363 第22話30:Beat the living arms④




 後方でも戦場であることには変わりがない。指揮を担当するベルサは次から次へと押し寄せる情報に対処し続けていた。


「ベルサさん! 六番隊と十番隊は全滅だ! もう動けるヤツがいない!」


「分かった! こっち後方で休ませておけ! 大盾の損耗率はどれくらいだ!?」


「十一パーセントといったところです! 数としては既に千を超えています!」


「まだ良いところだな! 奇数部隊の被害状況はどうだ!? 損耗状況報せ!」


「了解! 奇数部隊の重傷者、脱落隊は今のところ無し! 損耗軽微です! 負傷者率三パーセント以下!」


「むう! その西側通路の進捗しんちょく状況はどうだ!?」


「観測部隊、報告!」


「了解です! 遠目なので正確ではありませんが、五割を切ってはいません! 東側よりも若干ながら遅れている模様!」


「分かった! それほど差はついていないか。さすがはハーク殿……」


「ベルサさん! 重傷者がそろそろ回復薬だけじゃあ限界だ! 血が止まらないヤツがいる!」


「よし、第五番回復部隊、行けるか!?」


「準備できています! 行けます!」


「良し、頼むぞ!」


「りょ……!」


 しかしその場に、突然の凶報が届く。誰かが力いっぱいに叫んだ。


「伏せろォ! 流れ弾だァー!!」


 しかし、警告虚しく言い終わるか言い終わらないか分からぬほどのタイミング、誰もが回避はもちろん、被害を抑えるための行動もとれる時間などなく、それ・・が任務行動を始める寸前であった第五番回復部隊の中心へと着弾した。

 キカイヘイが自ら飛ばした左腕である。サイズの問題から人間大とそれを超える質量の砲弾であり、着弾の瞬間、それは衝撃波と爆風を巻き起こし、あらゆるものを吹き飛ばした。


「くっ!? どうなった!? 誰か報告を頼む!」


 爆風に転がされたベルサが痛む背中を無視しながら身を起こし、声を張り上げた。周囲には土砂と、まだこの辺りは残っていた雪が巻き上げられて、視界を覆う粉塵と化してしまっている。


「う、うう……!」


「あ、足が……!」


「第五番回復部隊、ふ、負傷者多数! 救援を、頼む!」


「ぬぐっ……!」


 ベルサは歯噛みしながら立ち上がる。ふと見上げた視線の先に、またも何かが飛来し、迫る光景が見えた。

 そう、左があれば右もある。彼らはこの戦いで、常に両手で発射を行っていた。


「危ないッ!」


 野性的な自身の感性に突き動かされるままに、再びの着弾地点となるであろう第五番回復部隊のもとへとベルサは己が身を躍らせた。




    ◇ ◇ ◇




「はぁっ、はぁっ……! 半分はやったか!?」


 さすがに疲労感を隠しきれない様子で、フーゲインが荒い息を吐きながら訊く。

 彼にもそろそろ余裕がない。MPもSPも半分を下回っているからだ。彼が先程から連発する『龍覇撃ドラゴン・インパクト』はフーゲインの持つ攻撃SKILLの中で威力最大である。消費するMP量SP量も生半可なものではなかった。


「分からないよ……! 数えてる余裕がない!」


 しかし答えるシアにも、言葉通り彼と同じく余裕などなかった。彼女も同様に、疲労感をすでに濃厚に抱えていたからだ。

 法器合成武器の使用により、まだフーゲインよりはマシだとはいえ、その法器合成部位を交換する作業にも追われていた。


「落ち着くんだ、シア。既に使用した法器合成部位は二十に近い。残り半分以下は確実だ」


「そ、そっか! ありがと、ランバートさん!」


 一人まだ冷静なランバートにシアが即座に感謝を示す。

 ただ、逆算した彼の言葉は内容こそ正確で、間違いなどなかったが、表面と同じく中身も冷静であるとは決して言えるものではなかった。

 防御要員であるワレンシュタイン軍兵士たちの補充速度が、若干ではあるが滞ってきていることに気がついていたからだ。


(後ろで何かあったのか……?)


