第18話:I can be STRONG

261 第18話01:Tell us your swordplay!




 麗らかな秋の午後、リィズ、そしてアルティナはワレンシュタイン軍が管理する医療施設へと足を運んでいた。

 柔らかな陽光が二人を包んでいる。

 今日は特に過ごし易い天気だ。とはいえ、ワレンシュタイン領都オルレオンは古都ソーディアンよりもかなり北に位置する関係で、あと一カ月ほどすれば急激な寒さが訪れる。

 天気も荒れやすくなるし、時には大雪が降る。全体的に温暖な気候のモーデル王国において、亜人の比率が他の大都市とほぼ逆転していることの次に異色な点であった。


 あの、軍とハーク達及びヴィラデルまでが協力して行った合同大捕縛作戦、並びに『キカイヘイ』との初遭遇から明日で一週間が経つ。

 本日は半休日で、冒険者ギルド寄宿学校も午前中までであり、二人は明日退院というエヴァンジェリンのお祝いを兼ねて見舞いに訪れたのである。


 エヴァンジェリンは『キカイヘイ』の攻撃からリィズたちを庇って負傷、左肩の肉を大きく損失するという大怪我を負っていた。

 応急処置は受けたが、もう少しで左腕を根元から失うほどであったため、その場で完治させるには損傷箇所が広範囲過ぎ、更には大量の血液も失っていたことも重なり、入院を余儀なくされたのである。


 勿論、再生魔法で血を補うという方法もあるが、大量の魔法力を必要とし、尚且つリスクが高い。休めるなら休むのがこの国、とりわけこの領では一般的であり、ランバートの命令でもあった。

 そもそもアイツはこれまで働き詰め過ぎだったからな、とは領主ランバート=グラン=ワレンシュタインの評でもある。かくして一週間、エヴァンジェリンの入院が決定されたのだった。


 受付にて面通しを済ませると二人は案内を断り二階の角部屋へと向かう。入院時に彼女らを含めたハーク達パーティーメンバーは全員訪問しており、彼女たち二人はその次の日の放課後にも一度見舞いに訪れていたのだった。


 上級大将らしく個室の扉をノックすると、すぐに入室の許可が下りて二人は中に入った。


「エヴァ姉!」


「おっ! お嬢に……姫さん⁉ また来てくれたのかい⁉」


 エヴァンジェリンは驚くが、アルティナはどこ吹く風だ。


「リィズと私は姉妹の様なものです。そのリィズの恩人であるのなら私にとっても恩人、姉であるなら私にも姉の様なものですから」


「きょ、恐縮です!」


「エヴァ姉、緊張し過ぎだよ」


「お、お嬢、そうは言ってもねえ、普通はこうなると思うよ」


「ふふ、そうかもね。経過はどう?」


「……ベッドに寝てるだけってのがこんなにツラいとは思わなかったよ。もうすっかり調子も戻ったからねぇ、今すぐにでも現場復帰したいくらいさ!」


「やっぱり! 今日はそんなエヴァ姉のためにお見舞いと現場復帰祝いを兼ねて伝えに来たんだ!」


「えッ⁉ 大将の許可が下りたのかい⁉」


 リィズはにこやかに頷いた。


「うん! 担当回復魔法師の許可も出たらしいからね。父上も本人が望むのなら現場復帰させるって!」


「良かったですね! エヴァンジェリンさん!」


「ありがとう、姫さん。いやあ、退屈で退屈で死にそうだったよ……」


「そうだと思った! それでね、今まで禁止されてたんだけど、復帰するならこの六日間の経緯とかも全部話していいって言われたんだけど、聞く?」


「勿論さ! この六日間、体に障るとかで一切そういったのから切り離されていたからね。ぜひ聞かせておくれ」


 リィズとアルティナはエヴァンジェリンのベッドの端に腰を下ろし、話し始めた。


「まずあの侵入者達の集団、リンは『シノビノモノ』たちと名乗っていたけど、彼らはその後、全員恭順を示したよ」


「そうかい! それは一安心だねぇ! 気になってたのさ!」


「やっぱり、最初に頭領であるリンさんを説得できたのが大きかったようですね。第二集団、第三集団共に、大した混乱もなく収まったとのことですから」


 アルティナの言う通りだった。

 侵入者達『シノビノモノ』は当初から一網打尽を防ぐため、常に三つの集団に別れて行動していた。とはいえ、行動は基本、頭領であるリンの指示に従い、故に相互に連絡を取り合ってもいた関係で、彼女が事前に人を向かわせることで混乱なく降伏、次いで一人残らず全員を恭順に導くことができた。

