第4話:覇王の戦い

――謎の復帰P・季城春夜が始まりの覇王だった。


 その事実にアキとカオスヘッド達は、試合が再開されても驚きで動けずにいたが、春夜のPとしてのスイッチは既に入っている。

 覇王の刀とも呼べるEA。一代を築いた伝説のEA――村正が動く。

 

『は、始まりの覇王……!?』


『嘘だろ……だって7年近く行方が――』


 狼狽えながら立ち尽くす敵EA部隊だが、相手が棒立ちでも関係なく、村正の背後の大型スラスターに火が付いた。

 その手には火縄銃の様なデザインの火属性銃『日暮ひぐらし』が握られており、火属性の弾丸がEAエレメント・アーマー部隊を次々と撃ち抜いた。


『頭部が撃たれた!? 前が見えねぇ!?』


『迎撃だ!! 迎撃しろよ!?』


『ダメだ足を撃たれた!? 誰か援護しやがれ!?』


 的確に撃ち抜かれ、次々に部位破損・大破した敵EAから悲鳴が上がる。

 特に数合わせとして使用されていた四ツ目の無属性EA『ネムレス』の部隊被害は甚大で、まともなカスタマイズも施されていないネムレスの装甲では火属性の弾丸を防ぐ術はない。


『クソッ!? やっぱりネムレスじゃ駄目だ!!』  


 EAW最初期から生産されている『ネムレス』の性能は、そこまで高くはない。

 けれどEAW入門用EAと呼ばれる程に信頼性もまた高く、基本操作・カスタマイズ前提の性能は仕方ない。

 ただ言い換えればPによって性能が変わる機体で、少なくとも彼等ではネムレスを平凡以下にしか活かせずにいた。


『だ、駄目だ! め、目で追えねぇ!? 機体が追い付かな――』

 

 必死に対応しようとする者もいたが、かく乱するかの如く高機動な動きの村正を追える者はいなかった。

 無暗な旋回は追い付かず、叫びながら頭部やコアを撃たれ、何も残せずにネムレス部隊は沈んでいく。

 特に後方・中距離を担当していたネムレス部隊の被害は、ほぼ壊滅であり、敵P達からは悲鳴だけが上がり続けた。


『またやられたのか!? こ、こんなカスタマイズもしてないネムレスじゃ反撃も出来ないぞぉ!!』


『なんであの距離で撃ち抜けんだよ! センサーも全部範囲外なんだぞ?!』


 肉眼では遠く、センサーでは姿も見れない。彼等からすればまだ戦闘可能な範囲ですらない。

――にも関わらず的確に撃ち抜いてくる春夜に対し、敵P達は恐怖を抱く。

 自分達とはそれだけ技量に差がある事、格付けは戦う前から決まっていたのに、それでも春夜が遠慮しなかった事もだ。

 狙わない理由がどこにあるのかと、春夜は次々と無防備なEAをロックオンもせずに的確に頭部や四肢を撃ち抜く。


『そこまで感覚は鈍ってないな。――だがこの相手じゃな!』


 久しぶりの公式フィールドでの戦い。その感覚を感じ、春夜は自身の実力がまだ錆び切ってない事を自覚する事ができた。

 けれど相手の力不足も大きい為、取り敢えずは目の前に集中し、視界に映る敵EA全ての四肢を破壊、戦力を確実に削っていく。

 そして半数近くを撃破した頃、ようやく魔王軍の兵士が動き始めた。


『マ、マズイ! 早く反撃だ!』


 頭部や足を撃ち抜かれながらも援護を要請し、更に武装を向ける『双炎の魔王軍』の者達だったが、取り乱したまま故に機体の動きはぎこちない。

 そんな隙を見逃さなかった春夜は、村正を加速させ目の前の部隊へ接近する。


――そして、その中央へ回転しながら滑り込んだ。


『えっ、速――』


 相手は反射的に銃口を向けたが、村正の両手には銃ではなく腰に下げられた二本の太刀――『望月もちづき』と『盈月えいげつ』が握られていた。

 月の様に幻想的な光を纏うその刀身。それを回転斬りの要領で滑り込ませ、綺麗な円を描く。


――そして一瞬の静寂後、村正の間合いにいたEAは上半身と下半身が綺麗に分かれ、そのまま地面へと沈んだ。


『ば、馬鹿な!!?』


 5機の上半身だけが静かに沈む。その光景にパニックになった魔王軍のP達の叫びがオープン回線で響き渡った。


『やべぇぞ!! 5機のEAがあんな速攻で!?』


『ありえねぇ!? ネムレスは仕方ねぇにしてもゲノーモスは比較的新型だぞ!! タイタンシリーズ以上の重装甲を糸も簡単に――!』


『ま、まさか噂の『光』属性?!――う、撃て! 相手は1機だ、弾幕を張れ!!』


 5機編成の3つの小隊――計15機の内の一人が自棄気味に叫び、それを皮切りに一斉に武器を村正に向ける敵EA部隊。

 実弾のマシンガンや属性ビームを次々と打つが、不思議と立ち尽くすだけの村正に対して弾幕は掠りもせず、足下や、少し離れた箇所に弾は飛んでいくばかり。


「照準があまりに悪い。――メンテナンスの差だな」


 真っ直ぐに飛ばなすぎる武器と、出力が不安定なビームガンに、春夜は違和感を抱き、カメラで相手の武装を拡大して確認してみると、すぐに表情は険しくなった。


『酷いもんだ……ナノボックスにすら一回も入れてないな』

 

 ズームで見ると分かる武器の具合。汚れやヒビ、中には亀裂や銃口の曲がりすらあった。

 向けて撃っているのにバラけまくる弾幕、武器パーツの整備、使い方の全てが酷く、既にその武器パーツは性能を活かす事が叶わない。

 

