55 第6話04:戦うギルド長




 戦う心は熱く、頭の芯は冷たく。

 寄宿学校で近接戦闘の教鞭を執る際にジョゼフ自身が良く語って聞かせる言葉だ。

 だが言うは易し、行うは難し。

 久方ぶりに愛用の斧槍を振るう今になって、如何にそれが難しいかを改めて実感する。

 特にこんな気分の時には。


 確かに古都の古きジンクスに胡坐あぐらをかいて、賊などの襲撃への警戒がお座成りだったのかもしれない。

 だが、ジョゼフがこの場に集めたのはこの古都ソーディアンを根城とする冒険者の内、レベル20を超えた者ばかり。

 言わば精鋭であった。

 如何に近接の不得手である『魔法士マジックユーザー』たちであっても野盗ごとき素人の攻撃にそう簡単にやられる筈などなかった。それが一仕事を終えて休憩中の力仕事専門の若い衆を労おうと現場を離れた一瞬で惨殺されるなど、断じてその辺りの有象無象の仕業ではない。

 少なくとも襲撃者達はレベル20半ば以上はある筈だ。

 それが数にして20。そんな盗賊団がこの街周辺に潜んでいるなど聞いたことも無い。


(かの盗賊王の襲来だとでも言うつもりか? 馬鹿馬鹿しい!!)


 ジョゼフは子供の頃に聞いたお伽噺を思い出す。昔の噂話を元にした眉唾な話だ。今ではそのお伽噺を聞いたことの無い者も多い。


 周りの状況に視線を移せばどこの戦闘も一進一退状態だ。

 お互い援護しあっている者もいてこの結果ということは明らかに個々のレベルで劣っている、ということになる。恐らくは2から3程度。

 これ程のレベルを持つ人員の集団を用意するにはどう考えても国レベルの組織力が要る筈だ。

 ハークと虎丸が各々の方法で襲撃者の正体を探っている頃、ジョゼフも彼なりの考察力で敵の正体を見極めかけていた。



 ハークはジョゼフの戦いを感心しながら観ていた。久々に、この世界に来て初めて拝見する武に精通した者同士の戦いであったからだ。

 つまりはジョゼフと彼の対峙する人物との戦闘は、ハークの眼から観てもほぼ互角の戦いであった。

 ジョゼフの相手は顔下半分が頭巾で覆われているので正確な年齢は窺い知れないが、体つきや動き、僅かに見える素肌の部分から慮るに、他の襲撃者達よりだいぶ歳のいった壮年であるかのように見える。

 実力差を考えてもこの襲撃者集団の長なのではないのかとハークには思えた。


 今のところはジョゼフの方が押しているようだが、これは双方の獲物の違いによるのだろう。長い斧槍に比べて、短い小剣では分が悪い。


『虎丸、ジョゼフ殿とそのジョゼフ殿が現在戦っている相手の『鑑定』を行ってくれ』


『了解ッス! …双方共にレベル30ッスね』


『高いな。引き続きステイタスの方も頼む』


『お任せッス!』


 レベル30と言えば大きな都市でも一人か二人しかいないぐらいの猛者だと聞いている。二人の戦いを素晴らしいものだとハークが見惚れたのも当然と言えたかもしれない。


「ぬおおっ! 『剛連撃』!!」


 ジョゼフがハークの知らないSKILLを発動させた。シアが以前見せた『剛撃』と『連撃』を組み合わせた技のようだ。

 『剛撃』のように分厚い魔力を纏わせたまま『連撃』の要領で武器後部から魔力を放射して凄まじい勢いで攻撃速度を高めている。双方の弱点を補う見事な技だが消費魔力が多いのではなかろうか。

