その94 ルビアの全力



 「やああ!」


 <ほっほっほ! やりおるわい!>


 「頑張ってルビアー!」


 床が拡張されてすぐに一人と一匹の戦いが始まり、先制はルビアだった。得意技の”鋼牙”でチェイシャの腹を攻撃するも太い尻尾でこれをガードするチェイシャ。しかしルビアは勢いを殺さず飛びあがり、鼻先へ回し蹴りを放ち掠めたところで着地したところである。


 「大きい割に素早いわね」


 タンタンとステップを踏みながら間合いを詰めるルビア。その言葉にチェイシャが右手を前に突き出しながら口を開く。


 <わらわは精霊じゃぞ? 体重など……あると思うか!>


 タッ!


 「!?」


 「あ、あれ!? いつの間に!?」


 「ルビアさん反撃ー!」


 「姐さん顎ですよ顎!」


 チェイシャの後ろ脚がぎゅっと力を込めた瞬間、姿がぶれた! 僕は目で追えたけど、エリィ達は困惑しながら応援を続ける。体重が無いとあの脚力は難しい。原理は分からないけど重さを変えることができるのかもしれない。


 「チッ!」


 <ほう、よう避けた! こっちはどうかのう!>


 「きゃ……!? でも頭ががら空きよ!」


 <ぬぐ!?>


 急に目の前に出てきたチェイシャの肉球パンチをパリィングして逸らすが、すぐに左手でアッパーを繰り出してきた。

 ルビアはお腹へ攻撃を受けて真上に吹き飛んだけど、かかとでチェイシャの頭を蹴り抜き、チェイシャがうめき声をあげながらサッとルビアの後ろへ回り込んだ。


 「何する気! 痛っ!?」


 ルビアが体を捻ろうと体を動かしたけど、太い尻尾で弾かれ空中に居るまま水平にふっとばされた。チェイシャは尻尾から火炎弾をルビアへ向けて撃つと、さらにダッシュでルビアの前へ回り込み、ルビアを片手で掴まえる。


 ドン!


 「あう!?」


 「ルビア!」


 <背中に直撃じゃな。拳聖というだけあって攻撃は申し分ない。が、わらわにはそれほど効いておらんぞ? さあ、どうする?>


 「ぐ……”破砕拳”!」


 胸倉を掴まれたままルビアがチェイシャを睨みつけ、掴んでいる肉球の手を両拳で挟みこむ様に殴りつけ、チェイシャがルビアを解放する。だけど、チェイシャは余裕の表情だ。


 <おー、いい拳じゃ。じゃが、わらわはまだこの通り元気じゃぞ?>


 「まだまだよ!」


 <フフ!>


 ルビアの怒涛の連撃を受けながらチェイシャも爪を伸ばし壮絶な近距離戦へと移行する。手数はルビアが多い、けど――


 「ルビアが傷だらけに……! 対して精霊さんはあまり効いている素振りがありませんよ!」


 「どういうことですかねえ? 姐さんの威力なら撃ちぬけそうなもんですけど」


 エリィとバス子の呟きを尻目に、僕はルビアの戦いをじっと見る。そしてあることに気付き、


 「ルビア! 分かった、チェイシャは――」


 ズドン!


 「うわ!?」


 僕が伝えようとしたところでチェイシャのしっぽから特大の火炎弾が飛んできて僕達の足元で炸裂し、叱咤される。


 <こやつ一人で戦わねば意味がない。力だけでは意味がないからのう。ほれ、わらわは元気じゃが、そろそろ降参するか>


 「ふう……はあ……これならどう! ”獅子凄煌撃”!」


 チェイシャの長髪に、ルビアの最上位の技の一つがチェイシャの顎を突き上げる! 首が大きく上を向いたところをみると流石にこれは効いたか!


 <ぬう!? ……いあ、まだまだじゃあ>


 ダメか……! やはりアレをああしないと! 気づいてくれ!


 「エリィ!」


 「なんですか? ひゃあ!?」


 「ふー……ふー……」


 「ど、どうしたのレオスさん? 急にエリィさんに息を吹きかけたりして!?」


 「新しいプレイですかね……」


 何とでも言ってくれ、聞いてたかな?


 「なるほど、借りておくわねレオス!」


 <む、何をするつもり――>


 チェイシャが口を開いた時にはすでに遅く、ルビアの技は完成していた!


 「”風車”!」


 合わせたルビアの手から猛烈な風が巻き起こり、チェイシャがまとっていた炎が一瞬ゼロになる。一瞬だけど、ルビアにはそれで充分だ!


 「”撃滅拳”!」


 <ぬお!? な、なんとぉぉぉ!?>


 光り輝くルビアの拳がチェイシャのお腹に突き刺さる。今度は炎の鎧が無いので直撃のはずだ。どうやら当たりのようでチェイシャは苦悶の表情を浮かべてくの字に折れる。


 「やった……!」


 <なんのお!>


 「うあああ!?」

 

 崩れ落ちながらもルビアの肩を爪で刺し、血が噴き出す。そして両方が膝をついた瞬間、


 <……ふむ、ここまでで良かろう。お主を契約者と認めよう>


 「はあ……はあ……え?」


 息が乱れ、肩を押さえていたルビアがきょとんとした顔になった。それを見てチェイシャはニヤリと笑い、僕達を呼ぶ。


 <レオスよこっちへ来い。勝負は終わりじゃ。こやつの全力は見せてもらった。まあ、ちぃーっとズルがあったようじゃが?>


 「ごほんごほん……」


 「えっへっへ、嘘が下手ですねえ……レオスさん。では治療してもいいんですかね?」


 バス子とベルゼラがルビアに肩を貸しながらチェイシャに訪ねると、無言で頷いたのでエリィが回復魔法を使う。


 「《キュアヒーリング》大丈夫ですか?」


 「ふう……痛みが無くなるだけでだいぶ違うわよ、ありがと。それで契約ってどうすればいいの?」


 <うむ。近くへ来るのじゃ。レオス、昨日の石を出せ>


 「え? あ、これ?」


 僕が赤い宝石をカバンから取り出すと、


 シュォォォォ……


 「熱い……!」


 チェイシャがルビアの前で何か唱え、ルビアの左手の薬指に炎が集中し、収束後に赤い宝石がついた奇麗な指輪がはめられていた。


 「奇麗ですね!」


 「うん。ねえ魔法を試したいんだけど、いい?」


 <構わんぞ。基本魔法は《灼熱》じゃ。手を前に突き出して放ってみるといい>


 「分かったわ。……《灼熱》!」


 ゴゥ!


 「わ、凄い! ファイアよりもフレイムくらいの勢いがありますよ!」


 炎の渦がルビアの手から出ると、エリィが興奮気味に叫ぶ。ファイアを使ってくすぶった火しか出せなかったまルビアを知っている僕達からすればかなり凄い。すると黙っていたルビアがふるふると体を震わせる。


 「ふ、ふふ……」


 「姐さん?」


 「あはははは! ついに魔法を使えるようになったわ! 師匠めみたか! あたしのセンスをポンコツ呼ばわりしたことを後悔させる時がきた……!」


 「な、なんか色々ありそうね、ルビアさん……」


 「《灼熱》《灼熱》! あははは!」


 ベルゼラが引き気味に言い、ルビアは調子にのって魔法を撃ちまくる。よほどうれしいのか、こんなにハイってやつになったルビアは初めて見た気がする。


 <これで契約は終了じゃ。この先の戦いで役に立つじゃろう。ルビアの武技に応用もできよう。久しぶりに良い契約者と出会ったわい。その指輪はわらわからの少し早い結婚祝いじゃ>


 「そうね! ……結婚祝い!? あたし誰かと結婚するの!?」


 「ルビア、いつの間に彼氏を作ったんですか?」


 「エリィ、明らかにルビアが焦ってるから……それに旅続きでそんな暇無かったじゃない。フェイさんは彼女いるって言ってたし」


 僕がエリィに苦笑すると、チェイシャがとんでもないことを言いだした!


 <ここにいる娘はみんなレオスの嫁じゃろ? わらわ、気が利くから左手の薬指にしておいたのじゃ>


 「違うよ!?」


 「ルビア、レオス君を狙っていたんですか!?」


 「そんなわけないじゃない! んー……! は、外れない!?」


 「チェイシャ、ルビアは仲間だけど結婚相手じゃないんだ。何とかならない? これじゃルビアが結婚できないよ」


 <なに? 違う? ……無理じゃ、それはもう取れん。ルビアが死ぬまでは無理>


 「ええええ!? 困るよそれは! 契約破棄は? で、もう一回とか!」


 <あー……破棄してもええけど、もうルビアと契約はできんぞ? わらわを要らんといったようなもんじゃからな。次はそっちの金髪の娘とか青い髪のやつになる>


 「ルビア、それで――」


 「……仕方ない、けど魔法は手放したくない……。仕方ない……外すのは諦めるわ……もし結婚話が出ても、精霊と契約した指輪って言えば納得してもらえる……と思うしかないわね」


 魔法の魅力には勝てなかったのか契約破棄はしなかったルビアであった。ルビアに彼氏ができたら全力で応援してあげよう……

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