110 第9話11終:先達からのためになる話
「リードなんかお釣りの計算すらよく間違えてたってのに。偉そうによく言うね~」
今まで静かに『三度一致』を摘まんでいたリードの姉ケフィティアがそう茶々を入れる。
「っせーな姉ちゃん、ちょっと黙っててくれや! なぁハーク、そういうことは難しく考えることはねーんだよ。分けて細かく考えた方が良いのさ。例えば、だ。3人の冒険者がここにいるとする。丁度、俺達『
そう言うとリードは懐から銅貨を3枚取り出し、自分たちの前に一枚ずつ置いて行く。
「この銅貨が俺らから1カ月でこの街が搾り取る税金の総額だと思いねえ」
「少ないし、ヒドイ言いようだねぇ……」
「ジーナも黙っててくれよ。まぁそれで、だ。次の月に税金の率が倍になったら、こうなるわな?」
リードは更に懐から銅貨を3枚取り出し、またも自分達の目の前に一枚ずつ置いて行った。
『
「全員分合わせると、これで計6枚だ。これで税収は倍、ってヤツだが、ここで問題が起きる。ジーナとケフィの二人がこんな高ぇ税金払ってられるか! って拠点を移して別の街に行ってしまったらどうなる? つまりは俺一人しか残らねえ。そうすると、更に次の月の税収はこうだ」
リードはそう言うと、自分以外の前に置かれた銅貨4枚を取り上げ、再び己の懐にしまう。
テーブルの上に置かれた硬貨は今や2枚だけだ。
これを見てハークはリードの言わんとしていることに気が付いた。そして今まで自分が感じていた霞の如き算術への不安と不満が少しではあるが晴れた気もした。
「な? 最初に比べて、税収はどうよ?」
「……銅貨3枚から逆に2枚に減ってしまっている。成程、分かり易い! 無理に搾り取ろうとしても逆効果になってしまう、ということか」
「そういうこった。これが100人でも千人でも同じようなことが起きれば結果も同じことになるってワケさ」
「素晴らしいな。思い切って聞いて良かった。以前よりどう説明されてもいまいち胸に落ちなかった故」
「ハークさん、素直なのは良い事だけど、感心しすぎることはないと思うよ。大体からして、全部寄宿学校の算術授業の受け売りだし」
ジーナが笑いを堪えたような顔で注釈を入れる。
「なんでジーナが知ってンだ!? お前、算術の講義受けてねえだろ!?」
「ガイダンスでアンタに付き添ってやったじゃない。最初の授業でやったやつよソレ」
「そうだったっけか?」
「外……談す?」
またも出てきた聞き慣れない言葉にハークが思わず聞き返すと、それまで内輪で話していたジーナがこちらに向き直った。切れ長の瞳がハークを視る。
「あ、そか、エルフの里ではこうは言わないのかな。ギルドの寄宿学校には冒険者に必須のものから一般的な科目まで色々あって、学生はその中から3つの項目を選択するの。ただ、どんなことを習得する科目か最初は分からないから寄宿学校側も説明期間を設けているのよ。明日から一週間、学生は自分の興味ある科目の授業を受けてから本授業を受けるために選択するワケ。その最初の選択期間中の授業がガイダンスよ。私は算術の本授業は選択しなかったケド、ガイダンスにはリードに付き合って受けたことがあるの」
「成程」
頷きながら、そういえばそのようなことを以前に教わっていたのをハークも思い出す。確かテルセウスからだった。
「ハークさんはなんの科目を選択するとか、もう決めてるの?」
「いや、まだなのだ。実は算術の講義にも興味がある。恥ずかしながら、幼少の頃より剣術くらいしか能が無くてな……、そういうことには疎いのだ」
ハークの自虐に近いその言葉に、『
「まー、そりゃ~そーだよね~。あれだけ動けるんだもの、フツーの鍛え方じゃあ、ああはいかないよね~」
ケフィティアの感想に続いて、ジーナも口を開いた。
「そうね。あの動きは本当に見事だったわ。ギルド長からレベル19って聞いた時は信じられなかったくらいよ」
ヒュージドラゴン襲撃時、いや、エルザルドとの会戦時にはレベル19どころか10にすら達してもいなかったのだが、敢えて話の腰を折ってまで藪をつつくことも無い。
そしてまたリードが会話を引き継ぐ。
「全くだ。この目で実際視たってのにまだ信じられねえ。まあ、そうは言っても信じるしかねえんだけどな」
「皆さんは、お師……いえ、ハーク殿と共に戦ったことがあるんですか?」
アルテオが思わず口を挟むと、すぐにリードが反応した。一方ハークは、アルテオが何か言いかけたことには気付いていたが、敢えて特に追求することは無かった。
「一緒に戦ったっつーのは語弊があるがな。ちょっと前にドラゴンが街を襲撃したっつー事件があっただろう? そン時に俺らも現場に行ったんだ。そこで既にドラゴンを足止めしていたのがハークさ」
「そのお話はギルド長からもお聞きしました。スラムの方々を避難させたのも『
丁寧な口調でテルセウスが口を挟んだ。そこでハークも改めて礼を述べる。
「あの時は本当に世話になった。今回のことといい、改めて礼を言わせてもらう。ありがとう」
椅子に腰かけたままとはいえ、きちんと頭を下げた。頭がテーブルにくっつきそうな程だ。
それを視て、少し慌てたようにリードは手を振る。
「おいおい、先に言われちまったなぁ。さっきのは当然のことだし、前回は俺の方が命助けられてるんだ。寧ろ礼を言うのはこちらの方だぜ!」
そういってリードも頭を下げる。ハークよりも感謝の大きさを示そうとしたのか、額がテーブルにくっついてしまっている。
