114 第10話03:Always Learning




 今年度のギルド寄宿学校が始まり、一週間が経った。

 既にガイダンス期間は終了し、本格的な授業も始まっている。今までのような、興味を持たせるための講義ではなく、それはそれで大変に重要なのだが、ちゃんとした知識と能力を養うための本質的な講義。

 その初日。


 元は王立学園の校舎であった冒険者ギルド寄宿学校1階にある教職員控室のドアががらりと開き、一人の講師が中へと入ってきた。

 彼は些か重い足取りでゆっくりと自らに宛がわれたデスクへと向かう。

 やっとのことで自らの席に辿り着くと、未だ午前の授業が終了したに過ぎぬというのに完全に疲れ切ったという表情で、どかりと自らの椅子に身を沈めた。


「ふい~~~~」


 次いで、如何にも一仕事終えましたというかのような溜息を吐く。


「どうしました? お疲れですね、サルディン先生」


 流石に、といった感じで向かいのデスクに座る教員が声を掛けた。


「ええ、ウルサ先生。今年久々にやる気のある生徒が入って来てくれましてな」


「ほう、それは大変に喜ばしいことではありませんか」


「ええ、全くです。全く、仰る通りなのです、が……」


 笑顔を見せながらも溢れ出す疲労感を隠そうともしないサルディンの様子に、ウルサは彼が言いたいことに気が付いた。


「これが1年間も続くとなると、身が持たないかもしれん。ですか?」


 ウルサに自らが言おうとした台詞を言い当てられたサルディンは、少し恥入るかのように頭を掻きながら言う。


「ははは! いや、そうなんですよ! 言い当てられてしまいましたな! ただ、しかし―――」


「しかし?」


「こんなに充実した心地よい疲労感は、久方ぶりですよ」


 そう言ってサルディンは充足感に満ち満ちた笑顔を見せた。



 元々サルディンとウルサは仲の良い教員同士であった。この学園は、学園長の目利きのお蔭か生徒想いの人柄の良い人物が集まり、教員同士の団結力も高いが、その中でも彼ら二人は友人と言う関係すらも超えて同志に近い間柄であった。


 というのも、サルディンは歴史、ウルサは算術と、選択制の冒険者ギルド寄宿学校に於いてあまり人気の無い一般教科科目の講義を担当する教員同士であるのだ。


 冒険者ギルド寄宿学校はその名の通り、冒険者を育成する教育機関である。

 そもそも冒険者ギルドは人々を取り巻くモンスターなどの未知の危険から人間族を守り抜く力を持つ者達を支援しようと結成された組合である。

 故に基本的には人類の脅威となるモンスターを退治し得る力を持つ冒険者を育成することが大前提としてある。

 その中で、やはりどうしても一般的な教養科目は、学生の選択できる3つの教科に昇ること自体が少ないのだ。

 限られた3つの選択教科を自身にとってより実戦的な科目で固めるのが、若き冒険者の雛としては常道とも言える寄宿学校に於いて、その中に非実戦的な一般教養科目を含める者は当然少数派となる。

 その少数派が一般教養科目を選択する意図も、強さを頼む冒険者稼業にて己が素質を示しきれず、或いは闘争にて返り討ちにあい現役を引退せざるを得なくなった際の、謂わばセカンドライフを見据えた所謂消極的な理由によるのである。

 だからこそ彼らの心の内には、退路を常に用意するかのような己の姑息さに起因した、一種の劣等感のようなモノが存在し、それが元か授業に対してもあまり積極性を示す熱心な生徒がいなかった。


 それが今年は全く違う。

 ある一人の生徒が非常にやる気を見せ、真剣に、そして積極的に授業に参加してくれたのである。予習復習はキッチリと行った上で、授業でも率先して質問をしてくれ、それが非常に的を射た重要な部分を突いてくれるのだ。

 それに感化されたのか他の生徒たちも先の講義ではやる気を見せ始め、本日の授業はここ10年で記憶にない程の熱い授業となった。


 それは確かに疲労の溜まる授業である。しかし、それでも心地よい充足感を同時に感じさせてくれる、まさに教師冥利に尽きるものであった。


 ウルサにもそれが良く分かった。何しろ彼もつい1限前にそんな授業を体験したからだ。


「そのお気持ち、良く分かりますよ……。生徒がやる気を見せてくれる、とは実に良いモノですよね」


「ええ、お分かりになりますか。もしやウルサ先生の算術の授業でも?」


「そうなんですよ~! 全く今年の生徒は良いですな~」


 同じ経験をした者同士のシンパシーが会話を盛り上げる。だが、ウルサの次の一言で話題は別の流れへと変わった。


「いやー、たった一人でもあそこまでの熱心さを見せてくれる生徒がいると、あれ程までに変わるものなのですなー」


「……んん? たった一人、ですと?」


「あれ? その反応……、もしやあなたも?」


「あの、その生徒の名前は?」


「待ってください! ……同時に言いましょう」


「分かりました。せーーーの……」


「「ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー!」」


 一瞬、あれだけ盛り上がっていた二人の会話が止まる。

 先に再起動したのはまだ若いウルサの方であった。


「同じ子ではないですか!?」


「あの子は3つ中2つも一般教養を選択しているのか!?」


 前述の通り、冒険者ギルド寄宿学校に於いて一般教養科目の人気は低く、選択する者は少ないし、己の担当する科目を卑下するつもりなど無いが、選択したとしてもせいぜい1科目までだ。それ以上は将来人々の安寧を守ることの出来る人材を育成するという冒険者ギルド寄宿学校としての本分を全うできるか心配になってしまう。


