378 第23話10:近づく、故郷の足音




 対外的には、エルフの里から外界へと生活の拠点を移した者は、もう二度と故郷の地を踏むことはない、などと言われているが、実際は森都アルトリーリアに限って、そんなことは全くない。

 常に開いているワケでもないし、そう何度も気ままに帰ってきては住民も良い顔はしないが、一年に一度の祭りの時期と身内に何かしらがあった際には住民も同胞を暖かく迎え入れる。


 そして逆に、森都アルトリーリア側から、半強制的に帰還を促す場合もある。それが、森都アルトリーリアに重大な危機が発生した時であった。


 デメテイルが初めて受けたアルトリーリアからの強制帰還命令、その命令は一人の子供が行方不明となったことに端を発していた。


 そんなことで!? と言うことなかれ。エルフ族にとって子供というのは、比喩的な意味ではなく、本当に掛け値なしの宝物なのである。

 これは極端に低いエルフ族の出生率が関係していた。子供の数がとにかく少ないのである。

 さらに元々亜人種はヒト族に比べて同種内での家族感が強い。ヒト族なども同郷などで多少の仲間意識を抱くが、その比ではない。

 彼らにとっては、自分たちは一つの家族なのである。直接的な血の濃さなどはあまり気にしない。年長者は自分たちの祖父であり祖母であり、もう少し若ければ父か母、近い世代は兄や姉、或いは妹や弟、そして子供たちは自分たち共通の息子や娘なのである。直接の身内は、他と比べて特別な権限を有しているだけだ。

 責任は共同体全ての間で基本的に分散される。エルフは特にこの傾向と考え方が強い。

 そして森都アルトリーリアの出生率は他のエルフの里と比べて近年特にひどく、ここ百年で子供はたったの一人しか産まれていなかった。


 そうなのである。

 行方不明になったという少年、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーは里のエルフ族全員、いいや、里の外に住むエルフ族までをも含めたアルトリーリア出身のエルフ族全員にとって、大切な大切な一人息子なのである。

 命を賭してでも見つけ出す、と全員が本気で思うに値する存在なのだ。


 里を出たのが七十年前であり、それ以来アルトリーリアに帰ったことのないデメテイルにとって、ハーキュリース少年は顔も拝んだことはないが、気持ちは全く同じである。


 彼の母親はデメテイルと歳も近く、最も仲の良かった女性であった。

 必ず私が……、その思いでデメテイルは帰郷することとなる。


 帰還した里、森都アルトリーリアの様子は、予想に反してあまり深刻ではなかった。

 というのも、デメテイルが里から離れていた七十年の間に、またも法器作成技術が進化、いいや、斜め上というか最早どの方向にだかも分からない進化を遂げていたらしく、帰ってみればとんでもないものが開発されていた。

 その人物の発せられる生体波動を感知し、対象の幸福度を測定する装置だという。


 ハーキュリース少年への教育の際に、役立てるつもりで作ったらしい。よくよく聞いてみると幸福度と言いつつストレス値をチェックする仕組みのようであった。

 だとしたら方向や距離も感知できるようにすれば良かったのに、との彼女の弁に誰もが苦笑した。

 しかしながら、その法器のおかげで彼が無事なのも分かるし、ひどい目に遭っていないこともある程度分かる。ひとまずそれで、そのおかげで里のエルフ達も落ち着けているのだった。


 とりあえずは互いの再会を喜びあってから、里の外から返ってきたメンバーは記録映像法器にて目的の容姿を確認。

 男のコと聞いていたが、とにかく可愛らしい。贔屓目に視ても・・・、里一番だ。里の中で生活しているエルフらしく、極度に色白でヒョロヒョロでもあったが。


 因みにだが、ハーキュリース少年はある日突然、忽然と姿を消してしまったらしい。

 動機も不明だ。なので、その線から行方を追うことは難しい。


 まずは、森都アルトリーリアの内部から捜し残しはないかともう一度点検する。

 そこから徐々に捜索範囲を拡大。三カ月半かけて森都の周辺全て網羅したが、ハーキュリース少年がいた形跡どころか通った跡も発見されない。


 ここからは、里の外へと生活の場を移したはぐれ者である自分たちの出番だった。其々の者たちが自身の拠点へと戻る際中、情報を集めながら帰るのである。デメテイルはたっぷり三カ月かけた。わざわざ回り道までしても情報を集めた。


