その96 賢聖は空を飛べるか?

 


 さて、僕達はチェイシャのいた場所からすぐに移動し村へと戻っていた。女子部屋へ戻るエリィ達を見送って、僕は一人部屋でごろ寝をしていたりする。


 「……うーん、流されているなあ……」


 なし崩しにここまで来たけど、ちょっとイベント過多なんじゃないかなってくらい巻き込まれている。ギルドカード作成から領主様の救出、裏オークションに公王様。この村の温泉は自分でやったからノーカンだ。


 ずっと言っていることだけど、僕はようやく人間に転生したし、この人生を今回こそ寿命まで生きたい。それがなぜこんなことになっているのか。


 「よし! 決めた!」


 僕は上半身を起こして声をあげる。何を決めたのか? それは無駄な依頼や魔族に関わらないことだ。チェイシャはちょっと意外だったけど、ここからはあまり人に関わらない! 冥王が来たらサクッと撃退して二度と僕に会いたくないくらい懲らしめてやろうと思う。そしてバス子の提案通り、移動商店を作って帰るまでに少しでも父さんたちに自慢できるようにしたいね。


 「それにしても……」


 セーレ達が大魔王が倒される前から活動をしていたのは別にいいとして、今でも活動をしている理由が気になる。例えば僕が大魔王だとして、人間を捕らえたり殺す命令を出していた場合、僕が倒された時点で指揮系統が居なくなるので組織というのは空中分解するものなのだ。

 だけど、セーレ達は明確に『生贄』を欲していたし、大魔王を復活させるためでもなかった。とすると、大魔王以外にも何かを企んでいる者がいる、ということになるのだ。


 「おっと、決めたばっかりなのに考えこんじゃったな」


 コンコン


 「はーい」


 「レオス君、お夕飯みたいですよ」


 「あ、うん! 今行くよ」


 エリィがドアから少しだけ顔を覗かせて微笑み、僕はベッドから降りてエリィと一緒に食堂へ向かった。温泉でほこほこになっていた四人はご満悦……いや、ルビアはさらにご機嫌で夕食を食べていた。ま、これはこれで良かったかな?



 <水曜の日>



 で、次の日。


 僕はエリィにレビテーションを教えるため、部屋に呼んでいた。いや、正確にはいつも通り夜潜り込んでいただけだけどね!


 「<レビテーション>」


 「わあ」


 僕が魔法を使うと少しだけ宙に浮き、エリィがパチパチと手を叩いてくれる。部屋には僕とエリィとベルゼラが集まっている。


 「魔族はバス子みたいに羽を持つものや、私のように魔力で浮遊できる能力を持った者なら飛べますけど、人間で空を飛べる人はいないらしいですね」


 「エルフも訓練次第で飛べるみたいですけどドワーフは飛べないみたいですし、種族で向き不向きがあるのかもしれませんね。それで、レオス君はどうやって飛んでいるんですか?」


 「えっとね、あまり深く考えたこと無かったから説明しずらいんだけど、魔力でこうなんていうのかな……自分の体を持ち上げる感じなんだ。魔力制御がかなり難しいけど、コツを掴めばすぐ飛べると思うよ」


 僕は手を上下させて何となくエリィに伝える。こればかりは感覚なので口で言うのは難しい……それに使えるとも限らないしね。それでも可能性があればとエリィはウキウキとしながら立ち上がった。

 



 「うーん……」


 かれこれ30分。


 エリィはぐっと拳を握り魔力を集中させているが1ミリも浮くことは無く、強張ったエリィの顔が可愛いなという感想だけだ。


 「ふう……全然駄目ですね。レオス君のオリジナル魔法だから使いたかったんですけど」


 「僕のって訳じゃないけどね。そうだなあ、羽をイメージしてみたらどう? 『空を飛ぶ自分』をもっとイメージしてみてよ」


 「は、はい、やってみます!」


 「エリィ頑張って!」


 賢聖にこんなことを言うのもおこがましいけど、エリィは気を悪くせず聞いてくれる。そしてベルゼラが横で応援をするのも微笑ましいなと思う。僕が好きなのに仲がいいよね相変わらず……ふあ……




 ◆ ◇ ◆



 ちゅっ……



 ん? 今何か冷たいのが唇に……


 「――君」


 「――オス君」


 「むにゃ……?」


 気づけば僕は居眠りをしてしまっていたようで、体を揺さぶられてそれに気づく。寝ぼけ眼で声のする方を見ると、


 「あ、起きましたね!」


 「うわあ!? エリィ!?」


 何とエリィがふよふよと浮いていた!? できてる!? 僕が驚いて身を起こすと、ベルゼラがうんうんと得意気に説明してくれる。


 「レオスさんが眠ってそろそろ二時間なんだけど、さっき急にできるようになったの!」


 「そ、そう……流石エリィだね!」


 「は、はい! うふふ」


 「? 何?」


 顔を真っ赤にしたエリィが僕を見てほほ笑んでいたので、首を傾げて聞いてみるも『何でもないです』と言うばかり。それはともかく飛べるようになったものの1メートル以上浮くことは夜まで頑張ってもできなかった。しばらくふわふわと浮くエリィ達と話し込んでいたら、なぜか雨に濡れたルビアからお昼に呼ばれたのだった。



 「もぐもぐ……でも飛べるようになったんでしょ? これから期待できるじゃない。あたしなんてようやくちょっとできるようになったばかりなんだし」


 「えっへっへ、姐さん調子にのって雨の中撃ちまくってましたも――げぶ!?」


 「言わなくていいの」


 「もちろん頑張って特訓しますよ。でも明日はベル、お願いしますね」


 「分かってるわ」


 そんなこんなで水曜の日も平和に終わり、いよいよ雨雲を取り除く日となる。



 <風曜の日>



 「それじゃいこうかベルゼラ」


 「ええ」


 「気を付けてくださいね!」


 エリィに見送られ、ベルゼラの手を取って空へと浮かび、ベルゼラは笑顔で地上のエリィ達に手を振っていた。

 

 雨はもちろんフルシールドを使い、完全防水対策はばっちりである。ぐんぐん高度を上げていき、やがて雲を突き抜けて青空に出る!


 「ぷは! 雲の上はいい天気だね」


 「本当ね……久しぶりに太陽を見た気がするわ。足元に黒い雲……これを無くせばいいのね」


 公王様のところからずっと雨続きだったからその感覚は間違っていないと思う。さて、ここで日向ぼっこをするために飛んできたわけではないので握っていた手を放しセブン・デイズを抜いた。


 「できれば全方位に散らす感じがいいかな? 僕はこっちをやるからベルゼラは向こうをお願いできる?」


 「や、やります! これだけ大きかったら全部的みたいなもんだし!」


 そういって僕の後ろに背中合わせになり魔法を使う準備を始めたので、僕は右手にセブン・デイズ。左手で魔法を使うよう構えた。


 「《ストーム》!」


 「”ゲイルスラッシャー! <トルネードブレス>!」


 ベルゼラとほぼ同時に魔法と技を発動させ、足元に見える雲が風に巻き込まれて霧散していく。ストームとゲイルスラッシャーで散った雲をトルネードブレスで巻き上げてさらに細かく散らせている感じだ。十分ほどそれを繰り返していると、雨雲で黒かった足元に温泉の湧く山の山頂が見えてきた。サアっと風が凪ぎ、雨の残りで虹ができた。


 「奇麗……」


 「これくらいでいいかな? ついでにがけ崩れも直しておくか」


 ベルゼラを連れて山の方へ高度を下げていき、道だったであろう箇所を片っ端からクリエイトアースで直す。


 「これなら馬車も通れるわ。さすがレオスさんね」


 「ありがとう。まだ昼前だし、馬車を引きとって出発しようか。馬達もそろそろ退屈しているんじゃないかな?」


 「そうね。案外ゆっくり寝ているかも?」


 ふふふ、とおかしそうに笑いながら森を経由して村へと戻る僕達であった。ようやく先に進めるよ、ほんと……ただの村なのにチェイシャとかで足止め受けちゃったなあ。

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