184 第14話02:グッバイ、マイフレンド②
「それは本当ですか、ジョゼフ様!?」
テルセウスが勢い込んで聞く。彼女とアルテオは正直言って冒険者ギルド寄宿学校の卒業資格はそれほど必要ではない。生き残るための知識と実力を得るために入学したのであり、その後は冒険者としてずっと活動を行うことも無い。
ことが上手く運べば、結果としてアルティナは女王となり、リィズはその側近を経て辺境領ワレンシュタインの領主の座を受け継ぎ彼女の懐刀となるのである。双方共に冒険者の肩書としての経歴など必要のない立場となる。
対してハークは、元々冒険者を生業とし、今後もそれを続け、より高みを目指す為に寄宿学校に入ったのである。このままでは、一流冒険者以上の者なら殆どが有している冒険者ギルド寄宿学校の卒業資格を永遠に取得出来なくなるのだ。そしてそれはテルセウスとアルテオの為であり、所為でもあった。
彼女達も責任の一端を感じているのである。
「ああ、編入、もしくは転入っつう手がある。コイツを使えばワレンシュタインが領都オルレオンの第七校で残りの授業を受けることが出来る」
「大丈夫なのか? 他の学校施設であれば系列の他地域に転入は珍しいことでは無いが、寄宿舎を持つギルド寄宿学校では聞いたことが無いぞ」
ゼーラトゥースが心配そうな口調で訊く。
「ええ。俺も今回のことで改めて調べ直さなきゃ知らんままでしたわ。60年以上も前までの話ですが、まだ寄宿施設が揃い切っていなかったギルドの学校間でそういったやり取りが行われていた記録があります。別に廃案になった形跡もないんで問題は無えでしょう。あとで俺が七校の学園長と『デンワ』で話をつけることが出来れば大丈夫かと。ハーク、お前さんにこれを渡しておくぜ」
そう言ってジョゼフは懐から封筒を取り出し、ハークに渡す。
「ジョゼフ殿、これは?」
「俺からの七校学園長への紹介状だ。あっちに行ったら渡してくれや」
「了解した。感謝するよ、ジョゼフ殿」
「いや、ここまでは当然のことだ。お前さんにギルド寄宿学校の卒業証書を渡せねえのは正直言ってこの国の損失だからな。とは言え、受け入れてくれるかどうかはあちらの学園長次第だ。無論、俺も精一杯全力で説得するぜ。ただまァ、俺は『デンワ』で話すのが得意ではなくてな……」
「うむ。余もそれは良く解るぞ。『デンワ』はこちら側だけではなく、受けた方の魔晶石も劣化させるからな。こちらの都合だけでは長話は出来ん。説得の為であっても要点を短くまとめねばならん。多くを語ることが出来れば説得出来るとしても『デンワ』では難しい場合もあるからな」
「全くですぜ、陛下。さて、シア。お前さんはどうする?」
ここで急に話を振られ、シアは目を丸くする。
「どう、って?」
「ハーク達について行くかどうかだよ」
「ああ、モチロンついて行くよ?」
あっけらかんと答えたものだった。逆に他の人間が不安になる。ハークもご多分に漏れなかった。
「待て待て、シア。お主、溜まっておる筈の刀の注文と鍛冶武具店はどうするのだ!?」
「ああ、大丈夫。どっちもモンド爺ちゃんに昨日の内に頼んであるよ。留守の間に好き勝手に使っていい分、管理を任せてる。刀の注文も殆どがモンド爺ちゃんの店からの下請けだしね。何人か直接注文いただいたお客さん達には謝ってきたけど」
サラッと言ったが大分とんでもないことを言っているのではないだろうか。
ハークは商売のことにはそこまで詳しくは無いのだが、直接注文した客に断りを入れるというのは、上客を自らの手で手放す行為となるのではないか。
「商売上良いのか、シア!?」
「良いも悪いも無いよ。向こうで刀に何かあったらどうするンだい?」
「む……、それはそうだが」
「それにさ、あたしの夢はこの街で商売で成功するってコトじゃあないんだ。もっと強くて強靭で、あの『斬魔刀』をも超えるような刀をいつの日か作成するのが夢なのさ! だから、もっとハークから刀のことを学ばせて貰うまでは、断られたってついて行くよ!」
