98 第8話19終:最終戦、決着
怒涛の展開にその場の誰もが言葉を失った。
試合開始直後の未知なるSKILL。それすら踏み台にした更なる追撃技。そして上下2つに分断されたギルド長の愛用武器。
そのどれもが驚嘆すべき端倪すべからざるもので、誰もが言葉を失う中、すたん、とハークの軽い着地音だけがその場に響いた。
ハークとジョゼフを除いた、その場全員の視線がゼーラトゥースに集まる。
この場の審判は彼だ。彼が裁定せねばならない。
ゼーラトゥースはジョゼフを視て、次いでハークを視た。ジョゼフの武器は真ん中で2つに分断され、一見失われたかのように視える。
だが、それは早合点だった。ジョゼフは闘志を全く失っていない。彼の愛用の武器は確かに分断されたが、武器としての機能を失くしてはいなかった。
確かに斧槍としての機能は失ったかもしれない。が、先端部の巨大な斧刃と持ち手までは無事だ。
「ジョゼフ、続けるか?」
短く問うた。
「勿論でさあ!」
彼は頷くと分断された下半分の斧槍だったものを捨てる。そして、今や手斧と化したそれを両手で構えた。
「こうしてやれば
〈やはりか。最も穏便な決着だったのだが、まあ仕方ないな〉
ハークもこれを予期していた。
元の武器が斧槍であっただけに斧刃ばかりが大きく、バランスを欠いていたが、ステータスの補助を受けた強靭な握力ならば問題は無い。
「よし! では再開する! 始めいっ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ゼーラトゥースの再開の合図と共にジョゼフがハークに襲い掛かる。最早、自身に後が無いと自覚しての突貫であり、間合いを離されるとこれ以上何をされるかと恐れてのことだった。
「せりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁ!!」
ハークもその突撃を受けて立つ。再び始まる足を止めての剣戟の打ち合い。
だが、先程と違うのは、ハークが大型武器であり、ジョゼフが手斧の片手武器と、立場が逆転していることであった。
しかも、ジョゼフの武器は慣れぬ形状だ。
「『連撃』ッ!!」
だからこそSKILLを発動し、互角に持ち込む。
『剛連撃』ではなく1ランク下の『連撃』を使用したのは、ジョゼフが未だに勝利を諦めていない事の証明でもあった。
何処かで刃と刃をカチ合わせ、一瞬でもいいから押し切る。
そして、肉弾戦に持ち込む。これがジョゼフの勝ちへのプランであった。
ハークにはジョゼフの狙いが手に取るように読めていた。2本目と全く同じ戦法であるが、有効な戦法には変わりがないからだ。
〈まるでタイ捨流だな〉
タイ捨流とは、戦国期後半から末期、九州を中心とした西日本で爆発的に流行った流派である。ただし、剣術の流派などではない。
タイ捨流は戦での戦い方を纏めた兵法なのだ。故に剣術のみではなく体術、蹴りや投げ、果ては目潰しや組討ち(関節技などのこと)まで組み込んでいた言わば総合実戦術だった。
その為、剣術だけに限ってみれば、当時のハークの眼から視ても本当に基本的な部分までしか修めない無骨な剣術であった。
とはいえ、今この場では有効に違いない。
お互いの武器が変わり立場が逆転しても、掴まれば終わりというのは変わりがないのだ。
このまま『連撃』をジョゼフのMPが切れるまで凌ぎ続けるという消極的な手では何処かで付け込まれかねない。
そもそも『剛連撃』から一段落ちた『連撃』をジョゼフが使用しているのも、消費魔力値を軽減させることで至近距離の打ち合いを少しでも長引かせ、こちらの精神的な疲労を誘い、どこかで『剛連撃』を発動させて二本目と同様に肉弾戦へと持ち込む意図があるはずだった。
相手の仕掛けの前にこちらが仕掛ける。後の先を取れぬのなら先の先を狙うが定石なのだから。
