262 第18話02:Tell us your swordplay!②




「おいおい、虎丸よ。お主があれぐらいで倒れる筈がないであろうに」


 ハークはやや呆れたかのように言う。稽古での相棒役であるフーゲインにも聞こえやすいように声に出して。


『そんな事ないッス。左の後ろ脚にご主人の刀が当たったッスよ』


「掠っただけであろうに。しかも、先っちょもいいところだ。おまけに技を使った訳でもない。お主の後ろ脚がたったそれだけで落ちる筈があるまい」


『落ちるッス。ご主人の『斬魔刀』をもらったんッスよ。絶対落ちるッス』


 虎丸はそう主張するが、どう考えても有り得ない。戦闘中の虎丸の毛皮は種族固有のSKILL効果と相俟って前世の鋼鉄など軽く超える硬度を持つ。良くて小さな斬り傷をこさえられるかどうかであろう。とても戦闘に影響するとは思えない。


 どうも虎丸は、ハークの剣技、そして刀、特に『斬魔刀』を特別視しているフシがある。

 ここ数日前から、虎丸を相手取って実戦形式の鍛錬を始めたのだが、毎回、軽く触れただけでこの有様となり降参してしまうのだ。

 無論、実戦形式とはいえ、本当に実戦ではないのだから加減はする。寸止めや軽く触れさせただけなどだ。虎丸の場合は爪を出さなかったり、噛まずに一瞬舐めるだけとかそういうことである。


〈まぁ、つまりは、儂ではまだまだ虎丸の脅威足り得ぬ、ということか〉


 結局のところ、ハークはそう思う。

 実際は虎丸がハークに対して甘いだけなのだが。


「まぁ、良いじゃあねえか。漸く、三十分で一発当てられたのは事実なんだ。それに、時間も良い事だしよ」


 そう取り成すのはこの稽古でハークの相方を務めるフーゲインである。

 彼の言う通りだった。三十分かかってやっと捕まえられたようなものである。それに、どうせこの議論は平行線となる。時間に関しても、ハークにとっては至極尤もな意見であった。


「そうだな、ある意味丁度良い。しゃわーでも浴びに行くとするか。日毬~」


 一声かけるとその辺りをふよふよ飛んでいた日毬が「きゅん~」と一声さえずって戻ってくる。「は~い」と「終わったの~」が混ざった様な、相変わらず不思議な声音だ。

 従魔と共に連れ立って歩くハークとフーゲインは二人して汗達磨あせだるまの濡れ鼠である。三十分間休まずに、時々反撃してくる虎丸を躱しながら追い駆け続ければ誰でもこうなる。

 特にこの後、ハークには予定があった。


「この後、ギルド長たっての希望で会食すンだろ? 何の用なんだろうな」


「何か相談事であるようだ。ただまぁ、例の大会が一週間後なのでな、受けられることと受けられぬことがあるが……」


「『特別武技戦技大会』か」


「うむ。そういえば、フーゲイン殿は出ぬのか?」


「出ねえな。こんなンでも一応、軍兵だからよ」


 ここで普通の人間であれば「フーゲインも出れば絶対に良いところまで行くのに」とか言うであろう。が、ハークはその大会に自身が出るのも見るのも初だ。確証もなく、適当なお為ごかしや世辞などをハークが言う筈もなかった。

 代わりに別の事を訊く。


「軍兵でも、出れるのだろう?」


「まぁな。実際、有給願い出て出場する同僚や部下はいるぜ。『高み』をその身で体験するのは良い事さ。けど、俺は出ねえよ。丁度その日に何かが起こったら誰も助けられねえ、とか冗談じゃあねえからな」


