247 第17話10:厄介極まる者③
「喧しい。お主、そんな乙女でもあるまい」
「しっっつれいね! アタシだってまだまだ乙女よ⁉」
「主観に過ぎるわ。全くもって、再会してこれほどまで早々に厄介の種掴んでくれるものとは流石に思わなんだわ。……これでは任せるものも任せられん」
ハークの最後の言葉は呟くように小さな声音だったのだが、彼と同じく特別製の聴力を持つヴィラデルの耳には届いていた。
「任せるもの? 何かしら? ハークの頼みならアタシ喜んでやるわよ?」
「任せられんとも聞こえんかったか? 更なる厄介事など御免被る」
「サスガにこれ以上のトラブルは無いワよ⁉ ……タブン……」
ヴィラデルほどの厚顔でさえ、今回の不測の事態の前には言い切ることも出来ないらしい。
「やれやれだねぇ。それでドネルさんは結局どうなさるつもりなんだい?」
場を調停するような役目をさっきから果たしているルナが、再びドネルに話を振る。
「ハークさんのお言葉、一々ごもっともってヤツなんですがねぇ。ウチの坊ちゃんも聞きゃあ内心こそ納得するとは思うンですが、そこはまぁ、所謂貴族の矜持ってヤツですからの。坊ちゃんも国じゃあ結構有名な家柄なんで、引くに引けんと思うンですわ」
「成程」
〈武門の意地、というものかな。本当に厄介だ〉
誇りやら家柄やらが絡むと人の思考は損得勘定を超えるものだ。
それはそれで良い。ハークとて似たような選択を選ばざるを得ないこともある。
だが時に、確実に破滅に向かうと分かっていながら最悪の選択をする者に対しては、気が知れないとも思ってしまうものだ。
これは、前世で言うならば関ケ原での石田三成の事ではない。
あの戦いは彼が指揮する西軍にも十二分に勝機はあった。ハークの立場では詳細まで窺い知ることは出来なかったが、恐らくに運と人望が足りなかったのであろう。
当て嵌まるのは、大坂冬の陣直前の豊臣だ。
確かに遮二無二難癖を付けて
決して簡単な事ではないとしても、何ら恥じ入ることも無い。
結局は死に花咲かせようとする戦国の亡者たちに引き摺られてしまったのだろう。多くの若き忠臣たちと率いる兵、そしてその家族たちの未来を道連れに。
とはいえ、そういうものを持ち出した者達を言葉だけで諫めるのもまた困難極める。
ここは妥協案を出すべきであろう。そう考えたハークの脳裏に良き妙案が浮かんだ。
「ふうむ、ドネル殿、其方らは数週間後、この地で行われる『特別武技戦技大会』なるものを知っておるかね?」
「おお、モチロンでさあ。正しくは十七日後だった筈ですな。ウチの坊ちゃんも、その大会に出場するが為に、この地の所属冒険者となったんですわ。その前哨戦代わりにヒュドラ討伐をチョイスしたワケですが、あそこまで面倒な敵とは思いませなんだ」
「凍土国では、湿地や水場を主な生息場所とするああいったモンスターは少ないだろうからね。仕方無いよ」
ルナが取り成すが、ドネルは些か恥ずかしそうである。
「まぁ、出場するのならば話は早い。実は、儂もその『特別武技戦技大会』に興味があってな。出場するつもりなのだ。そこでの戦いを決闘代わりとするのは如何かね?」
ハークの言葉に、ドネルは一瞬瞠目する。『特別武技戦技大会』はそれこそ百人単位の腕に覚えのある高レベル猛者が集う大会である。トーナメント制の大会であるが為に、参加人数によっては運が悪いと七連勝くらいしなければならないと大会で相まみえることは出来ないのだ。
それをさらりと申し込めるというのは相当に自信を持っているということの表れでもあろう。
ある意味、エルフの少年からの挑発の様な言葉に、ドネルはすっくと勢い良く立ち上がった。
「相解り申した! そのようなお言葉であれば、坊ちゃんも決して文句は言わんでしょう! 必ずや大会でお会いすると誓いましょうや!」
そのままガハハと笑いながら、ドネルは部屋を去って行った。
一難去ったかのように残された面々が打って変わって静まり返る応接室で、ハークがふーーと長く息を吐いた。
「ハーク、君は本当に十七日後の『特別武技戦技大会』に出場するつもりなのかい?」
ルナが確認するかのように尋ねると、ハークは頷きながら答える。
「勿論です。こちらに転入することとなった切欠は全くの偶発ではあれど、時期には逆に恵まれ申した」
「え? ホントに出るの?」
聞いたのはヴィラデルである。
「無論だ。こんなことで嘘を吐いて何になる? 逆にヴィラデルは出場しないのか?」
これはハークと虎丸くらいしか知らぬことだが、ヴィラデルは過去のハークと全く同じように最強の座を求めている。その夢を実現させる為には、今度の大会は打って付けの筈であった。
