賭博師サムライ
りゅう
第1話 ギャンブルと女はハマりすぎると痛い目見る
「ロイヤルストレートフラッシュー!」
「お、おかしいだろ!もう五回連続だ、イカサマに決まってる!」
「証拠はあんのかよ、証拠は!あぁん?」
常時シックな雰囲気のある店内ではJazとディーラーや客の話声をBGMとし、様々な客が気ままに過ごしている。しかし、怒鳴り声は穏やかな空気をいとも容易く壊してしまった。周りにいた男女は思わずといった表情で、それぞれの食事や駄弁り合いを中止し、視線を大声の発生元へ向ける。
怒鳴り声の正体は、まだ二十代前半であろう十代の無邪気さが残りつつある男であった。
髪は短髪ながらも色は珍しい群青色、首を華々しく飾る炎の刺青、耳元を彩る数個のピアス。何かと特徴的な青年だ。
彼は手元にあったトランプカードを力任せに掴み、空中に投げ出す。宙に浮かんだ5枚のカードは、近くに置いてあるビール瓶の中や料理の上に勢いよく散らばった。
「イカサマなんてそんなくだらない事、俺がするわけ無いだろぉ?この優しい、純粋な俺様がよ」
「うるっせぇ!こんなインチキ無効だ。大人を舐めるんじゃねぇ」
青年の席とは反対側に座していた、顎髭を首あたりまで生やした男は、額に青筋を浮かべる。顔色は見るまでもなく真っ赤で表情は般若の様な、それでいて潰れた蛙の様な複雑な顔をしていた。だが大層な『怒り』を表している事だけは酒の酔いが回り、本来の機能を失った頭でもわかる。しかし青年は臆する事なく歯茎を見せ、ニヤリと笑った。虚勢を張った笑みではなく、余裕を感じる微笑みだ。
多少目立つ八重歯が、キラリと口の中で光った。
「おっさんこそ舐めてんじゃねーぞ。ここは賭博場で俺たちは賭博師。ここにいる限り勝てば総取り、負ければ奴隷。それが唯一絶対のルールだ」
わかったら、さっさと負け犬ちゃんは去りな。青年はそう言うと、鼻歌を口ずさみながら机上にある金を懐に入れた。ゲームはポーカー。賭け金はお互いに参加代と賭け金を含め百万円、合計二百万円が青年の総取りになる。
白い顎ひげを生やした男は側にあったテーブルを蹴飛ばし、大きく舌打ちをした。そして上等な靴を少々傷んだ床に大きく踏み鳴らして、店のドアを蹴破る様に出て行ってしまう。
「んー、愛しの福沢諭吉ちゃん。あんたのために今日は財布の中を誰も入れてなかったんだぜ?俺は昔からあんたにベタ惚れさ」
リップ音をたてながら万札にキスの真似事をする。近くにいたディーラー特有の黒服を着た紳士はそのふざけた行為に苦笑しながら、小言を漏らした。
「あんたは相変わらず強いねぇ。このままじゃ、商売上がったりだ」
この疫病神、と青年にギリギリ聞こえる声で愚痴を吐き捨てる。しかし青年は片方の口角だけ上げ、ニヒルな笑みを浮かべた。どうやら聞こえていた様だ。
「マスターもひでェこと言いやがるなァ。俺は女を口説いただけだぜ?麗しきギャンブルの
「はっ、それでお前はその女神様のハートを見事ブチ抜いたって訳だ」
「ご名答〜。やっぱ女を口説くのは最高に気持ちがいいな」
青年はマスターと呼ばれた男を手元のワイン越しに見つめ、茶目っ気たっぷりなウインクをかます。彼が手にしているワインは、カベルネ・ソーヴィニョン。安くて美味いと酒屋には必ず一本は置いてあるスタンダードなワインだ。しかし、光に反射しているからか、それとも勝利後の美酒だからか。いつもの安酒が高級ワインに見える。
「ふん、さっさとそれ呑んで帰っちまえ。あんまり騒ぎすぎると出禁にするぞ、若造」
「へいへーい。気をつけますよっと」
青年が椅子に腰をかけワインを煽ると緊張した空気は段々と解け、気付けば元の喧騒に戻っていた。
青年の眼前の机にあるのはワインの他にも白魚のムニエル、デザートとチーズケーキ。このカジノ兼大衆食堂である『ムトロジィ』での看板メニューとなっている料理の一つだ。
最後の晩餐ならぬ勝利の晩餐に、青年は舌鼓を打つ。
「ん、さっすがマスター。飯が美味いわ」
「当たり前だろ、誰の飯だと思ったんだ」
「自意識過剰過ぎだろ、ムトロ爺」
青年は皿を左手に、ワインを右手に持ちカジノ専用の食事テーブルからマスターの居るカウンターへ移動した。マスターは眉間にしわ寄せ、わざとらしくため息を吐く。
余談だが、マスターは決して自分の本名を口に出さない。ここら一帯が無法地帯と言うこともあるが、個人情報をあまり漏らしたくないらしい。色々な理由で自分を名乗れない奴はここではあまり珍しくないのだが呼び名が困る為、昔酔っ払いたちと考え『ムトロジィ』を文字りムトロ爺にした。本人は心底嫌がっていたが、五年経った今では客だけではなく近所の人間にまでムトロ爺と呼ばれている。ちなみにこの時、酔っ払いに混じり名付け親になったのがこの青年であった。閑話休題。
「ムトロ爺、ここに二百万ある」
「白々しい詐欺師が。さっきイカサマして勝った金だろ」
「賭博師だって何遍言えばわかるんだよ!」
青年は大声で叫ぶも、ムトロは気にすることなく他の客へカクテルを作っている。気を取り直す様に、小さく咳をしニヤリと男は笑った。
「情報料として、なんとか納めてくれ。あんたの知恵を借りたい」
「……どれについてかによるな。金か、女か、薬か」
ムトロはカクテルを作り終わり、胸ポケットに入っている葉巻を取り出した。葉巻の種類はアークロイヤル。苦味もありながら、旨味も味わえる独特な葉巻である。
ジッポで葉巻の先に火をつけると、慣れた臭いと紫煙がふわり辺りに漂った。
「そうだなぁ、どれも魅力的だが……。俺が狙ってんのはアレだけだ」
賭博師サムライ りゅう @ryuga911
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