訓練されたくまさん

 


 場面は、ノエルが十八番おはこである戦闘不能眠りに就く数十分前に時間を戻す――――





「――わぁっ!」

「おめぇら! 急いでアンジェ連れてブランとあの女呼んでこいッ!!」


 素早く肩からアンジェを降ろし、非常事態と解る声で兵士達に指示を出すヴァンの目は既に戦闘態勢に入っている。 どうやら援軍到着まで、一人であの化け物とやり合うつもりだ。


「な、なんだあれは……」

「さっさと行けぇッ!!」


「は、はいッ……!!」


 怒声に慌てた兵士の一人がアンジェを抱えようとした時、


「――ぶっ……わあぁぁーー……っ!」


 四人の兵士達を突如強風が襲い吹き飛ばした。



「アンジェくまキチといるっ! べ~」



 やんちゃなピクシーは、舌を出して撤退拒否する姿勢を取る。 全くこの非常時に、親の顔が見てみたいものだ。


「……今の、お前がやったのか……?」


 呆気に取られたヴァンが呟いた時、化け物は次の獲物を捕食しようと二人に向かい地を蹴った。


「――っ! 来やがるかっ……!」


 それを察知したヴァンはアンジェを庇い前に立つ。 だが、その後ろに居るはずの女の子は自分の横に走り出し、少し間隔を取って小さな両手を突き出した。



「やぁーーっ!」



 可愛らしい掛け声と起こった現象はコントラストが激しく、化け物の足元がぐらついたと思った途端大地が割れ、



「んんーーっ!」



 化け物が隙間に落ちると、今度は踏ん張った声と共に大地が閉じる。



「あ、あの子は、魔導士だったのか……?」

「いや、でもこんな魔法、あるか……?」


 兵士達は立て続けに見せつけられた少女の力に困惑している様子。 それはヴァンも同じだが、


( ……違う、魔力を感じなかった。 魔法じゃねぇ “何か” 、だが……コイツはいったい…… )


 得体の知れない力、それは個性豊かな変わり種パーティならではと言ったところか。 なので一般の皆様には理解し難いだろう。



「へへー! ぺっちゃんこーっ!」



 と、掌を合わせてにんまりと笑い、勝利宣言をした時、



「――ひ、ひぃいッ!!」



 砂埃を巻き上げ、地面から化け物が飛び出す。 そして、高音と低音が混じった何人かの叫びのような、言いようのない耳心地の悪い声を上げる。 そして襲い掛かった標的は―――



「あ……」



 ふと零れた声。 見上げる小さな女の子に振り被った巨体の腕が下ろされた時、彼女は悲鳴すら聴かせられずに絶命するだろう。



「――あ、アンジェちゃ……」



 兵士の呼ぶ声に希望は感じられなかった。



「や―――」



 一文字の言葉。


 迫る死の鎌が、愛らしい唇からその先を永久に失わせると思われた時―――





「―――おい、 “森のくまさん” ナメんなよ?」





 化け物の横づらに剛拳を叩き込み吹き飛ばしたプラチナクラスの “くまさん” は、お嬢さん、まだ逝くのはお待ちなさい。 と待ったを掛けた。


 そして、決め台詞から確信するのは、彼はやはり “こっち側” だという事だ。



「くまキチ……」


「てめぇらいつまでそこにいるんだッ! さっさと行けッ!!」


 恐怖に動きを止められていた兵士達に一喝し、


「おめぇもわかっただろ、コイツとれんのは同じバケモンだけだ。 わかったらあいつらと行け」


 子供の手に負える相手ではないと退却を促す。



( まあ、接近戦の俺じゃ相性悪そうな相手だが…… )



 油断すれば腹から捕食されかねない。 ミシャのような魔導士が有効、せめてロングソードのブランの方がましだろう。 だが今は、



「やるしかねぇわなぁッ!」



 もう化け物は体勢を整え向かって来ている。


 また不気味な声を聴かせ、ヴァン目掛けて軽々と肉を引き裂くだろう太く、鋭利な爪を斜めに振り下ろした。


「ふんっ!」


 それを躱して顎をねじ上げる一撃を見舞うが、仰け反った化け物はすぐさま頭の角でヴァンの脇腹を抉ろうと突き下ろしてくる。


「ぐっ、ぉぉおお……ッ!」


 何とか両手で角を掴み抗うも、


「なっ!? ――ぐぶっ! ……うぅ」


 そのままヴァンの巨体を角で持ち上げ、地面に叩きつけた。 そして上半身を起こすと、間髪入れずにヴァンの顔を優に隠せる大きな足の裏で踏み潰しに掛かる。



「……のなぁ」



 顔面を踏み抜かれる前に残った片足を掴んだヴァンは、その足を引き化け物を転がした。 そして、



「おお……――――らぁああッ!!」



 立ち上がり、人間離れした亜人の怪力は、自分よりひと回り大きな化け物を投げ飛ばす。



「……てめぇ、所詮動きがモンスターなんだよ。 こっちは訓練されたプロだぜ?」



 さすがは最上位、プラチナクラスの猛者。 ただの怪力でなれる肩書きではない体捌きを披露してくれたが、息遣いや流れる汗が、一つの油断も許されない相手だと証明している。


 だというのに―――



「そーだ! くんれんされたくまだぞーっ!」



 その緊張感を台無しにするエメラルドグリーンのチアガールがまだ残っていた。



「――おまっ……! 帰れーーッ!!」


「やだー!」



 頑張れくまキチ。


 もうすぐ援軍の生物兵器が来るぞ。


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