しかし、彼女の答えはハークの予測とは違った。
「出ないワ。だって、今回の『特別武技戦技大会』にはあの圧倒的ナンバーワン冒険者、モログが既に出場を公表しているのよ?」
つまりは勝てる確率は全く無いので出場を見合わせた、ということだ。
そういう考え方もあるだろう。
『特別武技戦技大会』は四年に一度だが、エルフ族の長き寿命を考えれば何程の期間でもない。レベル的にもう少し差を縮めてから、勝ち目が出来てから挑戦するというのも真っ当なものだ。
だが、ハークは違った。
「儂にとってはだからこそ意味がある。今の儂の実力が、果たしてそのモログとの戦いでどこまで通用するのかを試してみたいのだ」
「ハーク殿ならば絶対優勝……! は、ちょっと難しいとは思いますが、……準優勝以上はカタいかと!」
いつもハークの言葉を全肯定するリィズであっても断言出来ぬところが、その困難さを如実に物語っていた。
「ハーク様、くれぐれもお命だけは大切にお願いします」
「大丈夫だ、アルティナ。『特別武技戦技大会』は対戦相手を殺してはならないこととなっておる。殺せば即、失格敗退となってしまうらしいからな」
この辺の大会規則は以前ハークに虎丸、そしてリィズが参加した『ギルド魔技戦技大会』のものと非常に酷似していた。
対戦する者達二人は闘技場の真ん中に設置された舞台場で戦う。舞台場から落ちて場外、気絶などで十秒以内に立ち上がれなかったり、降参の意思を表明すれば負けとなる。
例えば強情で、負けを認めぬ者がいても場外に押し出せば勝ちだ。回復魔導士の数もふんだんに揃えているとのことで、死の危険は限りなく少ないという。
「そうは言ってもハークさんは物理防御のステータス数値に穴があります」
だが、流石アルティナである。ハーク自身すらも半ば忘れかけていた弱点を思い出させてくれた。
ハークは圧倒的な物理攻撃能力に比べて、逆に物理防御能力が著しく低い。ハークの強烈無比な剣戟攻撃力に押され、必死になって加減の効かなくなった相手の一撃をもし真面に貰えば、ハークでは耐えきれぬ可能性もある。
「いつもならハークに心配なんてする必要無い、って思うけど、今回ばかりは心配だねえ。ハーク、くれぐれも無理しちゃあいけないよ?」
シアにすら心配されてしまう。ハークが了承の意を示して頷くと、彼女に続けてヴィラデルが言った。
「四年前の前大会の覇者がモログなのだけれど、アタシも観たけどその強さは正にカンペキだったワ。試すのも良いケド、程々にはしておいた方が良いワよ」
「ヴィラデルにまで身を案じられるのは、どこか妙な感じがするな」
「本気で言ってるのヨ。……ところで、アナタがさっき言い掛けた頼み事を、是非、最後まで聞かせて貰いたいものね」
「ぬ」
ヴィラデルが先の話題を蒸し返す。
ハークは視線を虎丸へと移した。正確には、虎丸の頭の上に居座る日毬に向かって。
ハークが先程ヴィラデルに向かって言い掛けた任せたいこと。それは、魔法使用に関する日毬の課題、状況に応じた正しい魔法の選択が出来得るようになることであった。
魔法に関して、ヴィラデルはこの中どころかハークの知る者達全ての中で、能力、知識、実戦経験と、どの面に於いても文句無しに圧倒的なものを持っていた。
が、矢張り信用が出来かねる。大切な日毬の教育を任せるに足りぬのである。
更に、日毬の精神は幼子と同様だ。その生来の勘の良さで何かに気付いたらしく、虎丸の背中に身を隠し始めた。
絶賛、人見知り発動中というヤツである。アルティナ達のように必要とあればすぐさま講師として受け入れられる精神構造ではないのだ。
元来無理な計画であるとハーク自身確信せざるを得なかった。
「その話はもう良いわ。元々が無茶な話だったのだ」
「気になるでしょうよー」
「気にするでないわ」
堂々巡りとなりそうだったハークとヴィラデルの応酬を、またしても止めてくれたのはルナであった。
「あ、そういえば、
「え、またぁ? サスガに今日はちょっとカンベンして欲しいのだけれど」
文句を口走るヴィラデルに対して、ルナは大丈夫とばかりに落ち着いた口調で言った。
「それなら心配はいらないよ。依頼は三日後の事だから」
「「……三日後?」」
嫌な予感に苛まれたハークの予想通り、三日後の帝国からとみられる侵入者共への大捕縛作戦。
そこには、ハークのパーティーメンバーの他にランバートやベルサ、エヴァンジェリンに今回だけ復帰参加を認められたフーゲイン、更にはヴィラデルまでの姿があった。
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