その30 僕を置いて話を進めるのはやめてくれ



 ――乗合馬車。


 一般的にお金を払えば町から町へ移動してくれる便利なモノだけど、基本的に一日で到着することは想定されていない。

 例えば今回の移動先である、ミドラの町からフォーアネームの町までの道のりは馬車で四日ほどかかる。野営はほぼ確定なので、身を守る手段として冒険者を雇ったりすることが多かったりする。

 なので最低二人は乗合馬車の組合が雇い、冒険者もお金を稼ぐことができるんだけど、今一緒にいる『身なりの良い二人』みたいに、自分の護衛として雇うこともしばしばある。


 そして、ゴブリンの群れを振り切った僕達は野営の最中というわけ。



 「いてて……助かったのか……」


 「動くなよロイ? 急所は外れているけど、重傷なんだ」


 「はあ、ゴブリンごときになさけねえ」


 「あの大軍は無理だろ? Dランクの俺達じゃ対応できないってナックよ。ほら、サンドイッチだ」


 ケガをしていた二人が起き上がり、脂汗をかきながら口を開いていた。僕のダークヒールで回復してもいいけど、そこまでするとまた何かしらありそうなので悪いけど治療はやめておいた。一方、護衛対象の二人はというと、


 「自己紹介が遅れたね。僕はアレク、この先にあるフォーアネームに住んでいるんだ」


 「私は妹のリーエル。ああ、ポップコーン、美味しいですね」


 「喜んでもらえて僕も嬉しいよ。材料がもうないから作れないんだけどね」


 「できたよ、君の分だ」


 「ありがとうございます」


 御者さんにパンとスープを貰い、それとは別に僕は残していたトルミノスボアの肉を串に刺しながら焚き火の前で答える。……気配は無いか。来るとしたら深夜、寝静まった頃だろう。


 「肉が余ってたからみんなにもおすそ分けするよ。向こうに着いたら一本銅貨五枚くらいで売ろうと思ってるんだ」


 「おお、こりゃうめぇ……傷が癒えるぜ、ありがとよ坊主!」


 「馬鹿、レオスはああ見えてCランクだぞ! お前よりよっぽど強いぞ」


 「マジかよ!?」


 「俺達が束になって勝てるかどうかだよなあ。魔法が強力だったし」


 「魔法も使えるのか……」


 ダッツとハスが荷台に背を預けて、中にいる二人と話しているのが聞こえてくる。このアレクとリーエルは訳ありそうだけど、聞いたら巻き込まれそうだし大人しくしておこうかな。ん? このスープ――


 「実は僕たち兄妹は――」


 「おやすみなさい!」


 僕がスルー推奨を決めた瞬間、アレクが何やら語り始めようとしたので、僕は反射的に毛布を被り寝る体制に入った。そこへリーエルが近づいて来て僕の毛布をつつく。


 「え、もう寝るんですか? まだ寝るには早いですよ?」


 「……ゴブリンがいつ襲ってくるか分からないからね。体力を温存しておきたいんだ。それに噂のゴブリンの後に襲いかかってくる野盗も姿を見せていないしね」


 チラリと毛布から目だけ出して言う僕の言葉に、ダッツが頷いて肯定する。


 「レオスの言うとおり、ゴブリンよりも知恵の回る野盗が出て来ていないのがな。そういえば『自分たちのせい』みたいなことを言っていたが、君達兄妹がゴブリンに狙われる理由があるのかい」


 止めてダッツ!? 自然と話を戻すの!


 「ああ、実は僕達兄妹はこの地域の領主が親なんだ。父さんがあまり長くないらしいんだ」

 

 「……感染性のある病気だからと、私達はノワールの城下町にいる叔父のところへ移動していたのですが、その叔父が父を殺そうとしているという話を聞いてしまったんです」


 ああああ、聞いてしまった……! い、いや、まだ僕が巻き込まれたわけじゃない……聞いたのはダッツだ、まだ焦る時間じゃない……


 「ありそうな話だ、ということは逃げて来たのか」


 ダッツがそう言うと、アレクはコクリと頷き話を続ける。


 「噂の野盗を使って僕たちを消そうとしているということが考えられるというわけなんだ。ゴブリンの数が尋常じゃないのは金品目的じゃなく僕たちの命なら納得がいくと思わないかい?」


 「……それは可能性としてありそうだな。やはりここは休息をきちんととっておこう。俺とハスが見張りをする。後でレオス、交代してもらえるか?」


 「もちろんだよ。それじゃ僕は寝るからね!」


 僕は毛布を頭からかぶり今度こそ眠りにつく。さて、僕の予想が確かなら――




 ◆ ◇ ◆




 「……寝たか?」


 「ああ、ぐっすりだ。特製睡眠薬のこうかはばつぐんだな」


 「手こずらせてくれるぜ、まさかあの数のゴブリンをあっさり片づけてくれるとは思わなかった」


 「こいつの剣も上等だ、売れば金になるか」


 「いや、こいつは使おう。あの切れ味は興味深い」


 「さ、バラしちまおうぜ……起きられたらとてもじゃないが勝ち目はないぜ……」



 

 「だと思ったよ。全員グルかい?」


 「……!? くそ!」


 僕が声を出すと同時に焚き火に照らされた白刃が僕の毛布を貫く!


 キン!


 ガバッ!


 「うわ!?」


 「<アクセラレーター>!」


 予め抜いておいたセブン・デイズでガードして毛布を叩きつけ、一気に駆けて完全に熟睡しているアレクとリーエルを回収する。


 「チッ!」



 僕の目の前には――


 「……なぜ分かった?」


 毛布を地面に捨てるダッツだった。


 「おかしいことが結構あったからね。聞きたい?」


 「今後の参考に聞かせて欲しいねえ」


 スッとハスが弓を僕に向けて笑いながら言う。


 「まず最初、リーエルが狙われていた時に誰もフォローに入らなかったよね? あえて襲わせたようにも見えたかな。まあそれだけじゃ弱いから次だけど、ゴブリンの大軍に襲われた割にケガが軽い。一度やられたら急所を運よく外せるような状況にはならないはずだよ? それこそリンチされて即死だよ。少なくともそっちのナックだっけ? あなたは動けないほどじゃないと思う」


 「……」


 忌々しげに僕を見つめる四人と御者。まったく、全員グルだったとは。


 「そしてスープには睡眠薬……これで確信したんだよね。少なくとも誰か裏切り者がいると」


 僕がニヤリと笑うと、馬車の陰からもう一人姿を現した。


 「やるな坊主。俺の気配に気づいていたな? しかしお前はスープを飲んでいたハズ。どうして起きている」


 「僕にはこういう魔法もあってね。<リカバー>」


 アレクとリーリエが光に包まれると、



 「う、うう……」


 「ううーん……」


 小さく呻きながら二人が目を覚ます。僕は怪しいと気付いた時点で中和しておいたのだ。その様子を見て野盗らしき男が呟く。


 「イレギュラーめ、お前さえいなければ大金が手に入ったのによ」


 「残念だったね」


 スッと身構えるダッツ達。来るか? なら捕まえて町の自警団に突き出すだけだ。


 だけど妙だ……ゴブリンと野盗仲間が姿を見せてこない……?



 「行くぞ!」


 「!」


 考える間も無く野盗が叫び、僕は身構える。大丈夫、二人は守れる。あの時とは違う……!



 しかし――


 「にげろー!!」


 「うおおお! あんなのと戦って勝てるわけねぇええ! 逃げるが勝ちだ!」


 「無理無理、Cランクな上にゴブリンを消炭にしちゃうやつに逆らえるか!」



 なんと彼等は一目散に逃げ出した!?



 「あ、こら! 待て!」


 「待てと言われて待つ野盗がいるかよぉ! あばよー坊主ー!」


 「<ファイヤー……>」


 魔法で倒そうと思ったけど、彼等は散り散りに逃げ、的を絞ることができなかった。とりあえず近場のやつをと思った時にはすでに姿を消していたのだった。盗賊らしく、逃げ足は速いなあ。

 追いかけても良かったけど、僕が追って別働隊が始末に来たら木阿弥になるので止めておいた。罠の可能性も考慮しないとね。



 「はあ、残り三日もあるのか……初日で動いてくれたのは助かったけど、この後どうするかな?」


 即座に逃げをうった野盗たちの動きは知恵が回ると感じた。ならどこかで仕掛けてくるだろう、そこを捕えるかと僕は考えていた。

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