255 第17話18:帝国の切り札 対 王国の最終兵器




「何だ⁉ 一体、何が起こっていやがる⁉」


 フーゲインの言葉は、この場全員の総意に近かった。

 実際何が起こっているのかすら、正確なところは判らない。凄まじき光量に世界が支配されていた。


「ああ暑ちちちちっ! 何だこりゃあ、真夏みてえに暑い、いや、熱いぞっ⁉」


「何が起きてるんだい⁉ ど、どんどん温度が……⁉ まるで幾つもの炉に周りを囲まれたかのような⁉」


 シアの言う通りだった。みるみるうちに周囲の温度が上昇していた。汗が吹き出し、服から露出した肌が痛い。

 日毬が魔法で造り出した『岩塊の盾ロックシールド』によって、恐らくは熱源、いや、光源と目されるものの前に盾を生成したどころか、巨大で分厚い岩塊に『キカイヘイ』二体の姿もこちらから視えぬように塞がれているというのに。


 というより、岩塊に阻まれ巨大な影に覆われた外の景色が視えない。明る過ぎて真っ白で、眼に痛く、とてもではないが見続けていられないのだ。異臭も漂ってきた。


『ご主人! 日毬! オイラの陰に隠れるッス!』


『虎丸! 一体何が起きているか判るか⁉』


 日毬がふらふらと暑さに耐えかねたようにハークの肩に落ちる。まずいことだった。

 だが、原因、何をもってして『キカイヘイ』たちが周囲の温度を急上昇させているのかが分からなければ止めようもない。


『オイラにもさっぱりッス! コレ、魔法じゃあないッスよね⁉』


『ああ! 精霊の躍動が全く感じられん! 引き寄せられてはいるのだが!』


『ご主人! よく聞いて欲しいことが二つあるッス! 一つは恐らく、日毬の造り出した『岩塊の盾ロックシールド』の影のすぐ外、そこは既に岩も灼けるほどの灼熱地獄ッス! 絶対に出ちゃダメッスよ!』


『岩が灼ける⁉ まさかこの匂いは⁉』


『岩の表面が溶け始めている匂いッス! 無茶苦茶な温度ッスよ! 二つ目は、漸くさっき、あの『キカイヘイ』って敵の細かい能力が視えたッス!』


『『鑑定』が最後まで完了したのか!』


『はいッス! 予想通り物理攻撃力と防御力系能力に特化しているッス! ただ、不思議な事に、魔導力と魔法力がゼロだったッス!』


『零だと⁉ では、スキルは⁉』


『使えないはずッス! っていうか、そもそもSKILL欄に記載が一つもなかったッス!』


『何だと⁉』


 なれば、増々この状況の意味が解らない。


 一方、ランバートも顔面から汗を吹き出しつつ後方に向かって叫ぶ。


「リィズ! アルティナ様たちを連れて下がれ!」


「父上⁉」


「規格外だ! 悪いがお前たちを守ってやれる自信がなくなった! とにかくもっと下がれ!」


「りょ、了解しました! さ、アルティナ様! エヴァ姉、歩ける⁉」


「大丈夫、歩くくらいなら……」


「ランバート様、ハーク様、皆、ご武運を!」


 彼女達が部下と共に少しずつ後退するのを見届けて、ランバートはハークら全員の顔を見回す。


「さて、一気に戦況が変わっちまったなぁ。この状況だが、誰か少しでも説明できるヤツはいねえか? 僅かなヒントでも構わん。攻略の糸口が欲しい」


 彼もハークと同じ事を考えていたことを知る。ハークが得た虎丸からの鑑定結果も意味を成すとは思えなかったが、とりあえずは報告しようと口を開く寸前、彼よりも前に語る者がいた。

