派遣白魔導士、おめでとう

 


 ミシャが眠ってから数時間が経ち、既に洞窟の外は日が昇り、朝の光が雪を反射しているだろう。


 その間、ミシャに眠りの番を命じられていたノエル番犬は………言いつけを守れず、あえなくご就寝のご様子。

 またモンスターでも現れたらどうするつもりなのか、全く役に立たないワンワンである。



 それから暫くして、先に気怠そうな声を上げたのは、



「……ぅ……ん……」



 早朝から訪れたピンチ、目覚めたのは身体を休め、魔力を回復した魔女の方だった……が、



「……まだ………ねる……」



 誰に宣言したのかは分からないが、とにかくお姉様はまだ眠たいらしく、僅かに開いた目を閉じると、再び眠りに就こうとする。 が、



……あったかい………―――ん?! こ、これって……!)



 夢見心地な気分から、突然目を開き意識を起こしたミシャ。



(な、なにしてんの私……!)



 顔を真っ赤に染めて、自らに問い掛ける。

 それは、ノエルを抱き枕のようにして縋り付き、顔を埋めている自分に気付いた時だった。



(こ、これって………人生初の―――う、“腕枕” ?!)



 おめでとうミシャ。

 まさかこんな朝を迎える日が来るとは、マギストリア商工会社内新聞の一面を飾るのは間違いない。


 見出しは…… “鬼畜! か弱き少年剣士の純情を刈り取った魔女っ!!” または、 “奇行! あの悪魔と朝を迎えるとは、彼は本物のだっ!!” とどめは、 “悪夢! 万年指名ゼロ女、初指名は力ずくの逆指名かっ!!” 。


 とまあ、まだまだ候補は出てくるが、現実は何の事は無い、冷え込む洞窟の中で、両腕を広げて眠っていたノエルのその温かい狼人族の体温を求めて、無意識にミシャがしがみついただけの話。



(ど、ど、どうしよう……赤ちゃん出来たら……)



 成る程、魔族は腕枕で子を授かるらしい。


 冗談はさておき、流石にこういう経験値が低いミシャでも、そんな馬鹿な事を思う筈はない。 つまり、それ程までに頭が混乱している、という状態なのだ。

 それならとっとと離れればいい、そう思うのだが、緊張で身体が動かないのか、それとも離れ難いのか、ノエルから離れようとしないミシャ。



 まさか―――取り憑いているのか?



(って、出来るわけないでしょ?! そ、そんな事してないんだから……! ていうか、今起きたらどうしよう……これじゃ私が抱きついたと思われる……!)



 実際そうなのだが……。

 今のミシャには “離れて距離を取る” 、そんな簡単な正解に辿り着く思考が出て来ない。

 そうこうしている内に事態は進展する、この抱き枕は……喋れるのだ。



「え、えーと……」

「――ッ!?」



 幾つかの喋る機能を持つ抱き枕、それが “ポンコツ剣士おはようノエルくん” 。(不評の為現在生産中止)

 その声に、ミシャの二つある(嘘)心臓が飛び跳ねる。

 そして、反射的に顔を上げたミシャの目に映ったのは、バツの悪そうな表情をした、生意気そうな顔の寝起きの少年だった。


 恐れていた事態が現実となり、目を見開いて、みるみる全身が紅潮していくミシャ。

 小刻みに震える身体、何と言って弁明していいか分からないが、とにかくノエルから出て来る次の台詞が怖くて、考える間もなく慌てて声を出す。



「こ……これはちが――」



「おはよう」





「…………おはよう」




 ノエルから聞こえた言葉に、混乱していた思考が真っさらになったミシャは、その思考と同じ顔で、ノエルから聞こえた同じ言葉を呟いた。


 朝、目覚めて家を出る。 その前に『おはよう』を言われたのも、言ったのもいつ振りだろう。

 そんな当たり前の挨拶でも、当たり前に一人で過ごす人間には、心を満たすに充分な言葉になるのだろう。


 彼女にも、その “当たり前” が傍に居た時があったのなら、尚更のこと。



 呆然とノエルを見るミシャ。 今は何も考えていない、感じている時間。


 だが、どうやら彼には、そうは思われなかったようで、



「ね、寝てねーぞ俺ぁ! ちゃんと見張ってたって! そ、そうだ、またモンスターが出て来やがってよ、なんか……でけーの!」



 ―――夢の中で……か。



 言い訳がレベル1に戻った朝のノエルを見て、ミシャは呆れるように微笑んだ。 そして、



「まだ……眠い」


「あ? お、おい……!」



 また抱き枕に顔を埋め、眠りに就こうとするミシャ。



「役に立たなかったんだから、これぐらいはしなさいよ、 “暖房器具” 」



 抱き枕改め、暖房器具に生まれ変わったノエル。

 寒冷地でのクエストに最適、 “半狼型湯たんぽノエルくん” 。(魔除けには向いてません)



「……それで、許してあげる」



「ま、マジかっ!?」



 遂に器具としての自分まで受け入れた少年。

 彼は、もう何にでもなれるだろう。 剣豪以外には。(笑)



 こうして、二人の長かった最初のクエストは終わった。


 何だかんだと言っても、ノエルは成長した筈だ……と思う。 恐らく。



 そして、残業嫌いの派遣社員にも、少しはサービス精神が芽生えればいいのだが。




 それは―――依頼者の扱い方次第かも知れない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る