 これは、リンも認めていたが彼女の統率能力の高さというより、実行部隊員の殆どが彼女より実戦経験豊富であり、リンよりも余程先に状況の閉塞状態を痛感しており、恭順の判断を受け容れ易い状態にあった事が主な要因といえる。

 渡りに船とまでは言えぬが、頭領であるリンさえ納得するならば、話は早かったワケである。


「彼らの村の整備も順調で、大体の建物は建造し終わったとのことだよ。作物は、もうすぐ冬だから育てられないけど、春になったら稲作をするって、リンが昨日わざわざ私に報告に来てくれてね」


「ヘェ、懐かれたモンだねぇ」


「齢も近いとのことなので、良い事なのではないでしょうか。これからも一週間に一度は領都に顔を出すとのことです」


「そっか。ところで、イナサクってのは?」


「米のことだよ。エルフ米と同じようなものを育てるんだって」


「アレ、食べたことないんだよなぁ」


「結構おいしいですよ。古都で何度かいただきました」


「師匠が野営で作ってくれたりもして、味が染みるととってもおいしいんだよ!」


「あの子、料理もできるのかい⁉」


「ええ、なんというか……プロ並みです」


「うへえ、そりゃ凄いねえ。フーゲインはどうだい? 学園で怖がられていないかい?」


「全然!」


「え、そうなのかい?」


 エヴァンジェリンにとって、リィズの答えはかなり意外だった。確認するようにアルティナにも視線を送ると彼女も頷く。


「はい、よくお話されるので寧ろお付き合いしやすい講師の方と評判ですよ」


(あ~~……、これはリィズがいるから、だねぇ……)


 フーゲインは軍では寡黙、そして自分に対しても他人に対しても厳しいため、その実力も伴ってやや同僚や部下からは怖がられているようなフシが視られる。

 近寄りがたい印象を与えるのだ。

 しかし、これがランバートは元よりエヴァンジェリンやベルサなど、彼が認めた相手に対しては結構饒舌になるので全く逆の印象を受ける。そして、リィズ相手には更に口が滑らかに、そして表情も柔らかくなる。あの姿を見せれば、学生相手に怖がらせることも、敬遠されることも少ないだろう。


(新たに認める、いや、認めざるを得ない者もできたからねぇ)


「ハーク殿とはどうだい? 仲良くやってる?」


「ええ、勿論です」


「最近、よく一緒に稽古してる! 二人で組んで、虎丸さんに挑んだりしたりしているよ」


「あの従魔殿に二人で? ああ、確かにありゃあ規格外だからねえ」


 フーゲイン、ハークともにエヴァンジェリンから視ても充分なほどの実力者だが、あの従魔に比べると一段劣ると視える。堅さのランバートに対し、速度で並ぶのではないかと思わせるほどの、無敵感の様な貫禄さえ感じさせられるほどだ。

 無論、エヴァンジェリンの前で見せた実力だけがハークの全て、であるという前提での話だが。


「まぁ、あの馬鹿にしちゃあ上手くやれているようで安心したよ」


「ふふ、もうフー兄だってそんなに何度も暴走はしないよ」


(さぁて、それはどうだかねえ……)


 リィズがいない間、散々っぱら振り回された経験を持つエヴァンジェリンには今一信じ切れないものがある。しかし、顔には出さず、話題を変えた。


「『キカイヘイ』の方はどうだい? ホラ、ハーク殿が鹵獲したヤツ」


 二人の表情が多少曇る。それで大方の状況は察せられたが、エヴァンジェリンは二人が口を開くのを待った。


「研究が進んでいないっていうことは、ないんだけどね……」


「進んだところと、全く進まないところ半々といったところでしょうか」


 ふんふん、とエヴァンジェリンが頷いたところを視て、アルティナは続ける。


「まず、ハーク様が魔晶石らしきものを砕いたことで動きを止めたことから、ヴィラデルさんによりますとやはりゴーレムの技術を一部流用しているとのことです。ヴィラデルさんも本職ではないので、確証はないようなのですが」


