362 第22話29:Beat the living arms③




 ハーク達が担当する右の通路では、左よりも芳しくない状況が続いていた。


「奥義・『朧穿おぼろうがち』!!」


 壁を形成するワレンシュタイン軍を攻撃し、前面に構える大盾を打ち砕く寸前にまで追い込んでいたキカイヘイの動きが、背後からハークの突きを受けて止まり、ゆっくりと地面へと崩れゆく。


「ハーク殿! 我らに構わず敵を倒すことに専念ください!」


 たった今守られたばかりの兵士の一人がそう叫ぶ。ハークの行為は当然のことながら、敵に背を向ける結果となっていたからだ。

 無防備となったその小さな背に三体ものキカイヘイが迫る光景を視て、同じ兵士が再度大声を上げる。


「危ないッ!!」


「奥義・『大日輪』!!」


 振り返る回転力そのままにハークが刀SKILLに繋げる。自身に振り下ろされた拳を躱しながらだ。

 しかし、先の『朧穿』より貫通力と威力で劣る『大日輪』の刃は、キカイヘイの腹部、その中ほどにまで食い込んだところで一度止まりかける。


「虎丸っ!」


「ガ・ウ・ワァッ!!」


 高速で回り込んできた虎丸のぶちかましが決まる。天青の太刀、その切っ先にほど近い峰に向かって。


「ぬおありゃあああああああ!!」


「ガウアアアーーーーーー!!」


 ハークと虎丸の合体攻撃は、そのままなんとすぐ後ろのキカイヘイも巻き込んで二体の腹をまとめて掻っ捌き、更に後ろに控えていた三体目の腹部にも、深く傷をつけて吹っ飛ばしていた。


「さ、さすがです!」


 同じ兵士から称賛を受けてではないが、ハークが兵士達の側に振り向く。


「早く態勢を整えられよ!」


「は、はいっ!」


「りょ、了解です!」


 これが、ハーク達、そしてランバート率いるワレンシュタイン軍の作戦であった。


 キカイヘイは強力な外装、否、外殻を持つ兵科である。

 どうしても異質なるその攻撃機構と能力に注目が集まってしまうが、あの強力な外殻が自動回復するという魔物じみた機能まで加わって、最早、その外殻を貫くことのできる攻撃力、或いは手段を持つ者以外の攻撃をほぼ無効化してしまう防御能力の方が恐ろしい。少なくともランバート以下、ワレンシュタイン軍首脳部はそう考えていた。

 そこで考え出された作戦が、キカイヘイの外殻を貫くことのできる稀有な攻撃力を持った者たちを、完全に攻撃だけ・・に専念させる作戦であった。


 これにより一体でも早く、そしてより多くの戦果を先に上げる。それ以外のことは考えず、他に任せるのだ。


 ……の筈なのだが、ハークに虎丸、そして日毬らはその特性と技術、速度、そして何より連携能力が群を抜いておるが故に、若干の余裕を持って戦うことができ、どうしても他を、後方を気遣いつつも戦いを続けていた。

 ハークは、各種刀技における超絶攻撃力にどうしても注目が集まるのは仕方がないが、相手の攻撃を躱していなす・・・防御技術も達人中の達人である。攻撃の手段を粗方掴まれてしまうと、相手としては最早触るのすら至難の業だった。虎丸に至っては、元々キカイヘイごときでは追いつくこと敵わぬスピードの持ち主である。

 半ば有り得ぬとすら言える話だが、この両者が万一にも同時に追い込まれてしまったとしても、ハークの左肩に今もとまる日毬が即座に魔法を発動し、状況を五分以上へと戻すことであろう。


 一見、上手く回っているのである。重傷者どころか負傷者の数すら、この右側通路を担当する方ではまだまだ少ない。

 しかし、逆にハーク達の討伐数も伸びていない。

 ワレンシュタイン軍第七分隊小隊長のマクガイヤはこれが、ハーク達が自分たちを庇っている所為だと思い、内心焦りを感じ始めていた。

 マクガイヤ達は本来、ハーク達をその身をもって援護する役である。それを逆に自分たちが世話されていては本末転倒だった。


「お前たち、ラインを上げるぞ!」


 仕方なく、間合いを詰め押し上げる。その動きにキカイヘイ達が反応した。


「胸部装甲展開。ブレストブレイズ発射準備」


 ガシャガシャと例の熱放射板が現れる。重なり合った音でマクガイヤには分からなかったが、全部で音は九つあった。つまりは三列目までが発射準備を行ったことになる。


「マズイ! ハーク殿、こっちに……!」


 だが彼、いや彼らはまるでこの状況を待っていたかのように行動した。


「今だ! 虎丸っ!!」


ガウッランッガウァアアアアペイジイイイアア・ゴッッアガァアタイッッガァアアァアアアアアアアアア!!!」


 マクガイヤには白き魔獣が走り出したことだけ・・は見えた。と同時に何かが粉砕される音が連続して三度起こる。

 その連続音が聞こえ終わらぬうちに、エルフの少年の声がまた発せられた。


「日毬、『風月輪ハリケーン・シェイバー』!」


「キューーーーーーーーーーーーーーン!!」


 美しいその音色は獣のものでも人間のものでもないことだけはマクガイヤにも分かった。

 そして、エルフの少年の前に突如形成される空気を凝縮したような物体。

 上級魔法の使い手はワレンシュタイン軍にも何人かいるが、初めて見る魔法だった。三日月のような形の刃が幾つも連なり、一つの球体を造り出している。


 マクガイヤは知らぬことであったが、『風月輪ハリケーン・シェイバー』は風の最上級魔法で、空気を圧縮させて三日月型の刃に覆われた球体を創造し、それをコントロールして敵を攻撃する魔法である。

