~Side1~ 出立



 「準備はいい?」


 「はい、ルビアも忘れ物はありませんか?」


 「大丈夫だよ、それじゃ国王様に最後の挨拶をして出ようか」


 「急ぎましょう。まだ遠くへ行ってないと思いますし」


 「死体だけは勘弁だよね……」


 出立を決めた次の日の早朝、エリィとルビアの二人は旅支度を整えてあてがわれた部屋を後にし、謁見の間へと向かうため足を進める。


 これ以上遅れるとレオスが魔物にやられるか、見失ってしまう可能性が高いのでエリィは焦っていたのだ。挨拶のため謁見の間へ歩いていたが、そこへ廊下の壁に背を預けたレオバールが待ち伏せていた。


 「……エリィ、本当に行くのか? その、俺と故郷へ行ってくれないか?」


 「お断りします。……万が一私が行くとして、レオス君はどうするんですか?」


 「それは……ルビアに頼んで……お金ならあるし」


 レオバールはチラリとルビアを見てぼそぼそとそんなことを言う。


 「あたしはエリィが行くって言うから付いていくんだよ。まあ、確かにレオスをそのまま一人で帰すことはできないからあたし一人でも追いかけたと思うけどね。あの子のおかげで幾度かピンチを逃れたのは間違いないし」


 「なら……!」


 「でも私はレオバールさんと一緒にはなりませんよ。それに今更そんな告白は遅いです」


 「くっ……」


 つーんと顔を背けたエリィを何とも言えない顔で見た後、レオバールは無言で踵を返してその場を立ち去った。


 「……諦めも肝心ってやつなんだけどね」


 「ルビアが言うと説得力があります……」


 二人はレオバールの背を見ながら呟き、謁見の間の扉を開く。そこにはすでに国王やアレン、王子に姫が集まって待っていた。二人は中央まで歩き、膝をついて口を開く。


 「遅くなり申し訳ありません」


 「良い。準備は整ったか?」


 国王は笑いながら尋ねると、ルビアが膝をついたまま答えた。


 「はい、元より装備以外、荷は多くありません。必要なものがあれば、いただいた十分な報酬もありますので」


 「うむ。何か困った時はこの国を訪ねてきてくれ、レオスによろしくな」


 「ありがとうございます。大魔王軍の残党も居ないとは限りませんので、くれぐれもお気を付け――」


 ゴォン!


 「なんだぁ!?」


 エリィが挨拶をしていると、突然城内に轟音が鳴り響いた! ざわざわと謁見の間に集まっていた人達が騒然とする中、しばらくすると謁見の間に騎士が転がり込んでくる。


 「た、大変です!?」


 「何事か!」


 国王が立ち上がって叫ぶと、敬礼をして騎士が告げる。


 「報告します! 轟音の原因は城の宝物庫であります! 何者かが侵入し、扉を穴を開けたものとみられます」


 「な、なんだと!? ……すまんがアレン、ルビア、エリィ、一緒に来てくれ」


 「分かりました」


 アレンが腰の剣に手を置き、前衛をつとめながら宝物庫へと向かう。


 アレン達は怪しい人影に会うことも無くすぐに到着することができ、鍵のこじ開けられた地下へ通じる扉を開けて、宝物庫の前まで歩く。するとそこにはレオバールと騎士達が話していた。



 「レオバール」

 

 「アレンか。見ての通りだ、慌ててきたがもう立ち去った後のようだ」


 レオバールが剣を鞘に納めながらそう言うと、


 「うむう……誰も気づかなかったのか?」


 完全に破壊された扉を見て国王は騎士に尋ねる。


 「はっ……申し訳ありません……巡回中の騎士や兵は誰も見ていないとのことでした」


 「腕のいいシーフだろうか……? しかしこの破壊後は魔法のような感じもする。いや、その前に盗られたものがないか確認せねば」


 国王は中へ入り、盗まれた物が何か確認を始める。そこにずっと黙っていたエリィがふと呟く。


 「妙ですね、地下へ通じる扉は鍵がこじ開けられていたのに、ここは爆発しているんでしょう?」


 「あん? 開錠できなかったんじゃねぇのか? だから破壊したと思うけどな」


 アレンがそう言うと、エリィは腑に落ちないものを感じながらも答えが出ないためそれ以上何かを言うのを止めた。


 「なんと……!? 無い、無くなっておる!」


 「どうしました!?」


 ルビアが近づくと、国王は冷や汗を流しながらアレン達を見渡して言う。


 「無いのだ、大魔王を倒した証であるアクセサリー……首飾りが……!」


 「「「ええ!?」」」


 アレン達は声を上げて驚き、慌ててエリィが尋ねる。


 「そ、それ以外は?」


 「それ以外は特に盗られたものが無い……まさか大魔王は生きているのか……?」


 「い、いや、完全に灰と化していたからそれはねぇ……ありません。大魔王の部下が誰か生きていたなら有り得なくはないようなそうでもないような……」


 「でも六魔王も倒したし……」


 ルビアが困惑気味に言うと、エリィがひとさし指を立てて仮説を述べる。


 「私達は魔王という幹部クラスを倒しましたが、それ以下の軍団について完全に把握している訳ではありません。生き残りがいてもおかしくはないと思います」


 「確かに……それにしてもあの首飾りを持って行ってどうするつもりなのか」


 「それは私にも……もう少し残った方がいいかもしれませんね」


 エリィが深刻そうに言うと、国王は首を振ってエリィの肩に手を置いて言った。


 「いや、お前達はレオスをすぐ追いかけるのだ。もし生き残りがいるのだとしたら勇者パーティに恨みを持つ者が襲ってくるやもしれん。レオスは見せしめに殺されてしまう可能性がある!」


 「……!」


 「エリィ、こうしちゃいられない、急ごう!」


 ルビアが青ざめたエリィの手を引いて叫ぶと、国王は頷いてルビア達へ声をかける。


 「この国はアレンが残るし、大魔王や魔王クラスが居ない今、そこまで脅威となる魔物もいまい。お前達も強いが、気を付けてゆくのだぞ」


 「はい、ありがとうございます!」


 二人は宝物庫を後にし、城を出て行く。馬車の手配をしてくれていたため、まず次の町へ向かおうと走らせた。



 「大魔王が倒されても尚、脅威は去らんか……手遅れにならなければいいが」


 「……俺は外を見てきます。まだ犯人は近くにいるかもしれませんので」


 「あ、じゃあ俺も」


 「アレンは国王の傍に居ろよ。大魔王の手下が来たら困るだろ」


 「あ、ああ……(光の剣はないっつーの!)」


 「では……」




 レオバールは慎重に、誰にも見つからないよう人気のない裏庭へと足を運ぶ。外壁近くにある死角に背を預けると、懐から大魔王の首飾りを取り出しほくそ笑む。


 「くく……まんまと引っかかってくれたぜ。いい具合に勘違いしてくれたのも僥倖だ。国王が言わなきゃ俺が言うつもりだったが。これでレオスがもし死んでも大魔王の手下の仕業だと思うだろう。ま、殺すのは寝覚めが悪いから、半殺し程度で勘弁してやるか。さしものエリィもズタボロのレオスをラーヴァ国まで連れては行くまい」


 自作自演がまんまとうまくいきご満悦のレオバール。レオスが目障りなレオバールはどうしたらレオスがエリィから見放されるかを考えていて、思いついたのが『まだ大魔王の残党が生きている』というのを錯覚させること。


 別に魔物に殺されることもあるだろうが、大魔王の手下に殺される、もしくは半殺しの目に合うというシナリオの方がリアリティがあると思っての行動だった。


 「さて、エリィ達より先にレオスを――」


 「その必要はないわ」


 ズシュ!


 「ガハッ!? な、何!?」


 背中を手刀で貫かれ血を吐くレオバール。片膝をついたところで、仕掛けてきた何者かが取り落とした首飾りを拾う。


 「これは返してもらうわね。あの子、レオスという名前なのか……」


 「ま、待て……!」


 レオバールを無視して立ち去ろうとする人物。フードを目深にかぶっていて表情が分からないが、声の質から女だと言うことは分かった。


 「そう言われて待った人が何人いたかしらね……? とりあえず急いでいるから、運が良かったら生き残れるかもね? さて、後は聖杯を探さないと。その前にレオスに会わないといけないか。あの子うまくやっているといいけど、どうかしらね」


 「ぐ、ぐぐ……」


 ずるずると這うように女へ近づくレオバール。女はそれを一瞥した後、ふわりと浮き、外壁の上へと登る。


 「じゃあね」


 「ま、待――」


 そこでレオバールの意識はぷっつりと途切れた―― 

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