177 第13話11:Rest In Peace.




 ゼーラトゥースは唇を噛み締めながらその光景を視ていた。


 ゲルトリウスはゼーラトゥースが育てた息子、娘達の中で唯一育成に失敗したと謗られても仕方の無い子供であった。


 出会い方が悪かった、と言えばそれまでだ。


 彼が産まれた直後、とある『ユニークスキル所持者』が当時の第一王女、ゼーラトゥースの姉をかどわかし、その後突然婚約を発表した。

 聡明な姉だったというのにすっかり『ユニークスキル所持者』の操り人形となり、ついには王位を簒奪されるに至る。


 ゼーラトゥースはゲルトリウスの父親にしてバレソン家創始者となる実の兄と共に何とかこの地、古都ソーディアンにて抵抗軍を結成。形勢不利の状況の中、懸命に抗い続けた。

 その途上、兄は言った。


「王になるべきはゼーラトゥース、お前だよ。私にはお前ほどの責任感と判断力は無い。私は継承権を放棄することに決めた。この国を頼んだぞ」


 と。

 継承権まで放棄することはないじゃあないか、と抗弁したが、兄は頑としてゼーラトゥースの言葉を受け入れてはくれなかった。


 敵である王都軍は優秀でレベルの高い人材を次々と確保していった。失策も多かったが、エイル=ドラード教団が隠蔽したことにより表に出る事は無く劣勢は続いた。

 兄が事前に継承権を放棄し、ゼーラトゥースへの支持を集めておいてくれなければ到底耐えられなかったかもしれない。自分達には固い結束があった。


 5年の歳月が流れ、皮肉にも帝国が蠢動し始めたことを切っ掛けにして地方貴族の多くが味方してくれたことから初めて勝機が見える程度にまで戦力差が縮まった。

 最後は親友ともが命を賭すことで国を取り戻すことが叶ったが、結局ゼーラトゥースは彼を最後のウィンベル家当主としてしまった。


 しかし、内乱が終われば、すぐさま帝国との戦争へと移行した。

 数多の小競り合いを経て、またも5年の歳月が経過する。


 いよいよ現在の辺境領ワレンシュタインの地にて、最終決戦として帝国と雌雄を決する『不和の荒野の決戦』。

 結果として、当時まだ騎士爵に過ぎなかったウィンベル家の分家出身の若者、現辺境伯ランバート=グラン=ワレンシュタインが英雄的活躍を見せて、実にあっさりと王国側が勝利をおさめたが、一時、王国側は帝国に崩壊寸前にまで大きく押し込まれていた。


 その戦いで兄は死んだ。最後まで部隊の指揮を執り続けて死んだという。名誉の戦死だった。


 その後の帝国との交渉を経ての和平。漸く訪れた平和。

 親友ともを、そして肉親を、仲間を多く失いながらも齎した平和。気が付けば11年が経過していた。


 ゲルトリウス11歳。

 この間、ゼーラトゥースは一度も彼と会っていなかった。実父である筈のゼーラトゥースの兄も片手で数えるほどしか会っていなかったという。

 国の為、兄弟二人三脚で駆け抜けた10年だったからだ。兄は弟の為、弟は国の平和の為、身を粉にして働き続けていたからだった。


 兄の代わりとして、自分がゲルトリウスを育てると決意し、引き取った時、既に彼はあの・・性格だった。

 誰に吹き込まれたのか、王位だけには執着を見せるものの、さりとて世の為国の為という志無く、権利だけを主張し目につくものすべてを要求する存在。


 持て余していなかったと言えば嘘になる。それでも最大限の愛情で接したつもりだった。性格を何とか矯正しようと厳しく接したりもした。

 だが、肝心なところで罰を与え切れぬ自分がいた。苛烈な処分を与えようとする度に、早世した兄の後ろ姿が浮かんでしまった。



 それが結局、今日の悲劇を生んでしまったのだ。

 兄に会わせる顔が無い。

 最後まで罰を与えることの出来なかった自分の責任であった。齢50を超えたとしても、まだ人間真面に生まれ変わってくれるのではないかと、淡い期待をかけ続けた己の失策であった。


 せめて、自分だけは冥福を祈ろう。


 そう思ってゼーラトゥースは瞳を閉じた。




 ドレイクマンモスの全体重をかけた突撃は、いとも簡単に闘技場の内壁を貫き、ゲルトリウスをその瓦礫と共に粉砕したが、それだけに留まらなかった。

 まるで幼児が紙細工を容赦無く握り潰すように、組み上げた積木のおもちゃを平手で押し崩すかのように、彼は石壁の構造物を砕き進み、ついに外壁すら貫いて闘技場の外、大通りにまで到達した。