「成る程ね」


 魔法の名手と魔法の道具の製作達者は似て非なるものだ。それくらいならばエヴァンジェリンにも分かる。


「また、あの腕を飛ばしたりだとか、胸の装甲から高熱を放つとかは、どうもSKILLの類ではないみたいなんだ。虎丸殿が『鑑定』SKILLを習得しているんだけど、あの戦いの最中に『鑑定』を行っても、SKILL欄に何の記載もなかったみたい」


「SKILL欄に何もない⁉ じゃあアレは一体なんだったい⁉」


「それがまだよく分からないんだ。『キカイヘイ』の内部に入ってた管が問題の箇所、肘や胸の装甲の奥に繋がっていたんで、その管の中を流れていたっていうあの変な油みたいなものが関係しているんじゃあないか、とは考えられるみたいなんだけど……」


「あの、妙に粘っこかったあの油かぁ……」


「他に、なぜ装甲の強度が変わるのか、とか、再生するのかとかは依然としてつかめておりません。分からないことの方が多い状況です。ですが、倒し方をハーク様が示してくれました。今回の調査で、どこに魔晶石が配置されていたかも判明いたしましたしね」


「確かに。一応、弱点の位置はつかめたと言えるね」


「はい、そこで、シアさんに思うところがあるらしく、ヴィラデルさんにも協力を仰ぎつつ、軍所属の工房を借りて何かを製作するとのことです」


「シア殿が? そういやあの、高名な鍛冶職人だったっけ。ハーク殿のメインウエポンも彼女が打ったモノなんだろう? ……ってコトは、アタシらにも『カタナ』が支給される⁉」


「かもしれないけど、ヴィラデル殿にも協力を仰いでいる、っていうのが分からなくってね」


「確かに。妙な取り合わせだね」


「魔法の専門家として指名したみたいなんだけど……。そういえばエヴァ姉、ワレンシュタイン領ウチには本職の法器修理職人が二人くらいは居た筈なんだけど、あの人たち、どうしたの? 他のエルフ族も、全く姿を見ていないよ?」


「ああ、彼らに限らずエルフ族は今、全員里帰りしているよ。森エルフの里、森都アルトリーリアで、何か起こったらしくてね。少し前に手紙で呼び出しを受けていたんだ」


「へえ、そうなんだ? まさか、帝国の手が⁉」


「えッ⁉」


 リィズとアルティナが二人して最悪の想像を巡らせる中、エヴァンジェリンがやんわりとそれを止める。


「ああ、全く違うみたいだよ。仲の良い軍所属の魔導師に少しだけ詳しく聞いてみたんだけど、どうやら子供が一人行方不明というか、家出したらしくってね」


「え? 子供一人が家出しただけで、里の出身者全員呼び戻すの? その家出した子供って、相当に身分が高いんだね」


「アタシもそう思ったんだけど、そういう事じゃあないらしくって、エルフってさ、生まれる子供の数が少ないらしくって、とても貴重なんだそうなんだよ。だから、子供はその里のエルフ達にとって皆の宝であるらしいのさ。だから、子供がいなくなるなんてのは里を上げての一大事なんだと。里の外で生活するエルフってのは、半分故郷を捨てたみたいなところがあると聞いていたんだけど、そんなことは関係ないんだってさ」


「ヘェ~、そうなんだ。エルフの子供ねェ……」


「エルフの子供ですか」


 リィズとアルティナの二人共、良く知る者が今自分たちで発言した特徴にぴたりと該当しているにも拘らず、気づくことはなかった。それはその対象が、全く子供という範疇にとてもとても考え入れ得ぬ人物であることが遠因であった。




   ◇ ◇ ◇




『ギャーーーーッス! やられたーーーッス!』


 虎丸は大げさな叫び声をわざわざ念話で上げてから、ばったりとギルドの修練場に倒れ込んだ。

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