 それが1発、2発、3発と振るわれる。

 相手の襲撃者はこの攻撃を2発目まで何とか凌いだ。が、3発目で武器を腕ごと大きく弾かれて体勢を崩した。

 そこへジョゼフの追撃が右肩を斬り裂いた。

 だが、浅い。鎖帷子でも着込んでいたのかもしれない。皮と僅かに肉を薄く斬ったに過ぎないようだ。


「ぐっ……!」


 それでもこの間合いでは不利を悟ったのか、襲撃者の男性が慌てて後方に跳び距離をとった。だが、そこまで大きなダメージを負ったワケでもないのに慌てる必要があるのか。どうも演技クサい。


 ジョゼフが逃さんとばかりに距離を詰める。その瞬間、ハークは両者の間に魔法的な発動の兆候、魔力が集まるのを感じ取った。


「『氷柱の発現アイシクル・スパイク』ッ!!」


 突然ジョゼフの進行方向の足元に氷柱が出現し地面から突き上がった。

 このままではジョゼフは針を巨大化させたような氷柱に自分から突っ込むことに成りかねない。彼は踏ん張りながら途中で斧槍の柄を地面に突き刺して急停止し、更には顎を突き上げるように胸を反ることで何とか事無きを得た。


〈今のは魔法か!?〉


 ハークが純粋な攻撃用魔法SKILLを眼にしたのは、実はこれが初めてだった。

 ハークが現時点で習得している魔法SKILLは2つ。『回復ヒール』と、『種火リトルファイア』だ。前者は名の通り傷を癒す回復用魔法、後者は焚き付けに使う生活用魔法である。攻撃に役立つものでは無い。

 虎丸は実力こそ圧倒的だが、魔法の発動及び制御に必要な魔導力の成長が極端に悪い。ハークに倍する以上のレベルの持ち主でありながら、魔導力の値のみ既にハークに上回られているほどだ。これは虎丸の種族特性によるもので、仕方の無いものと言える。シアも事情は虎丸と全く同じで、成長傾向が露骨に近接戦闘寄りなのだ。シンは魔導力の値そのものは悪くなく、この先の成長も見込めるが、魔法力を操る訓練をしていない為、意味あるSKILLを習得できない。つまりは、ハークの仲間達は全員物理戦闘専門で、魔法を戦闘で使用するような者がいなかったのである。

 対峙してきた敵も似たようなもので、唯一の例外がドラゴンであるエルザルドであった。

 だがエルザルドはハーク達に会敵した時点で精神のみ何者かの制御を脱しており、その痛烈な魔導力での魔法SKILLを最後まで行使することは無かった。『龍魔咆哮』ブレスを放つことはあったがアレは魔法SKILLではなく種族特性SKILLである。そもそもこの世界に於ける最強種族のレベル100という存在の攻撃など、現時点のハークにとって参考になるものではない。これは虎丸の場合でも同じことだろう。


 しかし現在、ハークの目前で繰り広げられている戦いはレベルにして30同士の対決である。

 早晩、というワケには勿論いかないであろうが、時間と努力と修練を重ねれば充分到達可能と判断できるものだった。

 ハークはそこに自身の未来の姿を重ね合わせ、ギルド長と襲撃者の長、二人の実力者同士の伯仲した戦闘に眼が釘付けになっていた。


 串刺し寸前の危機的状況に耐えた息を吐き出し、ギルド長が気合一閃斧槍を横に振るう。


「ぬうん!」


 硬質な、それでいて鉄よりも澄んだ音色を発しながら巨大な氷柱が破壊される。遮るものの無くなったジョゼフが前進を再開しようとしたところで更なる魔法攻撃が発動された。


「『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』!!」


 先程のものとは違い拳大の鋭い刃を備えた氷柱が無数にジョゼフに襲い掛かる。

 恐らくは牽制であろう。接近戦での不利を悟っての攻撃だとハークは判断した。近付かせたくないのだ。とはいえ牽制であろうとも真面に喰らえば大損害は免れえないように見えた。