『よっしゃ! 相手は動けねぇぞ! そのまま撃ちまくれ!』


 だが愚かさ時に無敵な感情を作りあげる。

 相手は現状に気付かず、無意味な弾幕が春夜を抑え込んでいると勘違した。

 村正自体は棒立ちのまま掠りもしないが、敵は更に大型のマシンガン取り出し、両手で持って引き金を引いた。


『よっしゃ! こっからは任せろ!!』


『重装備のゲノーモスとネムレス部隊を甘く見んな!!』


 標準のマシンガンを二丁、改造した発射口が三つもある巨大バズーカを装備した機体も現れ『双炎の魔王軍』の者達は一気に火力で畳み込もうと動き出す。


『こんな風に嘗められたのはいつ以来だ……!』


 だが春夜は無意味な弾幕に怯む事はなく、寧ろ馬鹿にされたものだと少しプライドを刺激されて怒りを抱く。

 世界大会優勝。それが伊達じゃない事を魅せてやろうと、春夜はレバーを一気に引いてスラスターを吹かす。


『射撃に自信がないならロックオンするべきだ……!』


『うおっ!? こ、こっちに来たぞ!』


 村正が迫ってきた事で、更に激しく撃ち続ける敵EA部隊だが、村正は止まらずに再び『日暮』に持ち替えて突撃し、左右に避けながら弾幕を掻い潜っていく。


『駄目だ当たらねぇ!?』


 反応が追い付かず、狙われた者達の持つスティック状のコントローラーを握る手が緊張で震え上がる。

 他のEAも構えるが、狙おうにも村正が左右に高速移動するので照準が間に合わず、適当に撃つバズーカの爆煙も村正は利用した事で視界からすぐに消えてしまった。

 それも春夜の狙いだが、それだけ向こうの連携が酷いものであった。


『――味方が邪魔か』


 味方の爆煙のせいで村正を追えず、姿を捉えても味方が射線に入って撃つことができない。

 そんな最悪の連携によって自身達の首は絞まる中、村正は敵の大型バズーカに照準を合わせ撃ち抜き、火属性の弾丸によるエネルギーでバズーカは大きく誘爆した。


『ぐあぁッ!!? や、やりやがったな……!』


 バズーカが誘爆して大きな爆発を生み、持っていたゲノーモスは右腕が肩ごと吹き飛んだ。

 だが戦意は失っておらず、三つのアイカメラで村正を捉えると、左手で腰に収納していた出刃包丁の様なブレードを抜いた。 


『オレが接近戦をするから誰か一緒に来い! 残りは援護射撃だ!!』


 その言葉にもう1機のゲノーモスが持ち手が長い青い斧『アクア・アックス』を持って後ろに並び、2機は事前に無理矢理取り付けた両足のジェットホバーに火を入れる。


『一気に行くぜ!』


『後方部隊も撃ち続けろ!』


 突然スピードを上げた事で不意を突いたつもりの2機に、後方からは3機が援護射撃を始めた。

 他の小隊も乗っかる感じで村正へ距離を詰め、そのままマシンガン等を撃ち始める。


『これで負けるかぁ! オレ等は『双炎の魔王軍』だ!!』


『――俺だって覇王なんだろ?』


――自分で覇王を名乗った事はないけど、こんな俺に憧れてる子達がいるんだ。恥ずかしい試合は見せられない。


 始まりの覇王――そう呼ばれ始めたのは春夜がEAWを離れてからだ。

 世界大会を制覇した者への称号『覇王』ランクだが、そこまで興味も無ければ、執着もない。

 けれど、そんな自身を慕う者達の為に、今は自ら名乗る事を春夜は選んだ。


『――始まりの覇王に憧れましたから』


 その想いの源。こんな訳の分からない男に付き合って親切に色々と教えてくれた少女達の為に。

 彼女達の信頼を、そして笑顔を失わせる訳にはいかない。


――何より、そんな彼女達を悲しませたお前達を俺は許さない。


『お前達みたい奴等の為に、俺ももEAWを作った訳じゃない――何より、こんな俺に憧れてる子達がいる。なら俺は覇王として今は戦うさ……だからこそ、まずはこんな戦いを早く終わらせようか』


『余裕ぶっこいてんじゃねぇ!! 総力戦の何たるかも知らねぇ復帰勢が!!』


 接近するゲノーモスのPの怒号の通り、春夜は総力戦を知らない。

 ただ集団戦は世界大会の予選で経験済みでもある。実力者だからこそ、周囲からは狙われたものだと懐かしんでるぐらいに余裕はあった。


――何より、知っているさ。

 

 形だけの連携が、数の優位だけで保っているメンタルが、どれ程脆いのかを。


『数の利は……ただの虚栄だ』


 飛び交う弾幕、接近してくる敵部隊。

 それらを相手に春夜は怯む様子もなく冷静に操縦し、接近する二機に対して村正は相手と重なる様に左右に動いた。

 結果、後方のEAは味方と敵が重なってフレンドリーファイアを恐れ、撃つのを止めた事で堂々と二機との接近戦へ挑む。


『これで正々堂々……!』


 春夜は再び太刀二本に持ち替えさせ、村正を加速させて正面から突っ込んだ。

 それを見て二機のゲノーモスは受けて立つと言わんばかりに加速し、最初の一機目はブレードを正面に向けながら迎え撃った。


『貰った!!』


『フェイント無し……嘗めたな』


 加速を利用しただけの突きに対し、迂闊だと言わんばかりに村正は僅かに軸をズラし、刀だけを構える。

 それにより向こうの攻撃を回避し、敵のゲノーモスは己の加速が仇となって回避出来ず、そのまま刀に触れ、自滅する形で真っ二つとなった。


『馬鹿なぁぁ――!』


 上半身だけが大きく転がり、Pの絶叫と共にゲノーモスは動きを止めた。


『貰ったぁぁぁ!』


 しかし、そこにもう1機が迫る。

 そのゲノーモスは水属性の『アクア・アックス』を両手で振り上げながら接近するが、持ち手が長い分、振り上げる時の隙は大きい。

 それを春夜が見逃す筈もなく、村正は一瞬だけ加速させて横切り、振り下ろした時には背後を取っていた。


『えっ、消え――!』


『こんなに簡単に後ろをくれるPは、今までいなかったな』


 村正はまず望月を振り下ろして左腕を斬り落とす。更にゲノーモスの振り向き様に右腕も落とし、最後にコアのある胸を突き刺した。


「覇王の“背面斬り”だ……!」


 今の動きを見ていたギャラリー。その内の一人は思わず呟いた。

 嘗て、始まりの覇王が使っていたテクニック――『背面斬り』

 ブーストを上手く活用し、素早く相手の隙に潜り込んで背後を取り、そのままコアを潰すか、背後から斬り捨てる技。

 その早業故に一瞬で相手のメインカメラから外れ、敵からすれば消えた様に見える神速の技術だ。


「……覇王の腕は健在か」 


 数年の雲隠れをしていたにも関わず、未だに春夜の腕が健在な事に士郎の表情はどこか嬉しそうに微笑む。


『……次だな』

 

