その171 通れぬ道



 「ハッ!? ソレイユ!」


 「目が覚めた? 全然目が覚めないから焦ったよ……」


 ガバッと身体を起こすと、目の前に居たクロウが安堵のため息を吐きながら僕の肩に手を置きながら呟いていた。

 段々意識がはっきりしてくると、ガタゴトと揺れていることに気付き、ここが馬車の荷台だということがわかる。クロウの声が聞こえたのか、御者台からガクさんの声が聞こえてきた。


 「目が覚めたか? ……そろそろ国境に着くぞ、警戒を怠るな」


 流石はガクさん。ラーヴァでの国境のことを忘れてはいない。するとクロウが僕に言う。


 「ラーヴァとペンデスの国境で刺客が居たんだってね? だからカクェールには向こうの馬車へ乗ってもらうことにしたよ。こっちはガクさんとカゲトさんだけでも十分だろうしね」


 「そうだね、ありがとう。僕はいい情報を得られたかもしれない」


 「……どういうことだ?」


 カゲトさんに尋ねられ、夢でのことを話す。


 「召喚の呪文……!? そ、それはかなり欲しかった情報じゃないか! でも、他に必要なことは無いのか? 今唱えてみたらどうだい?」


 「あ、確かに。……”ディセント”!」


 シーン……


 僕は魔法を唱えてみたものの、見事に何も起こらず気まずい空気が流れる。ちょっと恥ずかしくなった僕は話題を変えることにした。


 「も、もしかしたら今の僕じゃ使えないのかも! ルルカさんやティリアさん、助けられたらエリィに頼んでみよう!」


 「そ、そうだね」


 クロウは僕の剣幕に押され、コクコクと頷いてくれ、ホッと胸を撫でおろす。そこでもうひとつ聞いた内容を実行に移すため、棺を開ける。


 「? どうするつもりだレオス?」


 「えっと、夢の中で女神が言っていたんだ、メディナの遺体を僕のカバンに入れろって。クロウ、手伝ってくれるかい?」


 「あ、うん。もちろんいいよ」


 棺を開け、メディナの身体を荷台の床へ寝かせる。氷の魔道具のおかげで体はひんやりとしており、眠っているかのような美しい表情は相変わらずだ。しかし、左手の焦げたような跡は痛々しいままというのも変わらない。


 「それじゃ、これに入れておこう」


 「というかレオスのカバンって小さいけど入るのか?」


 「大丈夫。これは無限収納カバンなんだ。これのおかげでアレンに大魔王退治に連れていかれたり、記憶を取り戻したりと大変な目にあったよ」


 思い出して苦笑し、メディナの頭からカバンの口を被せるとみるみるうちに吸い込まれて体はすっぽりとカバンの中へ入ってしまった。


 「ふう……これって人間は入れないんだけど、遺体が入れるのは初めて知ったよ」


 するとガクさんが笑いながら声をかけてきた。


 「まあ、カバンに遺体は入れないわな! で、その嬢ちゃんを入れておくとどうなるんだ?」


 「実はそこまでは聞けなかったんだ。なんだか苦しそうにしてて、声も途切れ途切れで重要なことを聞けなかった」


 「そうか。だが召喚の魔法を教えてくれたんだろ? それがメインで案外、腐敗しないから入れて置けって意味だったかもしれねぇな」


 死んだままってのは不憫だと思ったんだろ、とガクさんは言う。確かに、女神達が死んだ時の性別や体、記憶で生き返らせられるのには条件があるらしい。前世の僕を倒した彼等のように『選ばれた』時だけだとかなんとか……そう思っているとすぐに国境へと到着した。


 「おう、通してもらえるか?」


 「大魔王は倒されたが、あんた達物好きだなあ。アスル公国に何の用なんだ?」


 「大魔王が倒されたって聞いたからな、観光ってわけでじゃないが様子を見に来た」


 「……!? それはペンデス国の……」


 ガクさんとカクェールさんがそれぞれ門番へ話をし、通行許可を取っていた。ギルドカードを見せて馬車へ戻ると、クロウが口を開く。


 「どうやらここは問題ないみたいだね」


 「喉元だから待ち構えているかと思ったけど、流石に警戒されていると思ったんじゃないか?」


 「それもそうか……」


 ――クロウが呟いたその時だった。


 「これは……」


 「どうしたのティリア?」


 声のする方向を見ると、ティリアさんがハッとした表情を見せ、ルルカさんが首を傾げる様子が見えた。どうしたのかなと思った瞬間、僕の背後で殺気が膨らむ気配がした。


 「……!」


 「レオス!」


 ガキン!


