EAW~エレメント・アーマーズ・ウォー~

四季山 紅葉

プロローグ


 【ELEMENTエレメントARMORSアーマーズWARウォー


――それは略してEイー.Aエー.WウォーまたはEAと呼ばれていた。

 

 仮想・ロボット技術に長けた天童コーポレーション――通称TCが製作した世界中で大人気且つ、社会にも多大な影響を与えた実機を使用したロボットゲームだ。

 EAWには他に髄を許さない要素があり、それが人気と関心を集めていた。

 

 その要素は『火』『水』『風』『地』『雷』『無』の六つの属性を持つ特殊ナノマシン――【エレメント】

 エレメントを用いて作製する特殊合金――【EMエレメントメタル

 EMを使用して各企業が作り上げた機体――【EAエレメントアーマー

 そしてTCが持つ超仮想技術によるリアルなフィールドやシステムが非現実、つまりはアニメやゲームの様な世界を具現化していたのだ。


 それらによるリアルな操縦感・属性相性の戦略の拡大・フレームから武装まで幅広く細かいカスタマイズされたEA同士の手に汗握る戦いに誰もが魅了される。

 同じ機体でもカスタマイズ次第で全く別の性能・機体にもなる程の可能性を持ち、男女問わず、子供から大人まで幅広い年齢層のプレイヤーに支持されていた。


 既にサービス開始から10年経つが、登録プレイヤーは全世界で数十万人を優に超えていた。

 更にEAWの技術は社会に恩恵を与え、その影響力は社会に無くてはならない存在となる。

 

 EAによるロボット・AI技術の向上。エレメント・EMによる新たな製造技術。

 それらは医療・建造を筆頭にあらゆる分野に影響を与え、世界の一部となるのに時間は掛からなかった。

 そして本来の舞台――EAWはただのゲームで終わらなくなる。


 EAWのPプレイヤー達は実力者となれば相応の待遇が約束され、その証明・人気の要素として【ランク】があった。

 最初は最低ランク『NAME LESS』から始まり、その上の『鉄の兵士アイアンソルジャー』から順に――


赤銅の兵士レッドブロンズ・ソルジャー

青銅の兵士ブルーブロンズ・ソルジャー

銅の騎士ブロンズナイト

銀の騎士シルバーナイト

黄金の騎士ゴールドナイト

白銀の騎士プラチナ


――そして最高クラス『覇王』だ。


 しかし覇王を除く最高ランク『白銀の騎士プラチナ』ですら狭き門だ。

 数十万人のPがいるEAWではプロですらなれず、数える程度しかいない程の称号はそれに伴った恩恵も与えた。

 だからランク上げは激戦を越え、もはやPやチーム、更には企業を巻き込んだ群雄割拠と化した。

 

 そんなプラチナよりも更に上の最高クラス『覇王』

 現在までに七度行われた世界大会の優勝者のみに与えられた特別ランク。

 それを得たのは歴代大会を制覇した僅か7名のみ。


――故にPは彼等を称号ではなく、本当の意味を込めてこう呼ぶ『覇王はおう』と。


 覇王の人気が合わさり、P達は数多くの道を生み出され、そして歩んでいた。

 世界各国でスポンサーも付きプロとして戦う者。

 プロにする為のEAの学校まで設立する者。

 EAWの技術により仮想世界・整備技術が上がった事で、家庭への更なる普及に尽力を尽くす者など、それぞれのやり方で実績や貢献をしていた。 


――それは『覇王』と呼ばれる者達も例外ではない。

 

 プロ入りを果たす者・会社を継ぎEAの発展に助力する者・EAの学校を創立し若き才を育てる者。

 それぞれの道を進み、社会への貢献は並みではない覇王達だったが、がいた。

 歴代史上、最も苛烈と言われた最大の群雄割拠が起こった第一回EAW世界大会優勝者。 

 

