派遣白魔導士、重い女

 


 三人の若き冒険者を置き去りにした後、意気込んで飲み会に参加した――――翌日。


 昨日の疲れからか、ミシャは大分ゆっくりとした時間に目覚めた。



「……むか………つく………」



 昨夜は飲み過ぎたのか、ベッドの上で調子の悪そうな言葉を漏らすミシャ。



「あのボンボン共が……」



 どうやら胃がムカつく、という訳ではないようだ。 だがこの様子では、今回も運命の出会いはなかったらしい。

 もしそんな素敵な出会いがあったなら、世界が変わったような最高の朝を迎えただろうし、それこそそのまま二人で夜を共に……などという事でもあれば、今こうして自宅で苦虫を噛み潰したような顔をしている筈もない。



「甘ったれの金持ちの息子に付き合う暇なんて、こっちにはないんだから……。 二十五までには、絶対結婚するんだ……はぁぁぁ………」



 ぼやき溜息を吐くミシャ、一体昨夜の飲み会はどんな内容だったのか。


 それでは、ハンカチをご用意してご覧下さい。(笑)




 ◆




「へぇ、一人暮らしでご自分で生計を立ててるんですか、自立された女性というのはやはり魅力的ですねっ」


「そ、そんな事は……まぁ、はい……」



 酒宴の席で、年下と見える男性におだてられ、気恥ずかしそうに会話をするミシャ。


 その男性は身なりも良く、中々に整った顔をしている。 その上、見た所女性の扱いも手馴れているようだ。



「よく父に言われるんですよ。 妻に選ぶのなら、苦労を知る芯のある女性を選べって」


「つ、妻っ……!」



 知ってか知らずか、ミシャを口説くには絶大な効果を発揮するワードを放つ男性。 お酒が入っているのもあり、浮いた気分の所に結婚を連想をさせる言葉を言われたミシャは頭がクラクラとして、もう赤子を抱いている未来の自分が見えていた。



「ちょ、ちょっと席を外しますね……」



 流石に暴走しそうな自分に危険を感じたのか、ミシャは一度席を離れ、頭を冷やそうと腰を上げる。




 ◆




(な、なんて素敵な教えを与えるお義父とう様なのっ! や、やだ私、まだ夫婦にもなってないのにお義父様なんて……!)



 自分に気のある態度を見せる男性に結婚の話をされ、ミシャは完全に舞い上がっていた。



(でも彼結構良い男だし、家柄も申し分ない……年下はホントいうとダメだけど、そんな選り好みしてたら二十五なんてあっという間だわっ。 今日………なの? 私の運命の出会いは今日なのッ!?)



 一人になって妄想を膨らませる婚期を焦った乙女はもう誰にも止められない。 この出会いが彼女にとって良縁なら、それはとても喜ばしい事ではあるが。



(お、落ち着いて……ここでヘマをやらかしたら元も子もないわ、お酒もここから程々に、ちゃんとしないと “やっぱりこの女性ひとじゃない” なんて思われたら一生後悔するっ……!)



 この出会いは逃さない、失敗などするものかと気合を入れ直すミシャ。 何とか平静を保ち、心を落ち着かせて席に戻ろうとすると、先程の男性が友人らしき男性と会話をしているのを見つける。