 ヴィラデルである。


「本当に些細なものだけれど、良いかしら?」


「無論だ。とにかく材料が欲しい。現状、何もないからな」


「りょーかい。ただ、この質の悪いサウナみたいな温度をどうにかしないとね」


「できるのか⁉」


「アタシだけじゃあ難しいわ。ハーク」


「何だ?」


「その子の力を貸してくれないかしら。できれば、『念話』で直接話させて欲しいわね」


 ヴィラデルの示した人差し指は、ハークの肩にとまる日毬へと向いていた。

 ハークは一瞬迷う。日毬の精神はまだまだ幼い。

 ヴィラデルの様な捻くれで、嘘と虚飾と悪意で武装しまくった女の権化のような人物と真っ正面から付き合わせるにはまだまだ早いと思える。

 しかし、この状況をまず好転させなければならないのはハークも同じ思いだった。


『虎丸、良いか?』


『良いッスけど、日毬は大丈夫ッスかね?』


 やはりというか何というか、虎丸もハークと同じような懸念を抱いたと視える。


『仕方がない。何もわからぬ状況で突撃するなど死にに行くようなものだからな。ヴィラデルが何か阿呆なことを言おうとすれば、即座に『念話』を切ってくれ』


『了解ッス。じゃあ、繋げるッス』


 虎丸が『念話』の糸を操作し、ハークと繋げたままに日毬、そしてヴィラデルと繋ぐ。


『こんにちは、アナタが日毬ちゃんね?』


 日毬は答えない。だが、身体ごと視線をヴィラデルへ向けていた。


『ねえ、日毬ちゃん。ハークの、ご主人の役に立ちたい?』


 日毬が頷く。何度も。


『じゃあ、アタシの言う事をよく聴いてネ。さっきの見張りの男共を吹き飛ばした『突風ウインドシュート』をもう一度、今度は外へ向かって放ってみてくれる?』


 日毬はハークの上で足を動かして、右を向きつつヴィラデル注文通りの魔法を発動させようとした。そこを、注文主であるヴィラデル自身が一度制止する。


『ちょっと待って! さっきみたく、一度の発動で溜めた魔力を放出しないようにするの。溜めたものを少~~しずつ吐き出すようにしてごらん? そう、慌てないでゆっくりと』


 キュウウ~~~ン、と日毬は鳴いた。同時に、ハークら周辺に、今まで無かった風が通り始めた。


「よし、今ね。『氷壁アイスウォール』」


 ヴィラデルが魔法を発動すると、ハーク達が集まる中心に小さな、壁と言うには物足りない氷の塊が出現する。そこを通過した風が涼しく、心地が良い。

 煮えたぎった身体で、頭が冴えわたるかのようだ。


「これは……生き返る気分だねぇ」


「ああ、脳が冷えるぜ」


「全くだ。魔法に長けているというのは、やはり様々な場面に実用可能なのだなァ」


 皆の言う通りである。ハークも口には出さないが同じ気持ちであった。が、ハークが感動したのは寧ろその前、ヴィラデルが日毬を正しく指導したことであった。


〈やはり……、魔法に関してはこ奴に勝るものはおらぬか……〉


 一つ一つの魔法の知識に精通する他、経験が段違いなのだ。少々口惜しいが、これは認めなければならないだろう。

 更に、これはソーディアンの寄宿学校にて眼を醒ましたのかは判らないが、元々小さな子供に教える才能を有していたのかも知れない。


「それじゃあ、本題に入らせてもらうわね。まず、今のこの状況、引き起こしているのは魔法の力によるものではないわ。エルフの一部には、ハークもそうだけど魔力の流れを『視る』SKILLを備えていたりするから良く解るのヨ」


 くるり、とフーゲインがハークの方向へと顔ごと向ける。


「そうなのか、ハーク?」


「うむ、儂にも『視える』。魔法だけだが、何を発動させようとしているのか、今は属性程度だが事前に察することもできる」


「聞いたことはあるぜ。しかし、魔法ではないとすれば、このクソ熱さは別の力の作用によるということか」


 ランバートの言葉にヴィラデルは頷きながら答える。


「ええ。ここからはアタシの推測なのだけれど、何がしかの魔力に似たエネルギーを、直接熱に変換しているのではないかしら。丁度、火を吐くモンスター、特にドラゴンの『龍魔咆哮ブレス』袋のように」


「つまりは、その『龍魔咆哮ブレス』袋に似た器官を何とかして攻撃し、破壊すれば良いのではないか。そういうことか」


「ええ。あくまで推論なのだけれど」


「成る程な。今の話を聞いて確信したんだが、その『龍魔咆哮ブレス』袋に相当する器官とは、あの『岩塊の盾ロックシールド』が発動する直前に視えた、『キカイヘイ』とかいうヤツらの胸辺りがズレて内部から露出させた赤い装甲なんじゃあねぇか? そしてそれは、他の装甲よりも大分モロいんじゃあねぇかと予想する。元々堅牢であるならば、隠しておくような意味はないからだ」


 全員が頷く。ここでハークも口を開いた。


「傷つけ、破壊することができれば、この状況を終わらせることが可能、ということか。あわよくば弱点かも知れぬ、というのはこの際置いておくとして、確実に潰せる攻撃力と手段が必要だな。ランバート殿、一体任せられるか?」


 ハークの言葉に、ランバートはにやりと笑って首肯する。


「いい作戦が浮かんだのか」


 それは、疑問や質問というより確認であった。

 そして、ランバートの言葉にハークは不敵な笑みで応える。




 巨大な岩塊の前、日毬が造り出した『岩塊の盾ロックシールド』にほぼ密着するような距離でシアとフーゲインが立っていた。

 その背後に、開始の合図を今や遅しと待ち構えるが如き虎丸に跨ったハークと、並ぶように備えるランバートの姿がある。

 そして最後尾には、ヴィラデルと日毬。


「よし! やってくれ、シア!」


「了解! いくよっ、『剛連撃』ィ‼」


 ハークの開始の合図と共に、愛用の大槌ハンマーを思いっ切り振り被ったシアがSKILLを発動させる。


 ドコココォン!


 シア渾身の三連撃がそれぞれ違う場所に打ち込まれ、正三角形の頂点を描くと共に、荒い亀裂を瞬時に岩塊全体へと奔らせた。


「今だ!」


「おっしゃああっ! 『零距離打ワン・インチ』、おあーーーったぁーっ!」


 フーゲイン全身全霊の裏拳が、荒く分断された岩塊を全て前方へと弾き飛ばした。




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