――通称『


 P達は彼をそう呼んだ。称える様に、恐れるかの様に。

 EAWの初めての世界大会。その覇者にして最初に『覇王』の称号を得た伝説にして原点のP。

 最大の激戦と呼ばれた最初期の世界大会。それを14歳で制し、数多のPを魅了させ、EAWの扉を叩かせたカリスマにして新時代への先導者。

 だがその彼は世界大会以降、公式から完全に姿を消してしまう。


『病気か何かで引退した』


『事故で死んだ』


『今までの賞金とかで遊んで暮らせるので辞めた』


 等々と色々な憶測も飛びかった。

 数多くのP達は最強を持ったまま勝ち逃げした覇王の行方を探したが見つからず、そのまま伝説と共に月日が流れて行く。 


――そして始まりの世界大会から7年後。再び伝説が動き出そうとしていた。


『今年、日本でオープンする最大のEAW施設【EAWスタジアム】にが現れる』


 ただの噂かもしれない。だが音沙汰の無かった中での突然の噂。誰が言ったのかも分からない妄言。

 だがそれに対し、多くの者達は微かな望みと見て心を燃やした。

 噂を聞いたある者はチームに招集を掛けて日本へ向かい、またある者は覇王の首を取る為に歓喜した。


 そして歴代の覇王達も、始まりにしてした覇王の首を取る為、日本へと集結を始める。

 これにより日本全国。そして世界各国のPが、連日連夜EAWスタジアムに集結する事態となった。 


――その中心は始まりの覇王。EAWはまさに新たな群雄割拠を迎えていた。



♦♦♦♦


 海沿いの街・秋神街あきがみちょうでそれは起こっていた。


『さぁ三日前にオープンしたばかりの【EAWスタジアム】ですが見てください! この人工島の上に作れたこの場所には、国内外から訪れているEAプレイヤーによって凄い混雑でございます!』


「……凄い数だねぇ」


 EAW専門ショップ『オールド』と書かれた看板の小さな店。

 その店の主・中年の男性改め、店主――<紅葉院こうよういん士郎>はボサボサの髪と無精ヒゲを交互に弄りながらカウンターに膝を付き、怠そうに備え付けたテレビに映るスタジアムを眺めていた。


