セントラル・スクェア4

 本来の目的は体重増加だった。


 ミニマツの好みに近づけようと暴飲暴食の目まぐるしい努力を続ける女たち、その中から整形手術へ手を出すものが現れる。


 しかし手術は高額、だからその費用を捻出するのと手術を受けるのを両立させるため、彼女らはシリコンを詰めるように麻薬や禁制品を詰めるようになった。


 そして難民ではなく観光客として国境を越え、稼ぎ、それを体重に変える。


 ……全てはミニマツが作ったシナリオ、ホストとして女たちから搾り取るための嘘だった。


 そうとも知らず、一定以上のお金を貢いだ女は、運び屋からゴブリン女へとランクアップするのだった。


 ◇


 脇の下から二の腕に沿って手まで伸びたワイヤー、その先の起爆スイッチ、押されるのと同時にクラクは両手のアサルトライフルで壁を作り、同時に後方へと跳んでいた。


 破裂、飛び散ったのはただの血肉、硬い破片がなかったのもあってダメージは軽微だ。


 だけども銃のフレームは歪み、発砲は難しい、判断するや迷わず手放す。


 そこへもう次が迫っていた。


 迫る女は笑っていた。


 武器を手放したクラクを前に、体格差があっても爆破すれば一緒、自分の雄姿を瞼に焼き付け、墓の前で涙してくれるであろうミニマツの姿を想像しながら、スイッチを持つ手に力をこめる。


 ……頷いたのは彼女の意思ではなかった。


 下がった視線に不思議に思ったすぐ後に強烈な痛みと冷たさ、遅れて息苦しさが襲ってきた。


 一撫でだった。


 右から左へ、振るった右手の四本の指が、彼女の首の肉をごっそりと削り取っていた。


 皮、肉、舌骨、血管、気道、神経、傷口は背骨を見せるほどに深く、だから彼女の指はスイッチを押すことができなかった。


 そして彼女も、蹴り飛ばされる。


 高く高く、回転しながら、首をぐらぐらと揺らしながらミニマツの頭上へ、そして落ちていく。


 危ない!!!


 感じたことは同じ、だけども彼と彼女らとの行動は違った。


 その場にしゃがみ込むミニマツ、その身を守ろうと覆いかぶさる女たち、まとまるゴブリンの塊に、空中で絶命した死体がぼちゃりと落ちた。


 ……スイッチを押す指が動かなければ爆発しない。


 ゴブリンでなくても見落としてたであろう事実に、彼らは安堵した。


「おいこいつをどかせ!」


 血を滴らせる死体を肘でどかしながらミニマツが命じる。


 それに動かぬ彼女らに、きつい言葉を浴びせようとした矢先、その目が見たのは青い炎だった。


 燃えているのはクラクの右手、その指が引っ掛けている、喉の肉だった。


「今度はもっとでっかい美人に生まれ変わるんだな、ベイビィ」


 台詞と共に、燃える肉が投げられた。


 死体よりも速く、コンパクトで、真っすぐな投擲に、反応できたのは瞼だけだった。


 亡骸に触れた炎は一瞬大きく燃え上がると、まるで意思があるかのように燃え広がってボディースーツを焼き切り、脇の下のワイヤーが開いた穴へと潜り込むと、火薬を爆ぜさせた。


 周囲の女の肉壁に囲まれ、逃げ場を失った爆発の圧力は、内に流れ、ミニマツを押しつぶし、内臓と全身の骨をぐちゃぐちゃにして殺した。


 ◇


 心底愛して、ここまでついてきた女たちは、例えその正体が醜悪なゴブリンであったとしても、それに薄々気が付いてたとしても、その死に打ちひしがれた。


 膝を折り、喉を引き裂き、化粧を溢れる涙で溶かしながら、あらん限りの力を発揮し、泣き叫んだ。


 バカ騒ぎから一転、公園は嘆きに包まれた。


 ……そんな彼女らを撃ち殺すのに、クラクは躊躇しなかった。


 新たに拾い上げたアサルトライフルで一人一人、丁寧に殺していく。


 無慈悲な処刑、一方的な虐殺、凄惨な光景に、ヒニアは言葉を失った。


 だが抵抗は小さい。


 多くの女たちは同じところへ行けると女たちは喜んで銃弾を受け入れ、死んだ。


 そうではなく、復讐しようとした女も少数いたが、結果は変わらず、同じ場所へと行った。


 そして公園は静かになった。


「……まず一人」


 ようやく言葉を発したクラク、その顔を、ヒニアは見てしまった。


 邪悪に歪んた顔、牙を剥き、目を充血させた、まさしく童話の恐ろしい鬼の姿だった。


 今更現れた恐怖に、ヒニアは一歩引く。


「……次だ」


 それを見てたかのようにクラクが言い、新たなアサルトライフルを二丁拾い上げる。


「島全部をやる。最初に叩くのは港だ。足を押さえる。この騒ぎが広がる前に移動したい。案内しろ」


 小さな声、だけども命令、従った先は、これと同じ地獄だろう。


 ……望むところだ。


 拳を握り、真っすぐクラクを見返す。


「港なら、道知ってるわ。でも遠いから、歩きは無理よ」


「車は?」


「少し行ったところにプール清掃員の休憩所があるから、きっと車も残ってるはず。でも運転はできないわよ」


「わかってる。さっさと連れていけ」


 ぶっきらぼうに言う鬼に、少女は背を向け、案内を始めた。

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