第二節 訣別
僕の胸に角を預け魔王が息を整えていると、転送座が発する高い音が聞こえてきた。
「まだ生き残りがいたのね」
魔王は音がする方向を見遣ってため息を付いた。
魔界に侵攻したハプタ王と人間同盟の残存兵が、彼らの出撃拠点であるヘリオトスのアンテ城に逃げたのだ。魔界と人間界は虚空で分断されており、陸路や海路では辿り着けない。
両者を行き来するためには転送座の魔法を使う。当然戦争の際にもこの魔法が必要だが、今日のように侵攻側が包囲殲滅を受けた場合には、転送座を魔界に繋ぎ止めるための基台が防御側によって破壊される。
魔界側は捕虜を捕らないので、人間による魔界侵攻の失敗は帰還不能となり全滅する。
それでも今人間側の転送座が形成されたとするのなら、単独転送座を形成可能な高位魔法使いが生き残ったのであろう。
転送座が発する高い音は、謁見の間より南を望んだ正面ホールから聞こえてくる。
見ると、コバルトブルーのマントを付けたガンボージの髪の女性戦士が、謁見の間から正面ホールに向かう大廊下を走っている。
ミレニア卒業生を示す青地に金刺繍が入ったマントからして魔法使い。
そして胸を包む大型の胸甲からしてハプタ王および人間同盟による魔界侵攻軍前線総指揮官にしてハプタ王が第三王女、ヘイオトス王国のトノア(王位継承順位二位)・リシャーリスに違いない。
「キア、必ず助けに来るから、魔王に屈しないでね!」
彼女は振り向かずにそう言い残すと、アンテ城につながる転送座の中に走り込んだ。
直後黒い楕円の転送座は消滅し、発生した空間振動により謁見の間に共鳴音が鳴り響く。
僕は彼女の言葉が気休めである事を知っている。今日の戦いでは戦力が謁見の間に誘い込まれてしまったので、僕やリシャーリスが転送してきた時点で既に予備兵力を投入している。
僕を救援するだけの余力は、人間同盟とハプタ王には無い。
「リシャーリス殿下、僕は魔王陛下に屈したんだ」
「キアは女魔法使いに義理が有るの?」
魔王は手に入れたものを手放さない
嫉妬が言葉の抑揚に含まれている事に気がついた。
「この体の本来の持ち主は、殿下の友達なんだ」
正確に言えば、リシャーリスやセラシャリスを世話をする王女付きの元給仕班長だ。
聡明で世話好きな女性だとセラシャリスは言うものの、僕にはその記憶が無いのでリシャーリスには曖昧さと沈黙で誤魔化していた。
「キア・ピアシントは私にとっては共犯者」
「アンテ城内で会っていたと聞いた」
いくら、セラシャリスの結界が有るとは言え敵の本拠地内で会うなんて大胆な話だった。
「私とセラシャリスが説得して、三人で世界を滅ぼす算段をしたの」
「僕にも会いに来てほしかった」
魔王に直接会えば、僕はもう少し早く心を決めただろうか。
セラシャリスは次の勇者がキア・ピアシントであると確信して彼女を仲間に引き入れたのだ。
「キアでは無く東京から来た
「セラシャリス殿下とは連絡を取っていたんだね」
実際には、可哀想なキア・ピアシントは本来の勇者である僕を受け入れるための依り代だった。
魔王が水晶剣以外に不可侵だからこそ戯れも効く。私が聖剣を抜いた以上、完全に転向するまでそうは行かなかったのだ。そしてつい先ほどまで、僕は世界を滅ぼすべきか否かで迷っていた。
「拗ねているの」
「いや……キア・ピアシントはどうしているのだろう」
僕は魔王へのわがままを露骨にごまかした。
「セラシャリスは知っている」
「えっ、彼女に謝らなきゃ。僕はこうして迷ってしまった」
先走った言葉を魔王の頭突きに制された。
「綺亜に必要なのはまずは手当てと休憩。世界を滅ぼすのがその次。他の事は責務として生まれてくる」
僕の胸甲に頭を預けながら、魔王が見上げた。
「僕は今は眠りたい。ずっと眠れなかった」
魔王が手を叩くと、まわりに列した魔族の戦士から五名が参じる。
「勇者殿は、私に味方した。治療と客間の手配を」
聖剣は勇者にしか扱えないので、魔族の戦士に肩を貸してもらって
聖剣が魔王を傷つける事が出来るのは、どちらも神が手ずから作った被造物だからでしかない。
聖剣を含むこの世界に三本有る水晶剣は、すべて同様な性質を持ち、いずれも勇者か魔王のために作られている。
聖剣、すなわち黒水晶の剣が特異なのは、それが世界の運命を決める鍵である一点のみだ。
だから、薬屋の娘が話す倒錯したおとぎ話と違って勇者が魔王に味方しても聖剣は聖剣だ。
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