「わざわざ人工島を作って、更にその上に巨大施設。EAWの生みの親は考える事が違うねぇ」


 海の上にわざわざ人工島を建設して、その上に作った世界最大のスタジアム会場。

 金を持っている奴は何でもやるなと思い、士郎はテレビにちょくちょく映る外国人を含めたP達の姿を眺めていた。


「普通は国内だけで、来たとしても外人さんは少数でしょうに。羨ましいねぇ……これもってやつか」


 メディアに映る誰もが目は燃えている。心が闘争心で満ちていた。

 そんなP達だ。数百を超える行列が客なのは明らかで、羨ましい限りだ。

 日本限定パーツ欲しさにより誰もが財布の紐を緩くする。何より戦いたい筈のPならば必ずパーツを買うだろう。

 ショップを営んでいる士郎はそれを理解していた。だから店へも人が来ないかなぁ、と神頼み感覚で願っているのだ。


「だが今回ばかりは本当に特別だ……」


 そう呟く士郎の瞳は、厄介者を見るように薄っすらと濁っていた。

 今回の異常な繁盛。それは最大施設のEAWスタジアムだけが原因じゃない。

 最初の世界大会制覇後、一切表に出てこなくなった『始まりの覇王』の噂が全ての原因だ。


「そろそろ興味も薄くなった伝説の覇王……それが今更出て来んのか」


 士郎は呆れた様に言いながら、この7年近くでの始まりの覇王の噂を思い出していた。


『始まりの覇王はもういない』


 もう諦めた様に始まりの覇王の行方も、名も出す者も少なくなった。

 なのに数日前、ネット上にEAWスタジアムに現れると噂が流れた事で全ては一変した。

 思惑は色々とあるだろう、オープン初日からEAWスタジアムは大混乱になり、警備員だけではなく警察まで駆り出される事態となる程に。


「TCや各企業の客寄せの噂か、それとも本物か。……まぁ、あれから七年だし見ただけじゃ分からねぇだろうな」


 子供の成長は早く、場合によれば外見だって変わる。

 少なくとも幼い学生から大学生ぐらいもある。外見の変化は必ずあり、親戚でもない限り分かる筈がない。

 ただ他人が分かるものかと思い士郎は、レジ横に置いてあるサボり様のパソコンで一つの動画を再生した。


『さぁ世界大会決勝もいよいよ終盤だ! おおっと! ここでP名『季節餅』選手が仕掛けたぞ!』


「ひでぇ名前だな……」 


 それは七年前の世界大会の動画。そこにはまさに元凶の姿があった。

 当時のP名である『季節餅』以外の名前が分からない、まだ14歳の少年。

 更にマスクもして顔も分からず、これでは成長したら今じゃ顔も分かるかと士郎は内心で愚痴る。 


「全くマスクまでしやがって、当時で既に有名人気取りかっつうの……」


『ブックシ!!……あぁ花粉症つらいし滅べば良いのに』


「なんだ花粉症か……つうかなんだこのクシャミ?」


 動画に流れる独特なクシャミをし、花粉症に恨みを吐く当時の覇王。

 それを見た士郎は呆れながらも、このクシャミがになるなとふざけていた時だった。


「あぁ!! やっちゃった!? 寝坊しちゃったじゃない!!」


 落ち着きの欠片もない叫び声が店内に響き渡った。

 それは二階からドタドタと店の天井鳴らしまくる、若い女子の叫び声だ。

 それを聞いた士郎は正体を知っているからか面倒そうに溜息を吐き、ポケットから電子タバコを取り出して一息吸った時だ。


「マズイィィィ!!!」


 騒がしく階段を下りる音が聞こえたと思いきや、カウンターの隣にある扉が勢い良く開き、士郎は顔を扉へと向けた。

 そこには一人の少女が飛び出してダイナミック入店し、そのまま士郎を睨みつけていた。

 だが士郎は慣れた様子で何も言わず、普通に朝の挨拶で返す。


「おう……おはよう、お寝坊さん」


「何が……おはよう……よ……!」


 肩で息をしながら士郎を睨む一人の少女。紅葉の様に綺麗な赤髪が特徴的だった。

 顔はまだ幼さを残しているが、その眼光は鋭すぎて凛々しさもある。

 けれど、そんな彼女は士郎にとってピッチピチの17才女子高生(身内)でしかない。

 

 つまりは姪――名は<紅葉院 アキ>と言った。


 アキは親の仇の様な眼光を士郎へ向けるが、当の本人は我関せずを貫いた。


「おぉおぉ……叔父さんの家に居候してんのに何て目で睨んでんだ? 俺は親の仇じゃねぇし、兄貴も義姉さんもピンピンしてんだろ?」


「そこまで言ってないでしょ!? なんで起こしてくれなかったの! 今日はEAW部の仲間とEAWスタジアムに行くって言ってたじゃない!」


 小洒落れたTシャツにショートパンツ。

 明らかに外出する服装のアキだが、士郎は寝坊の原因が自分じゃなくアキにある事は分かっていた。


「叔父さん起こしたよ~? そうしたら後一時間は大丈夫。って言ったのは目の前で睨んでる酷い姪っ子じゃなかったけか?」


「――うっ!……た、確かにそんなことを言った記憶もあるようでないけど……!」


「結局ねぇのか。――だが、まぁ良いじゃねえか。EAWスタジアムは家から歩いて15分程度だろ? そのおかげで叔父さんも、多少のお零れ貰えて万々歳だ」


 EAWスタジアムへは人工島への橋『エレメント・ブリッジ』を渡らなければならないが、この店『オールド』からは徒歩で15分程度。自転車を使えば更に早い。

 なので間に合うのに文句を言うのは理解できないと、士郎がわざとらしく肩を動かしているとアキは再び声をあげた。

 

「そういうことを言ってんじゃないの私は! 私は部長なの! それに私がいないと皆が特別入場出来ないから、遅刻するなんて私の中の責任感が許してくれないのよ!」


「責任感がある人は後一時間なんて言いません」


「うぅ……美人な姪っ子いじめて楽しいの!?」


 涙目で女の武器の様にか弱い声も出すアキだが、士郎はちんちくりんが10年早いと感じながら店の時計を指差した。


「そんな事言っている暇あるなら早く準備しろって……」


 いつまでも漫才に付き合ってくれる優しい姪に呆れるが、アキもハッとなって時計を見ると既に10時40分。


――待ち合わせ時刻は11時……!?