 そんな話題の中心人物は望月だけを鞘へと戻すと、今度はゲノーモスの頭部を掴み上げた。


『さぁて一気に行こうか……!』


 集団戦で突破するならこれに限ると、春夜は笑みを浮かべる。

 村正は両腕の無いゲノーモスを盾にし、後方の3機のネムレスへと加速し迫ると、三機は仲間のEAだろうが容赦なく撃って迎撃を始めた。


『敗北者に価値はねぇ! フレンドリーファイアはもう気にしねぇぞ!!』


 まるで根競べ。そして直進している事もあって敵も狙い易いかった。

 先程とは違い、的確に当て、装甲の厚いゲノーモスでも徐々に破損個所が増えてゆく。


『仲間なのに容赦なし……まるでCPUと戦ってるみたいだ』


 少しは戸惑いを見せてくれると思ったが、そんな事もない。

 そこまでして自分に鬱憤を晴らし、アキと自分のEAが欲しいのかと春夜は彼等のに同情したくなった。


『……まぁでも、楽しんでいる誰かを陥れる。プレイヤーとして許す事はできないな』


 アキ達は純粋に楽しんでいた。リヴァイアサンを当てた子もそうだった。

 このEAWスタジアムに来た時も最初、対戦するつもりはなかったが士郎やアキ達の姿を見て気が変わってしまう程に皆が楽しんでいた。


『本当に楽しんでいる人達がいる……なのに、それを平然と悲しませる奴等を見るのは不快なんだよ』


 純粋に楽しむ姿を見れたからこそ、久し振りに春夜もプレイしたくなった。

 しかし、その復帰戦の最初の相手がカオスヘッド達なのは望んでいた事ではない。


『……だからこそ、まずはこの誰も望まない理不尽な試合を終わらせる!』


 春夜はブーストの容量をマニュアル操作で設定し、一気に急加速を行う。

 その過剰加速により、春夜が生んだのはゲノーモスという質量の体当たりであった。


『む、むりよ!? ネムレスじゃ相手に出来な――』


 叫びながらマシンガンを乱射する標的となった1機のネムレス。

 それは村正のスピードに付いていけず、ゲノーモスとそのまま衝突。マシンガンはヘシ折れ、装甲は本体ごと潰れて停止した。


『――次』


 残りの二機へもゲノーモスを盾として向けると、ハンドガンを構えたネムレスのPが苛立ちで叫びながらマシンガンを向ける。 


『ち、畜生! ふざけやが――』


 その叫びは最後まで言うことは叶わなかった。腹部に十字刃により機体はLOST判定を受けて停止する。


『汚い言葉だ。そして怒鳴り声をオープン回線で垂れ流す……普通に不快だよ』


 村正は盾にされたゲノーモス――その背後から村正の持つ十文字槍『霜夜しもよ』を突き刺し、ネムレスごと貫いた。

 そして流れ作業の様に霜夜を横薙ぎし、もう1機も斬り裂いた事で覇王に挑んだ部隊は壊滅した。


――残ったのは、ただのガラクタに成り果てったEAの残骸だけだった。


 ♦♦♦♦



『す、凄い……』


 参戦して僅か数分でほぼ被弾もなく、15機以上も一人で撃破。

 そんな春夜の操作・村正の動きを見て、アキは驚きのあまり操縦をする事を忘れてPではなく観客の一人となってしまっていた。

 

 ――自分がプレイしている事すら忘れさせる強さ。


『被弾もしないなんて……』


 自分は奮戦した方だが、同じ状況でも村正はほぼ被弾しておらず、操縦技術の粗が見当たらない事でアキも認めるしかなかった。


『本当にあの人が……始まりの覇王』


 7年近く、公式から姿を消していた始まりの覇王。

 そんな彼がEAWスタジアムを訪れ、しかも自分達が一番近くにいたなんて。

 しかもあろう事か、最近のルールや追加要素を偉そうに教えてしまって逆に罪悪感すらアキは感じてしまうが、同時に口はニヤけてしまう。


『アハハ……なんか不思議』


 気付けば涙は消え、始まりの覇王に抱いていたギャップもあって笑顔が零れるが、正反対に顔を真っ青にしている者もいた。


 ――それは勿論カオスヘッドだ。


『ば、馬鹿な……俺の軍団がぁ……!』


 カオスヘッドは青ざめ、血の気が引くのも嫌でも感じていた。

 モニターに映る部下が次々とLOST認定されている事もそうだが、同時に村正の装備も


 ――四季シリーズ。それは 世界大会の優勝賞品で唯一無二のシリーズである事を。


 春と夏を宿す太刀『雷火・春塵』・大弓『海霧かいむ

 秋を宿す火銃『日暮・秋蝉』

 冬を宿す十文字槍『霜夜』

 そして甲冑を中心とした追加装甲『四常権現しじょうごんげん


「ま、間違いねぇ……! じゃねぇか!」


 スマホのを見て確信し、歯がガチガチと鳴り、身体の震えも止まらない。


『そもそも分かる筈がねぇんだよ……!!』


 始まりの覇王は優勝してすぐに行方を暗まし、公式戦には一切出ていない。

 だから四季シリーズも日の目を見ず、自分が知る術はなかったとカオスヘッドは理不尽さに嘆いた。


 しかも、それよりもと思わせるパーツが更に存在する。


 EAWには覇王だけが持てるがある。


 ――『光属性』


 そう言われる属性パーツ。

 春夜の場合は、二刀流太刀『望月もちづき』と『盈月えいげつ』が該当していた。


 無属性を除き火・水・風・地・雷と言った相性の関係があるが『光』に、それは適応されない。

 世界に7人しか所持していない伝説の属性武器だが、カオスヘッドはそれがレアパーツでも頭がいつもの様には動かせない。


『ほ、本物だ……今のEAWの礎を築いた伝説のプレイヤーじゃねえか……!』

 

 まずい、とんでもない人物を敵にしてしまったと、カオスヘッドは汗を流し、歯をガチガチと震わせながら顔を両手で覆った。

 外の様子からして、事態は大騒ぎなっているのも分かる。

 カオスヘッドは冷や汗を流しながら息を吞み、自分達のからの言葉を思い出した。


『また問題を起こしたのかいカオスヘッド? 流石にこれ以上は無能の罪を庇うつもりはない。――もう余計な事をすれば?』


 ――


 丁寧な口調の中に混じる冷たい感情。

 それを思い出すだけで怖く生きた心地はなく、最近は転売対策も強化されてレアパーツや金も献上できていない。

 

