293 第19話17:THE WEIGHT OF MY PRIDE.④
フーゲインの予測は、実は完璧なまでに当たっていた。
ここに来てまでなお、クルセルヴの上位クラス『
これは、クルセルヴがモーデルに来て行った数々の所業が影響していた。
『
その効果のほどは詳しく伝承され、近接戦闘に関わるステータス、攻撃力、防御力、速度能力、最大HP、最大SP、そして更には精神力と、これら全てが大幅に上昇し、また、自然回復能力を最大で五割にまで上昇させる効果を持つという。
ただし、その効果に比例するように発動条件は非常に厳しい。
二年前、絶対死地の場であった戦場より、ドネルと共に身一つで逃れたクルセルヴには、資金と呼ばれるもの、そして物資や食料ですら持ち合わせはゼロに等しかった。
そんな最悪の状況下にて右も左も分からぬ異国で生き抜くために、眼についたとある民家に二人は侵入し、乏しき物資と本当にごく僅かな資金を拝借する。
生き抜いて、いつか祖国を救うため、必要な行為だと考えるしかなかった。
そして冒険者として活動を始め、まだ周囲からの信用を得る前、ワレンシュタインの地とは別の辺境にて、モーデルには珍しい盗賊団討伐の依頼をクルセルヴ達は受けることとなる。
そこで彼は、将来の使命が為にもその盗賊団を一人として捕らえることなく皆殺しにしてしまった。
このことでやや苛烈であるとも噂が立ったが、クルセルヴはやがて実力派冒険者としての名声を急速に高めていく。各地の武大会にも精力的に顔を出してこの国での知己を広げ、様々な仕事の斡旋を受けれるようになり、高レベル冒険者の中では珍しく仕事を選ばぬ者として。
遂にはモーデルに入って約一年後、母も到達していなかった凍土国史上二人目の上位クラス『
正に
さすがにその日は、普段、酒を呑まぬクルセルヴもドネルと共にささやかな祝杯を上げた。
が、彼らの希望は即座に
努力の末に手に入れた上位クラス専用SKILL『
クルセルヴはこの一年程で獲得した人脈をフルに使い、上記のクラスそして専用SKILLについて詳しく調べた。モーデルは凍土国に比べ、その人口は圧倒的に多い。その分、持ち合わせている情報量も多く、程無く詳細が見つかり彼らは愕然とする。
『
この記載を見つけたクルセルヴとドネルは絶望に沈むことになった。故郷のためを思い、その力となるため行った行動全てが今さら自分らに跳ね返ってきたことになる。
正に血の滲む努力の結果によって上位クラスを取得しようとも、その専用SKILLが使えない状態にあっては意味がない。
言わば『
それでも彼らは諦めることなく活動を続け、やがて遂に過去のジレンマを解消する手段を発見することとなる。それが善行を積むこと、及び功名を得ることであった。
だが、狙って善行などそうそう起こせるものではない。しかも、戦闘中に自分よりも弱き者を、自身の身を呈して守るなどの行動程度では、一時的に『
そこで彼らは功名に狙いを絞ることとした。その手始めにして最大の功名が、今大会『特別武技戦技大会』優勝者だったのである。
だというのに、ドネルの眼前では完璧にクルセルヴがエルフの少年剣士にやり込められている。
一つ一つの攻撃で完全に上回られ、防御も通じない。攻撃力と速度だけではなく、技術で大きく上回られているとしか思えない。ドネルは剣技の専門家ではないが、ここまで来れば彼にも分かった。クルセルヴは一撃でさえ、惜しい攻撃を行えぬままに、浅いとはいえ無数の傷をあのエルフの少年から受けているのである。
それでもドネルは叫ぶしかなかった。彼のため、自分のため、二人の故郷のため、そして何より、幼い頃より見てきた彼の成長を促すために。
「坊ちゃん! がんばれ!」
◇ ◇ ◇
ドネルはドワーフ族であるがゆえに背が低く、ヒト族からすれば小柄にしか見えない。それでも歴代の聖騎士団団長を支える従者となるべく子供の頃より武具の保守、調整のための技術だけでなく、自らの身体も戦闘に耐え得るべく鍛えぬいてきた。
その厚みを充分に持った地声は、観客の十万を超える歓声すらも切り裂いてクルセルヴの耳に到達していた。
ドネルの声が耳に届く直前の時点で、クルセルヴの心は既に自身の敗北を受け容れる一歩手前であったのかもしれない。
しかし、自身を子供の頃から育ててくれた、今更絶対に口に出しては言えないが、育ての親とも想う人物の、単純だけれどもその内に万の意味を籠めた激励を耳にして、彼は折れかけていた自らの心に拳を打ち込むようにして力づくで立て直した。
そうだ、自分は負けるワケにはいかない。この戦いは自分だけのモノではないからだ。
ドネルのためにも、故郷のためにも、そして命を懸けて自分達を逃してくれた仲間達と
「おぉおおおオオオオオオオォォオオオオオオ!!」
がむしゃらであっても真っ直ぐな想いが、クルセルヴの口から自然と獣じみた雄叫びという形となって発せられる。
もはや
急に本能に基づいたかのような粗っぽい剣筋の連続攻撃の前に、エルフの少年でさえもホンの少しだけだが後退せざるを得ない。
それは、最後のあがき、掻き消える寸前の蝋燭の灯火と少年の眼に映ったからかもしれなかった。
しかし、この時、クルセルヴも予期せぬ形で、彼の中で心の内以上に劇的な変化が起こっていた。
モーデル中の使える伝手を全て使い尽くした彼とドネルでさえ知らなかった『
一時的であってもSKILLの後押しを受けたクルセルヴの鬼気迫る怒涛の攻めに、違和感を覚えたのかハークが一度バックステップで大きく後退を見せる。
躊躇なく追いかけるクルセルヴ。だが、ハークの右の腰だめに引き絞るような構えを見たことによって記憶が呼び起こされた。
(奥義・『ダイニチリン』とかいう彼固有のSKILLか!?)
実はクルセルヴは、自身にできる全てを実行し切る意味合いでもハークの試合を自身の眼で観戦していた。その中で、幾つかの要注意の予備動作の一つだったのである。
その威力は凄まじく、自身の武器であっても防ぎ切れるか分からないと感じるほどであった。
そして防御し切ったとしても押し返されては意味が無い。あの長さの武器である。躱さなければ攻撃には持ち込むことはできないだろう。
躱せれば大きなリターンが得られるに違いなかった。あれだけの長さの武器を振り切るのだ。その関係上、致命の一撃すら与えられる可能性すらある。
クルセルヴは、この試合どころかこの国に足を踏み入れた中で最大の賭けに出るべく心を決めた。
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