おいで、あ、でも……

 


「アンジェ! 大丈夫かっ!?」


 やっと現場に辿り着いた今更男。 焦った声が何とも滑稽に感じてしまう。


「ノエル? アンジェだいじょぶだよー!」


「そ、そうか……―――はッ! く、くまキチ……! なんてこった……やはり俺の感が当たった……くまキチが死んでしまうなんて……!」


 ガックリとひざを落とす早とちり。


「俺が、もう少し早く来れてたら……!」



 ……――――何?



「くまキチいきてるよー? ミシャがなおしてくれたっ!」


「――えっ!? ミシャアイツ治せたっけ?」



 嘘でしょ?



「うんっ」


「あー? ……あそーだ、この前も怪我した兵士とかまとめて治してたわ。 つい壊し専門のイメージがあってよ」


 それは同意するが、あの時は寧ろノエルが差し向けて救った筈だ。 いや……そうか、英雄になる男はあの程度の善行をいちいち覚えない、そういう事なのだな、ノエル。


「どーもミシャの件は記憶から消しちまうからな、上手く整理しねぇと必要な情報が引き出せねぇわ」



 ―――あ、『忘却』ね。



「ノエルー、くまキチね、アンジェのこといっしょうけんめいまもってくれたんだよ?」


「そうなんだな、くまキチには後で礼を言わねぇと」


「くまキチカレーたべたいって!」

「おお、わかった!」


 アンジェの提案を快く了承するが、ヴァンはそんな事を言っていただろうか。 よく思い返せば『嫌いではない』、と言っていた気もするが……構わないだろう、食えヴァン。


「――おおっ!?」

「わっ! くまキチおきたっ!」


 突然ムクっと起き上がったヴァン。 その表情は険しく、寝起きが悪いのだろうか、熊だけに。


「……モンスターが集まってくる」

「マジっ!? てことは、ミシャの言ってた化け物が呼び寄せてんのか……」


 どうやら目覚めた理由は敵の接近を察知したからのようだ。 さすが亜人、どこかのハーフとはえらい違いだ。


「こうしちゃいられねぇ……くまキチ、アンジェを頼めるか?」


「ああ、どうやらあの女のお陰で腹は大丈夫そうだ」


 スムーズに会話が進む辺り、ヴァンはかなりくまキチを受け入れてしまったらしい。


「えっ? ごはんたべてないのにー?」


 とアンジェ。


「いや、食ったから治るもんでもねぇが……」


「今晩はカレーだぜ!」


 とノエル。


「……そ、そうか」


 頑張れヴァン、いくら展開がクライマックスを迎えようと、この流れについていかなくてはやっていけない作品だ。 そして、君にはその素質がある。


「くまキチ、カレーだいすきだもんねっ!」


 さあヴァン、いやくまキチよ。

 殻を破るのだ。


「いや、俺ぁ……」


 満面の笑みを向けてくる少女、そして任せておけとドヤ顔の料理当番。


 ほら、




 ―――おいで―――




 ―――怖くないよ……楽だよ……―――





「お、俺ぁ……――――か、カレー大好きだぁッ!!」




 今、正式にプラチナクラスのこっち側仲間が誕生した。



 残るはあと一人。


 ボケる事は勿論、突っ込む事さえしない剣士。 彼は、今も鉄火場で見えないロングソードを振るっている筈だ。





 ◆





「………」



 ミシャは、血飛沫と叫喚が舞う戦いを見つめている。 手を出すなと言ったブランの実力は言葉通りの物だが、この女が言われた通りにしているのは非常に不気味だ。



「ミシャ、状況はどうだ!?」


 そこに丸腰のノエルが合流する。

 武器も持たずにやって来た仲間にさすがのミシャも、


「ご覧の通りよ」


 特に気にしてないようだ。


「うおっ! な、なんだあのバケモン!? なんか色々くっ付いてねーか!?」


 一体何十、何百を喰らってこうなったのか、モンスターを餌にして成長、変貌していった化け物を目の当たりにしたノエルは顔を引きつらせている。


「モンスター達が迫ってる! 急がねぇとヤベぇぞっ!」


「わかってる 」


「わ、わかってる? んじゃなんで……」


 彼が言いたいのは、『ヤベぇから二人掛りでさっさと殺らんかい』という事だ。 当然自分は数に入れていない。 急かしてくるノエルにミシャは、


「ちょうどいいわ、もう終わるから」


