294 第19話18:THE WEIGHT OF MY PRIDE.⑤




「奥義・『大日輪』!」


 果たして予測通りの技が来た。

 後ろに躱しては大ダメージを与えるチャンスにはつながらない。どの道勢いがついているから無理な話だった。足一本斬り落とされようとも跳んで上に躱す。これしかない。危険を冒す覚悟が無くては龍の懐には到達できないのだ。


「ぬおおっ!」


 クルセルヴは決死の覚悟で上空に飛び上がった。自分の足裏すぐ下ギリギリを相手の剣閃が生み出す刃風が通過するのを感じる。背筋がぞくりと冷や汗をかいたが、逆にそれは斬られることを免れた証明でもあった。


(やったぞ! ここだ! ここしかない!)


 試合を決定づける一撃を叩き込まれそうになった者が、逆にその相手に叩き込んで試合を決める大チャンスを得た。一発逆転とはこのことだろう。


「『瞬ッ撃』ィ!!」


 高レベルに達した強者専用のもう一つのSKILLをクルセルヴは発動する。

 何度も何度も経験した爆発的な加速が身を包む。振り被る切っ先の狙いは少年の腕だ。

 彼の武器はどう視ても両手用である。片腕斬り落とせれば、もしくはそこまで適わずとも骨身にさえ達すれば戦えなくなる。

 この状況下で、ハークを殺さずに勝利するにはこれしかないとクルセルヴは考えた。


 ハークの武器はもう一つ腰元にもあるにはあったが、今日の大会が始まってから一度もマトモに使用していない。

 あの犬人族の少年に対しても、鞘つきのままの使用にとどまっていた。


 きっとメインウェポンよりも何段階も攻撃力付加値の落ちたサブ武器なのであろう。

 と思っていたら、なぜか彼の両手がその武器の柄と鞘に移動していた。


(……え……?)


 視界の中のハークは、とっくにメインウェポンを手放している。


「一刀流抜刀術—————」


 自身の攻撃も、もうその狙いも変えることはできない。勢いがつき過ぎ、なおかつ空中であったからだ。

 クルセルヴは魔法が使えない。ハークの肩口に向けて宝剣を全力で振り下ろすだけだった。


「———奥義!」


 眼にも止まらぬ剣閃が自分を襲ったのだけは理解した。腹部に衝撃を感じ、振り下ろした宝剣が逆に撥ね上げられていたのだけは感じたのだから。


「『神風』」


 己が耳のすぐ横で、かきん、という納刀の音を聞いたと同時に、クルセルヴは大地に激突していた。




   ◇ ◇ ◇




 狐につままれたかのような静寂に会場が包まれる最中さなか、ハークは悠々と歩き自分で放った斬魔刀を拾い上げた。

 観客の大多数が声も出せぬ程呆気にとられている原因は分かっている。

 彼らの眼にはきっと、攻撃を仕掛けた方が突然倒れ、仕掛けられた方が何事もなく立っていたかのように見えたからだ。


 彼らの疑問を一身に引き受けたかのように、実況が声を出す。


「こっ……、これはっ! いいい、一体どうしたことでしょうか!? 私の眼には何が起こったのか全く分かりません! こっ、攻撃を仕掛けにっ、上空から高レベルSKILLにて斬りかかりにいったクルセルヴ選手が、ぎゃっ、逆に倒れているゥウウウーーーーっ!? これは一体どうしたことか!? ロッシュ様は何か見えましたか!?」


「いや、私にも全く見えなかった。だが、何が起こったのかは大方察しがついている」


「ええっ!? それはどういうことでしょう!?」


「私にも多少の情報源があってな、彼、ハーク選手に師事する者の一人だ。彼女によるとハーク選手は、眼にも止まらぬ速度で抜き打ちを行えるSKILLを持っているらしい。それを使って見事にカウンターを取ったのだろう。ところで、カウントはいいのかね?」


「あっ、そうでした! えっ、ええとっ!」


「スリーからで良かろう」


「はっ、はいっ! スリーーー!! ……フォーーー!」


 実況の数数えカウントが始まったのを聴きながら、ハークは既にこの試合が終わったことを確信していた。

 それ程の手応えを感じた一閃だった。

 クルセルヴの鎧はもちろんのこと、右脇腹を深く斬り裂いた筈である。臓腑にまでは達してはいないだろうが、無理に動けば飛び出してくる可能性すらあった。とても試合を続けられるものでもないし、とっくに気絶していてもおかしくない。