表情はいつものシアと変わらないが、眼だけは真剣な眼差しだった。それを視て、ハークが折れる。
「そうだったな、シア。了解した。正直、お主がいてくれれば、刀に何かあっても安心だからな。無論、戦力としても当てにさせて貰うぞ」
「勿論さ! 任せといて!」
「なぁ、ハークさん!」
シアの件が落着するとほぼ同時に、シアの隣に座って今まで無言を貫き、一人考え込むように俯いていたシンが突然大声でハークの名を呼んだ。だが、ハークはまるで予期していたかのように、冷静に返す。
「どうした、シン?」
「ハークさん、やっぱり、やっぱりさ、俺もい……!」
そこまでシンが口走ったところで、その後を遮るようにハークが言葉を放った。
「それ以上言うな、シン!」
「う……!」
ハークは、誰に対してもあまり大声を出すという事はしない。しかも他人の台詞を遮るなどとは、この場の誰もが記憶に無かった。
「シン、お主まさか、自分も一緒に辺境領ワレンシュタインとやらに行きたい、とでも言い出す気ではあるまいな?」
そう言って、ハークはシンをじっと見た。殺気は勿論のこと、怒気も全く無いが、シンは睨まれたように感じ、言葉を失う。
だが、ハークはここで、ふっと表情を緩ませ、口を開く。
「矢張りか。お主は義理堅いからな。まだ儂からの恩義を返し切れていない、そう思っておるのだろう? だが、もう充分だぞ。これ以上は貰い過ぎだよ」
まるで言い聞かせるかのようにハークは優しく語った。
「ハークさん。でも……でもよぅ」
「解っとる。戦力的にお主が抜ければ、我ら全体の戦力はどうしても落ちるだろう。それに、まだまだお主の刀の技は伸びしろがある。それを横で昇華出来ぬのは残念だよ。だが、こればっかりは仕方の無いことだ。どう仕様も無いことだ。思い出せ、シン。お主は一体何の為に冒険者になった? 誰の為に強くなりたいと願った?」
「…………何の為、誰の為」
「もう一度思い起こせ、お主の原点を」
シンは一度ぎゅっと目を瞑った。そして、眼を見開いて、しっかりと自分の口で語る。
「俺は……サイデ村の皆を、守る力を得る為に、強くなりたいと願って、冒険者になったんだ……」
その言葉を聞いて、ハークは満足気に肯いた。
「そうだ。それがお主だ。だから、お主は我らとは共に行けぬ。お主がお主でおる為に、な」
「俺が……俺でいる為に……」
うわ言のように呟いたシンであったが、やがてしっかりと頷くと、その眼は確かに決意に満ちていた。
「分かったよ、ハークさん。俺は……俺でいる為に、あの日に誓った俺でいる為に、ハークさん達とは一緒に行かない。この街で腕を磨き、必ず寄宿学校を首席で卒業して! 一流冒険者になって! 村を守れる男になってやる! 絶対に!」
今度はハークが、シンの言葉にしっかりと頷く番であった。
「そうだ。それでいい。迷ったら今の言葉と、己の原点を思い出せ」
「己の原点……」
ハークが語った最後の台詞は、そっくりそのまま己自身にも通じる言葉でもあった。
◇ ◇ ◇
先王ゼーラトゥースと、ギルド長ジョゼフの全力支援もあって、その日の夕方前には全ての準備が整っていた。
名残惜しいが、この後のことも考えれば街を出るのは早い方が良い。
準備のかかる女性陣と違って、ほぼ身一つのハークは特に用意することも無く、その間にこの7カ月近くの古都の日々の中で得た数少ない知己に別れの挨拶を済ませていた。
と言っても、
主水にはシアの店を頼むと一応の念押しを行ったのだが、必要は無かったのかも知れない。「いつ帰ってきても良いようにしときますぞ!」などと言われてしまった。彼なら心配することは有るまい。
それよりも随分と街を去ることを残念がられてしまった。これで刀の売上が減るかも知れん、などと愚痴交じりの言葉も貰ったが、今や一年待ちすら出てきたというのに何を言っとるんだと返してやった。他の鍛冶屋店店主も続々と刀の製造方法を習いに来ているらしい。モノになるヤツは5人に1人もいねえがな、というのがモンドの評であったが。
セリュの宿屋ではセリュだけでなく女将さんや旦那さん、手の空いている従業員まで出てきてくれた。
