185 第14話03:グッバイ、マイフレンド③




 サイデ村で過ごす最後の夜が訪れていた。昨日とは打って変わって、雲一つない夜空である。


 ハーク達の突然の来訪に、村は歓迎の意を示してくれたが、来訪の理由を伝えると落胆したり嘆いたりする者が多かった。

 それでも、最後の夜という事で盛大な宴を催してくれる事になった。ハーク達は流石に遠慮しようとはしたが、サイデ村も御領主であるゼーラトゥースを通しての『魔布』取引にて財政的にもかなり上向きになり、余裕が幾何いくばくか出てきているとのことで、結局、厚意に押し切られる形で享受することとなった。


 そんな中で、少しでも手伝わせてもらおうと各自が己の仕事を探し求める中、ふと、ハークの眼に見覚えのあるような人物の背が映った。

 かなりデカい身体の二人組だった。巨漢と言っていい。そんな後姿が増々既視感を呼び起こすのである。


 そもそもサイデ村の住民は元々スラムに居た人々である。あんな大きな身体を持つ者が居た筈が無い。しかも二人だ。

 彼らはその大きな身体を活かして、力仕事を率先して行っていた。

 その背にハークは声をかけた。


「おい、お主ら……」


「「ん?」」


 そのぐるりと二人同時に振り向く姿も見覚えがある。そして彼らはハークと虎丸の姿を見た途端、驚愕の表情となった。


「「おっわ~~~!? エルフの旦那ぁ!?」」


「やっぱりお主らか!!」


 それは半年ほど前、まだ学園が始まる前日に、テルセウスとアルテオの寝込みを襲おうとしてハーク達に発見され、結局、何だかんだでハークが見逃した元『四ツ首』所属の構成員、ズィモット兄弟であった。



 兄であるエラン=ズィモットが大きな身体を揺らしながら大きな声で語る。


「いやあ、もしかしたら……とは思ってたんスけどね!」


「ホントかよ兄ちゃん! 俺はこの村の恩人さんが旦那だなんて、全く予想していなかったぜ!?」


 弟のエレン=ズィモットも兄に譲らぬ大声で言った。


 因みにこの二人組、実は何の血縁関係も無い義兄弟であるらしい。その割には体つきや顔つきがそっくりな気がする。口髭が兄のエランで、顎鬚が弟のエレンであるそうだ。実に区別がつき難い。


 ハーク達に見逃される形で九死に一生を得た彼らだったが、あの後ハークに言われた通り、夜中中に荷物をまとめて朝一で古都を脱出したらしい。本来なら裏切り者として『四ツ首』ソーディアン支部から追っ手を放たれたであろうが、何の音沙汰も無く無事に街の外へと出ることが出来たようだ。組織側もヴィラデルに完膚なきまでに壊滅させられてそれどころでは無かったのであろう。運の良い連中である。


 二人は故郷に帰ろうとしたようだが、どう考えても旅費が足りず、さりとてソーディアンに戻るワケにもいかず、北の森をウロウロしながら時々遭遇した弱いモンスターなどを狩って、何とかつい最近まで食い繋いでいたらしい。

 人里に結局一度も入ることなく、森と山の中でだけで半年間近くの間も生き抜いてきたとは大した野生生活サバイバル能力である。全くの偶然だが、事前にハーク達が後のサイデ村の若い衆たちを率いて、村の周囲30キロ圏内の脅威となるモンスター全てを根こそぎ討伐していたことも影響していたのかも知れない。本当に悪運が強いようである。


「それでも、流石に食糧が少なくなってきちまったことと、疲れが溜まっちまったことが重なりましてね。二人してぶっ倒れちまったんスよ」


「そこを通りかかったサイデ村の人たちに助けて貰ったんス。いやあ、ツイてたッスわ」


 屈託の無い笑顔で言うものである。長い野外生活で贅肉がすっかり落ちたせいか面影はあっても大分印象が変わっていた。とはいえ顔色や肌の色艶は良い。この村で健康的な生活を存分に送っていたのだろう。村人にも良くされたのかもしれない。


 そんな二人に、ハークはソーディアンの『四ツ首』支部が完全に壊滅したことを伝えた。


「おお!? じゃあ、俺らの借金も、もう無えのかな、兄ちゃん!?」


「そうかも知れねえな!? これで大手を振って街に戻れるかも知れねえぞ! あ、でもこの村から離れんのはヤダな。あれ!? 旦那、もしかして駄目ですかね、このままこの村にいちゃあ!?」


