ひさしぶり

蛙鳴未明

ひさしぶり

 学校からの帰り道、


「ひさしぶり」


 声に振り返ると、そこには見知らぬ男が一人。会社員だろうか。茶色のスーツを着て茶色のカバンを持っている。そして微妙に目の焦点が合っていない。


「ねえ、ホントにひさしぶりだね。3ヶ月ぶりくらいかな。」


 そう言って彼は一歩近づいてきた。なんだろうこの人。ナンパ……では無さそうだし、3ヶ月前の記憶を探っても全く覚えがない。そういえばどっかで「ひさしぶり」って言って近づくのは暗殺でよくある手口だって見た気がする。でも私暗殺されるようなことしたかな……。


「ほんとうに……ひさしぶり」


 突如、男が大きく踏み込んだ。空を切る音と共に、私の視界を茶色いカバンが埋めていく。とっさに大きく仰け反った。


 ゴウッ


 間一髪、カバンはおでこすれすれを通り過ぎた。私はよろめきながら後ろを向いて駆け出した。ヤバい。アイツは絶対ヤバい。ダメなやつだ。交番を目で探しながら一目散に町を駆ける。町は妙に閑散としていて、私のローファーの音だけが響く。パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタダスッダスッダスッダスッ。


 やたら重い足音。ちらりと後ろを見ると、男が猛烈な速さでどんどん距離を詰めてきている。なにやら唇が動いている。


ひ・さ・し・ぶ・り・ひ・さ・し・ぶ・り


全身の毛が逆立った。スクールバッグを投げ捨てて思いっ切り速度を上げる。わき腹が痛い。心臓が踊っているみたい。息もうまく出来ない。それだけ必死に走っているのに、男の足音は迫ってくるばかりだ。足がうまく動かなくなってきて、もうダメだと思った瞬間、道の先に交番があるのを見つけた。


やった!助かる!


死に物狂いで力を振り絞り、加速する。交番が一メートル、二メートルと近づいていく。なんだか男の足音がさっきよりも速く近づいてきているような気がした。嫌な予感を押さえ込み、ひたすら走る。男の足音に加えてゼイゼイハアハアという息遣いまで聞こえてきた。交番まであと十メートル……九メートル……八メートル……七メートル……六メートル……五メートル……。その時、私の首に手を回す茶色い袖が見えた。耳元で荒い息遣い、一言。


「ひさしぶりリリリリリリリリリリリリリ」


 私は布団をはね除け、飛び起きた。汗ばんだ体。ばくばくいってる心臓。


「夢……か。」


 目覚まし時計を見ると、もう8時。ヤバい。早く学校行かなきゃ。慌てて着替えて顔洗って歯磨きして朝ごはんを口に詰めこんで家を飛び出し、学校に向かって駆け出そうとしたその瞬間


「ひ・さ・し・ぶ・り」

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