その19 セラの事情と野営試験



 「あ、あの……いいんですか……?」


 「来ないの? なら置いていくけど」


 「あ、い、行きます! 連れて行ってください!」


 僕の差し出した手を掴んで慌てて立ち上がると、リラが服の埃をはたき、エコールが話しかけた。


 「オレはエコールと言います。レオスとは少し前に知り合いになった」


 「アタシはリラ。大丈夫? 酷いことをするわね」


 「すみません、ありがとうございます。私はセラ、回復師見習いです」


 「僕はレオス。だいたい事情は把握しているけど、聞かせてくれるかい?」


 「はい……」


 と、僕が尋ねたところで、ヒューリさんに声をかけられる。


 「何かよく分からんがお前達は四人でいいのか? 先に森に入ってくれると助かるんだが」


 「ああ、分かりました。四人でいいよね?」


 三人が頷いたのでカードをヒューリさんに見せてから魔方陣の描かれた内側へと入っていく。


 「これでそこの魔法陣から出たらこの試験は失格になるから注意しろよ。まあ失格になったらゆっくり眠れると思うがな」


 はっはっは! と笑いながら別のパーティの相手をし出したので僕達は奥へと進んでいく。その途中でセラがゆっくりと話し始めた。


 「……その、ありがとうございます。さっきのお二人はギルドで受験者だと聞いてご一緒させてもらったんです。この冒険者試験は二回目ですし、お役に立てるかと思ったのと、女性だけだったので安心していたんです」


 「なるほどね。男ばっかりの方が多いから、確かに女の子一人は危ないわ。ウチの男どもはそういうやつじゃないから安心していいからね」


 「そうだね。特にリラとエコールは恋人同士だからさ」


 「まあ! それは羨ましいですね」


 「何言い出すのよレオス!」


 「そったらこと初めてあったばかりの子にいったらなんねだ!」


 「まあまあいいじゃない。とりあえずセラ、僕としてはこの試験がどういうものなのか教えてくれるととても嬉しいんだけど」


 するとセラは困った顔をして僕に返事をする。


 「すみません……戦闘試験で失格になったのであまり詳しくないんです……」


 むう、アテが外れたか……


 「何か噂でもいいよ。悔しがっている冒険者とか居なかった?」


 「そう、ですね……気付いたら終わってた、とか寝たら負けだみたいなことを言ってたような気がします」


 「寝たら負け……そういえばザハックが仮眠してたけど、それと関係がありそうね」


 イコール、気付いたら終わっていたということなのだろう。これは交代で見張りを立てる必要があるかな? 昼まで動き回る訳にもいかないし、野営訓練なんだから野営をしようか。


 「あの辺で固まろうか」


 「いい場所ね。シーフのアタシの勘がそう言っているわ」


 10分ほど進んだところに、斜面が窪んだ状態になっていて、いい具合に雨風が凌げそうな場所が目の前に現れた。早速荷物を置いて、中からシートを取り出す。


 「どうするんだ?」


 「これを広げて大きい石で落ちないよう固定っと。エコールのも良かったら貸してよ」


 「いいぞ」


 エコールから借りたシートをもう一枚隣に広げると、ちょっとした屋根みたいになる。これで万が一雨が降ってもこの下に居れば濡れることはないだろう。


 「じゃあ魔石が勿体ないから私のランタンを使うわね」


 「よし、切れたら交代で使っていこう。次はオレのを使うぞ」


 ぐぅ~


 「……どこかに魔物がいるな……」


 「ふふ」


 高らかに宣言したエコールのお腹が派手に鳴り、セラが思わず吹き出して笑った。でも致し方ない。お昼も無しで試験の連続だったから。そんなことを考えていると、エコールが早速支給された干し肉にかじりついていた。


 「腹の虫っていう魔物がいるねえ。僕もずっとお腹が空いているんだ、良かったらこれも食べてよ」


 「? 白いふわふわした食べものですね?」


 「ん! 美味しい……! なにこれなにこれ」


 「ポップコーンって言うんだ。昨日までこれを売って稼いでいたんだけど、少し余ったんだよね。鶏の餌にしかならないようなコーンから作ってるから貧乏くさいけどね」


 「ふまいな……もぐもご……」


 「これが鶏の餌? とんでもない、村のみんなに分けてあげたいくらい美味しいです!」


 中々好感触を得られ僕は満足し、一緒に食事を続ける。パンも入っていたからそれも平らげ、水筒に入った水を飲むと当然……


 「ふあ……魔物が出るって聞いてたけど出ないわね。寝たら負け……寝たら、負け……」


 「おい、リラ。油断し過ぎだぞ」


 「いいよ、寝かせておこう。二時間交代くらいで仮眠を取った方が良い気がする。エコールも寝ておきなよ」


 「……分かった。頭のいいレオスだ、何かあるんだろうな。寝かせてもらおう」


 「はは、別に何も――」


 そう返そうとしたところで殺気が膨らむのを肌で感じた! 