今やこの宿もすっかり人気店である。ハークのお陰であるとお礼を言われてしまったが、そんなことは無い飯が上手くて安くて良い宿だからだと、彼は返した。
セリュは少し悲しそうにしていたので、ハークはついつい、
「またソーディアンに来た時には、泊まらせてくれ」
と言ってしまった。とはいえ彼女が笑顔を見せてくれるならば安いものである。
元々空約束にするつもりなど無かった。
これからはテルセウスことモーデル王国第二王女アルティナの戦いであるが、今回の事でハークは自重なくこの戦いへの参加を表明した。
だからこそ、準備が整うのがいつになるのかは不明だが、その時が訪れた時もハークは自重することなく戦うと、心に決めていたのである。
学園に戻ると丁度テルセウスとアルテオの準備も完了し、外に出ると教師陣、ギルドの職員たち、ロンやシェイダンなど苦楽を共にした同期生の殆どが別れの挨拶に集まってくれていた。
生徒達には何人か涙ぐんでくれていた者もいた。ロンも少し目元が潤んでいたが、視なかったふりをして一人一人と別れを交わす。
次に講師陣とだ。こちらの場合はハーク達が一人一人声を掛けられる立場である。
体調など身体を気遣った言葉が多かったが、サルディン先生とウルサ先生はお手製の本というか紙の束を渡してくれた。教えきれなかったこれからの授業の内容が多少ではあるが出来得る限り纏めてあるらしい。かなり特別扱いな気がしたが、有難く頂戴することにした。
講師陣の中で唯一、エタンニだけが涙ぐんでいた。どうも涙もろい
だが、周辺魔物調査を共に行った仲ということで、魔生物科を選択していないハークにもお手製の『まとめ本』を手渡してくれた。これには素直に感謝するしかなかった。
一通り挨拶が終わり、ジョゼフが用意してくれたという御者付きの馬車に乗り込もうとした時、ハークはふと、昨日の決闘以来ヴィラデルと会って話していないことを思い出した。
この後は日が落ち、門が閉まる前に街を出て、シンも連れて一旦北東に向かいサイデ村を訪れ、そこで一泊してから街の外周を迂回するように壁と森の間を通り、完成したばかりの西の街道からワレンシュタイン領に向かう。ハークの提案でそういう手筈になっていた。
アレス王子陣営との戦いが終結するまではここには戻れない。下手をすれば何年かかるか判らないのだ。だからこそ、別れの挨拶はしておきたかった。
彼女とは色々あったが、魔法科の講師としては世話になったし、昨日もゲルトリウスを始末するのに協力してもらっていた。
事が終わり、ソーディアンにハークが戻ってくることが出来たとしても、ヴィラデルの場合はその時まで彼女がこの街にいる保障も無い。
もしかすると今生の別れになるかも知れないのだ。一言、別れの挨拶ぐらいすべきだろうと思い、仲間たちに「一つ野暮用を思い出した」と言って待ってもらい、虎丸と共に学園の講師寄宿舎のヴィラデルの自室に向かう。
いなければいないで書置きを残しておこうと思っていたが、扉は開いており、中に入ってみると荷物も無いもぬけの殻であった。
不思議に思って部屋の中を見回すと、机の上に一枚の紙きれが残っているのを発見した。
手に取ってみると、そこにはヴィラデルからの伝言と、恐らく彼女のものらしき赤い口紅の跡が伝言に添えるようにしっかりと残っていた。
その内容を一読したハークは思わず眉間に皺を寄せる。
「あ奴め」
彼は呟くように言い、次いで掌の少し上に『
『ご主人、何が書いてあったんッス?』
虎丸が訊くと、ハークは念話で返すことなく、忌々しげに語った。
「『先に行ってるわね! オルレオンで待ってるわ』だそうだ。どうやら先を越されたらしい」
オルレオンとはハーク達の目的地、辺境領ワレンシュタインの領都である。
出し抜かれたかのような事実に、主従をして呆れるばかりであった。
ハークは少し苦い表情を見せながら、握り潰すように掌の上の『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます