128 第10話17:Honest Eyes②




 一口食べて、ハークは自身が作った『セリュの宿屋のトマトリゾット』に似せて作った十的とまと雑炊が見事成功したのを悟った。


「うンめえーー! 何だこりゃあ!?」


「ホントだ! スゲー美味いな!」


「ジャイアントシェルクラブの肉入ってるんだから美味いのトーゼンと思ったけど、こりゃこの米ってのが美味いわね!?」


「ホント~、すご~~く美味しい~!! いくらでも食べられちゃう~!」


 他の皆にも十二分に好評のようだ。


〈ジャイアントシェルクラブの肉が美味いからというのは確かにあるのだがな〉


 そう思いつつ自分も食べ進める。米を中心に。


「驚いた……、本当に美味しいです。料理もプロ級だったのですね」


「ああ、ホントに美味いな、ロン! この味スゲー気に入ったよ! ハークさん、今度作り方教えてくれ!?」


 ロンとシェイダンのやや大袈裟な賞賛に、ハークも苦笑を隠せずに答える。


やもめ・・・旅が長かったからな。料理はやらざるを得なかっただけで極めちゃあおらぬよ。野の獣でもあるまいし、喰うモンは美味い方が良い道理であろう。それにシェイダン、お主はずっと儂の隣で食事の支度を手伝っていてくれていたではないか」


 シェイダンは持ち前の器用さで包丁の使い方もすぐに覚えてくれ、お陰で今回一番の戦力となってくれた。他の面々はハークのパーティーメンバーも含め力任せのきらいが強く、正直、ジャイアントシェルクラブの殻剥きぐらいしか任せられない。


 特に一番酷いのがシアだ。彼女は鍛冶師でありながら、刃物を扱う才能が絶望的に無い。

 『松葉簪マツバカンザシ』の女性陣二人も酷い。

 彼女らは全くやる気というものが欠片も無い。興味を持ち、より上手くなりたいと願う向上心というものが無ければ、どんな行動も賽の河原の積み石である。

 今もリードに向かってこの味を覚えろだの好き勝手言っている。リードも、なんで俺ばっかり、だとか、自分でもやれよ、だとか言い返してはいるようだが、多勢に無勢で旗色が悪い。


「ハークさん手際早えーから、ついてくのに精一杯で作り方の手順とか見る暇なかったんだよ……」


「ふ、仕様が無いな。とはいえ手順など簡単だぞ。まず茸類や根菜を鍋に入れて水を張る。火にかけて沸騰してしばらくしたら葉物野菜と共に塩漬け肉を入れるのだ。それで脂が浮いてきたら洗っておいた米と手で握りつぶした十的を千切りながら入れて、最後に残りの具材を投入したら蓋を閉めて米が軟らかくなるまで煮れば完成よ」


「あ~~~、ホントに美味えな。なんだよオイ、回復魔法使いで料理も得意とか完璧じゃあねえか。何でガキ共とパーティー組んでんだよ、チキショウ。お替わりだ!」


 何故かやさぐれだした最年長らしき外見のパルガが不平をぶちまけながらおかわりを請求してくる。口調から勿論冗談であると解るが、多分に本音も含まれている感じもする。


「あ、ズリイ、俺もお替わり! ってオイ、ロウシェンの器もカラじゃあねえか。お前ぇもまだまだ食うだろ?」


 パルガに続いてリードもお替わり宣言をすると共に、隣に座るロウシェンにもさり気無く食を勧めた。


「は、はい、とても美味しいのでもう少し頂きたいのですが……、あの、こんなことしていて大丈夫なのでしょうか? 魔物の領域で煮炊きなどして」


「ほう、その様子だとここ魔物の領域に関してはちゃんと情報仕込んできているみたいだな」


「ええ……、魔物の領域では普通に結界法器の制限レベルを超えるモンスターが出現すると聞いております。煮炊きや魔物を呼び寄せるような行為は厳禁だと」


 そこで、ロウシェンの疑問への答えにパルガが加わった。


「まあ、普通ならな。だが、今回に限ってはいいのさ」


「な、何故です?」


「あそこにいるエルフ殿の従魔殿がこの辺りに潜んでた全ての魔物をブッ潰してくれたからさ」


 そう言ってパルガは匙の先でとある方向を指す。その方向にはハークの従魔にして最大戦力である白き魔獣、虎丸の姿があった。

 パルガの匙が示す方向を見てロウシェンは目を剥く。そこには輪を外れた虎丸の姿があったのだがそれはいい。問題は彼が自身の2倍を超える量の、山と積まれたジャイアントシェルクラブの肉を現在進行形で平らげているという光景である。因みにハークの作った十的雑炊も皆と同じ量の器に盛られている。あの量からするとツマミでしかないが。


「何ですかあの量」


「ジャイアントシェルクラブの肉は彼の好物らしくてなぁ。所望の量を用意したまでよ。まぁ、狩ったのは彼の独力なモンだから俺たちが食えるのはお零れに過ぎねえが、充分過ぎる量だしそれでも食い切れてねえけどな。他も魔物の素材もドッサリだ。持ち帰り切れねえかもしれねえんでアッチに積まれてるぜ」


 つまりは虎丸の本気がやり過ぎた結果となった訳である。


「一体どれほどの量なのですか……」


「ざっと100体ほどだ」


「100!?」


「ああ、だから心配はいらねえ。この辺りのモンスターはキロ単位で根こそぎってヤツさ」


「尤も、その所為というか、お陰でここ魔物の領域のボスに眼をつけられたらしいのだよ」


 全員のお替わりをよそいながらハークが事も無げに言う。


「は!? ボスですと!?」


「ああ、心して置けよ。真っ直ぐここに向かって来ているらしいからな」


 パルガがハークから人を介して受け取った雑炊をかっ込みながら言う。


「いやいやいやいや! それこそこんなことしてる場合じゃあないじゃないですか!?」


「落ち着け落ち着け、最後まで聞けよ」


 一方、お替わりを受け取ったリードが話を引き継いだ。


「どうやらボスは地に潜る系統の魔物らしくてな。ただ、こちらに感知されぬようにしてか、かな~りゆっくり近づいてきているらしい。突然現れて襲ってくるつもりなんだろうな」


「それが分かるのですか!?」


「ああ、ハークの従魔殿、虎丸殿がな。現在の位置も分かるらしい。それによるとここに着くのはあと3時間後だそうだ」


 敵が地面の下であれば匂いで感知することはできない。だが、虎丸の肉球はまさに特別製だ。掘り進むボスらしき魔物の振動を感知して、速度と位置を割り出している。


「……何と言うか、従魔とは実に途轍もないのですね」


 ハークも同感だったが、ここまで途轍もないのは虎丸だからこその気がする。


「俺もそう思うぜ。全く今回は運が良かった。お前ぇと『松葉簪マツバカンザシ』の所為で先頭集団に後れを取って、また今回もダメかと思ったが、まさかボスの方から逆にロックオン喰らうとはなあ! 嬉しい誤算に万馬券キタってヤツだ!」


「あ、やっぱりパルガさんでも領域のボスは初めてなのね。ハーク、私もお替わり」


「うむ」


「まーな。魔物の領域には、過去2度挑んでボスの影も形も見ちゃいない。3度目で出会えるなんてまだかなり良い方だ。俺の知ってる奴には8度挑んでも出会ったことないのがいるくらいだ」


「へ~、結構低確率なんですねえ~」


「魔物の領域は深化が進めば進むほど集団で戦いにくくなるからな。ある程度集団がバラけるから、後は運頼みみたいなトコロがある。自分らのところに当たらなければそれまでよ。ま、その方が安全っちゃあ安全だがな」


「領域のボスってさ、参考までに大体どれくらいの強さなんだ? あ、ハーク、俺もお替わり頼む」


「了解だ」


「俺がやるよ、ハークさん。食っててくれ」


「おお、すまんな、シン」


「ってリードお前ぇもう3杯目じゃあねえのか!? 早えなオイ! まあ、領域のボスはレベルに換算すると26~30ちょいってとこだな。領域のボスは普段群れる性質の無い魔物でも力で強制的に従えていやがるから、他の連中より大体5レベルは高えことが多い。さっきまでの調子だとここのボスはレベル30前後ってとこだな」


「30レベルか。それはちょっと俺たち『松葉簪』でもキツイな」


「当たり前だ。お前たちのレベルでも領域の終盤戦ではギリギリだからな。ボス戦じゃあ前に出るなよ? ガキ共のお守りを頼むぜ」


「オーケー」


「あ、エルフ殿の従魔殿と回復魔法にはお世話になりやす。シア殿も危ないから下がっておいてくださいね! その大切なお身体に傷がついちゃあいけねえや!」


「心配ご無用さね。こう見えてもあたし等はレベル30台のトロールを相手にしたことがあるのさ。まあ、ほとんど虎丸ちゃん任せだったケドね」


 パルガの言葉を受けてタダでさえ巨大な胸を張ってのシアの返答に、その事実を知らぬ者たちから、おおお、と歓声が上がる。男性陣の声は女性陣に比べ、少し張り気味ではあったが。


「しかもそこのハークは、この前街に侵入したドラゴンを虎丸さんと共にかなりの時間をたった二人で足止めした猛者だ。レベル19とはいえ舐めない方が良いぜ!」


 リードが更に一言添える。

 あの時はレベル9だったのだがな、とは言わぬが花である。雉も鳴かずば撃たれまい。


「何!? 本当にエルフの実力ってのは分かりにくいぜ……。だが、レベル19じゃあマトモに喰らえば終わりなことには違いねえだろ。そうそう前には出ないでもらいますぜ」


「うむ、分かっております。自重はしますよ」


「それで頼んます。もしもの時の備えってぐらいの認識でいてくだせえ。他のガキ共は全員自分の身を第一に考えやがれよ。何か手伝いたいっつーんなら火の番をしてくれるのが一番良い。特にハネっ返り! お前ぇは前に出たら俺にたたっ斬られるぐらいに考えておけよ!」


「わ、分かっております! もうご迷惑はお掛けしませんっ!」


「良し、良い返事だ! 分かったら食え食え。今のうちに英気を養っておくんだ! というワケで俺もお替わりだ! それにしても本当に美味いなエルフ殿!」


「お褒めに預かって光栄だが、この料理はソーディアンにあるとある宿屋の女将さんの料理を参考にして作ったものだ。そうまで言われてしまうと気が引けるし、何よりそちらも店の方が断然美味いものですぞ」


「何!? これより美味い店なんてあんのか!?」


「ああ、ししょ……じゃなかった、ハーク殿のあの行きつけの宿屋ですね。確かに中々美味しい料理を出してくれましたが、今まで米料理には手を出したことがありませんでした」


 アルテオがどの店のことを言っているのか気付いたようである。その言葉を受けてではなかろうが、パルガが、ばん! と膝を叩いて宣言した。


「いよぉし! 決めたぜ! 今回、無事に領域のボスを倒せたらこの場にいる全員でハーク殿の言う宿屋で祝勝会を行うぞ! 強制参加だ!」


「おお!? そいつはいいね! 旦那、ってこたァ奢ってくれんのか!?」


 リードの茶々に一瞬怯んだ様子を見せたパルガだが、直後に上がった歓声に応えるべく覚悟を決めたようである。


「でーい、余計なこと言いやがってクソリードがァア! いいさ、領域のボスを倒せりゃあ金もたんまり入るだろうからな! 全員俺の奢りだァアア!!」


 その言葉に夕餉の場はさらに盛り上がりを見せて、約20分後には鍋の中身は完全に綺麗サッパリ全員の腹の中に消えることになった。



 キッチリ3時間後、領域の主の到来を告げたのはやはり虎丸だった。


『ご主人、来たッス。約50メートル先の地中にいるッスよ』


 既に出迎える準備は万端だ。完全武装な上に腹の具合もこなれてきていてバッチリだ。

 いつ飛び出してきても良い。パルガ殿は『いらっしゃいませ状態』と言っていた。


『了解だ。虎丸、相手の『鑑定』は出来るか?』


『無理ッス、ご主人。相手の姿が全く見えない状態だと『鑑定』は出来ないッス。申し訳ないッス』


『謝ることなどない。だが、姿を現したら頼むぞ』


『合点承知ッス!』


「ハーク、どうだ?」


 リードが小声で訊いてくる。それに対し、ハークは虎丸に教わった方向を指で示しつつ同じく小声で答える。


「ここから50メートルまでの距離まで迫って来ている」


「パルガさん、領域のボス、どんな奴だと思う?」


「土に潜るとしたらワーム系か土竜モグラ系だろう。『大地の庭師アース・ガーデナー』をここまで使えるとしたら最低でも『達者テイカー』以上の魔法SKILL持ちに違いねえ。当初は配下にそういうのが得手のモンスターでもいるのかと予想されていたが、どうやらボス自身の魔法だったみてえだな。そう考えるとワーム系はあり得ん。恐らく土竜系だ」


『魔法寄り、もしくは中間での攻撃を行う魔物か。どうだ、虎丸。出てくる気配はあるか?』


『それが、おかしいんッス。何かどんどん右に寄ってるッス』


『何? 飛び出す機会でも窺っておるのか?』


 戦闘担当の面々にもそのことを口頭で伝える。ハッキリ言って不意を突かれる可能性は無きに等しい。

 だが、何かが引っ掛かる。右に何があったか。


「右に何かあったっけ?」


 ジーナが呟くように横にいるリードに訊く。


「あ~~、アレだ。虎丸さんがぶっ潰した魔物の残骸……」


「魔物の残骸……? オイ、まさか!?」


 リードの返答にパルガが何かを思い出したように言う。と同時に虎丸からも念話が届いた。


『ご主人、出てきたッス!』


「皆、出てきたぞ!」


 全員が注視するが、魔物の残骸は邪魔にならない位置、つまりは割と離れた場所にまとめて積んである。そのすぐ横の地面がぼこりと膨らみ、割れて中から這い出てきた姿は距離があり、光源である焚き木からも離れていて、ハークの特別製の瞳以外では薄ボンヤリとしか見えぬ筈であった。


〈何だあの奇怪な魔物は〉


 土竜系というからにはそういう・・・・形を想像していたのだが、全くの想像外だった。

 土竜っぽさがあるのは前脚というか腕部だけで、それも穴掘り用というより獲物を斬り裂くため刃のような鋭さがある。後ろ脚は獣の如く逆関節だが2本足で立てるようだ。眼は逆しまに裂け、口はギザギザの犬歯の様な牙の羅列が覗いている。

 何より奇怪なのは体毛が全く見られないこと、そして異様に後ろに伸びた後頭部である。


 ギギギギギギギギギギギギギィイイ!!


 まるで歯軋りのような咆哮を上げた。


〈魔力の流れ!? だが、こちらには飛んできている感じは無い。攻撃魔法ではないのか?〉


 ハークの鋭敏な感覚が、その魔物から発せられた魔力を感知する。同様に、虎丸もそれを感知したのかハークの前に陣取る。


「やっぱりかよ! まさかの最悪の相手だ!! 全員気をつけろ!」


 パルガが叫んだのが先かその現象が起こったのが先か。魔物の残骸、その山と積まれたものがカタカタと蠢き始めたのだ。


「な、何だァア!!?」


 次いでリードが驚きの声を上げるのとほぼ同時に、蠢き始めた魔物の残骸群が領域の主へに引き付けられるように次々と空中に跳び上がりだす。


「死霊術!? 『死体操作ネクロマンシー』だ!!」


 パルガが叫んだ。


 ガシッガシャッガスッドコッバシャアッ!!


 複数の衝突音と共に領域の主にぶつかっていった魔物の残骸たちは、まだ残っていた血と僅かな臓物と土煙を撒き散らしながらそれ・・の身体、各部位に引き寄せられていく。


「な、何だいあれ……」


 シアが呟く。

 そこにはファイアサーペントの頭部、腕のような器官の先にスティンガーアサルトトードの頭が引っ付き、それ以外の箇所をジャイアントシェルクラブの殻とロックエイプ背面の甲殻が鱗鎧の如く隙間無く覆った、あの時のレベル33のトロールと同等の体躯を持つ三面二臂の形容しがたく、実に禍々しい化け物が出現していた。


「ちいっ! よりにもよって、スカベンジャー・トゥルーパーかよっ!」


 吐き捨てるようなパルガの声であった。




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