世界に差別されたソロ冒険者、女魔導士に取り憑かれる 〜実質俺以外が戦ってます〜
なかの豹吏
第一章
派遣白魔導士、帰宅を急ぐ
とある森の奥深く、険しい獣道を掻き分け、四人の冒険者パーティが目的のモンスターを討伐に訪れていた。
いや、正確にはパーティは三人。
一人は―――派遣社員だから。
「クソッ……! 結構時間かかっちまったな」
顔を
「でも、既にこの辺りはスイートマンドレイクの生息地帯です。 おそらくはもう、すぐ近くにいるはず……」
「うん、気をつけないとねっ」
その少年剣士と同じぐらいの年齢だろう弓を持った少年と、その二人より幼く見える杖を持った黒魔導士の少女が警戒を強めている。
そして、物語の中心人物である彼女は――。
「そうですね、ここまで来たらあともう少しです。 頑張りましょう」
若きパーティを励まし柔らかな表情を浮かべているが、その内心では……。
(まぁ、なんていうかコレは……いくら駆け出しのお子様パーティとはいえ―――弱すぎ。 ほとんどアレね、 “冒険者ごっこ” ってやつかな? うん)
―――完全に猫を被っていた。
「カイル、無理して出過ぎないでね?」
黒魔導士の少女が心配そうな顔で少年剣士に言い寄ると、
「大丈夫だよっ! いいから周りを警戒しろって!」
「だ、だって……」
少女の気持ちを無下にするカイル、それを見た弓使いの少年が少女に寄り添い、
「大丈夫だよレイン、カイルはちゃんと守るから。 それに……君も必ず」
優しい眼差しでレインを見つめる弓使いの少年。 レインは弱々しい表情で彼を見上げる。
「ライアン……。 う、うん、そうだよねっ、今日はミシャさんだっていてくれるんだし!」
ライアンの言葉に勇気づけられたレインは、自らを奮い立たせるように頷いた。 そして、その視線は同行中の派遣社員に向けられる。
「はいっ。 ちゃんとお仕事しますから、安心して下さいねっ」
純真な少女の眼差しに優しく応える女性。
白いローブを身に纏った彼女は、この若きパーティに雇われた『マギストリア商工会ロージアン支部』の派遣社員、白魔導士ミシャ。
この物語の主人公? である。
(とんだハズレくじだわ、こっちはとっとと結婚して引退したいってのに、何が悲しくて “若者三人の微妙な三角関係揺れる恋心” を見物しなきゃなんないわけ?)
「おい、もう行くぞ! お前はレインに甘過ぎるんだよ、まったく……」
「そ、そんな言い方、ひどいよぉ……」
ぶっきらぼうなカイルの態度に消沈のレイン、ライアンはその肩に優しく手を置くと、
「カイルも悪気はないんだ、行こうレイン」
そう言って目尻に涙を浮かべるレインを宥めると、二人は先を行くカイルを追いかけ歩き出した。
その様子を微笑ましく眺めている、ように見えたミシャだったが……。
( ……ナニコレ? あんたら何したいの? 恋愛したいの冒険したいの? いい加減にしないとモンスターに補助魔法かけてカンストさせるわよ? でも、そうね、私にもこんな青い時代が―――ないわね……よし、次出てきたモンスターをカンストしよう )
―――完全に闇(病み)魔導士である。
若者三人をひがみ荒んだ考えを巡らすミシャ。 そんな彼女もまだ22歳、決して若くない訳ではないのだが……。
この世界では女性の結婚が早く、良家のお嬢様ともなれば幼い頃から婚約者がいたり、一般の女性でも20歳までの結婚率は半数を超える。
女性で婚期の遅い職業といえば、間違いなく冒険者だろう。 実力があれば、若く求婚される時期に引退はパーティメンバーに引き留められるだろうし、そのパーティ内で既に恋仲になっていて、いずれは一緒にと約束している男女も少なくない。
だがミシャはあくまで派遣、本腰を入れた冒険者ではないのだ。 勿論ミシャも過去は仲間達とパーティを組んでいたが、訳あってその仲間達とは離れている。
そして今は絶賛婚活中という訳なのだが……。
結婚どころかまだ恋人すらいない一人暮らしの身の上。
まだまだ焦る年齢ではない若い三人が眩しく、自分の現状と比べると
(クエストこなしてご飯食べてるんでしょ? だったらもっと真剣に取り組みなさいよ、色恋してる場合なの? そーいうのはこっちに回しなさい。 大体背伸びし過ぎ、もっとランク落として仕事選びなさいよね弱いんだから、私は引率の先生じゃないのよ?)
