175 第13話09:STARTED to MOVE




 古都ソーディアンの闘技場は、上から見ると円形のすり鉢状構造となっている。

 3桁を超える階段の様な段差の一つ一つに客席が設けられ、中心部の闘技者が互いに持てる戦いの技術を試し合い、時には命すら奪い合う戦いの場をどの席からであっても眺めることが可能となっている。


 とはいえ、最大で5万人以上収容できる客席には本日は数えるほどしか人は居なかった。

 万を超える人数が座って観戦出来る巨大な施設内にこれだけしか人間が居ないというのは一種異様な光景であったが、それも仕方が無い。前日に領主である先王が観戦者の安全保障は出来かねることを群衆の前でしっかりと発言してしまったからだ。

 だからこそ今闘技場内に居る者は全員、これから行われる決闘の当事者、及びその関係者たちだけであった。

 具体的に上げていくならば、ハーク側はパーティーの仲間達であるシアにシン、そしてアルティナことテルセウスとリィズことアルテオの4人。そしてギルド長ジョゼフに領主である先王ゼーラトゥース、さらにその手勢10数人、側近であるラウムに衛兵長マルカイッグの姿もある。

 ゲルトリウス側には息子であるシュバル、そして領主側からの裏切り者である筆頭政務官。伯爵家に仕える警護の者達が数人。

 そして何故か決闘の当事者であるゲルトリウス伯爵本人。


「何をしておる、ゲルトリウス! さっさと闘技場に降りるがいい! 臆病風に吹かれたか!」


 先王ゼーラトゥースがやや呆れたような声を拡声法器で呼びかける。


「黙れ、叔父上! これぞ我が策だ! 薄汚い亜人など、何故高貴な血筋たる俺自らが戦いなどせねばならん! 代理決闘だ! そもそも何故にこれ程観客がいないのだ!?」


「当然であろうが。お主の巨大な従魔を抑えきれぬ以上、観客の安全など保障出来ん。だというのに、特に関係の無き者が態々観戦に来るほどに酔狂な領民などそうそうおらぬわ」


「チッ!」


 ゲルトリウスはこれ見よがしに盛大な舌打ちをしたが、これはゼーラトゥースの嘘であった。

 実はゼーラトゥースは残りの衛兵を闘技場の近辺に配置し、近付く人間どころか闘技場の近場にある店舗や民家からも領民を避難させていたのである。これが無ければ、客席が埋まるようなことは流石に有り得ないが、百人程度は観客がいたかもしれない。

 闘技場の周辺からも人を避難させたのはハークの指示でもあった。

 虎丸の『鑑定』にて明らかになっていたドレイクマンモスの攻撃力を表すステータスは、分厚い石壁であろうが紙の如く砕くことも容易なほどである。ということはつまり、その気になればいとも簡単に闘技場の外へと出ることも容易な筈で、闘技場の内だけの安全対策だけでは物足りないのだ。


 ゼーラトゥースが珍しく憤慨して言い放つ


「大体、そもそもドレイクマンモスだけはともかく、何故他に5人もいるのだ。卑怯者め」


 彼の言う通りなのだ。

 ハークも闘技場に入場した時から当然の如く気付いていた。

 従魔とその主、2対2で行われる戦いであるというのに向こう側にはドレイクマンモスの他に5人もの男達がいて、それぞれ剣や槍など思い思いの武装を携えている。


「ハッ! うるさいわ、ゼーラトゥース! いいか、俺のレベルは30だ! それに比べ、代理である彼らは優秀ではあれどレベル27から28しかない! ならば複数の人数でそれを埋めるのが定石というではないか!」


 ゲルトリウスの言う事もあながち完全な出鱈目、という訳でもない。実際にギルドの訓練でも対戦相手同士のレベルを考慮しての人数差はごくごく当たり前に行われていることだ。