 だから、再びの大歓声が場内を支配する中、彼が歯を喰いしばりながら未だ剣と盾を手放すことなく立ち上がってきたのを見て、さすがのハークも驚きを隠せなかった。


「……ハーキュリース、……ヴァン、アルトリーリア……クルーガァア……!」


「やっと儂の名を呼んだな」


 血を吐くように、口端から血泡飛ばしながら対戦相手の名を初めて呼ぶクルセルヴに対して、ハークは一見冷徹に言葉を返す。相手の現況の視認を行いながら。


〈何か、フーゲインの『竜輝発勁エンター・ザ・ドラゴン』のような、回復系のスキルを使ったという訳でもなさそうだな〉


 美しい装飾の施された剣を持つ右手にて自分の右脇腹を押さえつけているが、後から後から新鮮な血が漏れ出していた。傷口を上から押さえつけていることと、高価な鎧が胴回りを包みこんでいることで、辛うじて中身が外に飛び出すのを封じているのであろう。


〈だとすれば、良い根性をしている。だが、危険な状態だ〉


 これ以上無理をすればクルセルヴは命を落としかねない。前世であればほぼ間違いなく致命傷の筈だった。

 ハークは拾い上げたばかりの斬魔刀をゆっくりと弓を引き絞るように引く。彼の彷徨さまよえる魂を休ませるために、一歩一歩間を詰めていった。


 呼応してクルセルヴが、剣と同じく見事な意匠を持つ盾を、震える左手でなんとか構え上げた。

 狙いはそこである。そこに『朧穿おぼろうがち』を打ち込み、彼を場外にまではね飛ばす。この試合を双方どちらも命を失うことなく終わらせるにはこれしかなかった。


「おっ……、俺っ、……はっ!」


「ん?」


 トドメを刺すべく近づくハークに向かって、クルセルヴは先よりも倍の血煙を吐き出しつつ声を上げた。

 続きを待つまでもなく、彼はその後を吐露した。


「俺はっ! だねばだらだいどだならないのだッ! ぞごぐのだべ祖国のためにッ!」


 もはや最後の台詞は血が絡んでおり、しかも会場の大歓声に押されて客席には届かなかったであろうが、対峙するハーク、そして観覧席で観る者のごく少数、ドネルには意味と声が伝わっていた。


「もう良いんだ坊ちゃん! 寝てて……、目を瞑って良いんだ、坊ちゃん……!」


 ドネルのその涙ながらの言葉は、クルセルヴの耳には届いているであろうと思えたが、彼は答えを返すことはなかった。

 いや、返答できる状況にないと言ってもいい。


 一方で、ハークはこのやり取りにて大方の事情を察していた。

 女子おなごのためだなどと試合前は嘯いていたがとんでもない。

 彼も強き意志を身に宿す、強き男子おのこであったのだ。

 その上で、普段は戦闘が終了、もしくは停止するまでは口を開かぬという己の主義を曲げてまで、言うべきことを伝えるために口を開いていた。


「ふむ。詳しいことは知らぬ。知らぬがの、どうやらお前さんも大きな目的を持って行動していたことだけは分かるよ。だがな、より大きな目的を、お国のためであれ故郷のためであれ、絶対に成し遂げたいと願うのであれば、女だ嫁だなどと言わずに真なる仲間を集めるべきではなかったのかな?」


 クルセルヴの眼が無言で見開かれた。それで、伝えたいことの大半は伝わったとハークは思い、言葉を続ける。


「生き急ぐと大抵、碌なことがないな。ヒトは結局、自分一人で行える範囲など小さきものなのさ。ま、結果論でもあるし儂が言えた義理でもないが、真理めいた繰り言の一つよ。さて、そろそろ終いにするとしよう。奥義・『朧穿』!」


 火花上げてクルセルヴの盾に打ち込まれた旋突は、ハークの狙い通りに盾持つ人物ごとその身を場外にまで運んでいった。


 試合終了を実況が叫ぶと同時に、ハークが回復班を呼び、異国の戦士は無事に一命を取り留めた。


 後にドネルから聞いたところ、背中から大の字で大地に寝転がったクルセルヴの顔は、どこか満足げな表情を浮かべていたという。

 そして、主従揃っての礼を伝えられて、ハークは思いっ切り困り顔を浮かべるしかなくなるのだが、それはまた後のお話。


 兎にも角にも、クルセルヴは万雷の拍手に見送られ、その身を担架にて運ばれる形にて退場していった。

 これにて遂に、第五回目となる、『特別武技戦技大会』の決勝戦の組み合わせが決定したのである。


 ハーク対モログの一戦が。




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