 予感めいた感覚で彼はそう思う。

 だがランバート自身が確認する訳にはいかない。彼には一体でも早く敵を倒し、最前線で仲間を鼓舞する役目がある。


「ぐくっ……!」


 わずかながらに減った人数で必死に耐える兵士たちの苦悶が聞こえる。思わず自分だけでも立ち上がりたくなる衝動に駆られるが、まだシアが交換作業を完了していない。


 そこへ、全くの予想外の援軍が届く。


「『音速斬撃・二連強襲ソニックブーム・アサルト』ォオ!!」


 ランバートの眼にはしっかりと視えた。後方から斬撃の刃が十字に重なって、自軍より敵陣に飛来するのを。


「グゥオオ!?」


 たった今まで防御壁を破ろうと大盾を殴りつけていたキカイヘイが、胴体にそれを受けて後ろへ吹き飛ばされていた。


 『音速斬撃・二連強襲ソニックブーム・アサルト』とは、特に剣技に特化した戦士や剣士の上級職が習得できる強力な遠距離攻撃である。

 二連振りした剣閃をまとめて飛ばす技であり、通常の『音速斬撃ソニックブーム』よりも本当に倍の攻撃力を持っているという。


 稀有なSKILLであり、だとすれば習得可能な人物は一人しかいないと思いつつランバートが振り返ると、期待通りの人物がそこにいた。


「ランバート様、助太刀をお許しください!!」


 クルセルヴであった。

 まるで突進するかのような勢いで駆けている。後ろには四十人は超えるであろう数の聖騎士団たちを引き連れて。


 どういうワケだかランバートには分からないが、最高のタイミングであることだけは確かだった。


「無論だ、クルセルヴ殿! お前たち、一旦後退して態勢を立て直せ! ポジション交代だ!」


 その時、シアとフーゲインが立ち上がった。


「ランバートさん! 作業完了したよ!」


「よぉし! シアは倒れ伏した敵を追撃! フーゲインは俺と共に攻勢に出るぞ!」


「はいっ!」


「了解だァ!」


 突き進む三人は、下がる兵士の壁を擦り抜けるようにして追い越す。同時にシアは飛んだ。


「『剛撃』!」


 既に胴体部にバツの字が深く刻まれた中心点に向かって、彼女は銛付きのハンマーを振り下ろした。突破ギリギリまで深く抉られた傷のおかげで、難無く致命的な一撃を与えられる体勢となる。


「点火っ!」


 続く拳が彼女の武器の撃鉄部に振り下ろされ、見事にまた一体が仕留められる。

 それを横目で見ながら、ランバートとフーゲインは其々左右に別れた時であった。


「はぁああっ! 『音速斬撃・二連強襲ソニックブーム・アサルト』!!」


 またもクルセルヴの援護が背後から飛んでくる。

 凄まじい速度で二人を追い越し、右の、フーゲインが向かっていた先のキカイヘイの胴体を深く斬り裂いた。

 貫通までには達してはいないが、大きくよろけるキカイヘイを見てフーゲインは発動するSKILLを咄嗟に変える。


「ナイスだ、クルセルヴ! 『龍翔咆哮脚レイジングドラゴン・シュート』ォオあったァアア!」


 闘気に包まれた飛び蹴りが決まり、明らかな決まり手となっていた。


「『瞬撃』!」


 ランバートも最後に自身のSKILLを発動する。音速に近い勢いをそのままぶつけるようにブレードランスを突き出した。

 次いで肩まで受ける衝撃に、ランバートは手応え有りを確認し、流れるように膝を出して武器の先端部にほど近く内蔵された法器を起動させる。


 ボォオオン! と、くぐもった爆発音と共に身体が押し返され、ランバートは逆らうことなく、先端の溶けた己が武器を引き抜く。そして後ろに跳躍した。


 ほぼ同時に後続のキカイヘイ軍団がそんな三人に追い縋ろうとするが、強固な大盾が取り囲むようにしてそれを阻んだ。聖騎士団だった。


「よし、クルセルヴ殿はこのまま我らを援護! 最後まで押し切るぞ!」


「「「「「おおおぉおお!!」」」」」


 自身の声に呼応して、頼もしい気勢が周囲より発せられた。

 半ば勝利を掴んだと確信しながらも、ランバートは己の心を引き締めつつ、槍の柄部分を破損した法器合成部位より外した。




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