その13 考えるレオス


 「やっぱり狙われるかなあ……」


 すっかり陽も暮れた街中を歩きながら武区は一人呟く。ギルドマスターのヒューリが言っていたことを思い出す。

 剣をぶら下げておけば、難癖をつけてくる変な輩を遠ざけられるかなと思っていたのだが、これを狙ってくるやつがいるかもしれないというのは目から鱗が落ちる思いだった。

 

 「街中で襲ってくるアホは居ないと思うけど、用心しておこうか」


 僕はポンとセブン・デイズの柄を叩き、宿を目指す。原価が殆どかかっていないので懐も温かい。無駄遣いはできないけど、町についたばかりの今日くらいはいいと思う。


 「ここだね」


 人づてに聞いておいた場所に『宿屋:百舌鳥』と書かれた看板を目にし、早速中へ入ると、恰幅のいい元気なおばさんが声をかけてくれた。


 「いらっしゃい! 一人かい? なら開いているよ」


 「ありがとうございます。とりあえず一泊で」


 「一泊でいいのかい? 冒険者試験は明後日だけど……」


 おばさんが不思議そうな顔をして僕を見るけど、町を出る可能性もあるのでとりあえず一泊でいい。


 「僕は商人ですよ。こういうの、興味ありませんか?」


 「へえ、"ブルーアメジスト"かい。珍しいものを持ってるね坊や。一泊なら銀貨一枚と銅貨五枚だよ」


 カバンから蒼い宝石を取り出すと、おかみさんは口笛を吹いてまじまじと見つめる。


 「坊やって歳でもありませんけどね……そういえば賑やかですね? じゃ、銀貨二枚から」


 「毎度。銅貨五枚だよ。そりゃ冒険者試験は決められた日にしかやらないからね、旅から直で試験に臨む奴なんていないのさ。冒険者試験が迫っていると景気がいいや、毎日やって欲しいくらいさ」


 「ははは、僕もあやかりたいですね。それでは」


 「あいよ。ゆっくりしていってくんな!」


 おかみさんに挨拶をして受付を離れると、どうも一階の奥は食堂になっているようで、冒険者未満であろう人々が酒を飲んだり、食事をしている風景が見えた。


 そんな中――



 「あれ? エコールとリラもこの宿だったんだ」


 階段に近い席で食事を突いているリラの表情は暗い。深刻な話をしているのかと階段を上りきったところで<スワローアイ>を使い様子を伺う。この魔法は視点を変えて見ることが出来る上に音声を拾うこともできるのがウリである。




 「……なんか凄そうな人ばっかりいるわね」


 「焦るな、リラ。オレ達はできることをやるだけだ」


 「そんなこと言って……試験料の銀貨四枚は村のみんなが出してくれたじゃない? 確かに高くは無いけど、やすくないもないじゃん。受からなかったらって思うとさあ」


 「なに、その為に腕を磨いてきたんだ」


 「まあね。でもザハックもこの試験、一回落ちてるんだって」


 「マジか……いけ好かないやつだけど強いのは強いんだが……」


 「うんマジ。さっき『あいつまた来てる』って話をしていた人いたもん」


 「……もっと気合いを入れないとな……」


 「そうだねー村のみんなに返さないとね!」



 「……」



 僕はそこまで聞いてそっとスワローを消し、部屋へと向かう。なるほど、ヘタな強さの冒険者を作っても死体の山ができるだけと考えれば、試験自体が難しいのは容易に想像できるか。特に大魔王がいたころは真面目な話魔物が強かったからねえ。


 「ま、頑張って欲しいところだよ」


 僕には関係ないしね。昼間ギルドマスターに色々言われたけど、やはりさっさと町を出るのが得策かもしれない。その日はそのままベッドへダイブし、風呂も入らず睡眠を取った。


 

 ◆ ◇ ◆



 ――二日目



 「ありがとうございましたー!」


 次の日、僕は昼も過ぎたころ僕はポップコーンを一旦止めて休むことにした。


 『休憩中』


 「これで良し。一応、作り置きはあるから昼食を取っている間はそれでまかなおう」


 口コミで広がり、昼前は結構な人が集まっていたんだけど、ようやく人がはけてきたから遅い昼食を取る。本日のメニューはシンプルなサンドイッチに、骨付きもも肉を焼いたもの。会わせて銅貨八枚とそれなりにするが、昨日の売り上げがあるので、大丈夫大丈夫……