『たしか雇い主は……始まりの覇王を含め、他の覇王にまだ手を出すなと言っていた。だが、こうなっちまったらどうすれば――』


『リーダー!! 指示をくれ!?』


 突如入った通信にカオスヘッドは我に返えると、モニターには更に5機が尋常ない速度でLOSTされており、その異常さが逆に冷静を取り戻させた。


『そうだ……やるっきゃねえ。始まりの覇王のEAを持っていけばチャンスはある……!』


 逆境こそ本質が問われる。ここで終わりたくはない。

 必ず生き残り、結果をだしてやる。

 始まりの覇王といえど、確実に数の利を活かせば何とかなると判断し、カオスヘッドは指揮を取った。


『残存部隊は一回下がれ! つうか狙撃部隊と後方部隊は何やってやがった!?』


『覇王が速過ぎてスナイパーは撃てず、後方部隊も友軍と重なって撃てないと――』


『カカシじゃなきゃ撃てねぇのか!! 数の利と状況を見ろ! 覇王は足止めで良い……まずはの方から仕留めろ!!』


 カオスヘッドの怒号により『双炎の魔王軍』の標的が再びアキへと向けられ、ヘルイフリートの傍にいた予備の2部隊がアキの方へと禍々しく光るアイを向けた。


 ♦♦♦♦

 

『また来た……!』


 再度の来襲にアキは気付くと、紅葉をゆっくりと立ち上がらせて構えた。


『あの人が味方になってるんだから……私だって無様な所ばかり見せたくない!』


 憧れの覇王の前で情けない戦いを、これ以上見せたくない。

 アキは紅葉の各種チェックを行うが、やはりダメージは大きく、多少の修理が必要。

 けれど、修理が出来る支援EAがいればとも思ったが、それでも右腕と右サブアームで刀と薙刀を持って応戦しようとした時だ。


――春夜がアキの様子に気付く。


『狙いを再びアキちゃんに変えたか……俺も前に出過ぎたから、すぐには戻れないかな?』


 春夜は、すぐにでも戻りたかったが、村正の視界には残存部隊もいて背中を見せる訳にはいかない。

 しかし、だからといってアキを見捨てる気もない。


『EYE!――サブEAを、紅葉の傍に呼んでくれ』


『了解しました。登録サブEAユニット『桜雲おううん』を投入します』


 EYEの言葉と共に、紅葉の傍に新たに1機がフィールドダイブする。

 それは人型ではなく『黒馬型』のサブEAユニットだが、鬣は桜の様に綺麗な桃色をしていた。


『ブルル……!』 

 

 それは本物の馬の動きをしながら紅葉の傍に近付き、アキのモニターに詳細が表示された。


『サポート用のEA『桜雲』……って、これって『先駆さきがけ』シリーズ!?  第一回世界大会の予選突破者、その上位4名に与えられた限定補助専用EAじゃない!』


 アキは、もう胸が一杯だ。

 動物の形をした補助型EAは販売されているが、希少価値と価格も高い為、まだ一般にまで浸透できていない。

 そんなEAの中で先駆シリーズは、文字通り、その先駆けとなった機体。


「先駆シリーズか……あん時を思い出すなぁ」 


 桜雲の登場に会場の熱も一気に上がり、士郎も直に見た決勝の記憶を、たこ焼き片手で思い出す。

 それは世界大会決勝の記憶であり、決勝は先駆シリーズに両者が跨っての騎馬戦でもあった。


 そして、同じ様に思い出していたのは士郎以外にもう一人。

――3階にいる二番目の覇王・ティアだ。


「桜雲……間違いないわ。本当にあの人――季城君だわ……!」


 見間違う筈がなかった。嘗て、決勝で激闘を繰り広げたのがティア自身なのだから。

 感情のない表情、氷の様だった彼女だが、春夜が現れた事で氷が溶けた様に表情が変化。

 嬉しそうに笑っているのに、何故か涙が溢れてしまう程に感情豊かな姿を見せていた。


「……お嬢様、大丈夫でございますか?」


 心配したセバスはハンカチと共に声を掛けると、ティアも受け取りながら静かに頷いた。


「えぇ……ありがとう。――でも、ちゃんと見届けなきゃ。7年も待ったんだもの」


 力強く頷くのはティアだけではない。士郎も、ムラサキも、時雨達だってそうだ。

 当時、15才程の少年に魅せられ、EAWの扉を叩いた者は多い。


 始まりの覇王――その意味は、既に春夜自身が思う以上に多くの意味を現していた。


 そんな待望の戦いを、色んな者達がモニターで見守る中、フィールドでは桜雲が肩からサブアームを出していた。

 そして、近くに落ちている紅葉の腕を拾い、紅葉本機の修理を行い始める。


『凄い……修理も出来るんだ』


 アキは7年前の機体なのに修理機能がある事に驚くが、驚くのはまだ早い。


『目標発見! 修理してる間に撃破するぞ!』


『高機動型ゲノーモス部隊が前にでる! ノーマルのゲノーモス・ネムレスは援護してろ!!』


 修理している紅葉へ追加の部隊が接近、その数は12機。

 その内の4機はホバーが付いているゲノーモス。

 残りはバズーカやミサイルポッド等の重撃装備のゲノーモスとネムレスの部隊。

 先行する4機を援護する様にミサイルポッドを上空へと一斉に発射し、ミサイルは紅葉の下へと降り注いだ。


『ブルル……!』


 その直後、桜雲の鬣が発光。紅葉と己を包む様に桃色のシールドを展開。

 ミサイルはシールドに直撃するが、爆煙が晴れても紅葉と桜雲には傷一つなかった。

 

『シールドまであるの!? さすがにこれはカスタマイズしたからよねぇ? そうじゃなかったら不公平すぎる……』


 サポート用EAの筈なのに、何故か自分の紅葉と比べて敗北感を抱いてしまうアキだが、そんな事を呟いた頃には左腕、そして各部分の修理が完了。

 流石に一部は装甲が剥がれたままだったが、開けた着物の様なデザインとなって色気があるので良しとした。


『これはこれで良いかもね……とりあえず、ありがとうね桜雲!』


 紅葉を立ち上がらせながらアキは桜雲にお礼を言うが、桜雲は無反応のまま左右の股部分から属性付与ビームキャノンを出し、迫る部隊へと砲撃を開始。

 どうやらプライドの高い性格らしく、アキはAIなのにと感心する様に苦笑する。


『お安くないのね? でも、これじゃ私の仕事がなくなっちゃうわよ』

 

 アキは砲撃されている敵を見て、どこか同情する様に呟いた。

 太く、そして弾速も速い事もあって直撃したネムレス5機を一瞬で撃破し、装甲が厚い地属性のゲノーモスも、何とか耐えている状況を見ればそう思う。


『ば、馬鹿な……! サポート用EAにどんなカスタマイズしてんだ奴は!?』


『風属性だったらゲノーモスでもヤバかったぞ……! 現に今もダメージが40%を超えちまった!?』


『良いから突っ込め! 俺等の高機動型は無傷だ! 俺等が一気に翻弄し、そこを狙い撃て!』


 ホバーを駆使した高機動戦闘。

 重装甲の重EAとはいえ、高機動戦闘を可能と出来るのがゲノーモスの利点。

 それを活かして桜雲の砲撃を回避した4機は一気に加速し、残りの中破した3機は足を止め、ミサイルポッドとマシンガンを構える。


『馬へは牽制! あくまでも目的は女だ!! 隊列を揃えて一気に接近戦で決めるぞ!!』


 先頭を走るゲノーモスの命令に従い、他のゲノーモス達も持ち手が長いアックス、カトラスの様に刃が広い武器等を持って紅葉へ距離を詰めていく。


『良し! レアパーツ貰――』


 ――瞬間、先頭を走っていたゲノーモスの頭部に、薙刀が突き刺さる。

 

