森のくまさん、妖精と戯れる。 親バカは……
初日を防衛した翌日、朝食前から食材調達部隊は栄養バランスの為森へと向かった。
「何で俺が……」
とぼやくのはくまキチことヴァン。
モンスターも少ないこの時間帯、部隊編成は護衛にヴァン、お外に行きたいと駄々をこねたアンジェ、そして兵士四人だ。
ミシャとブラン、そしてノエルは昨夜出来なかった今後の作戦会議をしている。 ……ノエル必要か?
「あるーひ、もりのなーかー、くまキチにー、かたぐるーまー ♪」
ご機嫌のアンジェはヴァンに肩車され果実を摘み取り、それを兵士達は和やかな笑顔で籠に入れていくという、何ともほのぼのとした光景。
「なあ、お前は何者なんだ? 人間……じゃねぇよな」
「んー? アンジェはー、アンジェだよ?」
「……そうかよ」
訊いても無駄だと悟り目を伏せるヴァン。
何しろ出会いは居なかった筈の少女が突然目の前に現れ、それも裸で抱きつかれたのだ。 人間技ではない。 少なくとも、人間に恐れを抱かれる容姿の自分に、こんな幼い女の子があんな事をする筈がないと思ったのだろう。
「あのノエルってのはよ、ミシャって女に雇われてんのか?」
質問を変え、気になっていた同じ亜人と分類されるノエルの事を訊いてみる。
「えーとね、ノエルはぼーけんしゃで、ミシャはー……はけんしん?」
「――あ? じゃあアイツ、ソロなのか? ハケンシン? ……派遣、な訳ねぇよな。 あの女、アレとは
素晴らしい野生の勘だ。 あらゆる意味で関わるのはお勧め出来ない。
「あっ!」
声を上げ指差しするアンジェに、ヴァンは次の果実でも見つけたのかと目を向けると、
「あれなぁに? くまキチよりおっきい、もんすたー?」
“それ” は、どれとは分類し難い容貌をしたモンスターだった。 爪は鳥類のように見えるが羽は無い。 赤黒い肌には両生類のような鱗があり、それを否定するように頭にバッファローのような二本の大きな角。
そして “それ” は、対峙する一体の
――――喰った。
「くまキチー。 あのコ、おくちじゃなくて、
アンジェの表現はおかしく聞こえるかも知れないが、それ以外に言いようが無い、
身の毛を逆立てたヴァンは、
「……わかんねぇけど、わかるのは……アレとは――――
険しい表情で出た言葉も虚しく、深い紫の双眸が二人を捉えた――――
◆
軍施設の一室で行われた会議。
参加者はミシャ、ブラン、救援部隊隊長、町長、そして―――
「ここはこの国の最東部なんだろ? だったら海も近いし魚もとれるよな。 肉ばかりは良くない」
冒険者は仮の姿、今や栄養士のノエルだ。
今度は大剣を捨てて釣竿を持つらしい。
「……ノエル、そう悠長にやってられないの。 このクエストは今日にも終わらせるわ」
長居をするつもりはないと言ったミシャに反応したのは、町長と救援部隊隊長だった。
「町長のバーンズです。 ま、まさか……お帰りになってしまうのですか……?」
「心配しなくていいわ、仕事は済ませていくから」
見捨てられるのかと怯える町長に、ミシャはそうではないと言い切る。
「部隊長のナーズです。 ということは、このモンスター大量発生の原因を突き止めたという事でしょうか」
前日、正面門破壊神チームに居てその実力を目の当たりにしたナーズ。 故にミシャへの発言にも緊張しているのが見て取れる。
「そうね、ちょっとあなた達には言いにくい話になるけれど」
「……と、というと?」
切り出し方からして良い内容とは思えない。 尋ねる町長は不安そうに身を乗り出し眉を下げている。
「……四年前、私とブランはパーティ五人でこの国に来たの、もちろん仕事でね。 そのクエスト内容は、デルドル王国が他国侵略の為、秘密裏に造っている “何か” 。 それを見つけ出して破壊するというものだった」
