415 第25話03:The Unforgiven③
「あの女優さん、すっごく可愛い人だったね」
「ほっほっほ、そうじゃのう。ヒト族にしては、じゃがとても美しいお嬢さんであったな」
シアの評価に続いての、ハークの祖父ズースによる評価が全てであった。
確かに可愛いのである。可憐と言っても良い。
だが、その評価が全てそのまま己に返ってくるというのが、なんともハークにとっては悩ましいのである。何しろ己を演じてくれているのだから。自分も
ハーク役を務める役者自身には文句は無い。むしろとても真摯で一所懸命であり、好感が持てる人物だった。
役に対する真剣さも、すぐに彼女から伝わってきたものである。
公演を鑑賞後、アルゴスがどうしても出演者たちに一度会って欲しいというので、祖父と共に控室へと訪問する際に少し話すことにもなったのだが、ハークとしても貴重な体験となった。
舞台の上では凛々しく、声もまるで男性かのように聴こえたが、普段の彼女は淑やかな女性そのものである。無論、声も普通の女性そのものだ。舞台の上でとはまるで違う、別人のものかのようだった。
しかし、その情熱は本物で、会話中も時折、ハークの動き方や仕草を観察し、最後はハークに『大日輪』や『朧穿』の動きの教授まで願い出てきていた。
「何か不満だったのかい?」
微妙な表情の変化に、付き合いの長いシアが気づいてそう訊いてきた。
「いや、彼女に不満など無い」
「ああ。女性なのが不満なのね?」
否定したものの言下に真意をヴィラデルから見抜かれて、ハークは珍しく眼を剥く。
「…………よく分かったな」
「そりゃアね。師匠をよく観察するのも弟子の仕事でしょう?」
カッハッハとズースが笑う。
誰が師匠だと言ってやりたくもなったが、最近のヴィラデルは今までよりも、より真剣に剣の修業に打ち込むようになっていた。やはり前回の戦いで、あまり戦力になれなかったことが影響しているようだ。
上位クラス専用スキルを取得して、六属性の内、水属性を抜かした五属性を極められる可能性を得たヴィラデルは明らかに浮かれていた。
魔法が一切使えなくなるという前回の事は、誰にも予想不能の出来事とはいえ、そんな彼女に冷や水を浴びせかける結果となった。
無論、誰もヴィラデルを責めるような言葉は言わないし、その謂れもない。全ては運命のいたずら、結果論だ。けれども彼女自身は、魔法の修練はこれまで通りに続けながらも、剣の修業の方にも今まで以上に身を入れて行うようになった。
思うところがあったのだろう。その努力は早くも彼女の中で結実し始めている。
〈ま、そうは言っても、『大日輪』の再現もまだ無理であろうがな〉
そんなことを考えていると、まだ話は終わっていなかったのか、シアが不思議そうな顔をして訊ねてくる。
「ハーク役の人が女性なのが問題なのかい?」
「む……。だってのォ、そんなにも儂は女顔かね?」
ハークとしては確かに一年前、現在のこの身体に宿る前後は、自分自身すらも少女と見紛ったこともあった。
しかし、ここ一年ほどで鍛え込むことで随分と男らしく変化したとも思っていた。実は何となくでも自信があったくらいなのである。ところが、皆の反応を視るに、それが独り善がりであることが解った。
「解った。もういい」
「
経験者は語るが、慰め方が不正解である。
「仕方なかろうな。ハークは産まれた時より、アルトリーリア内でも
祖父の感慨深げな言葉も正解には程遠い。なので話題を変革してやる。
「そう言えば、日毬も随分と可愛くなっておりましたな」
当然にハークの従魔たちも劇には出演している。
虎丸の場合は二人一組が中に入った着ぐるみ、そして日毬は人形で表現されていた。糸の代わりに魔法で操っていたのが、なんともこの世界らしい。
そんな日毬人形は随分ともこもこふわふわとなっており、いかにも愛玩用といった趣だった。
