その126 最期の瞬間



 ボッ!


 ギィヤァァァ!


 「何です!?」


 地面に倒れたレオスから叫び声をあげてガイストが押し出されるように出てきた。メディナを背負ったバス子が身構えるも、その瞬間、霧散して消えた。


 「な、なに……?」


 エリィを庇うように覆っていたベルゼラが呟くと、レオスの元まで来ていたデバステーターが剣を肩に担ぎながら誰にともなく口を開いた。


 「さっきのやつを主が倒したみてぇだなぁ」


 「……それじゃ今のはガイストってやつが消滅した断末魔ってことですか? 身体の中に入った相手でも倒せるるとかさすがというか……」


 バス子がデバステーターを見てそう言うと、


 「そのあたりは少し複雑なんだよなぁ。本来なら俺や他の″四肢″がでしゃばるところなんだが……」


 「四肢……?」


 「わかりやすく言えば四天王とか六魔王みたいな直属の配下ってところだなぁ。実際には少し違うが、概ねその解釈でいいだろう。さて、主よ起きてくれ……それと、エリザベスも」


 「……エリザベス? あ……!」


 うつ伏せで倒れたレオスを仰向けにし、ベルゼラをやんわりと押しのけてエリィを抱えると、並べて寝かせた。

 

 すると――


 「う、ううん……」


 「気が付いたのねエリィ!」


 まぶたがぴくぴくと動き、エリィがうっすらと目を開いた。喜ぶベルゼラが抱きしめると、エリィは頭を押さえてポツリと言う。


 「……私、ソレイユ様に……。あなたは、ベルゼーラ……」


 エリィのつぶやきにきょとんとした表情で見つめるベルゼラ。


 「ベルゼーラ?」


 「……ううん、なんでもないわ。そうだ、レオスは!」


 「そこにいる。起こしてやってくれ」


 「あなたは……。そう、解放したのね……」


 コクリと頷くデバステーターに、ベルゼラとバス子は困惑顔で尋ねる。


 「あ、あの、エリィさんはこの人を知っているんですかね……?」


 「それに喋り方が違うんだけど、どうしたの?」


 「質問はあると思うけど、話はレオスを起こしてからね。起きてレオス」


 エリィが体を揺するが、レオスはピクリともしない。心臓に耳を当てるときちんと動いているので、死んでいるということは無いと安堵し何度も声をかけるが起きなかった。


 「はあ……はあ……ど、どうしたのかしら……」


 「起きないわね……!」


 エリィとベルゼラが息を切らせていると、バス子が意味深に目を細めて二人に告げる。


 「これはもしかすると……口づけで目を覚ますとかそういう類のものでは……!」


 「それはな――」

 

 それは無い、と言いかけたデバステーターだが、三人は色めき立ち矢継ぎ早に口を開く。


 「……なるほど! バス子ちゃんの言う通りかもしれないわ! では、私が……」


 「ちょ、ちょっと待ってよ!? エリィばかりずるいわよ! わ、私にだって権利はあるでしょ!?」


 「……ごめん!」


 「なに、ごめんって!? いつもなら他になにか提案するじゃない!? おかしいわよエリィ!」


 「ここは……ここだけは! レオスのファーストキスだけは……!!」


 「それが狙い……!? さ、させないわ!?」


 エリィとベルゼラが珍しくいがみ合うのを見て、バス子が呆れた顔で呟く。


 「うーん、エリィさんが独占欲を出すのは珍しいですねえ。……あ、そうだ! えっへっへ、今のうちにわたしが――」


 「いや、だから頬を叩くとかで――」


 バス子がそろりとレオスに近づくのをデバステーターが止めようとするが、やはり聞く耳を持たずバス子はレオスに顔を近づけるためしゃがみこむ。


 「あ!? ちょっとバス子! あんた!」


 「げひゃひゃひゃ! もらったぁ!」


 バス子が勝ち誇り、嫌な笑い声をあげる。しかし、その瞬間――


 「させない」


 背負われていたメディナがぼそりと呟き、バス子の背からずり落ちる。仮面をつけた元の姿のままで。


 「な……!?」


 「ああ!?」


 「えー!?」


 まさかの出来事に一同が驚愕し、デバステーターが呆れる。


 そして、レオスの顔めがけて落下するメディナが――


 ◆ ◇ ◆


 「あ」


 ゴツン!


 「ぐあ……!?」


 いきなり轟音と激痛が脳天に走り、僕はたまらず転げまわる!


 「な、なに……!? て、敵!? そ、そうだガイスト……!」


 「落ち着け、主。戦いは終わった」


 「あ、デバス。終わった……? そういえば……身体の中で声を聞いたような……」


 「良かった。目が覚めた」


 そこで身動きの取れないメディナがごろりと転がり、一言呟く。


 「メディナ! そっちこそ無事だったんだね!」


 「なんとか」


 無理やりブイサインを作り、そういうメディナに安堵していると、


 「レオス! ……久しぶり……」


 後ろからエリィが僕をを抱きしめてきた。今、呼び方が……?


 「もう、エリィったら……! ほんとどうしちゃったってのよ」


 なぜかプリプリと怒っているベルゼラが僕の横に立ってぼやいていた。エリィを庇ってくれていたのは本当に助かった。


 「ベルゼラも、大丈夫かい?」


 「え、もちろんよ! 今回はあまり役に立てなかったけどね」


 えへへ、と申し訳なさそうに笑い、僕もつられてほほ笑む。とりあえず全員無事で良かった。


 「デバスもありがとう」


 「気にしないでいい。俺は主を守るために、主のやることの手伝いをするために生み出された存在だぁ。脅威は去った、主の中に戻らせてくれ」


 「……わかった。お前を使わないように気を付けるよ」


 「……」


 それには答えず、目を瞑ったデバスに近づいて右手を掴み、意識を集中する。


 ヒィィィン……


 ほどなくしてデバスが消え、僕は一息つく。色々と確認しなければいけないことは多いけど、今はこの村から出ることが先決だ。


 「そういえばあのナイスガイ、ガイストを倒したって言ってましたけど、霧は晴れていませんね……?」


 バス子がキョロキョロと周囲を見渡し言う。確かに村の状況は変化が見られない。僕達が訝しんでいると、メディナが寝転がったまま口を開いた。


 「大丈夫」


 メディナの言葉の直後、いつの間に近づいてい来たのか、村人たちが僕達を取り囲んでいた。全員が暗い双眸をしたまま、こちらをじっと見ている。


 「……」


 しばらく黙って見ていると、村人をかき分けて……アイムが僕達の前に立った。そして、にこっと笑い語り掛けてくる。


 (……ありがとう、ワタシ達を助けてくれて。この村は五十年前、そこの男に襲われたの。ワタシ達抵抗したんだけど、子供が人質にされてあえなく全滅したんだ。ワタシは憎んだ……そして、いつしかこの辺りはワタシが支配する領域と化した。村の人たちを封じ込めるように、霧と共に偽りの村を作ったのさ、いつか、この男を捕らえるために)


 と、頭の中に悲しそうな声が響いてくる。


 どうやら霧で迷い込ませる力はアイムが生み出しているらしい。五十年もの間、ずっと。


 (普段は見えないこの村に、ある日ガイストがやってきたんだ。そこから、あいつのいいようにされちまってね。あいつはワタシ達の魂を飴玉のように、生かさず殺さず少しずつ食って力をつけていった……。時には生きている人間を招き入れて)


 「だから、妙に冒険者風の人たちも多かったのか……」


 僕の言葉に頷き、アイムは続ける。


 (なんの関係もない人を巻き込むのは本当に辛かった……倒してくれて、本当にありがとう……)


 「あなた達はどうなるんです……?」


 バス子が尋ねると、


 (復讐は終わった。後は、還るだけ)


 還る――


 その意味は転生した僕が一番よく知っている。そして、その後のことも。


 「……向こうへ行って、もしソレイユという女神に会ったら僕の名前を出すといいよ。悪いようにはしないはずさ。ただ、罪は償わないといけないけど、ね」


 (うん……)


 「レオス……」


 「エリィ?」


 エリィがぎゅっと僕の手を握ってきたのに驚きつつ、握り返す。


 そして、アイムや村人達の身体が徐々に光輝き始めた。


 (ありがとう……あの男達の魂も持っていくわ……)


 ありがとう……


 ありがとう……


 アイムのお礼を言葉に続き、村人達がありがとうを繰り返し、スッと宙へ浮く。


 最後に、パァッとひときわ大きく輝いた瞬間――


 ザァァァァァァ……


 「霧が……!」


 ベルゼラが叫ぶと、霧が一気に晴れていく。全てが消え去った後、僕達は廃墟とも呼べぬ朽ち果てた村の中に立っていた。


 「……満足、できたんですかねえ……」


 バス子が快晴の空を見上げて呟くと、


 「悲しい魂でできた村だった。もう二度と帰ってこない。……でも、それでいい」


 元の姿に戻ったメディナが、寝転がったまま目を閉じ、噛みしめるように呟いたのだった。 

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