サウス・ホスピタル1

 見張りも死体も人影もない道を進んで、入り口に辿りついた。


 まず緊急外来用、ER直通のドア、だけどもロックされているようで、クラクの蹴りでもビクともしなかった。


 それを通り過ぎてもう一つの入り口、こちらは普通の病院の入り口に見えた。


 更に奥の方には駐車場がありようだけど、そちらには向かわずクラクは中へと向かった。


 自動ドアが開くと清潔な白、広い室内に受付、漂う消毒液の香り、病院は病院だった。


 緊急時対応のためか、ただその余裕がなかっただけか、中は灯りが全開だった。


 そんな中を見渡してから、クラクはタバコを取り出し、火を点けた。


 ピリピリとした空気、嬉しそうに、あるいは喰いしばるように、頰の肉を引きつらせて、歯と歯の間から煙を絞り出している。


 禁煙、などと言える雰囲気ではなかった。


「あら」


 そこへ女性の声が聞こえた。


 声の主、奥へ通じる廊下から歩いてきたのは一人の女性、白いワンピースにサンダルとラフな格好、現状がわかってないのか、眩しい笑顔だった。


 クラクは発砲した。


 劇場から持ってきてたサブマシンガン、心地よい音で三連発、全部命中、喉のすぐ下、鎖骨と鎖骨の間、ど真ん中、撃ち抜きやがった。


 何度も見た光景、だけどこれはないなと考えから外して、その矢先だった。


 その上でないなと思う。この、さもちり紙を丸めてゴミ箱に放り投げるぐらいの手軽さは完全な悪行、一線を超えた。


 ……それに何かを思う前に、違う恐怖がヒニアを襲った。


「あらあら、お病気? お怪我? でも困ったわねぇ。今病院のお医者の皆さんで払ってるのよぉ。ちょっと待てます?」


 胸には風穴、確実なダメージ、なのに何事もなかったかのように、何も感じてないように微笑んでいる。


 クラクはそこへ今度は容赦ない連射をぶち込む。


 響く銃声、弾ける薬莢、周囲一面に硝煙が広がって、そして微笑む女性は、粉々になった。


 ひき肉でも血まみれでもない、ヒニアが嫌でも見慣れてしまったどの死体とも違う、肉片はバラバラになりながらも中からは血や液体が一切滴らない、発泡スチロールが千切れて散らばったような感じで、彼女は崩れた。


 ……辛うじて原型を留めている顔は、まだ微笑みを残して、まだ動いていた。


 これまでで一番グロくないはずの姿に、ヒニアはこれ以上ない気味の悪さを感じていた。


「……変だな」


 撃ち尽くした銃を捨てながらクラクが呟く。


 確かに彼女は変だけど、それを口にするクラクも変で、それがひょっとすると知らない内に悪夢の世界に巻き込まれただけなんじゃないかとヒニアから現実感を奪い去る。


 それを尻目に、クラクは刀を引き抜くと、彼女の破片の大きなのに突き刺し、引き抜き、切っ先の残り血を確認する。


 匂いを嗅いで顔をしかめると、一歩踏み出し、微笑みを踏み消した。


 そしてそのまま奥へ、老人ホーム側へと歩き出した。


 ◇


 鍵の開いてた鋼鉄の扉を抜け、一歩入っただけで、病院から老人ホームに切り替わったとわかる。


 白い壁には手すり、暖色のベージュな床には柔らかなカーペット、通路は広く、置かれているイスは大きくクッションたっぷりで、テーブルは広く足は短く車いす対応だとわかる。壁の看板の文字は大きくて、ドアは全部スライド式になった。


 同じなのは消毒液の香りと、灯りが点きっぱなしなのと、それと人の気配が感じられないことだった。


 どちらかというとモデルハウスみたいだと思いながらヒニアは先行くクラクに続く。クラクの手にはサブマシンガンの最後の一丁、背中にはあのピリピリした感じはなくなって、代わりにこの状況に疑念を抱いているのはわかった。


 電灯つけっぱなしの廊下を進む。


 風呂場、散髪室、歯科医部屋に、車いすメンテナンス室、時間が夜だからか中の電気は消えていて暗い。


 だけど先から、人の声が聞こえてきた。


 迷わずそちらへ向かうクラク、たどり着いたのは談話室と書かれたドアの前だった。


 クラクは一度、サブマシンガンを点検し、次いで周囲を見回してから、勢いよく談話室の扉を開いた。


 ……中は平和だった。


「よし勝負だ!」


 熱のこもった声で男性がカードを広げる。


 それに一喜一憂する他の人たち、ポーカーテーブルだ。


 隣ではビリヤード、逆側ではチェス、端でゆっくりと読書をしている人もいれば、大きな液晶テレビでモノクロ映画を鑑賞している人たちもいる。彼らの傍らにはスナックやジュースが置かれていた。


 パーティ、とも違う、友達の家に遊びに来た感じで、みんながくつろいでいた。


 みんな白い服にサンダルで、入院患者のようで、だけどもそんな介護のいるような年齢の人は見当たらない。


 介護する側か、あるいはテロリストなのか、敵か、味方か、ヒニアが迷う。


 だけどもクラクは迷わず、サブマシンガンの弾丸を、室内にばら撒いた。


 銃の乱射、やってることはテロリスト、左右に振られた銃口から飛び出した弾丸が人を、壁を、玉を、スナックを、カードを本を液晶テレビを、撃ち抜いた。


 ……だけども変化がなかった。


「やられたー! フルハウスときたかー!」


 焦げ跡た穴の開いたカードを見せながら男が笑う。


 玉の吹き飛んだビリヤード台でキューが空振りする。


 砕けてなくなった駒を動かしチェスが続く。


 黒くひび割れた液晶を変わらず見続ける。


 頭の取れた体が、本のページをめくる。


 壊れた風景、古くて壊れたカラクリ仕掛けがそのまま動き続けているような異様な状況、そしてここにも血は流れなかった。


「せっかくの平和を壊さないでよね」


 声、女性、廊下の向こう、左右に白衣の男性二人を控えさせ、腰に手を当てて、セクシーに、立っていた。


 黒いミニスカのボディコン、上に羽織るのは白衣、スタイルは抜群、ショートボブな髪は明るい金髪、クリっとした大きな目で、童顔で、美人だった。


 ……ヒニアは、彼女に見覚えがあった。


mDrドクターモルチオ」


 クラクは、怒りとは違う感情の声で、その名を呼んだ。

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