 結構ギリギリな時刻に気付き、アキは慌てて自分のEAを探し始めた。


「あれ? あれ!? 叔父さん! 私の『EAボックス』知らない!?」


「ここにある……全く、店に置いとくなって言ってんだろ?」


 そう言いながら士郎はカウンターの下に手を入れ、工具箱程の大きさをしたEAボックスを取り出し、アキの前へと置いた。

 紅葉の様なカラーリングのEAボックス――この中に整備工具・パーツ・EA本体が入っており、EAWプレイヤーにとって必需品であり顔ともいえる代物であった。


「それそれ! 中身は大丈夫だったかな!?」


「昨日の内に準備しとけって……」


 責任感を感じる割にルーズな姪の将来を心配する士郎だったが、EAを取り出して目を輝かせ、真剣に確認している姿を見て思わず笑みが漏れてしまう。


「やれやれだな……それで? どうなんだ『紅葉こうよう』の調子は?」


「えっ?……うん! 勿論、絶好調よ! 多分、今までで最高の性能になってると思う」


 アキの手に、一体の人型EA――『紅葉』が握られていた。

 名前の通り紅葉の様に赤く、何処か姫武将を彷彿させる様な力強さと美しさを兼ね備え、刀や薙刀を始めとした和風なEAだ。

 大企業・千石社が製造した『三代目村正・後期型』をベースとした機体。その装備の一つに、他よりも存在感のある“紅の刀”の存在に士郎は気付いた。 


「ほう……この刀は、インターハイ個人戦優勝のレアパーツ『加具土命カグツチ』だったか? 確か自分の火属性パーツの性能を上げるって言ってたな。――なる程、それで火属性パーツを増やし、代わりに地属性パーツを減らしたんだな?」


「うん! 地属性パーツは耐久力はあるけど、移動力や運動性が下がっちゃうから、フレームの関節部とか甲冑の部分だけにしてみたの。外した箇所には火と風のパーツを付けて火力と機動性を上げてみたの」


「確かに、それならお前のスタイルにも合うだろう。だが気を付けろ、風のパーツは軽い分耐久力がやや不安だ。カウンターを喰らわれたら危険だぞ? 紅葉には飛行能力も付けてないんだろ?」


 士郎は心配して脆弱な部分を一つ一つ指しながら指摘するが、特殊なカスタマイズをしなければ殆どのEAに飛行能力はない。

 けれど短時間ならば空中にいられるので、アキはそこまで不安視はしていないと、迷いなく頷いた。

 

「大丈夫よ。紅葉の事は私が一番知ってるから!」


「ハハ……そうだったな。――あっ」


「えっ?――あっ!」


 士郎が不意に時計を見て呟き、アキも釣られて時計を見ると時刻は10時46分を迎えていた。

 間もなく、待ち合わせ時間に迫ろうとしていたのだ。


「あぁ!! 本当にまずいって!? ごめんもう行くから!――行ってきま~す!!」


「おう、行ってら――ってもう行っちまったか。全く時間にルーズなのは義姉さん似か。そういや、こう言う時に限ってするって兄貴が――」


 士郎はそこまで言った時、視界の端に写るを捉えてしまった。

 嫌な予感は当たるというが、免許証よりも一回り大きいそのカードを手に取って見ると、案の定だと士郎の表情は真っ青に染まる。


『EAWプレイヤー証明カード。プレイヤー名:アキ ランク:銀の騎士』


 このカードはEAW内の身分証明書とも呼べるPカードだ。

 これが無ければアキはプレイしても記録に残らず、それどころかランク証明が出来ず、会場への特別入場もできない。 


「あぁ……こりゃあ届けないとヤバいよなぁ?――ヤバいな」


 自問自答した士郎は一旦店を閉める事を決断するしかなかった。

 本当ならのんびりしながら店番する気だったが、そこは可愛い姪の為と思い我慢を選んだ。


「その分の取れなかった売り上げはアキの小遣いを下げるか……」


 自分でもえぐい作戦と思いながらも士郎はエプロンを脱ぎ、すぐに戸締りの準備をしようとした時だった。


 カラ~ン!――と、店の扉に付けていた鐘が音を鳴らし、それと同時に一人の青年が入店する。


――マジか。嫌な事は続くな。


 士郎は思わず出そうになった溜息を呑み込んだ。

 お客にこんな事は言いたくないが、今は姪の一大事。

 買い物客じゃなく、長く居座る気ならば帰ってもらおうと思いながら接客へ挑む。


「はい、いらっしゃい。なんかパーツでも探し物かい?」


 取り敢えずは要件を聞こうと、士郎はそう言って青年の姿を観察してみた。

 青年はやや長い黒髪、マスクを付けていて顔はよく分からない。

 だが代わりと言わんばかりに『YOMOGI』と書かれた変なTシャツとジャケットが凄い個性を醸し出していたが、服装に関しては自分も言えたガラじゃないと思い、士郎はそのまま言葉を呑み込んだ。