 直後に紅葉が接近、強引に引き抜いた事でゲノーモスは大破。

 そのまま制御不能となり、過剰な速さのまま岩にぶつかって沈黙してしまうが、アキは見向きもしなかった。


『うるさいわよ……! 誰かから何かを奪う事しかしないあんた達なんかに……もう負けない』


 我慢の限界を超えたアキが薙刀を収納すると、今度は刀を二本抜く。

 片方は加具土命であり、その刀身からは徐々に炎が発生し刃を包み込んでいく。


『まずい止まれ!』

  

 1機がやられた事で急停止する3機のゲノーモスだが、その直後に後方から爆音と共に爆風に背中を押された。

 何事かとアキもレーダーで確認すると、残りの3機がLOST判定を受けていた所だった。


『ブルル!』


 犯人は勿論、桜雲だ。

 腹部の左右から銃身を出して敵目掛けて砲撃した。

 それによりゲノーモスのPも残りが自分達を含めた3機だけになった事で、何が起こった理解が出来ず、思考が停止してしまう。

 ただ、それを見逃すアキではなかった。


『棒立ちしてんじゃないわよ!!』


 紅葉はスラスターを吹かし、一機のゲノーモスを加具土命で斬り裂いた。

 それにより二機も我に返って動き出し紅葉に突っ込んで行くが、アキは衝動的な動きを見切り、近くの一機の頭部へ加具土命を突き刺し、そのまま下ろして両断する。


『ありえねぇ……! 火と地属性はほぼ中立の関係なのに、なんで属性相性が違うゲノーモスが……!』


『あんた達の場合は属性相性以前の問題よ。機体を大事に使ってないから、パーツやフレームにガタが来てゲノーモスの性能を活かせないよ』


 属性の相性に混乱する敵へ、アキは呆れた。

 敵のEAはあまりに脆い。無理な改造や扱いの結果、EAを全く大事に扱っていない為にパーツ等に限界が来ていたのだ。

 だからこそ、属性相性関係なく脆くなり、EAも簡単に撃破ができた。


『これでトドメ!』


 最後のゲノーモスも、そのまま加具土命でブレードごと両断。

 部隊を全滅し終えると、アキは思い出した様に村正を探しだす。


『そうだ……春夜さんは!?』


 アキは村正を探すが、心配は不要でしかない。

 遠くに見つけた村正の動きは凄まじく、大きな弓で狙撃型のネムレスを射抜いていた。

 村正の周辺にも、ゲノーモスの残骸が散らばっており、その光景を見たアキは学ぶ様に光景を焼き付ける。


『やっぱり……射撃も上手くないとダメなのかな』


 アキ自身、そこまで射撃の腕は良いと思っていない。

 目の前の連中相手には通用するが、上級者との戦いで接近戦を封じられた時には優勝を逃す事もあった。

 だが春夜は弓でスナイパーを撃破しており、覇王と呼ばれるならばオールラウンダーを求められるのかと思った時だ。

 

『そこだ! やれ!!』


 オープン回線から響くカオスヘッドの怒号。

 その声にアキは気付くと、スナイパーを撃破して棒立ちの村正へ、2機のゲノーモスが岩陰から飛び出した。

 しかも、手には自身がやられたスタン武器『サーペント』も握られている。


『!――あぶない!?』


 アキが叫んだと同じタイミングでサーペントが放たれるが、村正は見抜いていたかの様に動く。

 機体を最低限に動かし、スラスターも微調整し、素早く相手の懐に潜り込む。

 その際に肩の甲冑に掠りはしたが普通に動き、そのまま両腕の刀を抜いて斬り捨てた。


『……うそ、どうやってサーペントを?』


『スタン武器は相性もあるが、掠った程度では基本的にはスタンしない。一定時間、相手に接触させないと効果はないんだ』


『ヒャイ!?』


 独り言のつもりで言ったアキだったが、それは春夜に聞こえていた。

 だから春夜も優しい口調で教えたが、アキ自身は思わずビックリして変な声が出てしまった。

 