 だが、そうであっても流石に5倍という人数差は聞いたことも無い。


「何言ってんだい! 正々堂々とも戦えないのかい!? 臆病者の戯言たわごと言ってるんじゃあないよ!」


「そうだぜ! 5倍の人数差なんて聞いたこともねえよ! それで貴族の矜持などとは、随分とお笑いぐさだな!」


 仲間達から野次が飛ぶ。あの声はシアとシンであろう。気持ちは分からんでもないし、嬉しさもあるのだが、今は彼女らを守るほどの余裕は流石に無いので控えて貰いたい。

 ゲルトリウスは完全な癇癪持ちだ。普通の大の大人であれば何ほどのことも無い雑言であっても、聞き流すという事は出来ずにごくごく簡単に堪忍袋の緒が切れる。


「だ、黙れ、平民如きが! それ以上無礼な口をきくというのなら不敬罪で牢にブチ込んでくれるぞ!」


 案の定、間髪すら入れずに野次に対して噛み付き返し始めた。標的をあっちだこっちだに変えて落ち着きようのない忙しい男である。


「何が不敬罪だ、小童こわっぱが! 貴様ももう平民なんだよ! 先王様を裏切った時点でな!」


 更に冒険者ギルド長ジョゼフまでもが野次合戦に加わってしまう。

 彼はゲルトリウスの領主時代に相当に苦労させられたらしく、両者には相当の因縁がある。

 実際には人望のあるジョゼフをゲルトリウスが一方的に妬んで個人攻撃を繰り返していたようだが、それは2年前に先王ゼーラトゥースが古都の御領主の座に就き、ゲルトリウスが更迭されるまで続いたようで、人の好いジョゼフであっても流石に恨み骨髄というヤツなのだろう。

 そしてジョゼフの台詞もそのままその通り、ゲルトリウスの現況を正確に表している。彼は最早この決闘に勝とうが負けようが国家的犯罪者であることに変わりはないのだ。証拠は既に揃っている。爵位が剥奪されるであろうことは決定事項だった。


 それはそうなのだが、正直、場が取っ散らかって仕様が無い。元伯爵も癇癪どころか暴発寸前だ。場外乱闘の末に有耶無耶になどさせる訳にはいかない。


「先王陛下、我らならば構うことはありませぬ」


 ハークの一言で場が、特に味方陣営がどよめく。が、やるべきことのため、己の策のためにも言わねばならぬ事であった。

 そもそもこのぐらいのこすい手など、虎丸と共に完全予測済みなのだ。流石に5人全員とは思っていなかったが、ハーク達にとって最早レベル20台後半程度が何人集まろうが誤差・・であった。ギルド寄宿学校での半年間の日々はそこまでの実力と経験と自信をハークに与えていたのである。


 しかも目の前の5人組は、昨日の騒動の際にも見た顔だ。全員が『四ツ首』の実行部隊、最後の構成員である。ヴィラデルもその眼で確認済みだ。

 更にステータスもSKILL構成も虎丸の鑑定により把握済みだ。注意する点も特にない。

 残りの人員全て投入、とは随分と大盤振る舞いだが、寧ろ後々の手間が省ける。

 問題は『四ツ首』ソーディアン支部長の姿がこの場にも客席にも見えないことだ。


 だがこれも特に問題はない。闘技場の外で万一の際の脱出路を確保しつつ、本当に危ない状況になれば自分一人でも逃げ切る算段なのであろうと、これも事前にヴィラデルが予測済みであったからだ。そして、本当にそうだったらしい。既にラウム配下の影の部隊がその姿と位置を確認しているとのことだ。


 最早、機は熟したのである。

 それが解っている先王ゼーラトゥースは、しっかりと頷いた。


「承知した。当事者であるハークがそう言うのであれば、是非もないな」


「ええ。空模様は今にも崩れそうでございますし、開始の刻限も過ぎておりまする。そろそろ始めましょう」


 ハークの余裕を見せつけるかのような態度に、ゲルトリウス以下敵陣営が色めき立つ。これも策の一つ、ハークに注目を集めるためだ。


「相解った! ではこれより、ハークとその従魔対、ゲルトリウス陣営との決闘を執り行う!」


 決闘開始の合図と共に、ハークは『斬魔刀』の刃をズラリと抜き放った。



「やい、耳長亜人! 大人しく我らの言葉に素直に従っておればこんなことにはならなかったのにな! こんな状況で貴様が生き残れる可能性などあるワケが無いだろう! だが俺は優しいからな! この俺にその白い従魔を渡し、土下座しながら忠誠を誓うというのなら、貴様の命を助けて貰えるよう父上に嘆願してもいいぞぉ!」


