お嬢様、立つ

 


 アンジェが向かったのは、いつもノエルとミシャが仕事を探しに行くギルドだった。



「冒険者、かぁ……ちょっと憧れるなぁ」


 看板を見上げるシドニー。

 まだ素性は判らないが、お嬢様と呼ばれている身の上なのは間違いない。 将来冒険者になるには縁遠い家柄なのだろう。


 服装も貴族の娘といった上等な物を着ているし、長く真っ直ぐな髪も手入れが行き届いている。

 日焼け知らずな白い肌、やや上がり目で中々整った顔をしている。 しかし、言葉遣いはお嬢様らしくなく、活発な性格も爺やを困らせているようだ。


「こっちだよっ!」

「わっ! ちょ、ちょっと……!」


 急に手を引っ張られたシドニーは、アンジェとギルドの近くにある細い路地を入って行く。 ぐんぐん進んで行くその背中について行くと、



「ここねっ、アンジェの秘密基地~」


 その先には、小さな小屋があった。


「……なんか、ボロボロ」


「はやくかくれなきゃっ!」


 アンジェに促され中に入ると、中には古びた家具や錆びた剣、ひび割れた木箱などが散乱している。 どうやら、店仕舞いをしたジャンク屋だったようだ。


「こんな所、よく見つけたね」


「うんっ、ノエルとミシャがおしごとさがしてるときね、ひまだったからたんけんしたの!」


 最早派遣社員の域を超え、クエストを依頼人と選ぶ姉さん女房になっているようだ。


 ……姉さん女房……ノエルが聞いたら絶望しそうだが……。


「そのノエルさんとミシャさんは、冒険者なの?」


「そーだよっ! あ、でもね、ミシャは、えっと……はけんしん?」


「ハケンシン? なんだろ、それ」


 それは……



 ――――『派遣社員』と『破壊神』が混じったのだろうか? ある意味正解だ。



「でもすごいね、冒険者の知り合いがいるんだ」


「アンジェもね、ぼうけんいくよっ!」

「えっ? う、うそ?」

「ほんとだよ? くえすと? いっしょにいくもんっ!」


( そんな訳ないよね……多分、冒険者ってなれる年齢とかあるだろうし…… )


「このまえはね、こおりのどらごんみっつやっつけたの! ミシャが!」


「アイスドラゴン!? へー強いんだね、ミシャさんって!」


 お陰で雪崩にやっつけられたが。


「つよいよー、アンジェもまけちゃったもん!」


「――は? ちょっと、意味わかんないな……」


 解る筈が無い。

 言葉のままに捉えれば幼女虐待だ。 まあ、遠からずではあったが……。


 シドニーが混乱していると、人など来る筈も無い小屋に足音が近付いて来る。


「あっ、オニがきた! かくれよっ……!」


 いち早く気付いたアンジェが声を殺して手を引き、「わっ、う、うそでしょ……?」木箱の裏に身を潜める。 だが、どう考えても爺やにここが見つけられるとは思えない。


 そして、聴こえてきたのは―――



「シドニーお嬢様、いるのはわかってんだぜ」


 爺やとは違う、明らかに若い男の声。


「何も殺したりはしねぇから、大人しく出てきなよ」


 今度は最初の男と違う声が聴こえる。



( 何これ……これって、もしかして…… )



 青褪めるシドニー。

 頭を過るのは最悪の事態だ。


「オニって、なんにんいるの?」


 小声で囁くアンジェと目を合わせるシドニーは、泣き出しそうな顔をしている。


「アドアクス家のご令嬢だ、いくら出すだろーな」

「金貨うん千枚かぁ? 楽しい人生になりそうだぜ」


 入り口には粗野な風貌の男が二人、いやらしい笑みを浮かべて小屋の中を見回す。



( どうしよう………私がちょっと遊びたかったせいで、私のせいで……―――この子を巻き込んじゃう……っ! )



 恐らく男達は自分を付け狙っていた。 こんな狭い小屋の中だ、居るのが分かっていれば見つかったも同然。


「なんかオマケも居るみたいだが、お嬢様が自分で出てくるなら見逃してやってもいいぜ」


「っ……!」


 交換条件に目を見開くシドニー。

 アンジェは良く解っていないようで、


「みつかったらアンジェたちがオニ? アンジェ、オニのほうがとくいっ」


「………」


 楽しそうにひそひそ声で笑う顔を見て、シドニーは決心を固めた。


「あっ」


 アンジェが声を漏らし、立ち上がったシドニーを見上げる。


「で、出てきたから、この子は逃してあげてっ」


 拳を握りしめ、震えた声で言い放つ。


「えー? アンジェもオニやりたいっ!」


 続いて立ち上がったアンジェが不満そうに眉を寄せ、それを見た男達は、


「立派だ、さすが伯爵様の娘だぜ」

「言っただろ、殺しゃしねーよ。 ガキでも女は売れる……ってかこのガキ、大分育ってんな……」


 幼さとギャップのある胸を凝視する男。


「そっ、そんな……約束が違う……!」


 声を荒げるシドニーを呆れ顔で眺める男達は言った。


「やれやれ、お嬢様は世間知らずで困る」


「逃して何の得になる? リスクしかねぇだろ」



 お嬢様と妖精のかくれんぼは、思わぬ事態になってしまったようだ。


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