その170 それぞれの一手



 ――ここは?


 意識が覚醒すると、ぼんやりと白い場所にいつの間にか立っていた僕。見覚えがある場所だと思っていると、ソレイユが目の前に居て、慌てた様子で話し始める。


 『……大変な……こ……と……に……こ……世界……わたしの……』


 「なんだい? 聞こえないよ?」


 なんだかノイズが入ったような声で聞き取りずらい……よく見れば姿も少しぼやけている気がする。ソレイユに近づくとあと一歩というところで壁のようなものに弾かれた。


 「これは……」


 かなり顔が近いところに来たけど、やはりソレイユの声は途切れ途切れで聞き取りにくい。だけどソレイユは必死でなにかを伝えようとしている……僕はなんとか把握できないか目を閉じて集中する。


 『……れ……上は……手出……が! ナ……ん……の身体……バッグ……てください!』


 「バッグ? バッグに何かを入れろって?」


 『ィナ……んの……身体……』


 「メディナの身体……? そう言いたいのかいソレイユ」


 すると、パッと笑顔になり、コクコクと頷く。


 「メディナの身体をバッグに!? ど、どういうことなんだよ! そうするとどうなるんだい! まさか生き返ったり――」


 『あ……メ……も……う』


 「ソレイユ!」


 僕の視界が曲がったのか、ソレイユ自身が歪んだのか。僕の視界が大きくぐらつく。ソレイユも苦しそうに喉を押さえながら呻くように口を開く。


 『……召喚……文……”ディセント”――』


 「う……」


 ……ディセント。確かにソレイユは最後にそう言った。そしてまた、僕は再び意識を失う。ソレイユに一体なにが起きていたかを理解する前に……



 ◆ ◇ ◆



 『他世界の女神が邪魔をしてくれるね。ま、排除したから問題ないけど』


 「は?」


 『こっちの話さ。彼女たちの様子はどうだい?』


 アマルティアが何のことかわからずに口を開いたウェパルにエリィ達の状況を尋ねた。ウェパルはうやうやしく頭を下げながら言う。


 「……相変わらずですよ。食事は手につけず、部屋に入れば威嚇してくる始末です。レオバールを差し向けましたが、流石に聖職ふたりに大魔王の娘は分が悪いようで……」


 『ま、そうだろうね。エクスィレオスも生きていたし、ここに来るのは近いだろう。セイヴァーが失敗しなければ死体を届けられたんだけど、残念だよ。ということでそろそろ始めようか』


 玉座から立ち上がり、嬉しそうにウェパルへ笑いかける。


 「なにを、ですか?」


 『処刑だよ。大魔王の娘を処刑するんだ。国民は真相を知らないからね、荒廃させた原因の大魔王は消えたけど、国は復興していない。そこに原因だと言って娘を捕まえたとなればどうだろう?』


 「……声を荒げて処刑を促すでしょうね。しかし良いのですか? 表舞台に立つのはお嫌いでは?」


 『その通り。だから英雄を作ろうと思うんだ。丁度いいところに、丁度いい役者が来てくれたよ。レオバールを呼んでくれ』


 ははは、と本当におかしくてしかたないといったふうに、アマルティアは笑う。その役者は、大魔王城近くの町にまで迫っていた。



 ◆ ◇ ◆


 <ノーマッドの町>


 「……一泊銀貨五枚だよ」


 「高いな……」


 「文句を言うなら野宿でもなんでもすればいいさ。大魔王が倒されたからって生活が楽になったわけじゃないんだよ、こっちもさ。……おお、よしよし、ごめんねぇ怒鳴ったりして」


 「泊まらせてもらうよ。三人分だ」


 アレンが財布からお金を取り出し、テーブルに置くと、子をあやしていた宿屋のおかみが満足げな笑みで部屋の鍵をアレンへ手渡した。


 「一階の奥だよ。ごゆっくり」


 そう言われてアレンとフェイアート、ペリッティの三人は部屋へ入り一息つく。


 「ここまでは良し、か。大魔王城に侵入とは、腕が鳴るぜ」


 そう、彼らはすでにアスル公国へと入国していた。魔物の数が増えた原因をアレン達の知るところではないが、勇者とマスターシーフに最高クラスの暗殺者というパーティは道中をものともせず突き進んでいた。


 「でも、レオバールを見つけてどうするか……。あいつが大人しくついてくるとは思えないんだよなあ。出身国が違うから、わざわざ罰を受けに戻るとはってな」


 「それはそうだろう。だが、お前は勇者で犯罪の片棒をかついだ相棒だ。ふたり仲良く罰せられるのが常ってもんだろ?」


 「まあ、な」


 鼻の頭を掻きながらバツが悪い顔をするアレンに、ペリッティが話しかける。


 「ここで説得できなきゃ全ての国に指名手配をかけないといけなくなるから、かつての仲間ならきちんと責任を果たすのよ?」


 「わかったよ。あいつを見つけたら気絶させてでも連れて帰る。それでいいな?」


 「問題なしだ。俺達もいるからそこは容易だろう。ただ、あいつをさらっていった妙な男が気になるな」


 「レオバールをさらって何をするつもりか知らないけど、邪魔をさせるつもりはないよ。さて、久しぶりのベッドだ、ゆっくり休ませてもらおうぜ。銀貨五枚もしたんだからな……」


 違いない、とフェイアートとペリッティが笑いそれぞれ部屋へと戻って行き、その日は久しぶりに酒を飲み、それなりではあるが食事ができたことに満足できていた。


 ――だが、事態は物凄い速さで進んでいく。


 「……久しぶりだな、アレン」


 「そして私はウェパルです。……覚えてます?」


 「お、お前!?」


 翌朝、アレンの部屋にレオバールとウェパルが尋ねてきたのだった。


 まさに、レオスがペンデスとアスルの国境に着いたのと同時刻である。 

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