語り出したミシャには表情が無かった。
だが、肌で感じる重圧が、何かを押し殺して話しているのを伝えてくる。
「私達はそれを見つけて破壊……いえ、―――
ミシャの言った “何か” 、そして “それ” を見つけ、 “殺した” 。 “壊した” ではない。 つまりそれは、『生き物』という事になる。
「私達が戦った時、そいつはもう元の姿が何なのか分からない程変形していた」
「……元の姿? 変形って……どういうことですか?」
話に疑問を持ったナーズが質問を投げる。 ブランは目を閉じたまま眉根を寄せ、ミシャは表情を変えずに淡々とそれに答えた。
「そいつは、他のモンスターを喰って力を増した化け物。 当時私達五人掛りで殺し、その代償に一人の仲間が死んだ……」
――――ガイノス王の欲が造った怪物よ――――
言い放った言葉は沈黙を呼び、そしてそれを破ったのは押し付けられた愛国心だった。
「お……王がそんな事をする筈がないッ!!」
「そ、そうです、ガイノス王は正義の人……!」
ナーズとバーンズは自国の王を庇おうと声を荒らげるが、ミシャはそれを振り払うように言葉を紡ぐ。
「あなた達とそれを議論するつもりはないの。 そもそも私は、あなた達を救いに来たんじゃない」
「「――っ……!」」
目を見開くミシャの全身から、生き物として狩られる運命を直感させる闘気が発せられる。
反論も何も無い。 ただ、この自分より力を持った生き物の気分次第で自分は命を失う、そう二人は理解した。
「恨みでもない、敵討ちでもない。 ただ……たかが生物兵器に及ばなかった私を………――――取り返しに来たのよ」
理由は、単純に自分の最強を証明する為。 まさに破壊神の鏡だ。
ナーズとバーンズは止まらない震えと汗を流し、声に出せない命乞いを身体で示す。 そしてブランは―――
( ……この四年、私はあの日の自分に踠き死に物狂いで戦ってきた……今の私が劣る筈がない……! 今の私は――――お前やアルノルトより強い筈なのだッ……!! )
優秀である筈のブラン。 彼の執念、葛藤の核がどこに在るのかは分からないが、敵意とも取れるその感情は過去、そして今も仲間である筈のミシャへと向けられている。
張り詰めた空気の中、実はもう部屋に居なかったのでは、と思う程忘れていた男が口を開く。
「もういいだろ? 要はそのバケモンがまた出て、そいつがどーやってかわかんねぇけどモンスターを呼び寄せて大量発生した。 そんで……ミシャが倒して終わり。 会議も終わりだ」
「………」
「………」
やっと話し出したノエルは、この混沌とした会議をあっさり締めようとする。 何故彼にこんな事が言えるのか、それは……
――――ミシャの気分次第で死ぬなんて事は、とうに受け入れ終わっているからだ。
ガイノスだろうが神様だろうが関係無い。 問題はその強大な力のコントロールにあるとノエル氏は考える。
「……まっ、そういうこと。 ついでにこの町も助けてあげるから感謝しなさい。 このヴァルキリー様にね」
重圧を解いたミシャにナーズ達が胸を撫で下ろしたその時、乱暴にドアを開け一人の兵士が部屋に転がり込んで来た。
「――た、助けてくださいッ!! 見たこともない化け物が……ッ!! ヴァンさんとアンジェちゃんが――――殺されるッ……!!」
恐怖に顔を歪めて懇願する兵士の叫びは、娘の危機を聞かされた父を奮い立たせる。
「――ぁああッ!? 今すぐ現場に連れてけッ!! 行くぞ
嫌な予感所ではない、最早確信となった現場へとミシャ、ブランは疾風の如く駆けた。
生物兵器にノックアウトされた、親バカを残して――――。
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