 ただリュックと、手にEAボックスが握られていたので士郎は少なくとも青年がPなのだとは分かった。


「……あぁ、すいません。道を聞きたかったんです」


 そして士郎の問いに、表情は分からないが、申し訳ない感じで青年は言った。

 青年は買い物客ではない事をアピールする様に手を振っているが、士郎的には良い客ではないのに変わりはない。


「道ねぇ……それなら、せめて何か買ってから聞くもんじゃないか?」


 士郎はついそう言ってしまった瞬間、しまったと思った。

 とっとと道を教えれば良かったのだが、遂いつもの調子で言ってしまったと。


「何かねぇ……じゃあ――」


 青年もそりゃそうかと納得した様子で周囲を見回していると、店に設置された自販機を見て、そのまま向かって行く。

 そして缶コーヒーを一本だけ購入すると、カウンターへと戻って来た。


「こりゃ……100円のコーヒー」 


 それは店内にある自販機。その中で手軽価格なワンコインコーヒーだった。

 なんだこれはと士郎は思ったが、それをカウンターへと置かれた事で士郎は察した。


「いやそうじゃなくてな……せめてパーツを買ってくれよ? なに、おじさんそんなに安く見えちゃった? 缶コーヒー一本、しかもワンコインのタイプで買収出来る程に?」


「パーツか……そうならそうと言ってくれれば良いのに」


 どこか他人事な口調であるが、クレームも言わずに事態を受け入れる青年。

 まるで雲みたいに掴み所のない雰囲気に士郎はペースを乱されるが、青年はカウンターの隣に置かれている『パーツコーナー』へ移動し、流し見しながら一つの箱を手に持った。


「……なんだ、『ウェポン専用のカスタムパーツ』? こんなのもあったんだ」


 いかにも知らない、的な疑問形で青年は首を傾げながらパーツを観察し始めた。

 それを見て、今度は士郎は首を傾げる番であった。


「なんだPなのに知らねぇのか? 4年前に実装された文字通りのパーツで、追加弾倉・ジェネレータ・冷却装置を始めとしたものがあるんだ。勿論、古参ファンの為に、古い武装パーツにもカスタム出来るから人気も需要もある。――まっ、つまりは強化パーツだ」


「へぇ……こういうのも出したのか。あぁ、でも何か聞いた事もあるな」


 まるで知らなかった物言いだが、青年に驚いた様子はない。寧ろ微かに覚えがある感じだった。

 だがそれはほぼ異常であった。士郎が覚えている限り、このパーツが発売された当時は新規・現役のP達によって大いに売れた記憶がある。

 買わなかったのは過度なカスタマイズを嫌った上位Pか、ピーキーな操縦性を好む変わり者ぐらいの筈だ。

 そんな青年に対し、不意に士郎にある可能性も過る。


「もしかして兄ちゃん……か?」


 EAボックスを持っているのに最近のパーツを知らないPは限られている。

 近年のパーツ情報を意図的に知ろうとしない存在――復帰勢以外に説明付かないと思った士郎が問いかけると、青年は少し考える様に間を空けてから頷いた。


「……まぁ、そんな感じかな」


 歯切れが悪いが、初対面の相手に詳しく話す奴はいないだろうと士郎は追求しなかった。

 何より時間もなく、別に興味もないのでパパっと本題に入る事を選んだ。


「って事は、行きたい場所はEAWスタジアムしかねぇな。お前も始まりの覇王で復帰した口か?」


ながら。――それじゃ、これ等を貰います。あんまり必要もないけど」


 青年はそう言ってカウンターにパーツ一式の3箱置くと、一言多いなと思いながらも青年が選んだ商品を見て士郎の目つきが変わる。


「ほう。旧式でも性能やメンテナンス性の高いパーツを選んでやがるな……」


 選んだ商品を見て士郎は思わず関心してしまった。

 初心者や復帰勢は、取り敢えず最新パーツを買う奴が多いが、結局は使いこなせず無駄な買い物で終わるのが大半だからだ。

 