ミシャが行き遅れた女の
「こ、これがスイートマンドレイクか……想像よりずっとデカイ……!」
両手剣を握り締めてカイルが見上げたそこには、5メートルにも及ぶ巨大な大きさの、二本足で立つ人参のようなモンスターが現れたのだった。
「こ、こんな大っきいの……無理だよぉ……」
モンスターのサイズに圧倒され、身も声も震えるレイン。
「コイツは毒を吐く、みんな気をつけろ!」
大きな声で仲間に警戒を促しながら、ライアンはモンスターに弓を放った。 的が巨大なだけに命中はしたが、その効果は余り期待出来なそうだ。
「あの、ライアン君?」
「なんでしょうミシャさん?!」
三人が強敵の出現に冷静さを失う中、相変わらず作り物の笑顔で話しかける。
「相手は植物ですから、火属性の矢で攻撃した方が良いのでは?」
「あっ! そ、そうですね、わかりましたっ!」
( “あっ!” じゃないでしょ?! テンパリ過ぎなのよキミ達はさぁ、こんなヤツの毒なら私の愚痴の方がよっぽど猛毒よ!………う、ううんそんなことない、私はかよわき白魔導士……守りたくなるような女っ!……の筈)
ボス戦だというのに一人俯き我が身を抱きしめ、少し癖のある長い金髪を前に垂らして自分を見つめ直すミシャ。 お前こそ真剣にやれ、とでも言いたくなる。
「火?! 火が弱点なんだねっ! それなら……
レインが杖から炎の魔法を放つ、これも見事スイートマンドレイクに命中したが……。
「――火力よわ……」
焼け石に水、といった威力に呆れた顔のミシャ。
「み、ミシャさん……うぅ……」
つい見たままを声にしてしまったミシャ、身も蓋もない言葉に泣きそうな顔で見てくるレインに、
「な、なにも言ってませんよ! うん、やはりボスは手強いですね! わぁ大っきい!」
などと、慌てて今更感丸出しの下手な誤魔化しを労じている。
とその時、スイートマンドレイクの足元、その太い根が、弱腰で構えているカイルを狙い襲いかかる。
「わ、わぁぁ!」
「守備力上昇っ!
その根がカイルを薙ぎ払う直前、ミシャの手から放たれた光がカイルを包む。
「ぐぁっ!」
薙ぎ払われ、苦悶の声を上げ吹き飛ばされるカイル。
「カイルッ!!」
「いやぁぁッ!」
それを見たライアンとレインは、焦りと恐怖の叫びを響かせる。 その時ミシャはというと、吹き飛ばされたカイルには目もくれず、狼狽える二人を平然と眺めていた。
(いやいや、大丈夫だから。 人生にはもっと叫ぶ時あるって、本当の焦りとは結婚までのタイムリミット、そして恐怖は劣化するボディラインよ……わ、私はまだ劣化してないからねっ!)
