254 第17話17:ジョーカー③




「エヴァ姉⁉」


 リィズの悲痛な叫び声も木霊する。


「だ、大丈夫……!」


 砕け散ったのはエヴァンジェリンの左肩の鎧だった。

 リィズと共に、彼女を庇ったエヴァンジェリンも何とか直撃を避けた形と言えた。命に別状はない。しかし、左肩は酷い有様だった。肉が大きくえぐれている。


「普通のレベル三十七の攻撃力じゃあないよ! かなり特化してる!」


 駆けつけた回復班から治療を受けながら、エヴァンジェリンが注意喚起を促した。


〈そういえば、もう一発は⁉〉


 瞬間的にハークは思い出す。腕飛ばしの砲弾は、『キカイヘイ』二体が同時に発射していたのだ。


「ちいっ、まさか俺様の大盾がここまでのダメージを受けるとはな……」


 ランバートの声であった。ぐるりとハークが振り向くと、ランバートの巨大な盾が一部大きく歪んでいた。


「野っっ郎ォオオーー!」


 フーゲインが突撃を開始する。

 この前の果し合いもそうであったが、フーゲインはハークに比べて攻勢に出る判断が実に早い。

 肉体の頑強さの他に、彼の武器が己の四肢たる素手である為に、まず相手に接近せねば話にならず、まごついていると一方的に攻撃される危険性を孕んでいるからであろう。


「『双功龍ダブルドラゴンブロー』!」


 ハークとの決闘でも使ったSKILLが発動される。左右の強力な拳での連撃が、殆ど同時に放たれる恐るべき技だ。実際、分厚い鉄板のようなものとの衝突音が一つに聞こえかけるほどであった。

 だが。


「全くへこんでもいねえ⁉」


 己が身をもってその威力を体験したハークにとっても驚きである。拳が炸裂した『キカイヘイ』の腹部らしき箇所には何の傷やへこみも見受けられなかったからだ。僅かながらに位置を後ろに下げたに過ぎない。


「どいて!」


 そこへ更に間合いを詰めている者がいた。

 シアである。

 意図を理解して横にズレたフーゲインが元いた位置から、彼女は全く同じ個所目掛けて攻撃を行う。


「『剛連撃』っ‼」


 ドココココォォォン!


 シアの持つ鉄槌が連続でぶち当たる音が響いた。

 結果は同じ。相手に攻撃を当てた回数分、後ろに移動させたに過ぎない。ハークとしてもそれは当然と思えた。ハークの見立てによるとシアの攻撃力はフーゲインに下回っていたからだ。

 が、気づくこともあった。


〈反響している? 中身は空洞なのか?〉


 ハークのエルフ族たる特別製の耳があってのことだが、僅かな反響音を捉えていた。前世で言えば大地に置かれた分厚い大鐘かのようだ。あれほどの厚さを備えているのならば、撞木しゅもくどころか前世に於ける破城槌にすら匹敵するようなシアの『剛連撃』を耐え切れるものなのかも知れない。


 結果として全くの無為に終わったとも言える二人の反撃であったが、判断としては間違っていない。ハークはそう思っていた。

 なぜなら『キカイヘイ』はどちらも、右腕の肘から先を失っているからだ。


 その時、後方から何かが噴出される音が近づいていた。ハークと虎丸は、同時に振り向いた。


「二人共、離れろっ!」


 ハークの眼には驚くべきことに、肘から先の拳が戻って来るという奇妙な光景が映っていた。

 よくよく仔細を視ると握っていた手を開いているようで、手の平の真ん中より炎を吹き出して、先とは逆向きに推進していた。

 拳を飛ばす攻撃に比べると若干に速度が緩やかだったが、当たりたいものでもない。


 その事実を知り、ランバートまでも含めた全員がギョッとする。だが、真なる驚愕はここからだった。

 戻って来ていた腕が、残された右の二の腕に肘から接触。ガチン! と言う音と共に腕が元通りとなったのだ。


「ええぇえ⁉ 嘘でしょ⁉」


「どんな構造してんだよ⁉」


 シアとフーゲインが文句の様な驚嘆を発した時には、既に『キカイヘイ』は肘からくっついた右腕を振り被るところであった。


「「『瞬動』!」」


 二人は全く同時に同じSKILLを発動していた。どの方向であっても驚異的な移動速度を短時間発揮するものだ。シアはこのSKILLをワレンシュタイン領に入った辺りで習得することに成功している。

 二人はこれで元の位置付近まで帰ってくるつもりであったのだろう。

 先の跳躍力などを視る限り、『キカイヘイ』のいわゆる身体的な能力は非常に高い。ただ、身体が重いのか鈍重な印象があった。


 移動系SKILL『瞬動』であれば問題無く離脱可能。その考えは妥当だとハークも考えることができた筈だった。

 だがしかし、ここで全員に何度目か判らぬ衝撃が奔る。

 『キカイヘイ』の背中が火を噴いたのだ。

 噴出音を背に『キカイヘイ』は急加速した。


 原理としては『瞬動』に近いとハークは即座に理解した。同時に、二人が追いつかれるであろうことも。

 『瞬動』は魔力の噴出で瞬間的な急加速を得る。ただ、『キカイヘイ』の炎は噴射し続けている。

 一瞬の急加速に対し、継続的な加速。

 『瞬動』が連続発動に向かぬ技術である以上、加速し続けるものに追いつかれるのは必然だった。


(くっ!)