「私からもお礼言わせてね~。向こう見ずなヤツなんだけど、大事な弟なの。ありがとーね」
「こんなヤツだけど、いなくなられたら
他の二人もリードと同様に頭を下げてくる。彼ほどではないにしても、折り目正しくあろうとする二人の所作は、ハークに彼女らの確かな真心を感じさせ、同時に彼らパーティーにある確固たる絆も伝わってくるのだった。
心温まる光景だが、とはいえ冒険者の先達にいつまでも頭を下げさせるものでもない。
「頭をお上げくだされ。互いに一度、恩義を受け合った。それで良いではござらんか。それにリードのお蔭で、幼き命も助かり申した。スラムの民だったシンやその仲間達もあなた方に大変感謝しておる。つい先日、開発の終わったばかりの村へと今はスラムの皆全員で移動しているので、今日ここには居りませぬが」
その言葉に漸く『
「おお、オッチャンから聞いたぜ! 良かったよなぁ! んでよ、これもオッチャンから聞いたんだが、そのシンってヤツが今年の新入生総代なんだろう!? あの襲撃の後から冒険者になったってのにスゲーよなぁ!」
「それだけに、
「仕方が無い。シンの話では一年半近く待ったらしいからな。早く新しい生活を始めさせてやりたいのだろう。ところで先程、リードは『実技担当の期間限定非常勤講師』を務めると仰っていたが、もしやお三方全員か?」
「そ。私達『
「私は座学も担当するよ~。あと、ジーナちゃんとリードは戦士科だけど、私は魔法科なの。よろしくね~。あ~~でも、ハークさんはエルフだし緊張するよ~。明らかに私より年上なんだろうしね~」
少々間延びしたケフィティアの『明らかに私より年上』という言葉に、ハークはまたも引っ掛かるものを感じる。
これまでにも『エルフだから』や『見た目通りの年齢ではない』などと同じようなことをハークは何度か言われてきていた。他の事柄に興味を向けている間に、や、その時やるべき事に集中していなければならなかったため、これまではその事に深くツッコむ暇が無かった。
だが、今こそがそれを追及する好機ではないだろうか。
ハークはそう考え意を決して尋ねた。
「……そう、視えるのかね? 参考まで聞きたいのだが、いくつに視える?」
一応、ハークとしては自然な形の疑問として言ってみたのだが、相手にも自然な形で伝わったかどうかは正直自信が無い。
それでもケフィティアは特に違和感などを示さず、顎に手を当てて少しだけ考え込むと言った。
「ん? そうだね~。え~~っとね~…。ジーナちゃん、エルフさんの寿命ってどれくらいだったっけ? ジーナちゃん魔生物科を受講してたでしょ? その時に亜人さんのコト教わったって言ってなかった?」
「あーー、そうだったわねぇ。私らは入学前からこの3人でパーティー組むことが決まってたから、自分のクラスに必須のもの以外はなるべくバラバラに科目を選ぶことにしたのよ。学べる時間も科目も、有限だからねぇ」
「ほう、確かにそれはそうですな」
「参考になりますね」
ハークとテルセウスは感に堪えたかのように顔を見合わせて言う。
「私とリードは戦士系だから、まずは戦士科。そして私が戦術科と魔生物科、リードが算術科と歴史科。ケフィは『
「ガイダンス行ってちんぷんかんぷんだったんだモン。私には無理だよ~。法器科だって試験大変だったんだから~」
「まぁまぁ、勉強手伝ってあげたりもしたでしょ? 授業が終わった後、放課後集まって勉強会したりもしてたのよ。教え合いっこもしたりしてね。人に説明するとより身に着くモンよ? ま、これも他人の受け売りだけどね。そういやリードは歴史の試験、常にギリギリだったわよね」
ジーナは横のリードを見ながら笑いを堪えるような仕草で言うと、受けたリードはそれとは逆に憮然とした表情とジト目で言い返した。
「っせーなあ。算術はまだオモシロかったけどよ、歴史ってのは中々頭に入ってこねーんだもんよ。まぁ、両方とも今じゃあカナリ役立ってるから文句はねーけどな」
〈確かに良い手だな。これが体験談というヤツか。しかし……〉
大変参考にはなるが早く話の続きが聞きたい、正直に言うならばこちらの気持ちの方が強かった。
すると、気持ちが伝わったワケでもないであろうが、漸く思い出したようにジーナが続き、というか答えを話し始める。
「えーっと、エルフの寿命は確か、人間族の5倍から10倍ほど、だったかな? そンで、約100歳で20歳の人間族の成人と肉体成長的に同様となる、ってコトだったから」
「へ~、じゃあハークさんは人間種に例えると見た目12歳くらいだから5倍にして……、60歳くらいだね~!」
「なぬ!?」
ケフィの弾き出した予想年齢を聞いて、ハークは驚き思わず声を上げてしまった。
「アレ? 違った? もっと上かな~?」
「いや、そうではない。正確に当てられたので驚いてしまったのだ」
「なんだ~。そっか~」
ホッと豊かな胸を撫で下ろすケフィティアを尻目に、ハークは人知れず驚きで胸の動悸を高鳴らせていた。
何しろ、ケフィティアが偶然導き出した60という年数。それは、ハークが前世で生き抜いた年数と、ほぼ同数であったからだ。
その後、ハーク達は『
そして、案内された寮室はハークが虎丸と共に2階角部屋、その隣部屋がテルセウスとアルテオの同室ということになっていた。
ハークと虎丸が二人を護衛し易いように、ジョゼフが手を回してくれた結果であろうということは、彼らにとっては容易に想像がついた。
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