 もうすぐこの戦いは終わる、そう言い切った。


「終わる? まあ、確かにすげぇ押してるけどよ……てかすげぇなアイツ。 これが―――剣士か」



 勘違いするなかれ、彼は『これが剣士か』、そう言いたかった筈なのだ。 なあ、そうだろうノエル………――――そうだと言ってくれ。





「はぁ、はぁ、はぁ……」



 闘神のような猛攻を続け、さすがのブランも息が荒くなってきた時だった。



「ブラン、もう代わりましょう」



 ミシャの放ったその一言が、最前線に身を置く一流剣士のプライドを逆撫でする。



「――ッ……ふざけるなッ! 何のつもりだッ!」



 自分一人でやる、『今のお前に何が出来る』とまで言った相手に『代われ』、と言われれば当然の反応だ。 激昂し、攻め手を強め戦い続けるブランに悪魔は語り掛けた。



「何のつもり? 解らない筈がないでしょう、 “優秀” なあなたなら」


「………」



「焦りが剣を鈍らせている。 でも、どうして焦っているの? それは……」


「……だまれ」




 ――――刃が届き難くなっているから。




 圧倒していた攻防に変化が生じ始める。 踏み込みは浅くなり、致命傷には及ばない斬撃に化け物の反撃も勢いを増す。



「確かにあなたは強くなった。 でも、知らなかったのよね。 再生能力は知っていても、ダメージに耐性をつけていくなんて……」



 悪魔の囁きに追い詰められるように、ブランの呼吸は荒く、過呼吸気味になっていく。



「知らなくて当然。 だって、四年前の “あの日” 、あなたは……」



「……やめて……くれ……」








 ――――一歩も動けなかったのだから――――








 言霊に魂を抜かれたように、両腕は戦いを放棄してぶらりと垂れ下がる。 そして戦闘の最中、無防備に振り返ったブランの顔は情けなく破顔し、鋭い眼光は見る影も無く力を失っていた。





「……どうして……お前はいつも……」





 みぞれ混じりの声は、どうしようも無くやり切れない思い、それを伝えたいと訴えている。 伝わらない相手に。


 絶望するブラン、だが化け物は棒立ちの獲物を構わず狩りに来る。 戦意を喪失した者の顔を、ひと振りで終わらせられる威力を込めて。



「――あぶねぇッ!!」



 地面に押し倒された時、ブランの首と胴体はまだ繋がっていた。 化け物はどうやってか吹き飛び、目の前には琥珀色の目が睨みを利かせている。



「ぼーっとしてんじゃねぇッ! お前付き合い長ぇんだろ!? ミシャアイツのことちったぁ理解しろよッ!」



 怒鳴りつけるノエルに、ブランは茫然と言葉を失っている。



「勝ーてねぇの知っててやらせてんだけだから気にすんな! なっ!」


「……な、何故そんなことが――」

「そぉーいうことするじゃんアイツぅ!」



 久しぶりに繰り出した銀髪先生。 いい加減分かれ生徒よ、と髪を掻き上げ、



「後はバケモン同士やらせりゃいんだよ」



 と、急に小声になって言い聞かせる。



「――そ、そうだ、奴は……!?」



 悠長に話している場合ではないと見渡すが、辺りにその姿は無い。



「ミシャが吹っ飛ばした。 、お前を殺させるつもりはなかったんだろーよ」


「……吹っ飛ばす……どうやって……魔法は使っていなかった筈だ……」



 技にもよるが、打撃系のヴァンならばともかく、魔法抜きで吹き飛ばした理屈が見当たらない。 短剣ならば斬撃、やはり吹き飛ばす結果にはならない筈だ。



「どうやってって、そりゃお前……」



 困惑するブランに伝えられた正解は―――





「「蹴っ飛ばした」」





 未来の英雄と、その妻(予定)が声を揃える。



「からだろ」

「だけよ」



「………そう、か」



 もう、その声に反発する力は無かった。



 ブランよ、そんなに落ち込む事は無い。

 プライドもシリアスも蹴っ飛ばしてコメディーこっちに来い。 お前の仲間はもう、こっち側に居るぞ。



 しかしそうなると、もうこの作品にチャンスは無いのかも知れない。 一人シリアス奮戦していたブランがその逸品、霞龍の剣のように消えてしまったら――――。


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