 幸い、ハーキュリース少年は頭の良い子で、彼の父方から受け継いだ虎型の魔獣、フォレストタイガーを連れて行った。


 元々エルフ族は空腹には抜群に強く、二週間程度であれば水だけでも健康面に影響が出ることはない。加えて索敵能力、狩猟能力に優れたフォレストタイガーをお供に連れていけば、少なくとも飢えに苦しんだり、危険な目に遭うことは少ないのだろう。それが前述の、幸福度感知法器の結果にも表れているのだと、デメテイルは考えていた。

 とは言っても早く見つけてあげなければならない。


 魔獣を連れた子供エルフなど非常に目立つであろうから、人里に少しでも姿を現せばたちまちの内に噂になるだろうとデメテイルは踏んでいた。

 結果として、彼女の予想通り、魔獣を連れた少年エルフの情報はすぐ手に入った。


 ただし、その色が違う。噂の少年エルフが連れ歩く魔獣の毛皮は、輝くほどの白を基調としているという。

 ハーキュリース少年が連れて行った虎型の魔獣、フォレストタイガーの毛皮の色はほんのりと緑がかった黄色である。


 オマケにその少年エルフ、とてつもなく強いらしい。


 いきなり一年前に冒険者として彗星のように現れては、新人の大会で全戦全勝。次に、未だ公式発表こそないが、ロズフォッグ領トゥケイオス防衛戦で軍神の如く大、どころか超の文字が頭に付くほどに活躍、同市を守り抜いた。


 デメテイルが外界で拠点としているのは、王都レ・ルゾンモーデルから、間に大河を挟みやや西寄りに南下した軍都アルヴァルニアだが、その王都から東の街道を道なりに進めばロズフォッグ領に達する。そのロズフォッグ領の領都がトゥケイオスである。


 トゥケイオスを襲ったのは、十万を軽く超える数の骨の軍勢だったという。そこまでの事が起こって、何故未だに公式発表がない、というのも気になるが、デメテイルの知識に寄れば恐らくそれは古代の呪物『黒き宝珠』の効果である。

 何故今さらになってそんなものが……、とも思うが、そんなものを打ち破り街一つを救うなど英雄クラスの実力が必要だ。どう考えても森都アルトリーリア中の全員から可愛がられて大切にされていたレベル一の少年が可能な功績ではない。


 トドメはワレンシュタイン領オルレオンで行われた『特別武技戦技大会』だ。ここでその少年はなんと、圧倒的ナンバーワン冒険者モログと決勝にて対戦、互いに武器を失う大激戦の末に引き分け、同大会の優勝を分け合ったのだという。


 ムチャクチャである。一体全体何処の里の子供だとデメテイルも思ったものだ。

 森都アルトリーリアを抜かせばモーデル王国から最も距離的に近いエルフの里は砂の都と呼ばれるトルファンだが、あそこは砂漠のオアシスを起点に建設されており、周辺は結構な危険地帯と聞く。

 そこ出身の子供かな、と予想していると、些か回り道し過ぎた・・・・東の地、海運都市コエドにて、たまたま高レベル冒険者の女性と知り合う機会を得た。


 彼女はその件の少年エルフにワレンシュタインのオルレオンで出会い、相当に世話となったらしく、デメテイルもエルフ繋がりということで奢らせてくれと話しかけてきた。

 場所は海運都市名物の海鮮料理を出すお店で、折角コエドにまで来たのだから、と入ったレストランだった。


 まるで海藻のようなもじゃもじゃ頭を揺らしながら、その高レベル冒険者は言う。


「オネーサン、出身どこ? アタシも最近はエルフに詳しくなってサ、名前の一部が出身地を表しているんだろ? あの方と同じアルトリーリアじゃあないの?」


「え? そのコ、アルトリーリア出身なの!?」


「きっとそうだよ。フルネームは確か、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーだったからさ」


 その言葉に、デメテイルはたっぷり五秒間は停止した。




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