その167 カゲトの暴走



 「やっと……やっと見つけたぞフヨウ! さあ、私と家へ帰ろう?」


 「あれが妹さん?」


 カクェールさんの後ろにサッと隠れ、心底ゴミを見るような目でフヨウと呼ばれた女の子がカゲトさんへ言う。


 「嫌い決まってるでしょ! 危ない目に合わせられないからってほとんど監禁状態だったのを忘れたの? あの家から出るのにどれだけ苦労したか……。父さんと母さんは元気なの?」


 「うむ。お前を探しに行くと言うと、嬉しそうに涙を流していた。だからほら、帰ろう」


 「それはお兄ちゃんが家から出て行くのが嬉しかったのよ?」


 中々辛辣な妹さんだ。


 しかし、冷静なカゲトさんが監禁とは穏やかではないかな? 僕はフヨウさんに声をかける。


 「僕はレオスと言います。カゲトさんにはここまでの道中でお世話になっているんですけど、なぜそんな汚物を見るような目でカゲトさんを?」


 「あ、これはどうもご丁寧に。……その男は他人に対して外面がいいんです。いえ、興味が無いと言うべきですね。生きている意味は私のため、という信念で生きています」


 「それはいいんじゃないんですか? 愛されている、ということで?」


 ルルカさんが首を傾げて尋ねるとフヨウさんは首を振り、絶望的な表情で呟き始めた。


 「小さい頃はあまり気になりませんでした。ですが、歳を取るにつれておかしくなってきたのです。学校には皆さんも通ったと思いますが、登下校は必ず一緒。昼休みもいつの間にか現れて一緒に食べに来るんですよ? 私に男の子が近づけば脅すし、私の下着は洗濯するわお風呂に一緒に入ろうとするわ……」


 その時点でルルカさんとティリアさんがカゲトさんを変態と認識し、ゴミを見るような目を向けながらカクェールさんの背中に隠れる。


 「最終的に、私が外でナンパされていたところを目撃したのをきっかけに、家から出られないよう四六時中一緒にいることになったんです! 仕事もせずに!」


 「うわあ……」


 「最低だな……」


 指を突きつけて怒声をあげるフヨウさんの言葉に僕とカクェールさんもドン引きである。すると、黙っていたカゲトさんが眉間に皺を寄せて口を開く。


 「……フヨウ、お前は可愛い。それ故に攫われたり変なことをされる可能性も高い。だからこそ私は強くなったのだ、お前を守るために。家から出なくてもいいじゃないか? 家族みんなで暮らして居れば幸せだろう?」


 「馬鹿言わないでよ! 恋だってしたいし、お仕事もしたかったのよ? それにそんなことしたらウチの子孫が残せないでしょ! まさか私と子を作るとか言わないでしょうね?」


 「……ふむ、それも……」


 「こんの……! あ、そうだ!」


 と、さらに気持ち悪い発言に激怒したフヨウさんは、何かを思いつきニヤリと笑ってカゲトさんへ告げる。


 「ま、ここまで探しに来たのは褒めてあげるわ。でも、私この人と結婚するから!」


 「な!? お、俺を巻き込むんじゃない!?」


 「いいじゃない! 私、こう見えてもAランク冒険者だし、稼げるわよ? それにあなた、私好みだもの」


 「ダメ! カクェールさんはボクの!」


 「ち、違いますよ! わたしです!」


 と、三人で騒ぎが始まってしまった。うーん、収集がつかないし、カゲトさんも妹を探すから離脱するって言ってたからここまでかな?

 そう思っていると、カゲトさんが一歩前へ出てカクェールさんに話しかける。


 「……おい、お前。フヨウと結婚するだと? この兄である私より強くなければフヨウはやれん……! 得物は背中の槍か? 構えろ、相応しい男か試してやる」


 スラリと剣を抜き、鋭い目つきでカクェールさんを見るカゲトさん。


 「いやいや、こういうのって当人同士の気持ちが一番だからカゲトさんは関係ないでしょ!」


 「……産まれてからずっと可愛がってきた妹がどこの誰かも分からん男に取られる悔しさがお前にわかるか? 私はフヨウのために生きてきたのだ! 今までも、そしてこれからも!」


 いいことを言っている風に見えてまるで格好悪い!? 今にも斬りかからん勢いのカゲトさんに、冷や汗をかくカクェールさん。

 両方の戦いぶりを知っている僕からすると、実力はそう変わらない。槍という武器の分、カクェールさんが有利か?


