派遣白魔導士、語る

 


 “死刑宣告” を受け、表情が強張ったままのノエル。

 自業自得と言えばそれまでだが、この後の制裁を想像すると気が気ではないようだ。

 そんなノエルを尻目に、ミシャはランタンの灯りを見つめ、囁くように語り始めた。




「私はね、サイネリア教団の出身なの」



「……サイネリア? 知らねぇな」



 柔らかなミシャの声色に、怯えていた筈のノエルは思いの外自然と会話に入っていった。



「辺境育ちだからって、2年も冒険者やってれば知ってると思ってたけど。 そうね、簡単に言うと、優秀な冒険者を育成して、世に送り出す機関、かな?」


「おいおい、それじゃミシャみたいなのがウヨウヨいんのかっ?」



 青ざめた顔で質問を投げ掛けるノエル。 気持ちは分かるが、言葉は慎重に選ぶ事をお勧めしたい。



「なに人を化け物みたいに……いいわ、今すぐ――」

「話をっ! 話を聞かせて下さいッ!」



 即座に刑の執行を取り行う勢いのミシャに、ノエルが慌てて待ったをかける。

 その必死の形相に小さく溜息を吐き、ミシャはまた話しを始める。



「安心しなさい、私程の使い手はそういないから」


「うっす! そっすよね、 何しろ“ダイヤモンド” っすから!」



 体育会系の後輩を思わせるその相槌に、ミシャは半ば呆れた顔をしている。 それにしても、彼の会話のボキャブラリーは次々と増えていくようだ。 が、その代償として失っているものも少なくない。



「その教団からはね、数々の功績をおさめた有名な冒険者が多数輩出されてるの。 だから当然、我が子も英雄にと、子供を入団させる親も後を絶たない」


「へぇ、じゃあよ、ミシャも親に入れられたのか?」


「私は……ちょっと違う、かな」



 ノエルの問い掛けに、寂し気な面持ちで答えるミシャ。 ランタンの灯りに照らされて、アクアマリンの瞳にオレンジ色が映り込んでいる。



「でもね、ちゃんと教団から卒業証明を貰えるのはほんのひと握りなの。 大体の子は育成の途中厳しさにリタイアするか、力が足りなくて卒業を諦めるか」


「んなキツいのか、よく卒業出来たな。 つーかよ、その中でも特別すごかったんだろ?」


「私、天才だから」


「間違いねっす! 在校生の憧れ、も、ほとんど夢っすよっ!」



 体育会系……というより、悪い先輩に憧れる後輩のようなノエル。

 ミシャの実力は疑わないが、派遣社員に憧れるかというと疑問ではある。



「ていうか、私にはそれしか生きる道がなかったから、だから強くなったのかも……ね」



 ミシャの気になる言い方に、ノエルが怪訝そうな表情を作る。

 確かにあれだけ規格外の強さを見せられれば天職だと感じるが、他に道が無いとも思えないが。



「んなこたぁねーんじゃねーか? 例えばよ、んー………殺し屋とか、暗殺者とかよ」




 ―――それ一択だぞ。 今よりタチ悪いわ。




「……そうね、向いてるか試してみるわ、今から……」



 もうやってましたよね? そう感じる程に冷たい声と目で、ノエルに狙いを定めるミシャアサシン

 するとノエルターゲットは慌てて、



「いやっ! ち、ちげーわ! は、花屋とかいーんじゃねーか?! か、可愛いし似合うって!」


「花屋、ねぇ……さすがに合わないような……」


「んなことねーって! そ、そうだ! 夜殺し屋やって昼間花屋とかよっ!」




 ―――花葬か?




「わかった。 アンタの死も、死後もトータルコーディネートしてあげる♡」



 まるで出会った朝のように失態を重ねるノエル。

 まだまだペテン師として安定した実力は備わっていないようだ。



「じょ、冗談はともかくよ、なんで冒険者それしか道がなかったんだ?」



 戦闘中の倍は汗をかきながら、目を泳がせてバタフライして話を戻すノエル。

 情けないその姿をジト目で流してから、大きな溜息を吐きミシャは話し出した。



「サイネリア教団の卒業生、そのほとんどはね、 “孤児” なのよ」


「……孤児? じゃあ、ミシャも……か?」



 ミシャの言った言葉に、珍しく気を遣った様子で話すノエル。



「そっ、つまりね、一般家庭から来る子供には耐えられない、子供、その中でも才能に恵まれた一部だけが、厳しい訓練を乗り越えて卒業出来るって事」


「……そうか」


「世間では教団のやり方に賛否両論だけどね。 でも、何もない私に手に職つけてくれたわけだし、今は、感謝もしてるかな」



 沈んだ表情のノエルに、そう悪い事ばかりではないと微笑むミシャ。



(……なんだよ、へ、変な顔しやがって……!)



 柄にも無く儚気な笑みを作ったミシャに、ノエルの胸が高鳴る。



 馬鹿な考えを起こすなノエル、きっと深夜だからだ。

 100の恐怖の中に1の微笑み、サブリミナル効果だ、 詐欺みたいなものだぞ。



「まっ、それで派遣じゃ世話ないけどねー」



 自分に呆れる、そんな調子で乾いた笑いを零すミシャ。 ノエルは思わず、



「なんでお前は――」

「今日はもう疲れちゃった! ポンコツ剣士のお守りしながらは大変だったし!」



 ノエルの言葉を遮り、寝転がって瞼を閉じるミシャ。

 聞かれたくない事、言いたくない事。 それが、恐らくはノエルの言えなかった言葉の続きを遮った。



「ちょっと寝るから、ちゃんと見張ってなさいよ、番犬」



「………ああ」



「もう少し、生かしといてあげるから……」




 ―――あ、やっぱるのか。




 疲れ果て、眠りに就いたミシャ。


 今日、幾度となく戦慄したその顔を見つめるノエルは、あの恐怖の大魔導士も、眠っていれば普通の女に見えるものだ。 そう思っているのか、優しい笑みを浮かべ、物思いに耽っている。




(……この視界の悪い吹雪の中逃げるのと、ここで朝を迎えるのは……どっちが助かる確率いいんだ?)




 私の勘違いだったらしい、うっかりしていた。


 これは――― “生還物ファンタジー” だったという事を……。(違います)



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