『いやぁ、やっぱり自分で蒔いた種は自分で始末しないとね。無事で良かったよアキちゃん……でも、ヒャイか。――可愛い声だ、くくっ』


『~~ッ!? わ、忘れてください!』


 恥ずかしさで悶絶しそうになりながらも、アキは通信しながら桜雲と共に、村正の所まで来て合流を果たす。

 そして、目の前の貫録があるEAを見て再度、実感してしまう。


『……春夜さんが、始まりの覇王だったんですよね?』


『周りはそう呼んでいるね……でも、その話は後にしよう。――ところで、もう随分と倒したけど、この総力戦ってどうすれば終わるの?』


『えっ? あっ、えっと……色々と変わる時もあるんだけど、今回はリーダーのプレイヤーを撃破するのが勝利条件みたいです』


『そんな感じか……』


 その説明を聞いて春夜はレーダーを確認。

 アキも同じ様にレーダーを確認すると、少し離れた所に6機程の集団を捉える。

 その他には反応もなく、先程から騒いでいた事もあって、すぐにヘルイフリートだと分かった。


『成程、じゃあ行こうか』


 桜雲に跨る村正が、紅葉に手を差し伸べた。


『えっ!? そ、その……良いんですか?』


 なんか気恥ずかしく、アキはコアの中で顔を赤くしてしまう。

 白馬でもなければ王子でもなく、真逆の黒馬と覇王だが、それでもなんか照れくさい。

 そんな姿のアキを見て春夜も、通信越しで笑った。


『ハハ……そんな気にしなくても良いよ。――それに、やっぱりアキちゃんも自分で仕留めなきゃ気が晴れないだろ?』


『!……もちろん!』


 インターハイ優勝は伊達ではない。

 今回の借りを返さなければ納得できず、紅葉は村正の手を取ると桜雲へ一緒に跨すと走り出した。



 ♦♦♦♦


 その頃、当のカオスヘッドの精神は限界寸前だった。 


『ど、どうなってんだよ……! なんでたった2人に『双炎の魔王軍』の部隊が……40機以上はいたんだぞ……!』


 最早、何とかなるで済む話じゃなかった。覆せない根本的な力の差。

 しかも、チームのEAやパーツは“組織”から貰った物が多く、謂わば支給品。

 多少は破壊されても文句は言われないが、たった2機に相手にやられ、しかも何の成果も得られなかったでは済まない。


『マズイ!? 部隊が全滅だ!!』


『リーダー指示をくれよ!!』


『テメェが仕掛けた戦いだろうが! とっとと指揮しろや!!』


 己の内心を知ってか知らずか、感情のまま好き勝手に叫ぶ無能な部下達。

 ハッキリ言ってどうでもよく、返答する前にはLOSTしているので都合が良い。

 けれど、なのは変わりなかった。


『おいリーダー! なんか言え――』


『だあぁぁぁぁぁぁッ!!! 少しはテメェで考える頭はねぇのかゴミ共が!!』


 心の限界を迎え、とうとうカオスヘッドは咆えた。

 元々、彼は手駒が欲しいだけで仲間意識が微塵もない。

 そして咆哮で部下を黙らせると、会場も同じく静寂に包まれるが、その臨界点に達した事でカオスヘッドのも外れた。


『……おい、組織からテストする様に言われてた持ってこい』


 怖いぐらいに低い声でコアの後ろに待機させている部下に指示を出すが、部下は顔を青くしながら拒否する。 


「ア、アレは駄目だリーダー! まだセッティングが中途半端で、しかもフィールドに正常に識別コードや、機体を読み込ませる細工もまだ――」


『いいから投入しろや! 本当の意味で死にてぇのかよ!!』


 雑魚は生き残る可能性があるが、率いる者には必ず責任が取らされてしまう。

 だからカオスヘッドは気迫が混じった声で部下を脅すと、もう自棄だと言わんばかりに部下も首を左右に振りながら承諾。

 大き目のアタッシュケース並みのEAボックスを開けた。


『どうなっても知らねぇぞ……!』


 その中には一つのEAが納められていた。

 通常のEAよりも横幅だけでも数倍以上あり、その異質な存在感は遠目でも士郎に気付かせた。


「……あの大きさ、まさかか!?」


 白金の装甲に守られた塊――下半身は戦車の様にキャタピラと砲台があり、上半身は両手に巨大な砲身が幾つもあり、背中に巨大なミサイルポッドを担いだ機体。


 ――それは、ゼネラル級と呼ばれる大型EAだった。 


『コイツはクールじゃねえか……!』


 部下から受け取ったカオスヘッドは、思わず歪んだ笑みを浮かべてしまう。

 EAにしては確かに感じる重量感、それは圧巻だった。

 通常のEAが玩具に感じる程のそれをセッティングすると、EYE04がカオスヘッドへ警告を促す。


『現在、アンタのチームは追加で増援・多数の脱落者。その発生から一定時間以上経過しているから、これ以上の戦力の投入は認められませ~ん。この警告を無視した場合、アンタを含めたチーム全員にペナルティが発生するけど――』


『黙れ……死よりも上のペナルティなんてある訳ねぇだろうが!』


 甘い汁の代金を払いたくはない。

 これから楽に、そして自分だけ満足に生きる為に、カオスヘッドはパンドラの箱を開けた。

 EYEの警告を無視しての大型EAを投入。その詳細がモニターに表示された。


『EDG-P02ベヒーモス……迎撃用の機銃だけでも20挺以上、そこに属性付与型マシンガン・レーザー砲・ブラスト弾・ミサイル多数。――最強じゃねえか!!』


 並みのEAを凌駕するゼネラル級のスペックを見たカオスヘッドは歓喜した。

 ――これが本当に最後の切り札となる機体だと確信して。

 

 被害は凄まじいが奪うのは無理でも『覇王』クラスとの戦闘データを持ち帰れば、許してもらえる可能性だってある。

 カオスヘッドは救われたと思い、思わず天を見上げた。


『希望が出て来たぜ……! ククッ……じゃあ行くか!――P名:カオスヘッド!――ベヒーモス! 殲滅するぜ!』


 今、魔獣の檻が外された。



 ♦♦♦♦


 放たれた魔獣投入の影響により、フィールドやモニターにはノイズが走り、春夜も桜雲の足を止めさせた。


『ノイズ? 様子がおかしい、新型フィールドの動作不良か?』


『えっ、ここの設備はEAWの生みの親『天童コーポレーション』が作っているんですよ? 世界的にも影響を及ぼす技術なのに、大事なスタジアムのオープンに雑な仕事をするとは思えません』


『……だからこそ、だと思うけどね俺は。――め、俺とイレギュラーとの戦い、これが狙いか?』


 アキの言葉に、春夜の表情が険しくなった。

 モニター越しでアキは心配そうに見るが、天童ならば平然とやるだろうという確信が春夜にはあるのだ。

 それが自分がここにだからだ。

 しかし両者の不安を無視するかのようにEYEから通信が入る。


『システムに登録されていない、違法性EAのフィールドダイブを感知しました。試合を中断し、ただ――だち――ただちに――排除――いた――し――』


『ん?……どうしたEYE?』


 EYEの異常に春夜は問い掛けるが、代わりに答えをくれたのは別のものだった。

 フィールドの空間に歪みが現れ、そこから裂くように出てきたのは巨大な要塞戦車の様なEA――ベヒーモス。

 それはキャタピラを起動し進み始めると、岩や残った『双炎の魔王軍』のEAを引き潰して行く。


『蹂躙だ……覇王だろうが何だろうが全てを壊せ!』


 味方も世界も無関係に破壊する姿はまさに魔獣。

 そのままヘルイフリートはベヒーモスの下半身――その空母の様に平らな車体に乗り、上半身部の真ん中にあるEA1機分のスペースへ乗り込んだ。

 するとカオスヘッドのモニターにベヒーモスの操縦詳細が表示され、EAをコアにして操縦を可能にした事でベヒーモスは本格的に目覚めた。


『スゲェぜ……なんてスペックだ! これだったら始まりどころか、どの覇王にだって負ける気はしねぇ! このベヒーモスならな!』


『ベヒーモス……?』


 通常のEAよりも巨大であり、それに比例する様な破格の性能にカオスヘッドは王の様な気分と共に優越感を抱く中、春夜とアキはEA越しでベヒーモスを見上げていた。


『驚いた……まさかゼネラル級? なんて大きさだ。昔はレイドイベントで1回だけ実装されたけど、不具合があって結局中止になったんだ。最近は実装してたのか……』


 巨大な敵と戦うのは浪漫。

 それが実装されているなら1回ぐらい戻れば良かったと、春夜が呑気に思っていた時だ。


『イヤイヤ! まだ実装してません! でも現実問題、目の前にいるしEYEも応えてくれない。――ちょっと外に聞いてくる!』


 そう言って詳細を聞こうとアキがコアから出ようとした瞬間、その手に衝撃が走る。


『っつう!――えっ……これって防犯装置?』


 幻とはいえ個室を作るコア、そこで犯罪を防ぐ為に設置されている防犯装置。

 それはちょっとしたバリアを作り、衝撃を与えるものだったが、過剰ゆえに使用された事はない機能でもある。

 それが機能しているのは異常であり、春夜も自分のコアを確認した。

 