 またぞろシュバルが何事かの雑音を放っている。無視しても良いが、折角なので横目で視ながら全力での殺気を撃ち放つ。


「ひいいっ!!」


 まるでお約束の如くシュバルの身体が悲鳴と共に飛び上がり、次いで大きく仰け反る。だが、直ぐ近くに座るゲルトリウスには何の影響も視られない。そのように放ったからだ。

 間髪入れずに虎丸に指示を出す。態々口に出して。


「よし! あちらの5人組は頼んだぞ、虎丸!」


「ガウッ!」


 そして虎丸は走り出す。


 が、その光景を視て、ハークの仲間達は皆一様に違和感を覚えた。

 速度は普通の強者として考えるならば別に過不足は無い。しかし、相手は風の如き速度を備えた虎丸である。

 あの、動いたと思った瞬間には攻撃し終わっている程の神速の精霊獣にしては、あまりにも遅すぎた。


 それでも、ハークを含め彼ら以外にそんな違和感を抱く者など、この場・・・には居なかった。

 そしてこの男は尚更である。ゲルトリウスはハークをなじるかのような声を高らかに上げた。


「ハハハハ、所詮は下等な亜人の子供よの! 結局は魔獣頼りか! どうやら威勢が良いのは口だけのようだな! 構わぬドレイクマンモスよ、『牙突進タスクチャージ』だ! 潰してしまえぇっ!」


「バオオオオオオオオオ!!」


 吠え声を上げた直後、ドレイクマンモスはハークに左牙の先を向けて猛突進を開始した。

 巻き上げた土煙を置き去りに。あれほどの巨体にして驚愕に足る恐るべき速度であった。

 だが、巨獣が踏み込んだ瞬間、シアとシン、テルセウスとアルテオ4人の仲間達の中で、ハークの身を案じた者は誰もいなかった。

 それでも牙が迫りつつあるというのにその後も微動だにしないハークの姿を見ては、流石に落ち着いていられる者は逆に誰一人もいなかった。


「どうしたハークさん、避けろぉっ!」


 思わず立ち上がり、叫んだシンに呼応するかのように、ハークの『斬魔刀』を握る右腕が、まるで弓を引き絞るかのように大きく引かれ、左手は刀身が刃の裏、峰へと添えられる。



 シンの眼から視て、ハークの動き出しはどう考えても遅きに過ぎた。

 だが同時に、ハークならばきっと絶対に無事に切り抜けるに違いない、という確信もあった。

 そしてハークが最近になって口酸っぱく自分たちに教えて語る、『一足一刀』の間合いにまで両者の距離が縮まった瞬間、彼はハークの瞳がギラリと光る光景を幻視した。



 ハークは背、腰、両肩、右肘、『斬魔刀』柄先、その全てに設置していた魔力溜まりを一斉に爆破させる。背面全身と武器にも魔力を通して包むことにより何一つ怪我を負った箇所は無い。

 そして反動にて得られた恐るべき瞬間速度にも、今のハークならば十二分に対応可能だ。

 彼はその瞬間速度を全く緩めることなく、腰部、右肩、右肘、そして右手首からの連動によって、繰り出した『斬魔刀』の突きに強烈なひねりを加える。


「奥義!! 『朧穿おぉぉぼろうがち』いぃっ!!」


 ズガギギギィィィィンン!!


 魔力を充分に纏った切っ先が、音速を遥かに超越した急加速に回転を伴って巨獣の牙を迎え打つ。


 凄まじい衝突音を上げつつも、前世では有り得ざる唯一無二の一撃は、ドレイクマンモスの『牙突進タスクチャージ』相手に何と押し負けることなく、寧ろ受け止め僅かに押し戻しさえした。


 比較にならぬ程の両者の間に横たわる体重差。

 充分な助走距離、それに対しその場からの一撃。

 全ての条件を覆し、少年は打ち勝ち、押し勝った。


 これぞ、ハークが約半年もの長き刻を費やし、試行錯誤の末に編み出したこの世界ならでは・・・・の新SKILL、奥義・『朧穿おぼろうがち』であった。





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