ハークは本当に覚悟を決める。
〈本当に死ぬなよ!! ジョゼフ殿!!〉
祈りすら籠めてハークはそのSKILLを発動した。
「奥義・『大日輪』んん!!」
だが、驚くべきことに、ジョゼフはこれを待っていた。
「『瞬動』ッ!」
ジョゼフはハークがこの乱戦の中で先程、自分の愛用武器を斬り裂いたSKILLを再び使用するだろうと読んでいた。
この至近距離だ。バックステップしたって間に合いはしない。何とか下がろうとするジョゼフの武器と共に右肩を薙ぎ、勝負を決める。
少しでも狙いがズレれば、両腕を切断どころか命をも奪ってしまいかねないが、それがハークの描いた勝利プランだったのだろう。
一見完璧に視える計画かも知れない。だが、一つ忘れていることがある。
達人同士の戦いでは、一度見せた技は殆ど通用しないのだ。
その理を実践する時だった。
『瞬動』。真正面だけに高速で移動できる高等SKILLである。だが、その凄まじい勢いが故に挙動修正が非常に難しい、というか、今のジョゼフには不可能だ。
それでも、
そう。ジョゼフは跳んだのである。もはや、後方への退避は到底間に合わぬタイミングで、SKILLの補助により上空へと躱したのだ。
眼下ではハークの動きが止まっている。
当然だ。
丈の長い武器を全力で振り切ったのである。身体が流れ、大きな隙を晒すのは当たり前の話であった。
(勝ったぞ!)
『瞬動』の効果が切れ、重力に引かれるままに上空から襲い掛かる形となった。いくらこの戦いで奇跡のような手札を連発してきたエルフの少年とはいえ、この状況を打破することは出来まい。
そう思っていた。
が、このうなじの毛が逆立つような、戦慄にも似た怖気は何だ。
―――恐怖? いや、違う。現役時代、ジョゼフとその仲間達を何度も救った危険予知。その感覚があった。
視ればハークの背からは、未だ闘気が衰えていない。しかし、一体この状況から何が出来るというのか?
直後、ジョゼフは視界に驚くべき光景を視た。
ハークが両手に握る武器、『斬魔刀』を手放したのである。
武器を捨てて何を足掻こうというのか。そう思い、行方を追った少年の手の平が、彼の腰元へと向かう。
そこに有ったのは剛刀。左手を鞘に、右手が柄に。そして腰が僅かに落とされ、抜打ちの体勢が完成する。
(何だとぉぉ!!)
数瞬前まで、彼は確実にハークを上回っていた。
ハークの手札と、戦法を読み切り、的確に行動を実践した筈であった。
それでも上回られた。これはジョゼフの手をハークが読み切ったというより、前々から準備していた手札が今回がっちりと嵌まったという側面が大きい。
ハークは自らが手ずからに編み出した奥義・『大日輪』の欠点と弱点を完璧に把握していた。
上空に跳ばれ、躱されれば隙だらけ。それに対し、既に対策を立てていたのである。
神速の抜き打ち、一刀流抜刀術奥義・『神風』を用意することで。
それが活きただけ。
しかし、それでも罠に嵌ったのはジョゼフの側となった。
「一刀流―――!」
ハークが腰の剛刀に魔力を籠める。
それを視て確かな敗北を予感したジョゼフだったが、彼は最後まで抵抗を止めるような男ではなかった。
「抜刀術―――!」
「剛れ―――!!」
それでも一瞬早く魔力が刀と鞘全体に行き渡り、鞘内部に今まさに爆発解放されんとする魔力も充満し切る。
「奥―――!!」
「それまでぇいぃ!!!」
が、剛刀の抜き打ちが放たれるより一瞬早くゼーラトゥースの大声がそれを止め、刀身は抜き放たれることなく終わった。
ジョゼフも発動しかけた『剛連撃』を途中で制止して、ハークの目前に転がるように着地した。
「双方それまでだ! これ以上はどちらかが確実に死ぬか、相打ちにもなりかねん! これ以上は危険と判断し、この勝負、双方の引き分けとする!!」
「は、ははっ!!!」
ジョゼフが即座に応えたのに比べて、ハークは応えるどころか未だ抜打ちの体勢で固まっていた。