「ええ!? マジすか旦那!? 俺この村気に行っちゃったんスよ! 皆良い人たちばっかだしよぉ。居させてもらえんだったらずっと住みてえくらいだったんスよ!」


「俺もだぜ!」


「フフ。出てけなどとは儂も言わぬよ。住民たちと上手くいっているなら構わん。あとでこの村の村長、ゲオルク殿に伺ってみると良い」


「「おおお~! やったあー! 流石、旦那だぜ!」」


 別にハークが許可を出す謂れなど無いのだが、非常に喜んでいる。


 このズィモット兄弟という二人組、単純だが悪人ではないらしい。『四ツ首』に所属していたのも、無計画でソーディアンの街に来て路銀が尽きてしまい、金を借りたのだが、どうもそこが『四ツ首』の息のかかった所だったようで、借金のカタとして『四ツ首』で働かざるを得なかったらしい。

 ハークの眼から視て、どうも強面で身体が大きいという威圧的な外見を、悪い意味で裏社会組織に買われてしまったのだろう。考えが足りない面があるが、根は善人であるようだ。


「そいじゃあ、旦那! 俺たちそろそろ宴の準備に戻りやすぜ! 行くぞ弟よ! 天高くでっけえ薪木をおっ立てて、火柱みてえな焚き火にすんぞ!」


「おうよ、兄ちゃん! って、そりゃあヤリ過ぎじゃねえ!?」


 そう言って二人は駆け出して仕事に戻っていった。

 戻った先で、「おお、やっと戻ってきてくれたか、そっちの大きいのを頼むよ」などと村の住民から頼りにされているようだ。

 このサイデ村も豊かになれば、他の住民も受け入れて大きくならねばならない。彼らがその第一歩になって、村人たちと上手く生活していけるというのなら、それはとても佳良な未来であった。



 宴が最高潮に達していた。ズィモット兄弟の力を借りて本当に天高く組み上げた焚き火は火柱となり、まるで昼間の如く煌々とサイデ村を照らしていた。まるで前世の火筒花火のようである。


 あの後、ハークも仕事を探したが、主賓にやらせるわけにはいかんと全部断られてしまった。

 手持ち無沙汰というか、ハークは他人が動いている中で自分だけじっとしていられない性分である。仕方が無いので、ユナのいるこの村一番の建物、グレイトシルクワーム用の建物へと足を運ぶことにした。

 どの道会わないという選択肢は無かったが、正直足が重かった。絶対泣かれると思ったからである。


 ユナは勿論、最初は笑顔で迎えてくれた。

 魔幼蟲子供等の様子を見て欲しいと、彼女は嬉々として案内してくれる。

 3体とも皆、随分と成長していた。囲いも成長に合わせて大きくしているらしい。

 ただ、ハークが名付け親になった日毬ヒマリだけが、どうも倍くらい他の子よりも成長が早いらしい。囲いも当初の4倍になっていた。一番遅く誕生したというのに不思議なものだ。


 後にゲオルク村長に訊いてみたところ、希少型であるからではないか、という答えが返ってきた。とはいえ、村一番の知識と経験を持つ村長にして、グレイトシルクワームの希少型を実際に育てる経験は今回が初めてである。経過を見て判断していくしかないらしい。とはいえ、悪い経過ではないからそんなに心配は要らないのだが。


 日毬にもお別れを言っておきたかったので、その場で告げたら、やはりユナは泣いてしまった。必死に宥めたのだが、ついさっきまで泣いていた。

 膝の上に抱いて愛子あやしてやって、漸く泣き止んだと思ったら寝てしまった。ある意味仕方が無いのかも知れない。ユナはまだ数えで6歳になったばかりなのだから。


 サイデ村の人々は、兎に角悲しみを吹き飛ばすかのように、明るく明るく宴を盛り上げてくれた。

 正に飲めや歌えや、である。皆、明日の仕事は大丈夫なのかというくらいに呑んでいた。

 そして、何だかんだでまたシアは呑んでいた。いや、呑まされていた、という方が正解か。

 例によって服を脱ごうとするので、ズィモット兄弟が二人掛かりで止めようとしてくれたが、軽く投げ飛ばされてしまっていた。今は彼女も酒樽抱えて寝てしまっている。


 ただ、シンには悪いが、今日は酒を飲むなと伝えてある。

 最後の稽古の為だ。

 教え残しだけは、したくなかった。



 シンも、最後の稽古であると分かっていた。

 だから今回だけは、勧められても一滴も酒を呑んでいない。


 宴が終わった後、自分の部屋に戻ったシンは、まず使い古した戦闘用の服に袖を通し、鎧も着込む。次いで、小太刀と愛用の盾の状態を確認する。

 いずれも、ハークに、師匠に教わったことだった。


 眼を瞑れば思い出せる。人生が変わった日々が。

 それまでは不幸の連続だった。同じく故郷を捨てた仲間も含めて。

 だが、今ここで、自分たちは新たな故郷を得ている。確かな未来と、幸せも掴んだ。


 それを守る力をはぐくめ。それが師匠からの、最後に与えられた課題だった。


 コンコン、とノックの音がする。


「準備は出来ておるか? シン」


 静かだが、力強い声だった。


「モチロンさ!」


 シンも力強く答えると、立ち上がるのだった。




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