「そうか」


 知らずに自分の口の端が上に昇っているのを感じる。尊敬に値する答えだ。

 彼は既に自分の道を見つけ、固めている。後悔せぬような生き方は、単純なようで難しい。彼にはそれができていた。


「しかし、話は変わるけどよ。実際のところ、お前は凄えよなぁ」


 いきなり脈略もなく、しかも自分の考えていたことを逆に言われ、ハークでもさすがに驚く。


「何の話かね?」


「お前と俺の汗の量だよ。全く同じじゃあねえか」


 それが何だというのか、ハークには解らない。さっきまで同じ目標に二人して挑んでいたのだ。同量の汗を流すのは至って至極当然ではないのか。


「あれ? 解んねえ?」


「うむ。教えてくれ」


 ハークは素直に頷いた。


「俺とお前のSPスタミナポイントの差ってよ、二倍くらい差があるんだろ? なのに、汗の量がほぼ同じってのは、消費した割合はほぼ一緒ってことじゃあねえか」


「ああ、そのことか」


 ハークも気づいていたことだ。この世界の武術は、フーゲインもそうなのだが、ハークから視て細かいところを詰めていない。そういうところは地力で無理矢理補ってしまうのだろう。言わば、身体の捌き方が非常に大雑把だった。

 少し語ろうか、とも思ったが、その必要はなかった。


「気になって、少し今日観察してたんだよ。そしたらさ、お前、方向転換する時に、思いっ切りその方向に身体を倒してから足出してんだよな。俺とは逆だぜ。そういうとこ、凄えと思うぜ」


「そうか」


 これなら、態々語って聞かせるまでもない。ハークはそう思った。

 ハークとフーゲインの武術談義に似たような会話は、ギルド備え付けのシャワー室に着いても続いた。




 寮の自室に戻ったハークは稽古着を洗濯に出すと、時間が多少余っていることに気がついた。早めにギルド長ルナ=ウェイバーの仕事部屋に向かうにしても少し早い。

 櫛で虎丸の毛皮をくのも良いが、それは昨日やったばかりだ。


〈ふむ〉


 ハークは意を決すると備え付けの勉強机から読みかけの安っぽい装丁の冊子を引き出した。

 ソーディアンを出発する際に、第一校のギルド寄宿学校講師陣から餞別代わりと貰った冊子、最後の一冊だ。他の歴史と算術は既に読破した。

 エタンニ=ニイルセンから直々に手渡された『魔生物科』の教本、その最後の項目が残っていたのである。前回読んだのは確か、ロズフォッグ領トゥケイオスへと向かう途上、スタンの客馬車の屋根上だった筈だ。


 記憶を頼りにページを開く。そこには龍族への解説が記されていた。

 次は最後の頁であり、龍族の中で特に強力且つ有名な龍、『最古龍』と呼ばれる存在の姿形や、性質や性格などを、人間種間の伝承や残された書物などから抜粋してまとめた記載があった。

 今の実力、どころか少なくとも十年はエルザルドと同列とされるものなどと戦うどころか出会いたくもないが、この世界最強と謳われる存在に対し、興味がないとは例え逆さになっても言える訳がない。


 ぴらりと開くと、名の判明している『最古龍』が五体、異名だけが書かれたものが二体ほどだった。

 記載量もそれほど多くはない。判明していることは意外に少ないのだろう。



 まずはガナハ=フサキ。

 おとぎ話の『空龍の牙』で一般にも有名な存在であるからか、一番最初に書かれている。

 異名というか、二つ名はそのまま『空龍』。澄んだ空色の鱗に身を包み、二つ名の通り空を自在に駆けるという。

 性格は至って温厚。話し合いや交渉も可能、遭遇が考えられる『最古龍』の中では最も安全などと書かれている。この辺りまでは、何度かエルザルドに聞いた通りである。

 また、ヒュージクラスドラゴンの中では最も小さく、全長十五~二十メートルほどであるらしい。

 そうなると、ハークの目測ではあるが三十メートルはあったエルザルドの約半分程度しかない。あとでエルザルドに確認してみた方が良いだろう。



 二体目はロンドニア=リオ。

 ここまではどうも、ドラゴンどころかモンスターにすら興味のない者であっても、名前を出せば知っているらしい。

 ガナハとは逆に、兎に角、巨大なドラゴンで、全長は数キロメートルにも及ぶらしい。

 正直、巨大過ぎて信じられないが、そういう者達は実際に自分の目で見に行ってくると良い、と書いてある。

 何と、モーデル王国の隣の又隣の国、龍王国ドラガニアのその首都に、実際に存在し、砂漠の真ん中にある首都を強烈な日差しから守るように鎮座しているらしいのだ。




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