エルフに転生した元剣聖、レベル1から剣を極める -Hero Swordplay Breakdown-

大虎龍真

プロローグ:Beyond the world

01 世界を超えて


 足りぬ。


 これが最後の刻になってようやく己の心に浮かぶものか、と男はつい苦笑する。



 もはや起き上がることもかなわぬ病の床にありながら、彼は思い出す。

 刀を握りて六十余年。数多の古強者どもと斬り結び、死合を挑み挑まれ、その全てに勝利して生き残ってきた。日の本一の剣士と呼ばれて久しいこの身なれど、彼にとっては険しき道程のほんの一部を登りつめたにすぎない。



 男には見えるのだ。この先に在る剣の頂点たる理合が。


 もっと強く。

 もっと高みへ。


 飽きるほどに闘争に明け暮れ、もはや剣で彼に敵う者無しと囁かれるようになって、若い頃あれ程狂おしく欲した仕官の道にもどうにか辿り着いた後の事だった。

 それは老いを自覚し、否応無く第一線から退くことを決意して数年、刀の代わりにと周囲に勧められて水墨画を始めたが、その筆先にさえ重みを感じるようになった頃だろうか。


 ――――突然見得たのだ、それ・・が。


 一筋の光明。天明とでも言おうか。


 力でもない。

 技でもない。

 心でもない。

 そのどれでもなく、それらを多分に含みながらもどれでもないもの。

 そして、足りぬ欠片……。


 とうに剣を極めたと嘯いていた自分の心を打ち砕いたひかり。



 ……ああ……、届かぬまま……死するのか。


 口惜しかった。

 例えあと何年、何十年生き永らえようと、あるいは届き得ぬ泡沫の幻影なのやも知れぬ。実態の無い理想に過ぎないのやも知れぬ。

 だが、確かに見得たのだ。そして、見得たのは恐らく己だけだ。

 彼は自らの剣士として生きられる時間のおよそ全てを刀を振るうことに費やし、試合ではなく実戦、真なる刀剣での闘争に常に身を置き続けてきた。

 常住坐臥、真剣勝負の世界に身を置いてきたのだ。そんな己だからこそ、あの光明を見い出すに至ったのだという確信があった。



 これからも歴史は己の後に数多の天才剣士を産むであろう。それはもしかしたら己の才を軽く凌駕する者達であるかもしれない。

 しかし、彼らが自分の見出した光明に辿り着くことは決してない。


 世は既に徳川の世。

 戦は既に絶えて久しい。先の島原こそ大規模な戦闘となり、全国の諸藩を巻き込むものとなったが、あれは戦ではなく一揆だ。それに、あれに匹敵するような火種ももう無いであろう。

 世は太平の世。

 庶民も志士もお上も戦うこと自体を忘れつつある世の中だ。

 木刀での死合なら数多行う者もあるいは現れるやも知れぬ。だが、真剣での死合を続ける者はいなくなってしまうだろう。

 行えるとしても一生に1度か2度。それ以上は真剣にて闘争を行えるものがいてもそれはもはや剣士ではない。罪人であり、あるいは殺戮者と呼ばれる世となるのだ。


 そして、それだけでは、例え彼に倍する才能と志を持つに至った者であっても、あの光明に辿り着くことは不可能だ。


 実戦無きちからに真のひかりなど宿る筈が無いのである。



 彼は自分に続く後の世に全く期待などしていなかった。


 己が見出した光明は、己の手で天明にする他ないのだ。


 だが、その時間はもはやない。己の命運は尽きかけている。



 ―――――願わくば!


 彼はくわっ! 、と両目を見開いた。


 願わくば! 我に今一度の生を!! つるぎを極める刻を! 悪鬼羅刹の蔓延はびこる世でも構わぬ! 畜生道と呼ばば呼べ!神でも仏でも、閻魔、悪魔でもいい、我が願いを聞き届けたまえ!!


 声にならぬ叫びをあげ、動かぬ腕を天へと伸ばそうとした時、彼の脳に稲妻の如き天恵が舞い降りた。



『いいでしょう。その願い叶えてあげましょう』



 と。

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