「お前が話してた女、今日はあれを狙ってるのか?」



 こちらもそれなりの家柄と思しき身なりの友人だが、男同士の会話とはいえ、少し言葉遣いがよろしくないように思える。



「まぁな、ちょっと歳いってるけど、見た目はそこそこだろ?」



 ミシャの運命の相手になる筈の男性、彼は先程迄の振る舞いが嘘のように、悪辣な表情を浮かべて会話をしている。



「高名な武器商ナズグレン家のお坊ちゃんは相変わらず女癖が悪いな」


「お前には言われたくない。 ま、ああいう婚期を焦った女はちょっと結婚をチラつかせりゃ一発だ、まぁあくまで “一発” だけどな」


「これだ、全くその女に同情するね」



 楽しそうに笑い合う二人、不幸にもその会話を偶然耳にしてしまったミシャ。



 もう少し夢を見ていたかった。 とはいえ、知らずに気を許せば大事故になっていたかも知れない。


 茫然と立ち尽くし、呆けていたミシャのその表情が徐々に変わっていく。



「………世間の厳しさ………教えたろか………」



 感情の無い声を漏らし、魔力を高めるミシャ。



 そして、先程迄の熱が冷め、それはまた違った “殺意” としてミシャの中で燃え上がり、アクアマリンの透き通る青が怒りの炎で紅く染まっていく。




「席を外してすいませんでした」


「ああっ、心配していたんですよミシャさん」



 自分の化けの皮が剥がれているとも知らず、彼はまた優男を演じている。



「少し飲み過ぎたようです。 具合が良くないので、今日はもう失礼しようと思います」



 か弱い声色で話すミシャ。

 悪いのは具合ではなく、腹の虫だ。



「それはいけない、具合の悪いご婦人を一人で帰す訳にはいきませんから、僕がお送りしますよ」



 これも彼のいつもの手なのだろう。 遠目から先程の友人がニヤニヤといやらしい視線を送っている。



「……はい、ありがとうございます」



 ミシャが儚げな顔でそう応えると、彼はもう半分化けの皮を剥いだ表情で白い歯を見せていた。



 二人は外に出て馬車に乗り、ミシャの自宅まで向かう。


 そしてミシャは、家まであと数分はかかる場所で声をかけた。



「ここで大丈夫です」


「わかりました。 足もふらついているようなので、玄関までお送りしますよ」



 当然ここで見送るつもりのない彼は、下心の無さそうな顔で優しくミシャに声をかける。



「ご迷惑をお掛けします」



 言われるままに好意に甘えるミシャ。 彼は馬車の御者にウインクをすると、ミシャと二人で馬車を降りる。

 すると、彼の戻りを待つ筈の馬車は走り去ってしまった。



「あ、馬車が行ってしまいましたが……?」


「問題ないです、すぐに戻ってくると言っていたので」



 彼と御者は気心の知れた仲のようだ、こんな事は彼等にとっていつもの事なのだろう。




 だが、今回は相手が悪かった。




「そうですか、それでは………惑いのコンフュジオン=ロードッ!」


「――なッ?!」



 ミシャの手から放たれた薄桃色の光が彼にまとわり付く。 すると、平衡感覚を失ったように足元がふらつき、ついには膝をついて虚ろな目をしている。



「あ〜らあら! 大丈夫ですかお坊ちゃん? 今日は飲み過ぎたのでは?」



 悪い魔女の顔になったミシャが、蔑むような顔で彼を見下ろす。



「な、なにをした……! ――なんだ? 景色が歪む……ま、まるで違う街だ……」



 ミシャのかけた魔法は幻惑の魔法。 その力で彼には全く違う景色に見えてしまうらしい。



「なにをしたですって? あんたこそ今まで何人の女性を悲しませてきたのよ、たまには痛い目を見ないとわからないでしょ? 甘ったれの坊ちゃんにはねっ!」


「こ、この行き遅れが……!」



 プライドの高い若き御曹司はどうにも引く事を知らないらしく、女如きにとでも思っているのか、言ってはならない言葉を言ってしまったようだ。



「………惑いのコンフュジオン=ロードッ!」


「ぬぅぉっ!?」



 悪魔のような顔つきで先程と同じ魔法をかけるミシャ。



「ふふふ、グーラグラするでしょお? 耐性の無い素人さんに重ね掛けは辛いでしょうねぇ。 3、4時間は消えないから、たっっぷり楽しんでね。 もっと欲しい? ねぇ、お坊ちゃん?」


「う……うぅ……おぇぇぇ」



 可哀想に追い打ちをかけられた彼は、ひざまずいたまま吐瀉物としゃぶつを吐き出し嗚咽を上げている。



「じゃ、私は帰りますので、帰り道はお気をつけて。 無事に帰れるといいですね」


「ちょ……こんな状態で……本気か……よ……」



 余裕溢れる佇まいだった御曹司は見る影もなく、情けない顔でミシャを見上げる。

 足元もおぼつかないまま、挙句景色は幻惑によって変えられていて、目隠しで歩くよりもたちが悪い。 こんな状態で一人道端に置いて行かれては堪らないだろう。



「あんたにはいい薬でしょ? これからは心を入れ替えて、女性には誠意を持って接する事ね」



 温情をかける気は無い、騙された上に行き遅れなどと罵声を浴びせられたミシャには最早何を言っても無駄なようだ。



「わる……かった……頼むから……なんとかしてくれ……」



 追い詰められ、ついに謝罪し助けを乞う彼。 その姿を見下ろしたまま、ミシャはうずくまる彼を指差し言い放った。



こじれに拗れてこの歳まで守った私の純潔、それを弄ぼうとした罪は重い……。 ――重過ぎるのよ!」



「――うっ、うぇぇぇ……」



 再度胃の中を吐き出し、苦しげな声を漏らし涙目になっている彼。


 ミシャは無情にもその彼に背を向け、「下手に動くと危ないから、そこで行いを後悔して苦しんでなさい」と捨て台詞を吐いて、この残念な出会いに終止符を打った。





(なんとかして欲しいのはこっちの方よっ! 今度こそ……そう思ったのにぃぃ……! でも―――あぶなかったぁ……)



 悔し涙を浮かべて歩くミシャ。


 不幸中の幸いではあったが、それはあくまで幸いではない。



 また “おかえり” を言ってくれる相手、そして言ってあげられる相手のいない部屋に一人戻る。


 皮肉にもミシャに “おかえり” を言ってくれたのは、明日からも続くクエストの日々だった……。




 ――派遣白魔導士ミシャ二十二歳、色々と重い女。




 彼女に手を付けようとするなら、相応の覚悟が必要だ。


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