これは、ゼーラトゥースの裁定に不満を表しているのではない。鞘に籠めた飽和状態の魔力が暴発しないよう、慎重に霧散させている途中であったからだ。技の発動途中での中断は初めてのことだったので少し時間が掛かっていたのだが、漸く危険領域を脱し、戦闘態勢を解いて先王に向き直る。
「畏まりました」
そう言って彼は頭を下げた。
仲間達を含めた見物人達から、わっと歓声が上がった。
「すまんかったな。最後は殆どお前さんの勝ちであったのに……」
お互いの健闘を称え合う途中で、ジョゼフは実に済まなさそうにそう言った。
「いや、最後は先に発動したもの勝ちのようなものだった。儂が勝つとは限らんかったよ」
「そうか? いや、しかしな……」
そこまで言って、ジョゼフは言葉を止めた。彼らの元に審判を務めた先王ゼーラトゥースが歩み寄って来たからだ。
臣下の礼を取ろうとするジョゼフを手で制し、ゼーラトゥースは口を開く。
「引き分けで良いではないか。実際、そなた等の実力は拮抗していた筈だ」
「そうではございますがね、陛下、レベル19のヤツと互角っていうのは実質俺の負けですよ」
「ふ……。相も変わらずそなたは自分に厳しいのう。さて、褒美を取らせよう。実に見事な戦いぶりであった。冒険者ハーキュリース、そなたには大事な話がある故、従魔と共に余の執務室まで共に来て欲しい」
「大事な話、にございますか……」
「うむ。そなたの疑問と質問に、余が答えられるものは全て答えると誓おう」
先王との話は、実に長くなりそうだった。
◇ ◇ ◇
3桁の人間が余裕で寝泊まりできるほどのだだっ広い執務室に招かれたのはハークと虎丸、そしてジョゼフ。招いた側はゼーラトゥースとラウムの2人だけであった。
〈まあ、壁やら天井やらに幾人か護衛は控えているようだがな〉
ハークの感覚は誤魔化せない。それでも彼に正確な人数までは掴ませないあたり、中々の隠形の達人たちであった。
一方、エタンニを含めたシアらハークの仲間達は書記官の部屋へと招かれている。
村落譲渡の正式な書類を受け取るシンに付き添う形だ。
「そなたにテルセウスと名乗った者。あれは余の孫娘だ」
ラウムが執務室の鍵を閉めたと同時に何らかの魔法SKILLを放った直後(恐らくは盗聴防止の魔法であろう)、ゼーラトゥースの口から飛び出した台詞がコレであった。
「本当の名はアルティナ=フェイク=バレソン=ディーナ=モーデル。この国の第二王女にして王位継承権を持つ者だ」
「驚きました」
ハークは素直な感想を述べたつもりだが、先王はそんなハークをじっと視る。
「あまりそうは視えぬな」
「そんなことはありませぬ。面の皮が厚いだけにございましょう」
正直な気持であった。テルセウスの正体については何となくだが察していたのは事実だったが、こんな簡単に秘事をこんな状況で打ち明けられるとは思ってもみなかった。完全に予想外の不意打ちである。
「何故、某に打ち明けてくださる?」
「そなたに正式に護衛を頼みたいからだ。そなたのような人物は正直に全てを話し、礼を持って協力を得ることが最良と判断した。そういうことだ」
単刀直入な話である。
呆れる程直情径行だが、確かにハークにとっては有効な手だった。全面的な信頼と歩み寄りは、何とかしてやらんと、という想いをこちら側の中に造り出すものなのだ。
「ということは、アルテオは武家の娘か何かでございましょうか?」
「武家……、まぁ、それに近いものかもしれんな。彼女の本当の名はリィズ=オルレオン=ワレンシュタイン。このソーディアンの北東に位置する我が国の辺境領を治めるこの国第一の英雄、辺境伯ランバート=ワレンシュタインが娘よ」
「辺境伯?」
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