 「やっちゃってあなた!」


 「誰があなただ!? くそ、やるしかないか……!」


 「そうだ、私と戦え……!」


 一触即発。これはどちらかが倒れるまでやり合うしかないとごくりと唾を飲み込む。僕もカゲトさんの気迫にどうするか悩んでいると、


 「おら!」


 「ぐは!?」


 いつの間に馬車から降りて来たのか、ガクさんがカゲトさんの背中へ蹴りを入れていた。


 「な、なにをする!?」


 「なにをする、じゃあねえよこのアホ! 妹が見つかったってか? 良かったじゃねぇか。で、帰りたくないって言ってんだろ? そっとしとけよ」


 「くっ……部外者が口を出すな……これは兄妹の問題――」


 カゲトさんがガクさんに食って掛かろうとしたところで、ガクさんは目を細めながらカゲトさんの胸倉を掴んで引き寄せた。


 「聞けばてめぇの過保護で逃げたんじゃねぇか。どうやら妹離れできていないようだなあ? いいか、家族ってのはひとりの人間だ。意思を持って生きている。だから、いつまでもそばに居るわけじゃねぇんだよ」


 「し、しかし……」


 「聞け。……俺はもう三十六歳なんだがよ? 最後に産まれたアイはそりゃあ可愛かった」


 お、なんだかいい話の予感?


 「アイも小さいころは、パパ、パパと俺についてきてな? 大きくなったらパパと結婚するとか言ってたんだ。そんなアイももう十三歳。するとどうだ? この前『一緒に風呂入るか? ぎゃはは!』と言ったら『キモい……』って返ってきたんだぜ?」


 「切ない……でも、アイちゃんって子の気持ちはわかるよ……」


 ルルカさんがほろりと涙をこぼすと、ガクさんはカゲトさんの胸倉をガクガクさせながら叫び出す。


 「ちょっと前まで『背中流してあげるね!』って言ってたアイが『キモい……』だぞてめぇ! 寂しすぎんだろうがよぉぉぉぉ!」


 「うおおお!?」


 「ちょっとガクさん!? 落ち着いて!?」


 僕が慌ててガクさんを引き剥がすと、膝から崩れ落ちたカゲトさん。一息ついたガクさんが、カゲトさんへ指を突きつけて言う。


 「女の子ってのぁそんなもんなんだよ! 父親とか兄ちゃんとかを毛嫌いする時期が来るんだ! だから男は黙って見守ってやりゃいいんだ! 実の兄妹なら好きな人ができたら祝福してやるんだよ!」


 「……ガ、ガク殿……」


 「でも、アイさんってボウさんとユウさんの二人とは仲良かったですよ?」


 「ちくしょぉぉぉぉぉ! パパは寂しいぞぉぉ!」


 あ、しまったつい!?



 ◆ ◇ ◆



 「……すまなかった、フヨウ……」


 「うん……心配してくれるのはわかるんだけど、やりすぎは良くないってわかってもらえたならいいのよ。お兄ちゃんは異常者だったのよ?」


 「う、うむ……」


 辛口だ。


 そんな光景を見てガクさんが頷く。


 「へっ、それでいいんだよ」


 あの惨劇からガクさんが数十分ほど立ち直るのに時間がかかったものの、女性陣とガクさんの説得が通じ、カゲトさんはフヨウさんに頭を下げ、和解ができた。ちょっとアレだったけど、ガクさんは結婚もし、領地経営もするようなきちんとした大人だったから届いたのだろうと僕は思っている。


 「はあ……疲れた……」


 「僕もですよ……。フヨウさんも見つけたし、カゲトさんはここまでかな? ガクさん、そろそろ出発しましょう」


 「おう、そうだな! 元気でやれよカゲト!」


 「……いや――」


 と、カゲトさんが何か口にしようとしたところでカクェールさんが先に口を開いた。


 「レオス、アスル公国へ行くなら俺達も同行させてくれないか? 元々この町にはその道中で寄ったんだ」


 カクェールさんが今の僕には魅力的な提案を話し出した。

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