 「平均月収が金貨一三枚って考えると昨日は稼ぎすぎたかな……?」


 「あの、すみません、このポップコーンというものを一ついただけないでしょうか」


 「あ、はい!」


 若いカップルかな? 金髪の身なりがいい男女が買いにきた。僕はささっと手渡して、お金を貰う。デート中のカップルが結構多い気がするなあ。映画館で買う心理もこういうものなのだろうか。


 「美味しいですね!」


 「ああ、塩味が絶妙だ……塩も安くないだろうにこの値段で大丈夫なのかい?」


 僕が適当なことを考えていると、男性がそんなことを言う。塩はアレン達と旅をしている時に、海沿いの町に立ち寄った時に安く買えたので痛手はないのだ。


 「お気遣いありがとうございます。でも元はしっかり取っているんで問題ありませんよ」


 「そうか、美味しかったよありがとう。そろそろ行こうか、乗合馬車が出る時間だ」


 「あら、もう? ふふ、ちょっとした時間つぶしで美味しいものが食べられて良かったですわ……です」


 「乗合馬車があるんですね? もう出発かあ……次はいつ出るか分かりますか?」


 「うん? 今日次の町に出発して、帰ってくるまでまた三日くらいかかるかな」


 「そうですか。ありがとうございます、お気をつけて!」


 男女はありがとうと言いながら笑顔で去っていく。ふむ、三日後か、乗合馬車があると便利なんだけど、諦めて徒歩かな……


 今日の売り上げはコーン10kgで金・銀・銅貨それぞれ三枚ずつになった。ほぼ完売なのは嬉しいところ。明日まで稼いでから次の町を目指そうかな? ともあれ夕食でも奮発するかと片づけをし宿へ戻った。




 「――うん、ちゃんとある。そろそろ銅貨を換金しないとね」


 カバンの中におさめているお金を数えていると、おかみさんが僕の料理を運んできてくれる。


 「はいお待ち、ハードバッファローのステーキだよ」


 「お、来た来た!」


 ハードバッファローは外皮が鎧のようになっている魔物で、そこそこ強い。アレンやレオバールなんかは一刀両断していたけどね。ともあれ、今日は宿で食事をとっている。昨日通りがかった時、美味しそうな匂いがしていたからで別にあの二人が気になっている訳じゃないからね? 



 「いただきまーす……うん、美味い!」


 パンをかじり、スープをすすり、疲れた体を癒していく。端っこの席で周囲を見ながら食べていると、色んな席から話し声が聞こえてくる。



 「へへ、いいだろ鋼の剣!」


 「えー……試験官との戦いは木剣だって聞くぜ? 要らなくないか?」


 

 「魔法……集中……集中……」


 「根を詰めると失敗するわよ? いつもどおりにね?」



 などなど……明日への気合いは十分と言えよう。エコールとリラを探してみたけど、今日は食堂にいなかった。会えたら激励でもしようと思ったけど、居ないなら仕方ない。うん、気になってなんかいないよ。




 ――三日目




 「……来てしまった……」



 僕はギルドの扉の前で呟く。そこへ、ちょうどやってきたエコールとリラが僕を見て驚いて声をかけてきた。


 「どうしたんだレオス!? 試験は受けないって言ってたじゃ無いか」


 「そうだよ! やっぱり受ける?」


 「い、いや、二人の応援にね! 今日は頑張ってよ!」


 「あ、そういうこと? なーんだ、残念。でもありがと♪ ほら、エコール行きましょ」


 「……そうだな。では、言ってくる。期待するっぺや」


 「素が出てるよ……」


 手を振って見送り、その後もぞろぞろと冒険者志願の強者たちが吸い込まれるようにギルドへ入って行く。そして――


 「お、なんだてめぇ、エコールのダチじゃねぇか。入らねぇのか?」


 「……昨日あれだけの剣幕で向かってきたのにお優しいことで」


 「はん! 言ってろばーか」


 悪態をついて取り巻きと入って行く。どうやら最後だったようで、他に参加者は見当たらなかった。


 「さて、どうするか……」


 参加するか否か。何となく目をつけられている気がするので、ここで参加して失態でも見せた方がいいような気もする。セブン・デイズを使わず逃げ回るフリをしながら倒すというのはどうだろう? いや、模擬戦とは限らないか? うーん……


 しばらく扉の前でウロウロしていると、肩を叩かれた。


 「おう、お前来たんだな! 入れよ、説明が始まるぜ」


 「……どうも」


 なるようになるかな……? 何となく試験をして、何となく許可証をもらうため、僕はギルドへと入って行った。

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