ピクシー、かくれんぼをする

 


「ふん、ふっふふーん♪」


 鼻歌を歌ってご機嫌に歩くアンジェ。


 今日は昼ご飯を食べた後、ノエルと別れ一人で街を散歩中だ。


 というのも、夜にジェットの店で団体の予約がある為、ノエルは仕込みの手伝いに駆り出されているという訳なのだが………彼の職業は何だっただろうか?


 ともあれ、しばらくは一人の時間。 夕方になったらジェットの店に向かう予定だ。


 ここロージアンは比較的治安も良いし、人間で言えばアンジェは十三、四歳の女の子。 なにより本人の能力もあり、一人歩きが危ないとはノエルも思っていない。


 だが、強く言い聞かせているのは―――『イタズラはするな』、だ。


 彼女のイタズラはその域を超えてしまう、討伐クエストが出る程に。 それがノエルとミシャとの出会いになったのだが。


 そのノエルに芽生えた謎の母性により、着せ替え人形になりつつあるアンジェ。


 彼女の今日の服装は、首元と袖口にフリルがあしらわれた、お尻を隠すぐらいまでの長いボタンシャツ。 色は可愛らしい薄ピンクだ。 下は白の短いパンツで、膝上まである皮のブーツを履いている。 チラリと見える太ももがチャームポイントらしく、とどめにエメラルドグリーンの綺麗な髪には花の髪飾り。


 これを店内で真剣に選んでいる長身の亜人ハーフが通報されなかったのが不思議で仕方ない。


「アンジェもおてつだいしたかったなー」


 ぼやきながら通りを歩いていると、前から茶色の長い髪を揺らして走ってくる女の子が見えた。


「んー? ――わっ!?」


 全力疾走で走って来た女の子は、アンジェにぶつかるかと思いきや手前で曲がり、細い路地に入って行った。


「なにしてるのー?」


 路地に隠れて荒い呼吸をしている女の子に声を掛けると、「しーっ」と人差し指を口に付けてジェスチャーしてくる。


「……かくれんぼ?」


 女の子に首を傾げていると、


「お嬢様ーっ! はぁ、はぁ、まったく……困ったもんじゃ……」


 悲壮感のある顔で息を切らす老人。


「オニさん、かな?」


 何となく状況を察したアンジェが老人を見ていると、それに気付いた老人が近寄って来た。


「すみませんが、伺っても良いでしょうか」


「アンジェ?」


「ええ、今こちらに茶色の長い髪をした女の子は来ませんでしたか?」


「えーっと」


 それは、恐らく路地に居る彼女だろう。

 訊かれた質問にどうしたら良いかと考えるアンジェは、先程見た女の子のジェスチャーを思い出す。


「いったらズルだから、ないしょっ」


「な、なんですと?」


 自分はこのかくれんぼに参加していない。 そして、女の子は『言わないで』と伝わる仕草をしていた。


「ま、まあ仕方ない、とにかく探さなければの……」


 ここで時間を取られてはいられないと、老人はまた「お嬢様ーっ!」と呼び掛けながら去って行った。


 しばらく様子を伺っていた女の子は、路地から半分顔を出して辺りを見回してから、


「ふぅ、ごめんね爺や」


 老体に鞭を打たせているのに悪い気がしたのだろう、未だ自分を探す爺やに謝罪を漏らしている。


「じーちゃんとあそんでるの?」

「――わっ!」


 拳一つの距離で突然話された女の子は思わず仰け反る。


「あ、ありがとね、黙っててくれて」


「んーん、いいよっ」


 礼を言った後、女の子は一呼吸置いてからまじまじとアンジェを見ている。


( 緑の髪、珍しいな。 見た感じ私と同じぐらいの歳だと思うけど―――ん? )


 視線を下げていくと、髪の色以外にも自分と大きく違う所に気付く。


「――む、胸おっき!」


「えっ?」


「う、ううん、何でもない……」


 つい声に出てしまう程の衝撃だったようだ。


( ま、まあ成長は人それぞれよね、わ、私だって何年後かは…… )


「ねっ」

「は、はい?」


「アンジェもかくれんぼいれてっ」


「かくれんぼ? ああ、さっきの……」


 何しろ暇を持て余していたアンジェは、遊び相手を見つけたと思い嬉しそうにしている。


( 地元の子かな? だったら丁度いいかも……でもこの子、なんか年齢より子供っぽいな )


「うん、いいよ」

「あは、やった!」


「私はシドニー、よろしくねっ、アンジェちゃん」


「うんっ、アンジェだよっ!」


「う、うん、さっき言ってたから……今私も言ったし……」



( ほんと、変わった子…… )



 同年代にしては幼いと思っていたシドニーだが、それ以外も少し普通ではなさそうだと感じたようだ。 それもその筈、そもそもアンジェは人間ではなく、ピクシーなのだから。


「私この街詳しくないから、アンジェちゃんどこか隠れる場所連れてってくれる?」


「うんっ、いいよ!」


 アンジェもこのロージアンに住んで間もないが、ノエルやミシャに連れられていくらか土地勘はある。


 という事で、同年代の二人は、爺やオニから逃げる為ロージアンを舞台にかくれんぼを開始したのだった。

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