『どれどれ……?』


 アキに続いて春夜はポケットの小銭を一枚取り出し、外へと放り投げる。

 すると、小銭はコアの膜部分で弾かれてしまう。これにより、二人は閉じ込められた事が確定した。


『いやぁ~人生で初めて閉じ込められちゃった』


『なんでそんな呑気なんですか!? ちょっと! 誰かいないの!! ムラサキ~! 時雨~! 警備員でも良いから誰かいる!?』


『叔父さんがいるぞ?』


『きゃあっ!?』


 アキの叫びに突然モニターに割って入って来た叔父――士郎の顔を見て、アキは心臓が飛び跳ねた様な悲鳴をあげてしまう。


『えっ叔父さん!? どうやってモニターに入って来たの!? そして今、どうなってるの!?』


『まぁ詳しく教えてやるから落ち着け。――それともなんだ? 憧れの覇王とイチャついてたのを邪魔されて怒ってんのか?』


『~ッ!? イチャ付いてなんかいないわよ! 良いから教えて!』


 こんな時でも姪をからかう叔父に怒りをぶつけるアキだったが、その顔は羞恥で赤くなっていた。

 それを見て士郎はニヤニヤしていたが、その影響は意外な所にも出てしまう。


「イチャ……ついて?」


 1階に降りてバトルエリアに来ていたティアは、今の士郎の何気ない言葉に反応し、手に持っていたコーヒーの空ボトルを握り潰した。

 無表情故に行動とのギャップが妙に怖く、その様子にセバスは静かに近付いて耳打ちする。


「お嬢様……あれは所謂というものです。本気に為さらぬ様に……」


「!……そう」


 セバスの言葉に再びビクッと震わすティアは、何事もない様に返すが、周囲の視線は彼女の握るコーヒーボトルへと向けられる。

 ティアもその視線に気付くと、プルプルと身体を震わせながら真っ赤に染まる顔を隠す様に俯き、後はセバスが無言でコーヒーボトルを回収。出来た執事だ。


「今は作業員のパソコンを借りて、直接フィールドに繋げて話してんだ。どうやら警備員や作業員でもお手上げらしいからな」


 ケーブルでフィールドと繋がるパソコンを片手で持つ士郎の後ろには、警備員と作業員が肩を落としていた。


『現状は分かったけど、じゃあどうすれば良いの? そもそも何で閉じ込められたのよ!』


「原因は間違いなく連中が投入したゼネラル級EAだろ。まだ公式ですら発表していないゼネラル級……つまりは『違法EA』――ちょっと調べて見たが、そいつから特殊なプラグラムが起動しててな。それが悪さをして防犯装置を誤作動させたんだろ」


『つまり……どうすれば?』


 落ち着いている士郎へ、同じく落ち着いている春夜が解決策を問いかけた。

 すると士郎もその余裕に貫録でも感じたのか、小さく笑いながら答える。


「ふっ……まぁ簡単だ。そのゼネラル級は所謂ルーターみたいなもんだ。だからフィールドにいる間はプログラムを起動し続ける。――つまり、ゼネラル級を倒しちまえば良い」


『普通に倒せば良いのよね? でも私達だけで戦っていいものなの?』


「どの道、外から参戦も出来なくなってる。だからお前達しかいないんだよ、出来るのが……」


 既に時雨達が再び参戦しようとしたが、EYEからの警告も起動も出来ず、後は檻の中の者達に任せる他ない。

 謂わば、このフィールドはベヒーモスの檻だ。獲物を得る為だけの。


「ただ気を付けろ。このデカ物……ベヒーモスって言うらしいがECエレメントコアが複数ある。だから普通のEAと違って相当しぶといぞ?」


 EAにはECと呼ばれる内蔵された核がある。

 文字通り心臓部であり、破壊されれば問答無用で戦闘不能となり、メンテナンスをしなければ復帰は出来ない。

 そのECは基本的に一つだが、ベヒーモスは大型故に複数のECで動いているのがパソコンの画面に表示されており、少なくとも上半身に一つ、下半身に複数ある事が分かった。


『つまり……完全に破壊するにはECも全部壊すしかないって事か。やれやれ、まさか復帰初めての試合が、こんな大物なんてね』


 ――こっちが


『?……春夜さん、今なんか言いました?』


『……いいや、何でもないよ』


 モニターから微かな声が聞こえた気がしたアキだったが、春夜は静かに首を振って否定した時だ。

 不意にEYEのモニターが復帰し、音声が発せられる。


『EYE、復帰致しました。今回の違法EAの投入は最も危険及び、悪質とTC天童コーポレーションのメインコンピューター『アリストテレス』も判断致しました。――以上の事より、私EYEが御二人をサポートさせて頂きます』


『それはありがたい……が、アリストテレスか。つまり、この件はTCも知ってるんだな?』


『当然です』


 EYEが即答すると春夜は小さく溜息を吐き、その様子にアキは春夜から天童コーポレーションへのの様なものを感じた。

 だが、それについて聞こうとするよりも先に、ベヒーモスが村正と紅葉をロックオンした。


『見付けたぜテメェ等!!』


『――行くぞ!』


『!――は、はい!』


 カオスヘッドの声に春夜の雰囲気が代わり、呑まれた様にアキを集中させたと同時に桜雲が走る。  

 そんな桜雲へ、ベヒーモスが両腕――多重撃火器搭載両腕『デンダイン』を向けた。


『くたばれ!!』


 指から砲撃とも見える属性レーザーを発射。

 腕部分と下半身からも、機銃とブラスト弾の雨が降り注ぎ、春夜も桜雲へ指示を出した。


『桜雲! 速度を上げろ!』


『!――ブルル!』 

 