 使用者の魔導力の高さによって造り出される刃の数が増え、それによって攻撃力が上昇する仕組みだった。

 ただ、普通なら八枚も形成されれば御の字であるところを、日毬の『風月輪ハリケーン・シェイバー』はなんと倍の十六枚もの風の刃を持っていた。


 それが高速回転し、眼にも止まらぬ速度でカッ飛んでいく。

 既に白い魔獣の必殺SKILLによって胴体部を貫かれて完膚なきまでに破壊されたすぐ隣のキカイヘイの胸部へと吸い込まれるように侵入すると、内部を蹂躙し背中を貫いて奥のキカイヘイも全く同じように胸部装甲を貫き、内部破壊すると更に奥のキカイヘイも同様に、そして難無く撃破する。


 これで不用意にも胸部装甲を開いて、ハーク達からすれば弱点を曝した敵九体の内六体を倒されていた。凄まじいばかりだが、恐ろしいことにこれで終わりではない。

 なんと三体目を仕留め終わった日毬の『風月輪ハリケーン・シェイバー』はそのまま高速旋回し、再び残り三体のキカイヘイにも襲いかかったのである。その強襲速度はキカイヘイの反応速度を遥かに超えていた。


 赤い装甲板を粉砕し、これまでと同じように内部を破壊し背中から突き抜けるとすぐまた後ろのキカイヘイを襲う。風刃球体はそのまま八体目も破壊し、九体目にも襲いかかった。

 ここで、九体目が胸部装甲を閉じようとようやくの抵抗を見せる。しかし、閉まり切らぬ僅かな隙間に侵入され、他の同類と全く同じように内部を破壊尽くされてその動きを止めた。


 三体ほど破壊の痕が大きいが、皆同じように内部を食い荒らされたかのようなキカイヘイ九体がふらりと揺れて、一体、また一体と順々に大地にひれ伏していった。


「よし、前進するぞ!」


「は、はいっ!」


 応えたマクガイヤは、自分が全くする必要のない心配をしていたのだと悟った。




   ◇ ◇ ◇




 同じ頃、前線よりほんの少しだけ後方に控え、後支えをしていた聖騎士団で大きな動きがあった。

 クルセルヴである。


「では団長、私も前線に加わってきます」


「クルセルヴ。我々はワレンシュタイン候より直々に負傷者の撤退支援を行うよう仰せつかったのですよ? それを放棄するつもりですか?」


「元々あそこで血を流すのは我々の役目だと思っていました」


「……そうですね。ですが、その役目は奪われました」


「奪われたのではありません。力のない我らに代わり、負ってくださっているのです」


「力のない? 確かに最前線で人間種を超えたお力を振るう方々には敵いません。が、彼ら以外であれば、我らの方がレベルが高いでしょう」


「レベルの問題ではありません。ランバート様やハーク様らを信じ、彼らの助けとなるために身を削れる覚悟があるのかどうかの問題です。私にはあります。それに、ランバート様より仰せつかった撤退支援も、この半分、五十人もいれば大丈夫でしょう?」


「…………」


「では団長」


 それ以上留める言葉を持たぬ団長に、クルセルヴは背を向け踵を返す。当然のようについていこうとドネルが彼の横についた。

 だが、彼らを止める声が現れる。


「待ってくれ、副団長!」


 声と共に前へ出てきたのは仲の良いカロンだった。後ろには同調するかのように決意の表情で続く二十人ほどの姿もある。その中には団長の補佐官であるフリックとジャンの姿すらあった。


「止めないでくれ、私は……」


「止めないさ! 俺たちも行くぜ!」


「何!? 後ろの皆もか!?」


 頷き意気上げる男達。その中の一人、フリックが声を上げた。


「おう、皆そのつもりさ! 確かにお前の言う通り、負傷者の救出は俺たちの半分でもいれば充分だ!」


「防御能力であれば我らに分がある! 最前線で力を尽くしてくださる方々を全力で守ろう!」


 ジャンも声を張り上げる。その言葉にクルセルヴは力強く頷くと応えた。


「よし、行こう! 皆……!」


「お待ちなさい!」


 もう一度前に出てきたのは団長であった。普段より一層厳しい表情をしている。


「団長……」


「クルセルヴ、行く前に一つ、あなたに伝えることがあります。クルセルヴ、あなたから聖騎士団副団長の任を解きます」


 一斉に場が騒めいた。任務中は常に整然と行動する聖騎士団には珍しく、雑多な声を上げ、しかも団長に喰ってかかる者すら現れた。カロンである。


「団長! こんな時に何を!? クルセルヴをクビにするってことですか!?」


「カロン、いいんだ。私は……」


 しかしここで、団長はフッと表情を和ます。クルセルヴも見たことのない表情だった。


「二人共。私の話はまだ終わっていませんよ? 最後までお聞きなさい」


 まるで言い聞かせるような優しい口調であった。こんな声音も、聞いたことが無い。


「団長命令です。クルセルヴ、あなたを新しい団長へと推挙します。そして私は、団長職を辞しましょう」


「え……? 団長?」


 フッと、元団長は笑顔を見せる。


「もう私は団長ではありませんよ、新団長。聖騎士団を頼みます、クルセルヴ」


 彼女の言葉に、寂しげな響きは無かった。




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