342 第22話09:凍土国オランストレイシア
本陣に後方から近づいて来る存在に気づいたのは、鼻の良い獣人族であるベルサが早かった。
「殿、ハーク殿たちがこちらにやって来られまする」
「何かあったのか?」
「はて? 何も報告はございませんが」
程無くして、後方からハーク達が先を行くランバートたちに追いつく。
「おや? ベルサ殿。来ておられたのか」
「ええまあ……」
灰色となっても即座に自分と見極められ、ベルサは内心驚いていた。
この辺りはハークが高い観察眼を持ち得ていたことも大きいが、虎丸を相棒としている経験がそのまま活きていたためでもあった。虎丸も一度、体色が大幅に変化している。
「その毛色は?」
「あら、カッコイイじゃない! イメチェン?」
横から口を出したのはハークと共に来たヴィラデルである。
「異眼遅延?」
「その話はまたいずれ……。それで、何かございましたか?」
「うむ。この先なのだが、虎丸の鼻に引っかかるものがあった。複数の人間種の、武装した集団だ」
「またトンデモない感知能力ですなぁ……。それで数は?」
「数百。今のところ概算だが二百は超えるかも知れん」
「国境を警備する部隊かとも思ったのだけれどね……」
ハークを補足するように言うヴィラデルに向かって、ランバートは首を横に振る。
「それはねえ筈なんだがな。モーデル王国との国境線に部隊なんぞ展開されていない」
「儂らもクルセルヴ殿から今同じことを聞いたばかりだ。そこで虎丸の鼻が更なる情報を感知してくれた。どうもこの先にいる集団は匂いがバラバラであるらしい」
「匂いがバラバラ? それは何を意味しているんだ?」
「虎丸によると、軍隊のような集団は、少し匂いが似るのだそうだ。同じような装備を身につけているからな」
「となると、武装が統一されていない集団っちゅうコトか? そりゃアつまりは……」
「正規軍ではない、と? しかし二百を超える盗賊団や傭兵団なんかがオランストレイシアに
主の台詞を引き継いだベルサに、ランバート自身が肯く。次いで、ハークたちと一緒に来ていたクルセルヴへと視線を向けた。
「クルセルヴ殿、何か分からんか?」
訊かれたクルセルヴは頭を少し悔しそうに横に振る。
「すまない。私もモーデル王国に足を踏み入れて以来、祖国には一度も戻っていない。最近の事情については、ほとんど何も分からない状態なのだ」
「そうか。いや、いいんだ、気にする必要はない。しかし、そうなればどうするか。進軍を一旦停止し、斥候を出して相手がまず何者なのかを確認するとしよう」
「了解です、殿。全軍停止! 全軍停止を伝えろ!」
「はっ!」
ベルサの命を受けた伝令たちが有機的に動き出し、街道を縦に延びたワレンシュタイン軍五千は数分の内に全軍停止した。
斥候が戻って、その報告を受けたランバートやハークたちは、逆に尚一層に頭を抱えることになる。
「石積みの簡易的な砦に、装備品に統一感のない男女含めた二百人程度の若者と老人が混じっている、だと? 全くワケが分からん」
匙を投げかけたランバートの発言に、ハークも心の中で同意する。得られた情報量こそ多いのだが、決定的な材料が全くない状態だ。これでは手掛かりなしも同然である。
「まず、装備品が統一されていない時点で正規軍ではなさそうですな」
「でも男女が混じっている時点で盗賊団とも考え難いわネ」
「なら、年齢差が離れている集団から自警団か? しかし、街道筋に勝手に建物なんぞ建造したら……」
「下手すりゃあ反逆罪かもしれないってことかい?」
「そもそも、ここの街道筋に簡易的とはいえ砦なんぞがあったとは、聞いた記憶がねえ。この道は普段、凍結しちまう冬以外は商人なんかが行き交っていた筈なんだ」
「と、いうことはここ最近、少なくとも本格的な冬に入ってから建造されたということですな。簡易的なのはそのせいでしょうか?」
自分以外の意見を聞いてみても全く結論が導けない。
こうなるとハークの経験上、やることは一つしかなかった。
「何とも要領を得ませんな。こうなれば腕に覚えのある者たち、つまりはこの場にいる者たちで一度話を聞きに行ってみるのが良いと思うのだが、ランバート殿、
頷き首肯するランバート。即決である。
「それが一番手っ取り早いな。皆、頼めるか?」