 咄嗟にセブン・デイズを抜いて盾にすると無表情の門番が剣を振り下ろしてきたところだった。隣ではクロウも槍を突かれたらしく、槍を掴んで歯ぎしりをしていた。


 「大丈夫かレオス、クロウ! ……こいつら急に襲い掛かってきやがって、どういうつもりだ!」


 「……」


 「チッ、聞く耳を持ってはくれなさそうだ。操られているのか?」

 

 「……そのようだな。お前はフヨウと女どものところへ行け」


 ガクさん達も戦闘になり、ぞろぞろと詰所から門番が出てくる。誰もかれも表情は無く、目は開いたままだった。


 ヒュ! キン! ブォン!


 ノータイムで襲い掛かってくる門番達に、仕方なく応戦する。


 「気絶させていくしかないか!」


 「くっ……まさか門番を刺客にするなんて……」


 僕が目の前の門番を倒すと、通路の奥から足音が聞こえてきた。


 「くっく……門番が刺客? まさか。アマルティア様がお前達を抹殺するのにひ弱なこいつらで倒せるとは思っちゃいないよ。貴様ら、攻撃を止めて戻ってこい」


 姿を現したのは燃えるような髪を伸ばした女性だった。ツリ目はいかにも、といった感じで勝気であろうことを予測させる。


 「この人たちはお前が?」


 「その通りさね。私は”リリーフ”アマルティア様に作られし者よ。お前達に同族を殺すことはできまい? ここの人間どもは私が操った」


 「へっ、でもそいつらじゃ俺達を倒せないってわかってんだろ? なら、てめぇがやるしかねぇな」


 「くっく……確かに倒せないさ。でも、使い道はあると思わないかい?」


 リリーフと名乗った女性がパチン、と指を鳴らすと門番がひとり、ガクさんに向かって走り出した!


 「おおおおお!」


 「おせえ!」


 「と、思うでしょ? ”爆縮”」


 「なんだ……!?」


 キュ、という締まるような音がした矢先に門番の男が手に持っていた筒が爆発し、ガクさんが巻き込まれた。


 「ごほ……!? ガクさん!」


 「こいつは……エグい真似してくれるな! ええ!」


 煙が晴れると、片腕から血を流すガクさんが吠え、足元では門番の男が白目を剥いて倒れていた。死んではいないようだけど、酷い怪我だとすぐにわかる。


 「咄嗟に殴って空中で爆発させたが片腕がうごかねぇ……」


 「くっく。ここに居る門番三十人は同じものをいくつも持っているよ。私の視界にあんた達がいればいくらでも爆発させることができる。もちろん、動いたらこいつらを爆破するって手もあるわね?」


 「その前に俺の槍がお前を貫くぞ?」


 一瞬、機嫌を損ねる表情を浮かべたが、カクェールさんの顔をみた途端ニタリと嫌な笑みを浮かべ、カクェールさんへ話し出す。


 「人間にしてはなかなかいい面構えじゃない。あんた、私の男にならない? あのレオスってやつは殺さないといけないけど、それ以外はここで引き返してくれたら命までは取らないわよ」


 瞬間、女性陣の耳がぴくっと動く。


 「ほら、私の身体は悪くないだろう? あんなちんちくりんが何人いたってダメさね。悪い条件じゃないだろ?」


 「……カクェール」


 「わかっているカゲト。俺は――」


 カクェールさんが決意のまなざしを見せたところで、


 「おい、そこの乳魔」


 女の子がしてはいけない表情をしたルルカさんが前に出た。


 「ち、乳魔だと? ちんちくりんが嫉妬でもしたか?」


 「……! 二度も言った! よくも……!」


 「まあ、私は違うけど、カクェールさんを狙うってんなら相手になるわよ」


 フヨウさんが剣を抜き、フッと笑う。そしてティリアさんも鼻息を荒くしてロッドを持ち、前へと出た。


 「そのような口は、わたし達を倒してから言うことですね!」


 「……正気か小娘共。動けばこいつらを殺すと言ったんだぞ?」


 脅すように言うリリーフに、非常に冷たい声でルルカさんが吠えた。


 「やってみなよ。ひとりでも殺したら、死ぬよりもひどい目に合わせてあげる」


 「面白い……! このリリーフの力を思い知れ!」

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