 その指示に桜雲の速度は急激に速まり、リアルに伝わる振動やダメージ状況でもアキは必死にレバーを放さなかった。

 そして桜雲は2機を乗せたまま、巨大レーザーや機銃等の嵐の中を颯爽と駆け抜け、ベヒーモスの傍へと迫った。


『させるか! 轢き殺されるかミサイルで死ぬか選びな!!』


 キャタピラが高速で動き出し、背部の巨大ミサイルポッド『ヨルダン』から何十~何百発の小型ミサイルを一斉発射。

 すると村正は手綱から左手を放し、その手に収納スペースから取り出した『日暮』の兄弟銃『秋蝉』を出現させ撃ち始める。


『桜雲、速さを維持したまま一定の距離を保て!』


 轢かれぬ様に一定の距離を取り、村正は上空に迫るミサイルへ散弾を撃つことができる秋蝉を放つ。

 その散弾は、多数の赤い光の弾丸となり、ミサイルを撃ち抜いて誘爆させていく。


『EYE! ベヒーモスの属性を教えろ!』


『不明――スキャンした結果、装甲のEMエレメントメタルにも違法改良された痕跡があります。数値は低いですが、それでも光属性を除いた全属性へ、一定の耐性を持っているようです』


『なにそのチート!? 制限パーツとかに指定しなさいよ!』


『だから違法なんだけどね……』


 アキへ軽くツッコミを入れる春夜だったが、EYEの話を聞いた以上、いつまでも下を走っている訳にはいかない。

 属性相性は確かに大事だが、だからといって絶対的な勝利の約束はされておらず、大きな大会でも不利な属性で勝った者も多い。 


『属性相性だけでビビっちゃ……EAWは遊べないさ。――EYE! 奴のECの場所をモニターに表示してくれ!』


『かしこまりました、モニターに表示いたします』


 モニターにベヒーモスの全体図が表示され、左右のキャタピラ・下半身上部・上半身にマーキングされた画像が表示された。


『左右キャタピラ部に各2基、下半身上部に1基の計5基。そして上半身の中央部にも大型のECを1基確認。上半身の物が心臓部と思われ、他のECは他のエネルギーを補うために外付けされたと思われます』


『外付けって……もしかしてあれ?』


 村正の後ろからミサイルを撃ち落としていたアキも、ベヒーモスの左右にあるECに気付いた。

 紅葉でロックオンして見ると、確かに大きく無骨なが輝いていた。

 だが、それは装甲に守られてすらおらず、コードや鉄板で無理矢理にくっ付け、本当に補助の為の外付けでしかない。


『剥き出しじゃない!?』


『雑だ……案外、試作機か?』


 試作機なのは正解だったが、これは『双炎の魔王軍』が組織から各ECへ装甲を張る様に言われていた命令をサボり、そこに無理矢理投入したのが原因だった。

 けれど、今はそれが都合が良い。


『なら話は簡単だ……一気に接近してくれ桜雲!』


『!――キュイーン!!』


 桜雲は大きく嘶き、命令通り一気に間合いを詰めて側面へと合わせる。

 その結果、大型故に旋回が若干遅いベヒーモスは動きに対処できず、機銃とミサイルで対処しようと動く。


『旋回は遅いが、リロードは早いぜ!!』


 再びヨルダンから多数のミサイルを発射。

 村正と紅葉はそれを撃ち落としながら、アキへ通信を送った。


『アキちゃんは左右のECを頼むよ。俺は下半身に上がって上の2基を破壊する』


『えっ! 大丈夫なんですか!?』


 心配した様にアキは言うが、春夜からすれば自分の事を考えて欲しいと思っており、アキの心配は伝わっておらず、能天気な声で返答する。


『大丈夫、大丈夫! 君は世界で最高のEAを持っているんだ! それに桜雲を貸すし、自立型AIが搭載されてるから利口だ。――でも、雑に使うと振り落とされるから注意してくれ』


 そう通信し終えると村正は背後のスラスターを吹かし、弾幕を変則軌道で回避しながら一気に上空へと飛翔。

 これで桜雲に残されたのは紅葉だけになり、アキは敵も味方も好き勝手する現状に怒りを抱いた。

 

『そうじゃなくて!? っていうか振り落とされる!? もう勝手すぎよ! 人の心配や気持ちも考えなさいよね!』


 自棄になった様に叫ぶアキだが、外では叔父の士郎が彼女を見て頷いていたのを知らず、そのまま覚悟を決めた。  


『どの道やるしかないんでしょ! だったらやってやるわよ!! 移動はあんたに任せるからね!』


『……』


 アキの言葉に桜雲はまた無視するが、速度も動きも安定している事から分かってはいる模様。

 これで紅葉の操縦に集中でき、ECへと銃口を向けた頃、下半身の上に村正は辿り着き、そこの光景に春夜は驚く。


『これがEAの下半部? まるで空母だ……!』


 弾幕を潜り抜けmベヒーモスの下半身の上へと着陸する村正。

 その上は空母の様に安定しており、周囲には機銃、中央部には薄い装甲に覆われたECがあった。


『馬鹿な……空戦専用のEAじゃない筈なのに、なんでこのレベルの弾幕を突破できたんだ……!』


 風属性を中心としている訳でもなく、空戦型可変機でもない。

 そんな戦護村正の性能、春夜の操縦技術を目の当たりにし、カオスヘッドの興奮は嫌でも収まってしまった。    

 だが春夜自身は、逆に楽しそうにベヒーモスを見上げていた。


『凄いな……違法EAでも巨大な敵との戦闘。やっぱり浪漫だ。楽しくなってきたよ』


 初めてEAWをした時の様に、大会で自分よりも格上の相手と戦った時の様に、春夜は待ち侘びていた新作ゲームを買って貰った子供みたいに楽しみで仕方なかった。

 そして望月と盈月を抜き、各スラスターに火を入れた。


『……でも違法は違法だ。今はまだ、EAWには早すぎるよ、それは』


 そう呟き、村正もデュアルアイの眼光を輝かせながらベヒーモスを捉えると、カオスヘッドも気付いて思わず息を呑んだ。


『気圧されてんのか俺様が? このベヒーモスを使ってもなお!――いや、惑わされるな。所詮は始まりの覇王……ただの古いだけのプレイヤーが、現役の俺とベヒーモスに勝てる訳ねぇんだ!!』


 全てにおいて通常のEAの倍以上の性能を持つゼネラル級EA。

 その大きさが長所と短所だが、ハッキリ言って他のスペックでも補える。


『負けねぇ! 負ける理由がねぇんだよ!』


 覚悟を決め、カオスヘッドはベヒーモスの武装を全て解放した。

 肩の中からは大量のガトリング砲が現れ、大きく機体を動かした事でフレームの動く音が巨大な魔獣の鳴き声にも聞こえる。


『魔獣の縄張りに入っちゃったな村正……!』


 春夜と村正、カオスヘッドとベヒーモス。

 双方の準備を完了し、唐突に戦いの火蓋は切って落とされる。


『くたばれや覇王ぉぉぉ!!』


 覇王VS魔獣――開戦。


 

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