――結局は機体や属性に合ったパーツじゃなきゃ意味がねぇ。だが性能しか見てない連中は気付かん。なのにこいつは。


 目の前の青年は、旧式だろうが確かな信頼のあるパーツを迷わずに選んだのだ。

 パーツの目利きが良い以上、現役時代まぁまぁやってたタイプだなと、士郎が見抜くのに時間は掛からなかった。


――最近は新型パーツ買えば良いみたいな連中も増えたからな。こういうPは近頃は見なくなったよ。


 取り敢えず最新パーツを買えば良い。そんな考えも間違いではないが、旧式のパーツの方が安定したり高性能な物も多い。

 目の前の青年は最新パーツではなく、熟練のプレイヤーも選ぶ信頼性のある旧式ばかり選んでいる事から、ただの格好付けではないと納得できる。

 

――恐らくは“始まり~第三の覇王時代”のPか。その中でプライベートの時間が無くて辞めた典型的なタイプだな。


 EAW人口が増えた中、パーツの見る目があり、尚且つ強化パーツを必要としない連中は限られていた。

――それはEAW史上で最も激戦だっと言われる第一期~三期までのEAW世代しかいない。

 士郎はそう思いながらパーツをレジに通し、青年もカードで支払いを終えた事で士郎も道を教えないわけにはいかなくなってしまう。


「まいどあり……さて約束の道の事だが――この際だ、俺が車で送ってやるよ」


 どの道、目的地は同じだと。

 それならアキにPカードを届けるついで、送ってやっても良い。

 ところが士郎がそう言った瞬間、青年の目が疑わしい者を見るようなものへと変わった。


「おじさん……根端はなに?」


「ねぇよんなんもん!? 姪っ子のPカードを届けるから丁度いいだけだ!」


「なんだ……誘拐だと思った。――ズズッ」


 ふざけているのか本気なのか、マスクをしている事で表情が読めない青年だが、鼻をススっている事から鼻炎なのだろう。

 面倒そうにマスクの位置を調整しながら、しんどそうな雰囲気がある。


「なんだ風邪なのか?」


「あぁ……いえ、ただの花粉症です。すいません、ちょっと水貰います」


 青年はそう言ってウォーターサーバーの水を貰い、ポケットから取り出した薬を流し込んだ。

 恐らく鼻炎の薬。それを確認した事で士郎も戸締りの準備を始めた。


「先に外に出ていてくれ。俺は戸締りをしてから行くからよ」


「分かりました……」


 士郎の言葉に青年も頷き、戸締りや防犯のシステムを士起動し始め、レジの鍵を閉めようとした時だった。

 扉から外に出ようとした青年がマスクを抑えながら盛大にをした。


!!……


「……はっ?」


 士郎はデジャブの様な、不思議な感覚を覚えた。

 何処かで一言一句同じ言葉を聞いたような気がする。しかもついさっきだ。


「――まさか?」


 士郎は不意に、アキとの会話で停止させていた動画へ視線を移す。

 そこには青年と似た様に花粉症に恨みをぶつける当時の覇王の姿があり、士郎は静かに顔をあげた。


「……なぁ兄ちゃん。一つ聞きたいんだが、あんた名前は?」


「……季城きじょう 春夜しゅんや。よろしく」


 聞いた事がない名前。だが当然だ、本名は運営だけ知っていて世界大会でもプレイヤー名でしか呼ばれていない。

 だからこそ士郎は聞くしかなかった。


「じゃあ、プレイヤー名はなんだ?」


「……P名かぁ。まぁ良いか、言うのはタダだし」


 何かあるのか、一瞬だけ言い淀む春夜だったが気にした様子はなくなり、振り向きながら口を開いた。


「俺のP名は――」


――後に士郎は語る。


『あいつとの腐れ縁。そして今日までの事も、全ての始まりは


――だったと。

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