちもだもんね」


「目立つからネ、シアは」


「あはは……、ヴィラデルさんほどじゃあないさ」


 軽口を叩き合うシアとヴィラデルではあるが、溜息を吐きそうなその表情が本心を物語っていた。

 ヴィラデルは多少慣れたもので耐性があったようだが、さすがに今の状況に辟易し始めているようだ。

 そのヴィラデルがハークへと再び視線を戻して言う。


「そういえばハークはあの舞台観れた?」


 これが、もう一つの原因であった。


 そう、第一王子アレス一派との確執がようやく完全に終了した今、ハークたちが約半年前にボロボロになってまで何とか解決し、守り通したロズフォッグ領トゥケイオスでの防衛戦、この詳細に対する正式公開がいよいよ解禁されたのである。


 しかも大々的に。

 元々もうすぐ・・・・新女王として国民の間にも発表される、アルティナ=フェイク=バレソン=ディーナ=モーデル王女の多大にして最も輝ける功績である。

 新政権としても旗頭の絶大なる最高の美談を、広く人々の間に拡散させるのは、願ったり叶ったりどころか本懐にも等しい。

 許可と同時に、自分たちも宣伝に一枚かむ事を決めたらしい。


 最高の人材を集めて、あのトゥケイオス防衛戦を演劇として公演する劇団を国家的に援助し、組織させたのである。


「うむ。昨夜、アルゴス殿に連れられて行ってきた」


 ハークが肯いて答える。

 実はこの一座結成は水面下でずっと準備されていたらしく、既に準備万端で物語の構成も決まり、演者や衣装、演出や舞台装置その他も完了済み。あとは公開開始の許可を待つばかり。詰めの段階に入り、一週間前のクラーケン討伐戦、アレス王子の逮捕の次の日には、もう試験公演が新政権の重要人物や関係者等、その道の大家、好事家などを呼んで開かれていた。


 そして、関係者中の関係者であるハークたちも、当然ながら意見を聞きたいということでその試験公演に招待されていたのである。


 ただし、最早この国一の有名人になりつつあるハークたちが、一堂に会して劇を観賞するなどという情報が万一外部に漏れてしまえば、無関係な観衆が会場に大挙して殺到するかもしれない恐れもある。

 そこで、二組に分かれて観賞を行うことになっていた。

 一つはシアとヴィラデル。もう一つはハークに従魔たち、そして祖父ズースである。


 一組目のシアとヴィラデル組は試験公演開演の次の日、つまりは五日前の夜には観賞を終え、昨夜がハークたちと祖父ズースの番であった。

 これは、関係者中の関係者どころかトゥケイオス救い主ご本人であるハークに、より良い形で本公演を観てもらいたいという一座の心尽くしからであったらしい。


 二人揃って劇団からネタバラシ禁止を懇願されていた女性陣二人は色めき出す。


「どうだったい、ハーク!? あたしは凄く面白かったんだけど」


「何か、不思議な気分であったわ……。儂が演じられるなど……。それに、少々大仰でなかったか?」


「芝居ってのはそんなもんデショ! ……あ~あ、アタシもアンタたちみたいに演じてもらえたらなァ~」


 トゥケイオス戦に参加するどころかいなかったヴィラデルは、勿論、今回の舞台には一切登場していない。

 そんな彼女にも朗報があった。


「スタンに聞いたが、オランストレイシア遠征もその内同じようになるらしいぞ」


 スタンとは、旅行業に従事する青年で、ハークたちをワレンシュタイン領へと送る際中に旅の中継地点としてトゥケイオスに寄り、そこで成り行きとはいえハークたちと共に防衛戦に協力することとなった人物である。

 良く気がつき、多芸博識でありながら、いざとなれば度胸もある男だと、ハークは彼を評している。

 当事者でもあり、弦楽器の調べと共に歌にして勇壮な物語を聞かせる吟遊詩人を副業で行っていることもあり、一座の物語構成担当の一人として強く参加を打診され、本人も快く受け入れたのだそうだ。


 そして、オランストレイシア遠征とは、あの三百のキカイヘイ殲滅戦の事である。トゥケイオス防衛戦にはいなかったヴィラデルもしっかりと主力組で大活躍していた。


「あらっ、本当!?」


 ハークは無言で肯く。それを視てヴィラデルは「キャーー、やったわー」などと叫び、身を震わせている。


「あはは、良かったじゃあないか。おめでとう、ヴィラデルさん」


「ありがとー! シア!」


 そんなに出たいのか、という言葉は飲み込むことにしたハークであった。

 一方、二人で盛り上がるシアとヴィラデルは、しばらくすると少しだけ話題の方向性を変える。


「でもさ、ヴィラデルさん役の俳優さん見つけるの、絶対大変そうだよね」


「あ~、そう言えばアナタとハークも難航したらしいわネ」


 ハークもそう聞いた。アルティナ役の俳優とリィズ役の俳優は比較的すぐに決まったようだが、シアとハーク役を探すのは、本当に苦労の連続だったらしい。

 シアは背が高過ぎるためだ。最終的に、本物には到底及ばないが身長二メートル近い女性の俳優が選ばれたらしい。それでも役者からではなく、当時は兵士をしていた素人に訓練してやらせているとスタンが言っていた。そのため、台詞は最も少ない。


 そしてハーク役にも、苦肉の策が使用されていた。


 くるんと振り向き、ヴィラデルが笑顔で言う。


「ハーク役の俳優サン、女性だったわネ」


「ぬう……」


 彼の顔が渋面へと変わる。ヴィラデルの言葉通り、ハーク役の役者はすらりとした金髪の女性であった。





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