一人余裕にも無関係な自論につっこみを入れるミシャ。 その間に態勢を持ち直したカイルは、驚嘆の声を零す。
「だ、大丈夫だ……すげぇ、な、なんともない……! ありがとうミシャさん!」
ミシャの補助魔法を受け、余りにダメージの無い身体に驚くカイル。
同じ魔法でも術者の能力によってその威力の幅は大きく異なる、ミシャの魔法は中々優秀なようだ。
「いえいえ、仕事ですから」
(回避能力低っ! こりゃ世話がやけるわ……)
ミシャの補助魔法のお陰で敵の攻撃が警戒に値しないとわかると、さっきまで逃げ腰だったカイルの表情が変わる。
「これならいけるっ! 懐に飛び込んで斬りつけてやる!!」
勇ましく地を蹴り、カイルはスイートマンドレイクに向かって駆け出して行った。
「わ、私だって、フランマぁ!」
「援護する、行けカイルッ!」
勝利の
(うーん、青春ねぇ……。 あっ、もう日没だ)
「よしっ、効いてきてる! ミシャさん、いけそうですよねっ!?」
必死に弓を連投するライアンが汗を拭いながらミシャに話しかける。 すると、その輝く瞳を受け、ミシャもまた満面の笑みで三人に向け―――
「お疲れ様でしたっ! 契約終了の日没ですので、これで失礼しますね!」
「「「―――は?」」」
攻勢に出て盛り上がっていた三人は、その言葉に時が止まった。
「皆さんなら大丈夫、若い力と絆で、きっと乗り切れるでしょう」
まだミシャの言葉を
「ちょ、ちょっと待ってミシャさん! 私達だけじゃ負けちゃうよっ!」
慌てて引き留めるレイン、ミシャは偽物の笑顔で優しく応える。
「レインさん、仲間を信じて」
(男二人はべらせて、毎日楽しいでしょう?)
「ふ、普通この戦闘終わってからじゃないのっ!?」
余りに無責任な戦闘離脱に疑問をぶつけるカイル。
「カイルさん、私、残業はしない主義ですので」
命をかけた戦いの最中、私生活を優先する派遣社員、ミシャ。
「延長料金は払いますから! お願いしますよっ!」
「ライアンさん……それは、出来ません」
出来ない筈はない、誰もがそう思っただろう。
しかし、ミシャはわかり易く物悲しそうな表情を作り、首を横に振った。
縋り付く三人、このボス戦の真っ只中で回復も補助も期待出来ない戦いは余りに綱渡りだ。
だから延長料金も支払う、しかし、ミシャの答えは無情にも “ノー” だった。
「「「な、なんでですか?!」」」
三人は声を揃えてミシャに疑問を投げかける。 この大事な場面なら当然だろう。
そして、ミシャは口を開いた。
「私、今日……」
呟くように語り出したミシャ。 その言葉の続きを、息を呑み待つ三人。 その答えは……
「――飲み会なんですッ!!」
目を潤ませて頬を染める派遣白魔導士、残念ながらその頭の中は白ではなくピンク一色だったようだ。
「「「――へ?」」」
呆気にとられる三人を余所に、ミシャは両手を願うように前で組み、甲高い声を上げる。
「今夜こそ運命の赤い糸が安定した生活と未来の安心感を私に与えてくれると信じてますっ!」
そう言い終えるとミシャは、「それではっ」と言って背中を向けて走り出した。
茫然と立ち尽くす三人だったが、いち早くスイートマンドレイクの異変に気付いたライアンが叫ぶ。
「ちょっと!? なんかスイートマンドレイクが黒い気体発してるんですけどッ! これ毒ですよねぇ!? ミシャさぁぁん!!」
未来の旦那様を迎えに走るミシャは、その声に振り返らずに返事を返す。
「大丈夫ですよー、ちょっと痺れるだけで死にませんからー……」
小さくなっていく無責任な声、痺れている間にやられるから助けて下さい。 そうライアンは思ったが、既に声の届くところにミシャはいなかった……。
(お願い安定の王子様、今度こそ私を痺れさせてねっ!! あなたに出会えるなら毒リンゴだろーが毒キノコだろーが秒で平らげるからっ♡)
「速く《ラピィドゥス》っ!」
自らに速度上昇の魔法を唱えるミシャ、まだ戦闘を続ける三人を振り返る事なく、次の
「さぁいくわよっ。 人生最後のクエストは、 “寿退社” なんだからッ!」
――民間派遣会社マギストリア商工会ロージアン支部所属、派遣白魔導士ミシャ。
今夜彼女に、王子様は現れるのか―――。
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