 「気づいたか……?」


 「うん」


 「ど、どうしたんですか?」


 「ぐがーぐがー……」


 エコールも体を起こし柄に手をかけていたので、僕は目だけで合図し、そっと外を覗き込む。するとそこに大きな蛇が一匹、鎌首をもたげてこちらを見ていた。


 「……あいつ?」


 「ハグ・スネークだな、戦ったことはあるけど、一人は厳しいかもしれんな」


 ハグ・スネーク。


 体長は大きいもので三メートルほどあり、相手を締め上げて絶命させた後に捕食する習性を持つ。締め上げられている姿が抱きしめられているように見えることからつけられた名前だ。


 エコールが怯まないところを見ると、この辺だとポピュラーな魔物なのかもしれない。僕とエコールがそれぞれ両脇から外に出るととぐろを巻いて威嚇してきた。


 シャァァァアア……


 「頭としっぽの攻撃があるから同時に行けば攪乱できるかもしれん、レオス頼めるか?」


 「お、いいね。冒険者のリーダーっぽいよ。それじゃ、尻尾は任せて」


 「よし。三……二、一、ゴー!」


 同時にハグ・スネークに向かう! 先制はエコールだ。


 シャァァア!


 「必ず上から咬もうとして来るこいつには下から突き上げれば!」


 ズシュ!


 「よし、僕も!」


 セブン・デイズを叩きつけてこようとした尻尾へ振り抜く。シャキン、と言う心地の良い音と共に根元から綺麗に切断された。


 シャ!?


 「怯んだ! とぁあ!」


 シャシャ!


 痛みか驚きか分からないけど、ハグ・スネークが頭を下げたので、そこにエコールの剣が振り下ろされる。しかしハグ・スネークも反撃をするため頭を振り回そうとした。


 ドズン!


 「ぐ……!?」


 ギシャァァァァ


 「エコール! このままトドメだ!」


 派手に吹き飛んだものの、剣は頭に刺さったままだった。血を噴きだしながら暴れるヤツに、僕は後ろから首元を狙い、横に薙いだ。


 ぶしゃぁぁ!


 首があっさり刎ねられると、巨体をズゥゥン……と横たえて動かなくなった。エコールの剣を抜いて血を払い、起き上がってきたエコールに渡す。


 「ナイスだレオス。やっぱりやるなあ」


 「エコールが引きつけてくれたおかげだよ」


 「お、お二人とも大丈夫ですか!」


 二人で話していると、セラが駆け寄ってきて、ハグ・スネークを見て一瞬息を飲む。しかしエコールがケガをしているのを見てすぐに回復魔法を使った。


 「≪ヒーリング≫」


 「お、助かるよ。こういうのが襲ってくるから眠ると負け、ってことだろうな」


 「さて、それだけだといいけどね……」


 「?」


 二人が困惑顔で首を捻るが、僕もまだ確証がないので、一旦保留にする。


 「それじゃ戻ろう。レオスが居れば安心だ、仮眠を取らせてもらおう。商人とは思えない強さだよな」


 エコールが戻り始めたので、僕はポンと手を打って二人の背中に声をかける。


 「そうそう、こいつはお金になるから素材剥いでおくね!」


 「……試験中に素材回収、ですか……」


 「あいつはやっぱり商人なのかもしれん……」


 そりゃお金は大事だからね? ホクホクと僕は素材をカバンに入れていく。チラリと、とある木の影を気にしながら。




 ◆ ◇ ◆


 



 「二人は殺気に気付いたか、花丸をやってもいいな。だが、レオスとか言ったか? あいつは俺の位置に気付いていたようだな」


 「だなあ。面白いだろ? 商人らしく広場で食い物を売っていたんだが、あいつは何かを隠している。そんな気がするんだ」


 「ヒューリがそう言うならそうなのかもしれんな。今回は少し楽しめそうだな」

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