 付近の住民や店舗の従業員を事前にゼーラトゥースの指示の元、衛兵たちが避難させていなければ、大惨事となっていたところである。


「ふうっ」


 ハークは一息だけ吐く。

 第一段階、完了だ。見事ゲルトリウスをドレイクマンモス自身の手で殺すことが出来た。

 これでこの後、命を奪うしかないとしても、少しは安らかに瞑目して、絶命してくれるのではないだろうか。


『ご苦労だったな、虎丸』


 ハークは虎丸にとりあえず感謝の気持ちを伝える。


『いえ、ご主人。オイラの方こそアイツに心を砕いてくれて……感謝してるッス』


 一応は安堵しつつも、ほんの少し儚げな虎丸の様子に、自分と同じ心持ちであることを改めて再確認する。

 有り難いことだ。正直辛い役目であろうとも、志を同じくする親友ともが傍らに居てくれるならば、少しは気も楽になる。前世では絶対に無かったことだ。


「ああ、良かった、ハークさん! やっぱり無事だったんだね!?」


 頭の上からシンの声が降ってきた。見上げれば、ドレイクマンモスがたった今ぶち砕いて開けた大穴、丁度崩れていない客席に彼が陣取っていた。シアの姿も見える。


「やっぱり三味線引いてたンだね!? おかしいとは思ってたけど……」


 矢張りシアには半分くらいバレていたようである。まあ、当然だろう。彼女とは共に一晩中『斬魔刀』製作の為に只管ひたすらに鋼を打ち合って鍛えたことが2度もある仲だ。それでも残り半分ほどは心配をかけていたのだろう。


「済まぬな、二人共。心配かけて」


 ハークはあの時、ギリギリまで引き付けてから躱すことで、ドレイクマンモスの『牙突進タスクチャージ』を、命令を出した本人であるゲルトリウスにぶち当てることに成功していた。

 事前の、2人の悲鳴めいた声援が良い援護射撃となっていたことまでは伝えられないが。


「その汗の量は!?」


「ああ、コレか」


 シアが指摘するように、ハークの顔面から首筋、開いた胸元に至るまで汗の玉が浮いている、かのように視える。


「『水放射ウォーターショット』だよ。ホレ、このようにな」


 ハークが指の先から、チョロリと水鉄砲かのように『水放射ウォーターショット』を発動してみせる。

 『水放射ウォーターショット』とは、水系統の初級魔法である。

 攻撃力はほぼ皆無に等しく、相手の顔面にでも向けて勢い良く水を放射しても怯ませる程度の効果しか持たないが、出現させた水分は飲料水としても普通に使用可能な為、地味に様々な場面で役立つ魔法だ。

 ハークはこの魔法を逃げ回りながらも自分の顔の前で細かく発動し、危機を演出していたのである。


「ナルホド! そういう事かい! まあ、ハークがあの程度動いただけでバテる筈はないよねえ」


「まぁな、あの程度は準備運動のようなものだ。寄宿学校の先生方も『水魔法は創意工夫が命』と仰っていたではないか。のう、シン」


「いや、言ってたけど……。何か違う気がするぜ」


 シンのやや呆れたような口調に、ハークはフッといつもの調子を取り戻したかのような笑顔を見せたが、すぐに気を引き締めたような真剣な表情に変わる。


「さて、儂はを追う。シア、予定ではこの後大捕物おおとりものが行われる。テルセウス達のことも含めて、皆を頼むぞ」


 そういう事になっていた。元から昨日の作戦会議にて、既にゲルトリウスが代役を立てて決闘の場に出てこないであろうことは予測されていた。ゲルトリウス本人は、既に故人となっているであろうが、彼とその一派には大切な名誉を賭けるべき神聖な決闘を穢したという罪と、闘技場の一部、建造物を破壊したという従魔の主としての罪状をあがなう必要がある。いずれも現行犯だ。言い逃れは効かない。

 果たして、衛兵長であるマルカイッグが立ち上がり、副官たちに指示を行っているのが横目で確認出来る。


「了解したよ! こちらは任せて、存分に暴れてきな!」


 シアがいつものように頼もし気に請け負ってくれる。これで後顧の憂いを感じることも無い。


「うむ、行ってくる!」


 ハークはそれだけ応えると虎丸に跨り、ドレイクマンモスの後を追って、彼自身が明けた大穴の中へと向かっていった。



 ドレイクマンモスは闘技場から少し離れた大通りのど真ん中で佇んでいた。

 ゲルトリウスが最後に発した命令により闘技場の内壁を貫いて、惰性でここまで到達したのであろう。


 自由にならぬ身体を持て余して、彼は今何を思うのか。

 故郷を一目もう一度見たい、とでも思っているのであろうか。


〈いかんな〉


 両の頬を張り、ハークは自らに気合を入れ直す。理由の無い殺しは元々ハークの好むものでは無かったが、この世界に来てから更に嫌いになった。

 だが、好む好まざる関係無く、出来る者がやるしかない。彼に安寧なる死を与えられる手段を持つ者は、この場でハークしかいないからだ。


 そう。彼を救う。その一点に。


「行くぞ、虎丸! 最後の総仕上げだ! アレ・・をやるぞオ!」


『了解ッスウ! 『太陽落とし』ッスね!』


 虎丸は気合十分に応えた。




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