この場で協議に参加していた他の者全員、ベルサ、ヴィラデル、シア、フーゲイン、クルセルヴ、ドネルが思い思いの了承を返したところで、件の砦への移動となった。
簡易とは聞いていたが、魔法という便利なものの存在しない前世よりも大分出来の悪い砦だった。なんとか人数分が暖をとって休める広さではあるものの、ただ単純に岩を上に積み上げただけのようにも視える。
その証拠に建物の上部にあたる岩々の隙間から幾筋もの煙が漏れていた。隙間風が辛いので中で火でも焚いているのだろう。そう考えるとハークは雪国の暮らしを良く知らないが、ある意味理に適っているようにも感じられるから不思議なものだった。
「あの砦は少なくとも我が国が主体の建造物ではないな」
クルセルヴが他の皆と同じように砦正面から少し離れた林や岩の窪みに身を隠しながら言った。
「ほう。何故だ?」
「我が国は、こう言っては何だが非常に見栄っ張りなのだ。外ヅラだけは豪華絢爛に美しく拵える。ましてや、国力に大きな差をつけられているモーデル側の街道に、こんなみすぼらしいものを建てるワケがない」
聞きようによっては自国を否定するかの発言である。長く祖国を離れたがゆえなのだろうかとハークには思えた。
「つまりは、関所の類じゃあねえってことか」
ランバートの断定にクルセルヴとドネルも肯く。と、なると、結局は何だか判らない。
「しゃあねえや。大将、近づこうぜ」
「おう」
フーゲインの言葉に反応して、全員がそれぞれに身を隠す場所から姿を現し砦(のようなもの)の正面へとゆっくり進む。
もたらされる反応は即時且つ、激烈だった。
「お、おい、敵だ! 敵だ!」
「全員構えろ!」
「寝てるヤツ叩き起こせ!」
「戦闘態勢! 戦闘態勢だ!」
忙しないどころではない。
遠目に視ても、混乱状態にすら近かった。
「おいおい、いきなりかよ!?」
「どうしたの、コレ!?」
「こりゃあいかん。全員止まれ!」
ランバートがこちら側をまず停止させ、改めて呼びかける。
「おい! 俺たちは隣国のワレンシュタイン領の者だ! 貴国オランストレイシアの王都シルヴァーナへと向かっている! 責任者はどいつだ!?」
しかし、その呼びかけも功を奏した様子はない。むしろ混沌を助長している有様であった。
「お、おい、りんごくって何だ!? ワレンシュタインって何だ!?」
「知らねえよ! どうせ侵略に来たんだ!」
「撃て! 魔法を撃て!」
内々で混乱極まりこちらの話を聞いているのだか聞いていないのだか判らないような状況に、ハークには憶えがあった。
『虎丸。あ奴らのレベルは分かるか?』
『まだ全員鑑定できているワケじゃあないッスけど、皆レベル一桁とか十台ッス。二十に達している者もいないッス』
『矢張りか。彼らは何も知らん農兵だな。虎丸、ちょいと預かっておいてくれ』
そう伝えると、ハークは腰の剛刀と背に負う『天青の太刀』を鞘ごと自分の身より外して、双方とも虎丸に咥えさせる。
『え!? ご主人、大丈夫なんッスか!?』
『心配ない。イザとなれば儂にも魔法が使えるでな。『
そして一歩また一歩と無手のまま前に出ていくハークに、ランバートも声を掛ける。
「おい、ハーク!?」
「ランバート殿、彼らに危険はない。少しの間、儂に任せてくれ」
言い終わると同時にハークは両手を広げる。次いで手の平も何も持っていないことを見せつけるが如く開いた。
途端に混沌が収まりかけ、視線が己に集まりつつあるのを感じる。
こういう時は本当に、今の己の人畜無害そうな少年の姿が役に立つものだと感じるものであった。
「お、おい! あれ!」
「エルフ! エルフだ!」
「子供じゃあねえか!」
「わぁ! カワイイ!」
「待て、待て! 攻撃準備停止だ! やめろ!」
「撃つんじゃあないわよ! ゼッタイ!」
別のことで砦内は混乱気味となりかけていたが、ハークは構わず全力の声で呼ばわった。
「我が名はハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー! 君らに危害を加えたりはせん! 誰か話ができる者はいないか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます