その127 女神の采配


 ――デバステーターの使役という予想外のことは起こったけど、無事ガイストを倒して僕達は馬車を探し廃村を彷徨っていた。


 「よいっしょっと。大丈夫かいメディナ?」


 「うん」


 僕の背中でこくりと頷くメディナの声は少し元気がないように思う。自分で立ち上がることすらできなかったからなあ……


 「あ、レオスさん! ヴァリアンス達がいたわ!」


 「ひひーん!」


 「ぶるるん……」


 「良かった、二頭とも元気そうだね」


 「よしよし、怖かったわね。もう大丈夫よ」


 ちょっと雌馬のエレガンスが怯えていたようだけど、エリィが鬣をゆっくり撫でてあげると落ち着いたようだった。……うん、やっぱりエリィの雰囲気が違う。大人っぽいような、そんな微笑みだ。


 僕がじっとエリィを見ていると、バス子が荷台から顔を出して聞いてくる。


 「荷台も問題無さそうです。すぐ出られますけど、ここはこのままで?」


 「そうだね。黄泉の丘の帰りにアイム達の墓標を作ってあげようか。……はい、寝てていいよ」


 「ありがとう」


 布団を出してからメディナを寝かせ、馬車をゆっくりと歩かせる。そういえば辺りは明るいけど、結局僕達は何日いたのか? ルビアを待たせているかと思うと急に怖くなり、セブン・デイズの宝石を見ていると……


 「あれ? 土曜の日だ。一週間は経ってないだろうからもしかして……」


 「多分あれから半日しか経っていないわね。ルビアのところに戻るためにも今日中には到着しないとね?」


 僕の予想を口にしながらエリィが隣に座り、僕の顔を見ながら無言でほほ笑んでいる。いつものニコニコしている顔とはまるで違い、ちょっとドキドキしてしまう。


 「エ、エリィ、どうしたの? 何か雰囲気が違うような気がするんだけど、頭でも打った?」


 ガクっとエリィが崩れ、荷台に居たベルゼラとバス子がガタガタをこける音が聞こえてきた。


 「レオス、それは酷い」


 「え、えっと……」


 すると、エリィは口に手を当てクスクスと笑い出し、その仕草はどこかで見たような気がする。そう思っていると、真面目な顔に戻ったエリィが口を開いた。


 「……レオス、久しぶりね。私がわかる?」


 「久しぶりって、ずっと一緒だったじゃ――」


 僕が愛想笑いでそう言おうとエリィを見るが、エリィはじっと目を見たまま離さない。もしや、とも、そんな馬鹿なとも思える推測がよぎっていく。


 ……だが、この目。仕草。恐らく、そうなのだろう。


 「……エリザベス……エリー、かい?」


 おそるおそる尋る僕。一瞬、間があったのち、エリィは目を閉じた後にこりと笑って答えてくれた。


 「正解よ、レオス。まさかこんな日が……生きてあなたに会える日が来るとは思わなかった!」


 「うわっと!? 馬車を動かしているから待って待って!?」


 「何か事情がありますかね? わたしが代わりましょう。レオスさん達は荷台へどうぞ」


 エリィに抱きつかれバランスを崩す僕。それを見かねたバス子が手綱を取ってくれたので、エリィを支えたまま荷台へと転がるように戻ると、エリィへ事情を聞くことにした。


 「どうしてここにエリーがいるんだい? ソレイユはどこか別の世界へ、僕が転生するより先に転生したと聞いていたんだけど……」


 「実は――」


 エリーの話では、僕が転生するまで、ずっと魂のまま保管されていたらしい。そして、七万回の罪を償う転生が終わった時、この世界へと転生してきたのだそうだ。

 僕は前世の記憶が無い状態で転生し、会うことはないとわかっていても、同じ世界に来たかったということだった。ベルゼラとバス子、メディナには知っておいて欲しいと、悪神のことが真実であり、そのきっかけを作った一端を担っていると説明していた。


 「ええー……」


 「べ、別人ってこと……!?」


 呆れるバス子に、驚くベルゼラ。二人の反応は無理もないと思う。かくいう僕ですら、


 「偶然にしては……」


 そう思うのだ。


 「出来すぎだと私も思うけど、賢聖になる素質があったのはソレイユ様も予想外だったみたいよ? それと、もう一人、レオスに関係する人がこの世界にいるの」


 「もう一人……?」


 「ええ。でもそれを語るのは今じゃないから、割愛するけどね」


 そう言って、チラリとベルゼラを見るエリーはそれ以上何も言わなかった。それに気づいてか、ベルゼラが手を上げて話し始める。


 「……ということは、今のエリィは前世で恋人だったわけで、お互い記憶がよみがえった状態なのよね」


 「ええ」


 にこりと笑うエリーに、ベルゼラが頭を抱えて震えだす。


 「レオスさんが遠慮しなくなる……!? 今まではなんだかんだで、嫁にするとかしないとかふんわりした感じで私達に遠慮していたけど、エリィに対しては無くなるってことじゃない……!」


 「物凄いリード」


 「えっへっへ、この摩訶不思議な感じ……漲ってきましたね!」


 「き、君達……。もっと他に無いの? どうして記憶が蘇ったのか? とか、今までの記憶はどうなのかとかさ!」


 「え? 別に興味ないけど……」


 「あははは、ベルゼラらしいわね! でも、一応説明させてもらうとこれはレオスの悪神の力に対しての抑止力よ。私#達__・__#が引き金だから、何かあった時のブレーキ役。昔はただの村娘だったけど、今は違うし、ソレイユ様から力も貰ったわ。バス子ちゃんの件を片づければ騒動は起こらないだろうし、悪神になることは無いと思うけど、ね?」


 ん? 今、少し違和感が……?


 「大魔王様は?」


 「ああ、ベルゼラの父親だからそこは何とかなると思っているわ。今のレオスで倒せる相手というのは先日わかっているから」


 酷い言われような大魔王である。だけどエリーの言う通り脅威ではないので、悪魔達の搦手でエリー達に魔の手が伸びる方が怖い。


 「……どちらにせよ、今言えることは少ないの。成り行きだけど、またよろしくねレオス。……ただいま」


 色々考えてみるも、エリーの笑顔を見て僕は胸が熱くなる。姿は変わったけど、会いたかった人がそこに居るという喜びが沸き上がってくる。二千年と少し。長かったような、短かったような。不可抗力だけど、僕はようやく巡り合えたのだ――


 「……うん。また会えて本当に嬉しいよ……おかえり、エリー」


 見つめ合って手を取る僕達。


 「あー! 二人で雰囲気作ったらダメよ! レオスさんはみんなのものなんだから!」


 ベルゼラに怒られながら後ろから抱きつかれ、


 「ずるい……エリィ」


 メディナがずるずると布団から這い出てきた。動きが若干気持ち悪い……


 「いや、僕は誰のものでもないんだけど!?」


 「うふふ、モテモテねレオス」


 「助けてよ!?」


 目の前で笑うエリーに叫んでいると、御者台からバス子が声をかけてきた。


 「みなさん、到着したみたいですよ!」


 「とう!」


 「あ!?」


 「チッ」


 ベルゼラとメディナを引き離し、御者台に立って遠くを見ると、緩やかな丘陵のような場所のてっぺんにストーンサークルのようなものが見えてきた。


 「あれが……」


 黄泉の丘――


 色々と寄り道があったけど、僕達はようやく到着したのだった。

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