「あの子は残り一つに何を選んだのでしょう!? まさか最後の一つも教養科目なんてことは……!?」


「ああ、それなら心配いりませんよ。彼が3つ目に選択したのは魔法科です」


 教職員室には当然のことながら、彼ら二人以外にも他の教員がいる。結構な大声で話していた二人の会話が丸聞こえしていた魔法科の教師がそう口を挟む。


「ほう、そうだったのですか。それは少し安心しました。それで……、彼は大丈夫なのですか?」


「ああ、ご心配には及びませんよ。彼は元々回復魔法が使えましたからね」


「それでは上級クラスですか?」


「ええ、今年は上級者が多くて2クラスとなりましたよ。彼は私のクラスです」


 魔法科科目を受ける生徒には2通りの目的がある。

 一つは魔法を使えるようになること、そして元から使えていた者は使える魔法を増やし、さらに強力な魔法の修得を目指すこと。

 ただしこれはある程度の素養が必要となる。才能と言い換えても良い。

 魔法力は誰にでも備わっている。個人差、種族によって大小の違いは有れど全く魔力を持ち得ぬものはいない。

 だが、それを魔法という力として具現化出来るか否か、というのは大きく個人ごとの差に現れる。それが純粋なるSKILLと魔法SKILLの違うところだ。純粋な力を産み出すSKILLに対して、魔法SKILLは火や水、雷などの様々な効果を伴う。それを操るにはある程度の素質が必要なのだ。そして、それが全く無い者には魔法は使うことは出来ない。

 しかしそのような者達にも魔法科を学ぶ必要と意味は大いにある。それがもう一つの目的、知識としての魔法を修めることだ。

 自身には使えなくとも、敵のモンスターや仲間が使用する魔法の効果、傾向と対策を学ぶのである。これが出来なければ、指揮や作戦立案など出来得るわけがない。


 それ故、魔法科は魔法の素質を持つ上級クラスと、魔法の知識を修める事を目的とした普通クラスの2通りに分かれるのが常であった。

 上級クラス入りを望むものは、ガイダンス期間が終わる一週間で教師の課す確認テストをクリアして、自らの魔法への素質を示さねばならない。ハークは見事、それに合格していた。


「お二人も聞いたことはありませんか? 強力な魔獣を連れた回復魔法を使うエルフの噂を」


「おお、そういえば最近聞いたことが有りましたな。あれが彼だったのですか」


「ほうほう、彼があの有名な最近古都の冒険者ギルドに所属したという『魔獣使いビーストテイマー』であったとは……。それで、彼の成績は如何なのですか?」


「やはり気になられますか? 実は卒業生の特別臨時講師が知らぬ仲でもないということなので任せておるのですよ。呼びましょうか?」


「おお、是非」


「分かりました。お~~~い、ケフィティアー!」


 サルディンとウルサ2人の教師にせがまれて、魔法科の教師は隅っこに置かれた客人用のテーブルで我関せずとお茶を飲んでいたケフィティアを呼び出す。


「は~~い、何ですか~?」


「君に指導を任せたエルフの少年がいただろう? 彼への指導進捗状況を知りたいとサルディン先生とウルサ先生がご所望だ。お話して御上げなさい」


「は~い、分かりました~。ハーク君は元々回復魔法が使えましたので、彼には攻撃魔法を中心に教えています~。既にもう、全属性の初期攻撃魔法は修得しましたよ~」


「全属性? それは凄いな。彼には元々水系統の回復魔法と、火付けの生活魔法ぐらいしかなかったのだろう?」


「はい~。その通りですね~」


「それから一週間足らずか。流石はエルフだな。魔法の申し子とはよく言ったものだ」


「確かにそうですね~。やっぱり素質は凄いです~。けど、あの子の凄いところは目一杯努力するところです~。魔法系統には得手不得手が出るのは当然なんだからと教えたんですが、苦手な属性魔法も修練場を放課後何時間も借りて練習していたみたいで、次の日には習得していましたよ~」


 ケフィティアの言葉に、教師たちも驚きと、次いで感心の表情を見せる。


「これは本当に感心な生徒ですね。ところでケフィティアはハーキュリース君とお知り合いなのでしたよね? もっと彼の人となりなどを教えて貰えないだろうか?」


「それはいいですね、サルディン先生! 是非、私からも頼みます!」


「は~い、分かりましたウルサ先生~。まずはですね~……」


(あちゃ~~、こりゃもう休めないかな~~)


 腹の中でそんなことを思いながらもケフィティアはハークのことを語り始める。

 結局、彼女の予想通り教師3人はケフィティアの噺を肴に、次の予鈴が鳴るまで楽しげに会話を続けたのであった。




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