 右腕を振り被ったまま近づいてくる敵に対し、反応したのはまずフーゲインだった。シアと『キカイヘイ』の間に自ら己の身を滑り込ます。

 相手はフーゲインより確実に素の攻撃力が高い。それは何かできる保証よりもできない保証の方が大きな公算であると言えた。

 だが、シアではより対抗しようもないと瞬間的に判断し、彼は片腕をも犠牲にする覚悟で前に出た。


 突然、そんな彼の前方に、更に躍り出た人物がいた。

 ハークである。


「なッ……⁉」


「奥義・『大日輪』っ‼」


 横っ飛び一閃。身体の向きすらも傾けたままの斬撃は真下から振り上げるような軌道を描いた。

 ただし狙いは『キカイヘイ』の胴体部ではない。彼の握る『斬魔刀』の切っ先、その行く末は、これから振るおうとする『キカイヘイ』が腕にあった。


「ぬぅぅうん‼」


 火花撒き散らし刀と文字通り鉄の拳が拮抗する。

 とはいえ、ハークとて真っ向勝負を仕掛けた訳でもない。直前に攻撃を仕掛けたフーゲインの攻撃が堅牢なる装甲の前にほぼ意味を成していなかったのだ。三日前に冒険者ギルドで行った自身との決闘で、ハークは彼の攻撃力が自分のそれとほぼ互角であると身をもって知っている。

 だというのに己の攻撃のみが真っ正面から通用するとは、流石に考えられない。

 ハークの『大日輪』は、敵の攻撃を撥ね返す為ではなく、逸らす為であった。


 見事、拳の軌道は変化し、明後日の方向へと『キカイヘイ』が拳を振り切った格好となる。

 そして、その隙を見逃すハークではない。元々、攻撃を逸らすのみで終わらせるつもりもなかったのだ。


『今だ、虎丸っ!』


『了解ッス!』


 以心伝心、ハークは着地と同時に刀を倒し、次いで我が身も地に伏せる。大地にべたりと身体を密着させるかのように。虎丸がハークの後ろを追い駆けていると信じて。


 果たして虎丸は、ハークの背後にて既に最高速度に到達するところであった。


ガウッランッガウァアアアアペイジイイイアア・ゴッッアガァアタイッッガァアアァアアアアアアアアア!!!」


 シアとフーゲインのすぐ横を通り、地に伏せたハークの真上に突如として大地と水平な竜巻が出現する。無防備な体勢の『キカイヘイ』が胸元、人で言うならば鳩尾みぞおちの辺りに直撃した。


 ズギャギギギギギィイイインッ‼


 前に倍する凄まじい火花が発生し、何か硬質なものが削られる音が響く。


「どぅわ⁉」


「おぉおお⁉ 何だァ⁉ 凄ぇな!」


 大地と横向きに発生する竜巻を初めて目撃したフーゲインとランバートが驚きを見せる。

 だが、驚いていたのはハークも同じだった。

 眼の前で、初めて虎丸の『ランペイジ・タイガー』が突き抜けることなく拮抗していたのだ。

 とはいえ、それも一瞬のことだ。さすがの『キカイヘイ』の脚も地面から浮き上がり、後方へと吹き飛ばされていく。


 虎丸が離脱し、後方へ三回転ほど宙返りを重ねながらハークの目前に降り立つ。

 結果を確認するが為に、ハークが地面から身を離し、立ち上がるとほぼ同時に相手の『キカイヘイ』もむくりと身を起こしていた。


「……ガウゥ……」


 無念そうな虎丸の唸り声に事態を大方察したが、ハークも自らの眼で確認をする。


「嘘でしょ……⁉ あの一撃で⁉」


 今回ばかりはヴィラデルの意見に賛成であった。虎丸の『ランペイジ・タイガー』が炸裂した胸元の装甲は、貫かれるでもぽっかりと穴が開くでもなく、無数の爪痕に抉られた証が残るのみだった。


「……胸部装甲ノ損傷ヲ確認。対象ノ戦闘力ヲ『特Aクラス』ト判断。最終決戦兵器『ブレストブレイズ』ヲ使用スル」


「了解シタ」


 驚きのあまり声も無いシアの視線の先に、立ち上がった『キカイヘイ』の胸部装甲がガシャン! と下にズレた。そして、内部に隠された赤色の装甲板が顕わとなる。

 一拍遅れ、後方のもう一体も、同じく赤い装甲板を露出していた。


〈いかん⁉〉


 なぜだか突然の強烈な焦燥感に襲われたハークは緊急で日毬に念話を送る。


『日毬! 『岩塊の盾ロックシールド』を頼む! 我ら全員の前に!』


「キュウン!」


 ハークと虎丸の直ぐ上を飛んでいた日毬は、主の命に応えて即座に注文の盾を出現させた。ズドン、と巨大な岩塊が小山のようにハーク達の視界を塞ぐ。

 それとほぼ同時だった。


「「『ブレストブレイズ』、照射」」


 地上に太陽の如き灯りが、今、出現した。




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