だが、この台詞が新たな反応を生む。祖父ズースは全くの同意といった感じだったが、ヴィラデルとシアは全く反対の表情をして、顔を見合わせたのである。
「カワイイ……? あれが……?」
「どちらかと言うと、凶悪だったような……」
自分の話題が出たのが解って、日毬はふよふよと飛んでいる。その姿は贔屓目に視ても美しく可憐で心洗われるようだ。
しかし、彼女らが揃って想起した姿は違うらしい。
どうやらハークたちと彼女たちの間で大きな認識の齟齬があるようだ。ズースはこの齟齬に対しての心当たりがあった。
「おお、そう言えばの、この前城で聞いたぞ。日毬ちゃんの造形は一度、大きな修正が入ったそうじゃ。なんでも、苦情がいくつも入ったらしい」
「苦情……、ですか」
「いくつも……、それで修正、ねぇ……」
これはハークたちには全く
つまりは、スタンを始めとした遠目から日毬の活躍を視た者たちの意見が、強く反映していたのである。
絵であれ立体物であれ、人伝を元にして形作られた姿が、その証言者たちの個々に抱いた印象によって大きく影響され、結果的に左右されるのはよくあることだ。スタンを含めた多くの証言者たちが、日毬を強力な魔法の使い手として強く意識しており、そのことが造形に多大な影響を与えたのは自然な流れでもあった。
これにより、完成した最初の日毬は、シアとヴィラデルが観たところまでは凶悪な魔法力の持ち主としての側面が大きく前面に出ていたのである。
しかし、彼女らとほぼ時を同じくして劇を拝見した王都の市民や王国貴族たちの多くは、日毬のそういった面を全く見ていない者が多かった。彼らが視たのは、主を献身的に助けようとした美しい姿のみだったのである。
この認識の違いによって多くの苦情が寄せられるハメになり、日毬の人形はかなりの変更と修正を余儀なくされたという。
とはいえ上記は全て、ハークたちにとっては知る由もない。
それよりも興味の勝る事柄もあった。
「城と言えばお祖父様、帝国からの反応はどうでしたか」
王都の地ではハークたちはいわゆるお客様であった。最新の内情を知るのはこの中で唯一公職を持つズースのみなのである。だが、彼も首を横に振るのみだった。
「未だ何もないよ。抗議どころか、反応もだ」
「そうですか……」
「不思議なものよネェ。第一王子の、アレスの親衛隊が行ってきた数々の悪行についての抗議、謝罪の要求には確かに帝国側が無視を決め込んでくるのも理由は解るワ。けれど、帝国の作戦の大事な核の一つであり、皇帝自身の甥でもあるアレス王子の逮捕から、彼の王位継承権剥奪にまで全く反応もしないなんて」
「『
ヴィラデルに続いてシアも質問をする。基本的に同族以外には横柄と言われているズースだがハークの友人たちに対しては態度が別だ。
「シアちゃんの言う通りじゃよ。デンワの交換手が出て、伝える、と言ったきりだったそうじゃ。本日中に彼の行く末が決まる、とも伝えたが同じ答えであったらしい」
「今日で、か……」
ハークは視線を遥か西の方角へと向けた。
◇ ◇ ◇
同時刻、レ・ルゾンモーデルの王城、その巨大会議棟内では粛々と本日の議題が消化されている最中であった。
場の中心には司会進行役用のデスクがあり、そこに立つのは既に新政権の宰相役に内定しているアルゴスである。一段高くなった彼の背後には、こちらも既に新女王としての地位を確立し終わったアルティナが座していた。
にこりともせず、さりとて特別厳しい表情を見せるでもなく、いつもの鉄面皮でアルゴスは質問を続ける。
「では、ルーカー将軍。湖の底に沈んだ、かの『魔法を封じる石』の回収は、およそ不可能であると説明するのですね?」
アルゴスの正面、証言台に立つのは、つい先日まで登城を拒否し、職務も実の娘や部下たちに任せっきりであった本来の王国第一軍団将軍、ルーカー=ウィル=サザーランドその人であった。
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