 ジョゼフは迫り来る無数の氷柱を、牽制など百も御見通し、距離など取らせてなどやらん、とでも言うかのように、ずんずんと前進しながら斧槍を前方に突き出した手で回転させて防いだ。何本かの氷柱はその防御を抜けたが、腕の表皮や服をほんの少し斬り裂いただけで、殆ど意味のあるダメージにはなっていない。


 そのまま相手に肉薄する距離まで到達したジョゼフは猛然と攻勢を仕掛ける。浅いとはいえ既に肩に傷を負った相手は凌ぎきれない。

 一見、単純な力押しにも見える一撃一撃に次第に押されていく。ここまで来たら力押しは的確な判断だ。その証拠についにジョゼフの一撃が敵の防御を掻い潜った。鳩尾への強烈な膝蹴りだ。斧槍の斬撃だけは何とか防ぎ切っていたのだが、その間隙を縫って襲い掛かる打撃には即座に対応出来なかったのだ。


「ぐはっ!?」


 苦悶の声を上げ、躰がくの字に折れる。だが、反射的な身体の動きすらも利用して、壮年の襲撃者は地面を転がるように、ジョゼフの追撃を避けながら何とか距離をとり、次いで起死回生の魔法を放った。


「『氷の靄アイスヘイズ』!」


 その瞬間、ジョゼフの眼前に細かい氷の粒子が発現した。それが周囲で燃え盛る炎の光を乱反射させ、ジョゼフの視界を数瞬混乱させ、それ以上の追撃を一瞬の間だけでも止めることに成功した。

 その僅かな時間に壮年の襲撃者はまたも後方に跳び退り、先程の『氷柱の発現アイシクル・スパイク』を放つ前の五分に近い状況にまで引き戻した。

 ジョゼフも今度は『氷柱の発現アイシクル・スパイク』を警戒し、一気に間合いを踏破することが出来ない。


〈これが高レベル同士の戦いか……!!〉


 攻めも攻めたり、守るも守ったり。ガップリヨツ、といったまさに手に汗握る攻防戦であった。何て参考になるのだ、とハークが心の内で呟く程でもあったが、もはや勝負の天秤はジョゼフの側に大きく傾いているのが判った。

 多彩な技を持つ襲撃者の壮年ではあるが、そのどれもジョゼフに対して決定的な攻撃にはなっていない。逆にジョゼフの側には、寄れば終わる、という完全必勝の手がある。

 何か大きな隠し玉が襲撃者側の手に無い限り、ジョゼフの勝利は大同小異で確定であると思われた。


 それに・・・気が付いたのは、ハークが二人の戦いを俯瞰的に見詰めていたからに他ならない。


 間合を調整しているのだろう、向かって右にゆっくりと動き出した壮年の男に合わせ、ジョゼフもゆっくりと、一歩ずつ踏み締めるように右斜め前方に移動し、間合いを潰していく。先程の『氷柱の発現アイシクル・スパイク』の轍を踏まないための動きである。この期に及んで冷静沈着であるとハークには評価できた。


 やがて敵の足が、先日の龍の襲撃の際に尾の一撃で薙ぎ払われた民家の残骸に差し掛かって止まる。恐らく家の基礎部分であろう。残骸は男の膝丈まであった。普段なら難無く乗り越えるであろうが、今この状況では不可能だった。

 最早覚悟を決めるしかない。

 小細工無しでジョゼフの突進を受け止めるしかないと足を広げて腰を落とした敵を見て、ジョゼフも魔法は来ないと確信したのか突撃を敢行した、まさにその時、残骸の影から一人の人間が吐き出された。


 ハークですら気付いていなかった。その人物は人の膝丈ほどしかない高さの残骸に腹這いになって、完全に気配を断ちながら今まで潜んでいたのだ。普段なら匂いで勘づくことが出来た筈であるが、巻き上がる炎の影響で四方八方から風が渦巻き、距離もあったことで、その存在に気付くのが遅れていた。


「ジョゼフ殿、危ないっ!!」


 ハークの悲鳴のような警告は間に合うことなく、ジョゼフはその背を深々と斬り裂かれた。




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